表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第3章 魔王のはじまり
38/162

第36話 英雄少女と黒霊賢者(下)

 結局、ルーファスの『性質たちの悪さ』が思わぬ場面で発揮されたために、一同はエリザの行方を見失っていた。だが仮に追いかけることができたとしても、金虎族はただでさえ優れた敏捷性を備えている。それを見失わずに追うことができるのはやはり、エリザぐらいのものだろう。エドガーも同じ獣人族ではあるが、銀狼族は主に力に特化していた。


「……なるほどな。あの少女は、以前の学外任務で捕まえたはずの泥棒だったのか。だが、今ここにいるということは釈放されただけではないのか?」


 ルーファスが言えば、ルヴィナが首を振る。


「いえ、それはありません。彼女は知る限り、かなり頻繁に作物を泥棒していましたし、傷害や殺人などより罪は軽いとはいえ、強制労働の刑期を終えるには早すぎます」


「つまり、脱獄したというわけか。……なら、正義感の強いエリザが追いかけていったのも頷けるな」


「……あの子にそんなことを考える頭があるはずがありませんわ。前に捕まえた泥棒を見つけて、彼女が逃げたから追いかけた。そんなところでしょうね」


 随分な言い方だが、リリアはよくわかっている。彼女の言うとおり、エリザの行動は完全に反射的なものだ。


「でも、どうします? エリザを放っておくわけにはいかないだろうけど、この人混みじゃ、なかなか見つからないと思いますよ」


 エドガーがそう言うと、彼の腕の中に収まったまま、アズラルが伸びをする。


「まあ、ここは僕に任せておいてくれたまえ。僕の霊戦術ポゼッションなら、彼女を見つけるのもそう難しくはないはずだよ」


「それならわたくしも手伝いますわ。霊戦術ポゼッションでも捜索範囲は手分けをした方が見つかりやすいはずですもの」


 リリアが一も二もなく、申し出る。何だかんだと言って、彼女はエリザが心配だった。あの獣人の少女に後れを取るとは思えないが、一見平和に見えて、ここはいわば敵地なのだ。不安が無いわけではない。


「うーん。まあ僕一人でも大丈夫だけど……駄目だと言っても聞かないだろうしねえ。いいよ。ただ、他の三人はここで待っていてもらえるかな? あまりバラバラになるのも良くないからね」


「……そんなことを言って、一人になったのをこれ幸いに、女性のスカートを覗いて回る気じゃありませんよね?」


「ぎく!」


 ルヴィナの鋭い指摘に、身をすくませるアズラル。


「やっぱりですか、この変態!」


「嫌だなあ、今のは冗談だって。いくら僕だって、こんな時にそんなことは考えないさ。何しろ、彼女は目立ちすぎる。魔王の手下に目を付けられるなんて可能性は低いけど、危険が無いわけじゃあないからね」


 今まさにエリザが追いかけている相手が『魔王の手下』であるとは、さすがのアズラルも気付いていない。


「……それじゃ、彼女のことお願いします」


 意外なほど真剣な声で言うアズラルに、神妙に頭を下げるルヴィナ。


「そうそう、出発前に皆に渡しておいた鈴、持ってるよね? 危険がせまったら、それを思いっきり鳴らすんだよ。すぐに助けにいくからさ」


 そう言ってアズラルは、エドガーの腕の中からひょいと飛び降りる。


「意外と真面目なところもあるんですね」


「はっはっは。ルヴィナくん。意外とは酷いなあ。実際、君たちをここに来させることを決めたのは僕の意見だからね。大人として、君らを無事に家に帰す義務ぐらいわきまえているよ」


 猫の姿でニヒルに笑い、アズラルは雑踏の中へと悠然と足を踏み入れる。


「では、わたくしも……」


 リリアも周囲に魔力を張り巡らせながら、アズラルとは反対方向に歩き出す。霊戦術ポゼッションによる人探しは、対象の魔力の痕跡を追いかける形をとる。だが、エリザは恐ろしく速い。単純に後ろを追いかけても、追いつけない可能性がある。手当たり次第に追跡し、補足した時点でルートを先回りした方が追いつく可能性は高かった。



