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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第3章 魔王のはじまり
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第32話 英雄少女と巨頭会談(下)

 その日、学院の特別会議室には、ある意味では各国の首脳陣が集まるよりも、豪華な顔ぶれが揃っていた。


 星界における最高の軍事力。

 万の軍勢に匹敵する化け物。

 戦術兵器ならぬ戦略兵器。


 それこそ、五人揃えば世界征服も可能ではないかと囁かれるような、まさに生ける伝説たち。


「でも、残念なことに、この場にはそのうちの一人がいないわけだけどね」


 会議用テーブルの席に腰かけたアルフレッドは、そう言って議場の三人──ただし、席に座っているのは、アルフレッドの他には二人だけだ───を見回す。


「俺たち以外の奴を相手に、あのミリアナが後れを取るなんて、未だに俺は信じられねえけどな」


 そう言ったのは、銀の髪を短く刈り込んだ精悍な顔つきの銀狼族だった。銀牙の獣王イデオン・バーミリオン。防具の類は身に着けていないが、誰もが惚れ惚れするような筋肉に引き締まった肉体は、いざとなればそれ自体が鋼の鎧と化すだろう。だが、そんな彼は何が気になるのか、時々議場の端に目を向けていた。


「敵は『魔王』などというふざけた名前を名乗っているそうだが、馬鹿馬鹿しいと言えないのが今の現状だな」


 無表情のまま、平坦な声でそう言ったのは、森林国家ファンスヴァールを守護する白霊兵団の団長。『白星弓の守護妖精』の異名を持つ、アリアノート・ミナス。小柄であどけない少女に見える彼女だが、実年齢は24歳である。


 深緑の瞳に新緑の髪。それは彼女がダークエルフよりもさらに希少な種族、ハイエルフ族であることを示すものだった。というより、現在の星界には、彼女以外のハイエルフは確認されていない。


「うひ! か、かすった! 今の、かすったよ! マイハニー!」


「ああ、惜しい。手元が狂わなかった」


「惜しいってなに!? それって逆ですよね? え、ちょ、だ、だめええ!」


 立て続けに奇声を上げている男は、つい先程、エリザとリリアにボコボコにされていた変態──否、黒霊賢者のアズラル・エクリプスだ。彼は今、光の糸で結ばれた矢によってローブの裾を議場の壁へと縫い付けられ、いわば磔状態になっている。


 時折、風を切るような音をさせているのは、アリアノートが星喚術プレイで生み出した『白星弓シャリア』から放たれる風の矢であり、雷の矢であった。シュコっと音を立て、アズラルの顔面、そのすぐ脇に突き立つ矢。実体のないはずの風や雷は、そのまま矢の形を保っており、時間が経っても消滅することはないようだった。


「……えっと、続きを話そう」


 アルフレッドは、こめかみを押さえるようにして話の先を続けようとする。


「まあ、いつもの夫婦喧嘩なんぞ放っておくとしてだ。……俺にはひとつ、確認したいことがあるんだがな」


 そう言って壁際を見やるイデオン。


「ああ、彼等ですか? ええ、それはこれから話すことに関係があるんです」


 アルフレッドも壁際に立つ五人に目を向ける。エリザ、リリア、エドガー、ルヴィナ、ルーファスの五人。特殊クラスの面々だ。


「この危急の事態に、そのガキどもが何の関係がある?」


 エドガーはイデオンの息子である。だが、イデオンは特別、彼を見ているという訳ではない。五人を平等に眺めたうえで、なぜ彼らがこの場に同席しているのかを、ただ単純にいぶかしんでいる。相手が息子だろうと、特別扱いするつもりはないのだろう。


「なんだか感じが悪いね、あのおっさん」


「こ、こら、エリザ!」


 不機嫌そうにつぶやいたエリザに、リリアがたしなめの言葉をかける。


「ふん。威勢のいいガキだな」


「とにかく、俺の提案を聞いてくれませんか?」


「お前の提案? よし、聞かせてもらおう」


 ここでイデオンは意外にも、深い信頼を込めた声で先を促す。


「そもそも、俺たちには圧倒的に情報が足りません。クレセント王国からの旅人も、あの国で何が起きているのかを確認してくれているわけではありませんからね。やはり一度、あの国を偵察して情報を入手する必要があると思うんです」


