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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第2章 夢へと続く道
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第23話 英雄少女と学園の先輩(上)

 ルーファス・クラスタは、『ダークエルフ』である。


 ダークエルフは、あたかも突然変異のようにエルフ族の中に生まれ落ちる。通常のエルフにはありえない黒い髪に、他を圧倒する高い魔力を誇る種族。そんなダークエルフとして生まれた者は、その多くが強力な魔法使いとして様々な分野で活躍している。


 加えてルーファスの場合、イメージひとつであらゆる事象を現実のものとする魔法──白霊術イマジンの高い術適性まで有している。それこそ大火力の攻撃魔法を駆使する魔法使いにもなれるはずなのに、彼はそうした道を選ばなかった。


 彼の魔法の使い方は独特だ。それをエリザが知ったのは、特殊クラスにおける実技訓練の時のことである。

 ミリアナの特別講習以降、ルーファスはずっと学院内にとどまっていた。そもそも、彼がここ最近、学外任務にこだわり続けていたのには、理由があるらしい。実戦経験を積みたかったというのもあるようだが、それよりなにより──


「エリザさん! その変態、ぶっ殺しちゃっていいわよ! わたしが許可します!」


 彼はどうやら、ルヴィナに蛇蝎のごとく忌み嫌われているらしい。


「あのさ、ルーファス先輩。ルヴィナ先輩と何があったの?」


 訓練施設の一角で向かい合いながら、小声で尋ねるエリザ。だが、ルーファスは表情を変えずに首を振った。


「……話せば長い。後でな」


 ルーファスは両腕をだらりと下げたまま、構えもとらない。身体には学院指定の運動服の他、武器も防具も身に着けてはいなかった。


「ま、まあ、ルヴィナの物騒な言葉は置いといて、お互いに初めての手合わせだ。手の内の分からない相手と戦う時のことを想定して戦いなさい」


 鼻息も荒くルーファスを睨みつけるルヴィナには、さすがのアルフレッドも若干引き気味だった。


「俺の方はリンドブルム戦で、エリザの戦いを一度見てしまっているがな」


「ふふん。あれがあたしの全てだと思ってもらっちゃ困るぜ。あの時のあたしは、まだ実力の半分も出しちゃいないのだ!」


 びしっとルーファスに指を突きつけるエリザは、身体の要所を最低限守るだけの軽鎧に、短めの剣を手にしていた。アルフレッドからのアドバイスに基づいて具現化した、見た目の格好よさより使い勝手を重視した実戦仕様の星具である。


「それじゃ、はじめ!」


 アルフレッドの号令。だが、エリザはいきなり飛び掛かるような真似はしなかった。ルーファスの手の内がわからない以上、迂闊に飛び込むのは危険だということもある。だが、それだけではなく、エリザは自然体のまま立ち尽くすルーファスに、並々ならぬ実力を感じ取っていた。


「よし、じゃあ、行くぞ」


 ルーファスは、その場で軽くジャンプする。


「え? うわ!」


 一瞬で間合いを詰めてくるルーファスの動き。それは、エリザにとっても未知のものだった。駆けてくるわけでも、跳んでくるわけでもない。空中を滑るように移動する。まるでリリアが使う亡霊のような移動法だが、実体を伴う人の姿が、ほとんど立ち姿を崩さぬままに滑空してくる様子は、かなりの違和感があった。


「発動《金剛の剣》」


 ルーファスの手に出現する金剛石の剣。それはそのまま横薙ぎに振るわれ、エリザの胴体に迫る。エリザはそれを飛びのいて回避するが、ルーファスは重力も慣性も無視した動きで追いすがる。


「なにこれ、すごい!」


 かわしきれない斬撃を、手にしたショートソードで受けとめるエリザ。目の前でルーファスの姿が回転する。剣がぶつかる衝撃を利用し、そこを支点にエリザの頭上を逆さまの姿勢で越えながら、次の太刀を放つルーファス。


「うひゃあ!」


 慌てて前方へと身を投げ出すエリザ。


「な、なんですの、あれ?」


 リリアは、隣にいるエドガーに戸惑ったような声で問う。


「あれはルーファス先輩の固有技、白霊剣技イマジンソードだ。あの人は周囲の風を操って自分の身体を自由に動かしたり、状況に即した武器を白霊術イマジンで生み出したりできるんだよ」