 ──しかし、リリアの進んだ先では、エリザの痕跡は見つからなかった。


「やっぱり、アズラル様の方角が正解だったようですわね」


 しばらく歩いてから、リリアは諦めたようにつぶやいた。さすがの彼女も、人を追跡することには慣れていない。闇雲に動き回るばかりでは、そうそう上手く行くはずもなかった。


「あるいは、それがわかっていたからこそアズラル様は、わたくしに捜索の許可を出したのかもしれませんわね」


 どんなに変態じみていても、猫の姿をした分身体だと言っても、彼は大人であり、自分たちの保護者役だった。アルフレッドも彼と一緒なら安心だと言っていたし、そういう意味では、まだまだ自分たちは護られてばかりなのだ。それが悔しくもあり、歯痒くもある。


「……でも、それも長くは続きませんわ。わたくしは『吸血の姫』。民を守護する存在にならなければいけないのですから……」


 決意も新たに街を歩いていると、妙に人が集まっている場所があった。もともと人通りの多い街とはいえ、これは少々異常だ。近くの人間に訊いたところ、なんでも魔王一行が物々しい警備を連れて街を練り歩いているらしい。


「エリザが見つからないなら、情報収集だけでも……」


 リリアはそんな思いで人混みをかき分け、どうにかその中心が見える場所へとたどり着く。するとそこには……。


「ネザク! どこに行ったの? まさかあの子、迷子になったんじゃ……」


「可能性はある。ネザクを探さねば」


 そこにいたのは、明らかに魔王ではなかった。白い髪の少女が二人。間違いなく双子だろう少女たちは、誰かを必死に探しているようだ。周囲の人混みは、そんな彼女たちの一挙手一投足にいちいち歓声をあげている。


「キリナさまー!」


「イリナ様!」


 ミリアナの双子の娘、イリナとキリナのことは、リリアも聞いたことがあった。この国ではいわば『次世代のアイドル』とも言うべき姉妹。だが、『ネザク』というのは魔王の名前のはずだ。母の仇とも言えるだろう相手の名を、ああも親しげに呼ぶ意味が分からない。


 とにかく彼女たちに聞けば、事の真相がわかるはずだ。そう思ったリリアは、護衛として人混みを押さえている騎士たちに軽く精気吸収を仕掛け、隙をついて彼女らに近づこうとした。


「……!」


 瞬間、寒気がして立ち止まる。彼女の背後に、何かがいる。圧倒的でどうにもならない力を秘めた何かが。彼女の細い首にするりとまわされる手は、しなやかな女性のものだ。


──殺される。彼女はそう思った。が、しかし──


「はじめまして、『マハの花嫁』。わたくしは、あなたの『色』が懐かしい」


 耳元に顔を近づけられる。リリアは動けない。恐怖のあまり、足が動かないのだ。それでもリリアは、気丈にも低く鋭い声で言った。


「無礼者。わたくしの背後をとって、タダで済むと思っていますの?」


 身体に《黒雷破》を帯電させながら、常人なら歯の根が震えるほどの恐怖を強靭な意思の力で捻じ伏せる。


「……よかった。あなたは強い。どうか『蒼』に染まらず、その強さを持ち続けてほしい」


「え?」


 意外な言葉にリリアは思わず振り返る。しかし、誰もいない。熱狂する双子のファンだけが、意味もない叫び声をあげているのみだ。


「今のは警告? ううん、少し違うような……」


 そうこうしているうちに、双子の姉妹は人混みを無視するように駆け出していく。



 ──黒霊賢者アズラル・エクリプス。その分身体である『アズラエル』は、魔力の網を街中に広げながら歩く。リリアのように闇雲に放射状の魔力を展開するのではなく、糸のように細く伸ばしたそれを幾重にも組み合わせ、微細な変化さえ逃さず感知する高等技法だ。


 『狭間の子』という存在は、ただそれだけで非常に珍しいものだが、アズラルの恐ろしいところは、黒魔術インベイド霊戦術ポゼッションの技術を両方ともに極めている点だ。だからこそ、彼は『賢者』と呼ばれる。