「なるほど。それはそうだな。だが、どうやって?」


「相手の力が未知数である以上、確実なのは俺たちの目で確かめることです。でも、それでは目立ちすぎるでしょう。わざわざ『魔王』などと名乗っていること自体、俺たちをおびき出すのが目的なのかもしれませんし」


「……敵には、それだけの自信があると?」


「わかりません。でも、不用意に動くべきじゃない。俺たちがこうして一か所に集まっているのも、戦力の分散を避け、有事の際には、ここからすぐ動けるようにするためなんですから」


 中央の大国エレンタード。世界の最高戦力がそこに集まっているとなれば、魔王も周囲の国への攻撃に慎重にならざるを得ないはずだ。だから彼らは、自分たちがこの学園都市エッダに集結していることをまったく隠そうともしていなかった。


「……お前が言いたいのは、その五人にクレセントの偵察をやらせるってことか?」


「ええ、そうです」


「……わかんねえな」


 イデオンは、納得のいかなげな顔をしている。


「どうしてだ? 俺たちが動けないとしても、それこそ偵察ぐらい、各国から選りすぐって部隊編成すればいいじゃねえか。何も未熟なガキどもにやらせることはないだろ?」


 言葉遣いこそぞんざいだが、イデオンのこの言葉は、むしろエリザたちを気遣ってのものだった。弱きものを守るのが武人の役目。それを本懐とする彼にしてみれば、当然の論理だ。だが、この言葉に少年少女は反発する。


 エリザに限らず、リリアもルヴィナも、ルーファスに実の息子のエドガーでさえ、きつい目で銀牙の獣王を睨むように見た。そんな視線を知ってか知らずか、アルフレッドは落ち着いた声音で言葉を返す。


「……彼らは未熟ですが、それは弱いと言うことを意味しません。断言してもいいですが、彼らはすでに、各国から精鋭を選りすぐった部隊より、高い実力を備えています」


 これは紛れもなく、アルフレッドの本音である。だが、それでも彼は、当初は彼らにこんな危険な任務をやらせるつもりなど、毛頭なかった。それが変わったのは、この会議が始まる少し前の出来事が理由だ。



──気絶したアズラルを引き摺り、アルフレッドが会議室へ向かおうとした時のこと。


 リリアはアルフレッドを呼び止め、こう言った。


「先生、お願いがあります。……今回の『魔王』の一件は、五英雄で対処なさるおつもりでしょうけど、わたくしたちにもそれを、手伝わせてほしいんですの」


「何を言っているんだ。そんなこと、できるわけがないだろう?」


「どんなことでも構いませんわ。あの特別講習以来、わたくしたちはミリアナ様のことをお慕いしていました。あの方のために、こんなわたしたちでも、何かをしたい。だから、お願いします」


「……そうは言ってもね」


 なおも渋るアルフレッドに、リリアはずずいと身体を寄せ、囁くように言葉を続ける。


「話は最後まで聞いた方がよろしいですわ。先生」


「……え?」


 リリアの意味深な物言いに、アルフレッドは嫌な予感を覚えた。


「エリザのことですわ。彼女……今日の朝方、『旅支度』をしていましたわ。危ういところでわたくしがそれを止めましたけどね……」


「な……」


 なんのための旅支度か? そんなものは訊くまでもない。


「ですから、ここでわたくしたちに何もさせないという選択肢を選ぶのは、適切ではありませんわ。彼女なら、次に何をやらかすか、想像もできませんからね」


 うふふと笑うリリア。


「僕も十年は教師を務めているんだけど、こんなに堂々と先生を脅迫してきた生徒は君が初めてだよ……」


「お褒めにあずかり、光栄ですわ」


 それから、アルフレッドは会議場に改めて五人を呼び集め、今に至るというわけだった。


「……さっきから、落ち着かないな」


 ふと、アリアノートが小さくつぶやく。それまで自分の夫を弓矢の的代わりにしていた彼女だったが、それにも飽きたらしい。見ればアズラルの身体の周りには、綺麗な人型に無数の矢が突き立っている。