「……そんなの、でたらめもいいところですわ。戦闘中にそんな複雑なイメージを正確に描くなんて、できるものですの?」


「だから、あの人の固有技なんだよ。普通の奴ならあんな変則的な動き、試みただけで自滅するのが関の山だろうな」


 エドガーの声には尊敬の念が込められている。自信過剰なこの少年にしては珍しく、ルーファスには一目も二目も置いているようだ。


 エリザはルーファスの変則的な動きに、徐々に追いつめられつつあった。


「うわっと! くそう、やるな先輩!」


「ルーファスでいい、と言ったはずだぞ」


 炎でできた剣を爆ぜ散らせ、エリザが怯んで飛びのこうとした先に身体を滑り込ませるルーファス。地を蹴って移動したのでは、到底不可能な動きだ。


「これで終わりだ」


 言いながらルーファスは、今度は武器を生み出すのではなく、己の拳をそのまま、エリザの背中めがけて繰り出した。


「終わりじゃない!」


 エリザは瞬時に身体を捻ってその拳を回避すると同時、左の脇で相手の腕を抱え込む。これでルーファスの動きを封じたわけだが、それだけでは済まなかった。至近距離からの攻撃が回避されることを計算に入れたルーファスは、その腕に電撃を纏わせていたのだ。


「うばばばば! 痺れる痺れる!」


 常人なら一瞬で気絶しかねない電撃を浴びながら、エリザは右手の剣を手甲の形に変化させ、ルーファスへと叩きつける。


「発動《金剛の盾》」


 超至近距離からの一撃は、突如として現れた輝く盾に受け止められる。何もない虚空から出現したそれは、まさしくルーファスのイメージの産物だった。


「い、今のは、いくらなんでも速すぎませんこと?」


 リリアの声には、もはや驚きを通り越して呆れたような響きがある。


 白霊術イマジンは自由度が高く便利な術だが、欠点があるとすれば、発動したい術のイメージを確実なものにするのに、少なく見積もっても数秒の時間が必要だという点だ。しかし、ルーファスはと言えば、ほぼ一瞬で確固とした『盾』を出現させていた。


「あばばばば! いっけええ!」


 なおも身体を痙攣させながら、再度拳を叩きつけるエリザ。甲高い音と共に盾が砕け、拳の勢いは止まらない。


「なに?」


 流石のルーファスも、驚愕の声を上げる。華奢にも見える少女の拳は、その実、恐ろしい破壊力をもって盾を突き抜けてきた。彼女の脇に挟まれた右の拳はびくとも動かず、ルーファスは身動きが取れない。それでも無理矢理身体をねじるように回避を試みたが、胸の上を斜めに走る強烈な衝撃が襲う。


「ぐ!」


 そのまま、もんどりうって倒れる二人。どうやらエリザも電撃を受け続けて限界に達していたらしい。踏ん張ることができなかったようだ。


「はい。勝負あり。引き分けだね」


 言いながらアルフレッドは、二人に治癒の白霊術イマジンをかけてやる。


「……どうやら彼女は、下手に星具の具現化方法を矯正しない方がよさそうだな」


 小さくつぶやくアルフレッド。結局のところ、今回の訓練でもエリザは、最後には自分で創った手甲で勝負に出ている。むしろアルフレッドのアドバイスは、彼女の力を制限してしまっていたのかもしれない。


「……はっ! まずいですわ! エリザ!」


 何かに気づいたように、慌てて走りよるリリア。彼女は、自分がルーファスに『押し倒された』時のことを思い出していた。

 そして案の定、折り重なって倒れる二人を見れば、狙ってやったのではないかと疑いたくなるほどに、ルーファスの手はエリザの身体の際どい場所に触れられていた。


「ほら! エリザ!」


 リリアが顔をしかめながら声をかけると、ようやく回復したらしい二人は、むくりと起き上る。それを見つつ、今度こそルーファスを死刑に処してやると考えていたリリアだったが、様子がおかしいことに気付いた。