「どうにか捕捉はしたけど、とんでもない速度だな。こんなに微かな量じゃ、普通は見つからないぞ。……ん? ああ、ようやく足を止めたみたいだ。魔力の痕跡が濃くなってきたぞ」


 高速で移動する相手の魔力の痕跡は、薄く広く引き伸ばされる。その濃淡を感知することで、アズラルは対象の移動速度まで割り出していた。


「よし、じゃあさっさと見つけて行こうかな」


 どうにか追いつけそうだと、内心で胸を撫で下ろすアズラル。この時の彼は、完全に油断しきっていた。《影法師》は極めて特殊な彼だけの術だ。黒猫の姿をしている限り、自分の正体を見破られる心配などない。分身体である以上、己に危険はない。心配なのはただ、同行させてきた生徒たちの安全だった。


 だからこそ、この時、アズラルは油断した。


 気が緩んだ彼は、ついいつもの悪癖を発揮し、道行く女性の姿を下から見上げる。するとその時だった。


「うふふ、随分えっちな猫さんもいるものねえ」


 鈴の鳴るような女性の声。驚いて見上げれば、そこには町娘風の簡素なブラウスにスカートをはいた妙齢の美人が立っている。残念ながら、彼女はスカートをしっかりと押さえ、角度的な問題もあってか、アズラルが見たい景色は見られない。


「ナーオ!」


 女性の言葉は、ただの冗談に違いない。そう思ったアズラルは、猫の鳴きまねをしてその場を離れようとした。が、しかし。ふわりと後ろから抱きかかえられる。


「わたしね、ちょっと猫さんと話があるんだけど、いいかしら?」


「……」


 バレている? いやそんなはずはない。そう自分に言い聞かせるアズラル。自分を抱き上げてきた女性の豊かな胸の感触はもったいないが、彼の好みとは少し異なる。……いや、そうではない。そんな事とは関係なく、ここは術で彼女を眠らせてでも先を急ぐしかない場面だ。……と、そこまで考えて彼は気付く。


「感覚を共有している?」


 『アズラエル』とのリンクを強化した覚えなどない。なのに今の彼は、自分の背中をしっかりと押し包む、女性特有の柔らかい感触を感じ取っていた。思わず彼は、自分を抱き上げる女性の顔を見る。


「特別出血大サービスよ? 普段はこんなこと、ネザクにしかしてあげないんだからね」


 真っ黒な笑みで語りかけてくる美女の顔。なぜかアズラルには、それが何よりも恐ろしいものに見えていた。


 それから、彼は抵抗もできないままに抱きかかえられ、とある寂れた建物の中へと連れ込まれる。


「まあ、ここなら人もいないし、場所的にもちょうどいいかしらね」


 彼女はそう言ってアズラルを床に降ろした。廃屋と化したその建物にはガレキも多く、彼女はその一つに行儀悪く腰を下ろした。だが、微妙にぎりぎりでアズラルからは、彼女のスカートの中が見えない。


「まさか五英雄の一人が、こんなにえっちな人だとは思わなかったわよ、アズラルさん?」


「……どうしてわかった?」


 観念したように言葉を返すアズラル。だが、その声には少し前までの飄々とした感じはすでになく、緊迫感のあるものに取って代わられていた。


「簡単よ。魔王ネザクの噂を聞いて、月影の巫女が行方不明となって、あなたたち五英雄が打つ手は何か? 最初は情報収集でしょう? 直接動けないあなたたちの手段と言ったら……ほら、有名な《影法師》しかないじゃない」


 有名になりすぎるのも考えどころなのかもしれないが、問題はそんなことではない。


「それが読めても、僕が僕であることはわからないはずだ」


 言いながらも、アズラルには予測ができていた。さっきから自分の身体を苛む違和感の正体。強制的に分身体の感覚をフィードバックさせられている今の状況からすれば、間違いない。