「あ、あはは……ここはやっぱり、一本も命中させなかったことに、ハニーの愛を感じるべきなのかな」


 アズラルは身動きの取れない体勢のまま、かすれた声でつぶやいている。


「……えっと、落ち着かないって何がだい?」


 五英雄で唯一自分より年下であるアリアノートには、アルフレッドも敬語は使わず、親しげに声をかける。


「決まっている。そこの五人だ」


 アリアノートは壁際に立つ五人を指差す。


「やっぱり、君も反対かな?」


「反対? 何を言っている? わたしはただ、席がこんなにも空いているのに、そこの五人を立たせておくのは落ち着かないと言っているのだ」


 相変わらずの感情のこもらない声。だが、言葉の端々には、深い思いやりの心があった。


「うんうん、さすがは僕のハニー! 優しいよね……って、ひ!」


 言った直後、彼の脳天すれすれの場所に石の矢が突き刺さり、アズラルは短く悲鳴を上げた。だというのに、議場では何事もなかったように話が進む。


「イデオン、あなたが良ければ……」


「ああ、構わねえよ。確かにアリアノートの言うとおりだ」


 イデオンは頷き、五人はアルフレッドの左右に座ることを許された。


「僕も座ってないんだけどなあ……」


 壁に磔にされた変態の一言は、当然のように黙殺される。


「久しぶりだな。ルーファス。だいぶ腕を上げたらしいじゃないか」


 アリアノートは親しみを込めた声で呼びかける。対するルーファスは、表情も変えずに軽く頭を下げて、


「あろがとうございます」


 と言った。


「ルーファス! かんでるかんでる」


「……ありがとうございます。覚えていてくださって、光栄です」


 エリザに指摘され、言い直すルーファス。緊張していないわけではないようだった。


「それは覚えているさ。あの時の君ときたら、自分の不甲斐なさを忘れないためとか言って、わたしの治療を拒否してまで、その傷を残そうとしたんだからな。そんな奴、忘れようがないよ。……ああ、これは褒め言葉だ。そう受け取ってほしい」


「……はい」


 ルーファスと言葉を交わすアリアノートの顔には、優しげな笑みさえ浮かんでいる。


「うう、ハニー。何だよそれは。僕にだって向けてくれないような笑顔じゃないか! はっ! ま、まさか、僕を捨ててそんな若い子に鞍替えをするつもりなのかい?」


 ルーファスに視線を向けたまま、アリアノートの手が動く。無言で放たれた矢は、先ほどまでの矢よりは離れた位置──アズラルの顔から三十センチほど離れた壁に着弾する。だが、アズラルの驚きようはこれまでの比ではなかった。


「い、今、こっち見ないで撃ったね、ハニ-! ……一歩間違えればこっち側にずれてたかもしれないじゃないか!」


「うるさい。まだ生きてたのか? それから、わたしをハニーと呼ぶのは止めろと言ったはずだ」


「うう、酷い……。で、でも、昔は僕がそう呼ぶたびに、頬を赤らめてくれたじゃないか」


 ぼそぼそと小声でつぶやくアズラル。


「……何か言ったか?」


「い、いえ……。ああ、ぞくぞくするほど冷たい目だね。そういうハニーも可愛いよ」


 直後に放たれる数十本の魔法の矢。そのうち何本かは、命中しているようにさえ見えた。


 そんなやり取りに肩をすくめつつ、イデオンは自分の息子に目を向ける。


「……エドガー、お前も腕を上げたみたいじゃねえか。まさか、アルフレッドがここまでお前を評価するようになるとは思わなかったぜ」


「……ちぇ、なんだよ、期待してなかったってこと?」


「学院に入学させた時のお前は、己の才能と家柄に酔っただけの、我が儘なガキだったからな。だが、目を見ればわかる。今のお前はだいぶ成長したようだ。まあ、この学院に入学させて正解だったと言うことかな?」