 前回の自分の時と違い、ルーファスは謝る気配を見せない。一方のエリザはと言えば、自分の胸のあたりに意識を向けているようではある。しかし、何が起こったのかよく分かっていない顔だった。


 つまり、二人ともほとんど自覚がない。エリザには、なんとなく感覚があるようではあったが、ここでリリアがルーファスを咎めたりすれば、自分が胸の近くを触られていたことを、彼女にはっきりと認識させてしまうことになる。


「……とことん最悪ですわね、この男」


 決してわざとではないのだろうが、リリアはまたも歯噛みする思いをさせられていた。


「ええ、最悪だわ。あの変態。間違いなくわざとよ。そうに違いないわ。女の敵。いいえ、害虫よ。ゴミ、クズ、カスよ!」


「え? あ、そ、そうですわね……」


 いつの間にかリリアの隣にまで近づいてきたルヴィナは、肩をいからせて声を荒げている。普段は温厚な彼女の激変に、さすがのリリアも呆気にとられて固まるしかなかった。


 ──訓練終了後、一刻も早くルーファスから遠ざかりたいと言って施設を後にするルヴィナを、リリアは追いかけた。


「お待ちくださいな、ルヴィナ先輩。ルーファス先輩を一方的に敵視しているようですけど、何かあったのですか?」


 どうにか追いついてそう聞けば、勢い良く振り向いたルヴィナに、鋭い目で睨まれる。だが、彼女はすぐに視線を和らげた。


「……ごめんなさいね。でも、よく聞いて、リリアさん。あいつの外見に騙されちゃ駄目。あいつはあんな女みたいな顔をしておきながら、どうしようもない変態で、女性の下着や裸のことしか頭にない変態なのよ!」


 変態が二度繰り返されている。ここまでルヴィナが取り乱すのは珍しい。リリアは、近くのベンチに座るよう勧めつつ、彼女の次の言葉を待った。


「わたしもね? 最初はこの人、わざとじゃないんだろうなって思ってた。でも……一度や二度じゃないの。スカートの中をのぞかれたことが二十回以上、着替えを目撃されたことが十回以上、一度は身体を触られたことだってあったのよ? それも簡単にはこちらが彼を責めることができないような、一見して不可抗力に見えるような状況ばかり……これが計算でなくて、なんだと言うの!」


「……あり得ませんわ。どんな月の下に生まれてますの、あの男」


 リリアは絶句する。だが、『確かにそうだ』と思ったわけではない。恐らくそれらすべてが、本当に掛け値なく、『わざとじゃない』だろうことが、何故かリリアにはわかったからだ。

 だが、ルーファスの一年後輩であるルヴィナは、それだけ多くの『被害』を受け続けてきたのだ。こういう反応も無理からぬことかもしれない。


「……あなただって、彼の被害に遭ってるんじゃないの? 大丈夫?」


 心配そうな顔を向けられて、リリアは頷く。だが、ルヴィナは、以前にリリアが木陰のベンチの前で受けた『被害』について聞いた途端、さらに表情を険しくした。


「……卑劣な奴ね。新入生の立場が弱いことをわかっていて、あなたに狙いを定めたに違いないわ」


 ちなみに、この学院の制服は一年生から四年生まで、襟元に入ったラインの色で年次がわかるようになっている。とはいえ、ルヴィナの推測は、極めつけに悪意と偏見に満ちたものだ。温厚なルヴィナをここまで豹変させるとは「ルーファス恐るべし」と、ある意味で身震いする思いのリリアだった。




 ──ところで、一方のエリザたちはと言えば、そのまま訓練施設で雑談に興じていた。アルフレッドはすでに校務へ戻ったため、エリザの他には、ルーファスとエドガーの二人だけが残されている。


「ねえ、ルーファス。ルヴィナ先輩に何したの?」


 エリザもルヴィナの様子は気になっていたらしく、ほとんど第一声でそれを尋ねた。対するルーファスは、軽く首をひねる。


「いや……何もしていないと思うのだが」


「うええ!!」


 何気ないルーファスの言葉に、素っ頓狂な声を上げたのはエドガーだ。


「どしたの、エドガー?」


「あ、い、いや……ルーファス先輩。ほんとに自分が何もしていないと思ってんすか?」


 エドガーは呆気にとられた顔をしている。


「……まあ、心当たりがないではない。妙なものでな。彼女は俺の行く先々で着替えをしていたり、スカートの中が見える姿勢になっていたりするのだ。俺としては、仕方がないから見なかったふりしたり、それができない時はちゃんと謝罪しているのだが、なぜか烈火のごとく怒られる」