「もちろん、『わたし』だからわかるのよ。自分と同じ黒魔術師インベイダーに会うのは初めて?」


 黒魔術師インベイダー。それも自分以上の術者だ。逃げようとしても無駄だろう。感覚だけとはいえ、分身を殺され、死の苦痛を味わわされれば精神的に抹殺されたも同然だ。そのため彼自身、こうした感覚の共有は、危険な場面ではめったにすることはない。


「……なにが望みだ?」


「そんなに可愛らしい姿で、怖い声出さないでよね。……その前に自己紹介してあげる。わたしの名は、カグヤ・ネメシス。何を隠そう──魔王ネザクのお姉ちゃんよ!」


 両手でよく分からないポーズまで決めながら、彼女は笑う。その服は、いつの間にか黒いローブのようなものに変化していた。


「……ミリアナを倒したのは、君じゃないのか?」


「せっかくのお茶目な自己紹介を無視するとか、酷い男ね」


 とっさのカマかけにも、まるで乗ってこない。この分ではミリアナの生死の確認は、難しいかもしれない──アズラルがそんな風に思った、その直後のことだった。


「ミリアナは生きてるわよ」


 あまりにもあっけなく、暴露するカグヤ。


「秘密じゃなかったのかい?」


「だってもう釣れたもの。エサはいらないわ」


「……なるほど、僕は魚だってわけか」


「実際には猫ちゃんだったみたいだけどね。これで五英雄はミリアナに続いて二人、無力化されたってわけ。あなたにはわたしたちの城で過ごしてもらうけど、呪縛の術もかけるから、逃げようなんて考えない方がいいわよ?」


 さすがのアズラルも、ここまで強く分身と感覚を共有させられてしまえば、同時に本体を稼働させることは困難だ。さらに言えば、分身からのフィードバックが遮断できない以上、己の命を人質に取られているのに等しかった。


「だとしても、今ここで君を倒せば済むことだ!」


 アズラルの周囲に、黒い影のようなものが立ち上がる。


「発動、《宵闇の兵士》」


 アズラルによって生み出された影の兵士たちは、一斉にカグヤめがけて飛びかかった。


「これが『黒霊術』なの? 面白いわね。……発動《わたしの闇》」


 カグヤの身に着けた漆黒のローブから、黒い闇が滲み出る。そしてそのまま、ざわざわと液体のように流れる闇は、迫りくる《宵闇の兵士》をあっさりと飲み込み、消し去ってしまった。


「無駄よ。《わたしの闇》は、どんな魔法も吸収する」


 黒の魔女、カグヤだけが有する特別な黒魔術インベイド──《わたしの闇》。


「……やるじゃないか。でも、今の状態から脱する方法を僕が編み出さないとでも思うのかい?」


 アズラルは、地獄の底から響くような、ぞっとする声音でいう。


「その辺はわたしとあなたの術比べでしょ?」


 なのに彼女は、無邪気な少女のように笑う。


「どうして殺さないんだ? ミリアナも僕も、君らにとっては邪魔なんだろ?」


 そんな彼女に、さすがのアズラルも毒気を抜かれてしまったようだ。


「ええ。そうね。ネザクの世界征服には、邪魔だわ。とてもね」


「……世界征服ね。でも、だったらどうして?」


 繰り返し問うと、カグヤはそれまでの笑顔から一転、憎々しげに表情を歪ませる。


「だってあなた、アイツの昔の仲間でしょう?」


「え?」


「わたしは、わたしの大嫌いなアイツに、精一杯の嫌がらせをしてあげるつもりなの。そのためにも、あなたには生きていてもらう必要があるわ」


「……アイツって誰だい?」


 だが、アズラルの問いには答えず、カグヤは冷淡な口調で続けた。


「わたしは、ネザクのためなら何でもするけど、必要な時しか人は殺さない。もっとも、無駄死にする奴の面倒は見切れないから、今の状態で『あなた』が逃げたりしたら、躊躇なく死なせるわよ?」


 はったりでもなんでもなく、彼女は本気だ。アズラルにはそれがわかった。


 こうして黒霊賢者アズラル・エクリプスは、初戦にいきなり敗北を喫してしまったのだった。

次回「─少年魔王と英雄少女(邂逅編)─」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