 武骨で不器用なこの銀狼族は、この議場で顔を合わせてから初めて、エドガーに向かって父親らしい言葉を口にしていた。


「お、親父……」


 エドガーは、思いもよらない父親からの褒め言葉に、声を震わせる。


「だが、それとこれとは話が別だ。敵はミリアナさえも退けただろう化け物だ。そんな相手が待つ場所に、こんなガキどもを送り込むなんて、俺は反対だ。アルフレッドが言う実力が、ひいき目でない確証もないだろうしな」


「……なら、おっさん。あたしと勝負するかい?」


 低く唸るような声で言ったのは、エリザだ。


「なんだと?」


「さっきから聞いてれば子供、子供ってさ。そんなの関係ないだろ? アリアノートさんだって、アルフレッド先生だって、十年前は十代の少年少女だったはずだぜ? そんなに不安なら、確かめればいいじゃん。もっとも、この十年でおっさんの腕が錆びついていなければの話だけどね!」


 真っ赤な頭髪さながらに、闘志を燃やして言葉をぶつけるエリザ。そんな彼女の気迫に、一瞬だがイデオンは怯んだ様子を見せた。かつて数多の戦場で荒れ狂い、直接的な肉体の力そのものをもって化け物と称された獣人の王が、十代半ばの少女の気迫にわずかとはいえ気圧されたのだ。


「……小娘。言葉が過ぎるぞ。どうしてもというなら、いいだろう。武人として、その言葉は聞き流せん。外に出ろ」


 見た目の通りと言うべきか、イデオンは熱くなりやすいタイプの武人だった。エリザの挑発に乗って席を立とうとする。


 が、そのときだった。


「いやいや、その必要はないんじゃないかな?」


 いつの間にか、黒衣の青年はイデオンの真後ろに立っている。


「はい、とにかく座って座って」


 イデオンの肩に手を乗せて、席に押し付けるように着席させるアズラル。


「……相変わらず、手品のような真似をしやがる」


 頭に血が上って背後をとられたことに気付かなかった。そんな反省の念もあり、イデオンは黙って席に腰を下ろす。


 先ほどまで壁に縫い付けられていたはずの男が平然と立っている姿には、その場の誰もが驚きを隠せない。そんな中、唯一アリアノートだけが平然とした顔をしていた。


「彼女らの実力は僕が保証するよ。何せ、僕の《心理障壁》をあっさり無効化して、《物理障壁》を粉々に砕いた挙句、冗談抜きでこの僕をフルボッコにしたんだぜ? この二人。いや、まじで死ぬかと思ったよ、あの時は」


 恐ろしいものを思い出したかのような顔で言うアズラルに、エリザとリリアはばつの悪そうな顔で下を向く。


「ま、それでも心配なら、こうしよう。僕が彼女らについていくよ。要は保護者代わりさ」


「だが、それじゃあ俺たちが動くも同じだろうが」


「違うよ。忘れたのかい? 僕には自分で開発した黒魔術インベイド霊戦術ポゼッションの複合魔術『黒霊術』がある。君らも十年前の大戦で体感しただろう? その中でも極めつけの術──《影法師》をさ」


 アズラル・エクリプス。『蒼季』と『黒季』の間に生まれた『狭間の子』。彼の使用するオリジナルの魔術『黒霊術』には特殊な術が数多くあるが、その中でも今言った《影法師》は、特定の憑代に己の魔力と精神を憑依させ、分身として行動させることを可能とするものだ。


「……うーん。あなたに任せるのは、別の意味で心配なんですが……そうしていただけると助かります」


 こうしてエリザたちは、巨頭会談の結果、アズラルの分身と共にクレセント王国の偵察に向かうこととなったのだった。


次回「第33話 少年魔王と月影の巫女(上)」

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