 そこまでルーファスが口にした途端、エドガーが感嘆の息を漏らした。


「す、すげえ……。まさか、ほんとにそうだったなんて……。俺、ルーファス先輩のこと、尊敬します」


「……何故だか今だけは、尊敬されたくない気分なのだが、どうしてだろう?」


 エドガーの間違った尊敬のまなざしには、さすがのルーファスにも思うところがあったようだ。すると、そこでエリザが口を挟む


「うーん、それってつまり、ルーファスはルヴィナ先輩のスカートの中とか着替えとかを覗いたりしてるってことだよね?」


「いや、したくてしているわけでは……」


「わざとじゃないなら許されるって?」


「む、そう言われると困るが」


 思いもかけないエリザの追及に、言葉を失うルーファス。


「あたし、思うんだけどさ。ルーファスには注意力が足りないんじゃないの? 気を付けてれば、そんなの回避できそうじゃん」


 ごく当たり前の正論を口にするエリザに、エドガーが驚きの目を向ける。


「さすがはエリザ。まさかあのルーファス先輩に、正論で対抗するとは」


 そう言えば、先ほどの二人の接触も結局は二人が気付かなかったせいで、うやむやになっている。注意したくともできないという『被害』を受けたのはリリアであり、エリザはある意味、なんの『被害』も受けていないのだ。


「ルーファス先輩との初めての戦闘でも引き分けちまうし……エリザって、ほんとにいろんな意味で、ただ者じゃないんだよなあ……」


 かつては彼女を自分のものにすると公言してはばからなかった彼ではあったが、今ではそれが、どれだけ大それたことだったのかを理解してしまっていた。

 だが、それでもエドガーは思う。英雄王の息子である自分が釣り合わないとなれば、いったいどんな相手なら、彼女と釣り合いが取れると言うのだろうか?


 そんなエドガーの思いとは別に、エリザの言葉は続く。


「とにかく、あたしは人と人が喧嘩してるのを見るのは嫌なんだよ。先生だって英雄にもチームワークが大事だって言ってただろ? だから、どうにかルヴィナ先輩とも仲直りしないとな」


「言いたいことはわかるが、今の誤解が解けない限り……」


 気乗りしない顔のルーファスに、エリザは畳み掛けるように言った。


「誤解じゃないよ。そんな風に思ってるうちは、一生仲直りできないんじゃない?」


「そうなのか?」


「うん。だってルヴィナ先輩は、恥ずかしかったんだろうし、傷ついたのかもしれないんだぜ? ルーファスは謝ったりもしたんだろうけど、『何に対して』謝ったのかな? 相手を傷つけたのなら、それを謝らなくちゃ駄目なんだよ」


「……相手を傷つけた、か。確かに俺には、その発想が少なかったかもしれない。ただ、見てしまったことを謝るだけだから、いけないのか」


 納得したように頷くルーファス。だが、直後──


「そう言えば、リリアの時は状況が状況だけに、そうした思いも込めて謝ったつもりだったのだが……それでも酷い目にあったぞ?」


 疑問の声を上げるルーファス。するとエリザは、笑いをこらえるように口元を押さえた。


「ぷふ! それは相手が悪いよ。リリアが怒り出したら、それはもう嵐が過ぎ去るのを待つしかないよね」


「黒い稲妻に撃たれてもか?」


「うん。……って、黒い稲妻? リリア……アレまで使ったんだ……。で、でも……それじゃルーファス、どうして生きてるの?」


「……アレは死ぬのが前提なのか? ……まあ、死ぬかとは思ったが。と、とにかく、リリアに関しては、全身全霊をもって同じことが起きないよう、注意を払うことにしよう」


 ルーファスは何か恐ろしいモノでも思い出したかのような顔で、神妙に頷いたのだった。


次回「第24話 英雄少女と学園の先輩(下)」

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