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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第2章 夢へと続く道
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第18話 少年魔王とお買い物(下)

 五人は城下町で評判の料亭に入ると、思い思いのメニューを注文し、城の料理とはまた趣の違う美味に舌鼓を打った。他愛のない会話を交わしながらも、それなりに楽しい時間を過ごす。


 料亭には客があふれかえっていた。普段から人気のある料亭とはいえ、ここまで人が多いのは尋常ではない。この日の客は、その多くが魔王ネザクとその一行を一目見るべく集まったのだ。


きらびやかな王族の衣装を身にまとった美貌の少年。

落ち着きのある清楚な衣装に身を包む物静かな美女。

華も恥じらう愛らしさを振りまく二人のメイド少女。

地味ながらも不思議な色気と魅力を持った黒髪の娘。


 この異色の取り合わせに、誰もが食い入るようにその姿を見つめていた。魔王ネザクの名前と姿は、この上ないインパクトをもって街の人間に浸透していく。

 『ルナティックドレイン』の供給源は、確実に増えている。そのことにカグヤは密かな満足感を覚えながらも、それはそれとして純粋に食事の時間を楽しんでいた。


「うーん、これおいしい!」


「お城の料理とは、また違った美味しさがありますね」


 頬を押さえて幸せそうに笑うカグヤに、ルカが相槌を返す。だが、その横には──


「はぐはぐはぐはぐ」


 無我夢中で食事をかきこむリラがいた。


「……あなたねえ、お行儀悪いわよ」


「ひゃっへ、ほいひいんらもん」


 だっておいしいんだもん。


「口に物を入れたまま喋らないの」


 昔から妹のように世話を焼いてきた親友の頭を小突きながら、ルカはふと、リゼルの方へと視線を向ける。彼女は『魔』だ。そのことはキルシュ城から出発する頃には知らされている。けれど、言われなければ絶対にわからなかっただろう。外見上、彼女には人間との違いなど、何一つないのだ。


「食事もしてるし……」


 そう、ルカの目には、リラとは対照的にお行儀よく食事を口に運ぶリゼルの姿が映っている。


「それはそうよ。リゼルがこの世界に顕現し続けるためには、他の生き物の『死の概念』を吸収し続ける必要があるんだから。昔はそれを『他者の殺害』で賄っていたらしいけど、今ではこうして『死骸を食する』という方法を見つけてくれたおかげで、ずいぶん助かってるわ」


 こともなげに言うカグヤ。つまり、食事は食事でも、リゼルのそれと自分たちのそれとは意味合いが違うということなのだろう。


「どう、ネザク? 美味しい?」


「うん。美味しいけど、服が汚れないように気を遣っちゃうよね」


「いいじゃない、気にしなければ。明日になればもっと可愛らしい服を着るんだし」


「うう、せっかく忘れていたのに……」


 しゅんと肩を落とすネザク。そんな彼を見て、ゾクゾクしたような笑みを浮かべるカグヤは、間違いなくサディストだった。




──食事の後は、自由行動を取ることになった。


 とはいえ、自分の身を守る力のないメイド少女二人は、必ず他のメンバーと共に行動する方が良い。ネザクについては、リラが服を買いたいという都合上、彼女と行動を共にするのは決定事項だった。


 つまり、結局のところ、組み合わせはこうならざるを得ない。


 ネザク、カグヤ、リラ組。

 ルカ、リゼル組。


「……うん。わかってた。わたし、わかってたんだ」


 遠い目をしてつぶやくルカ。


「自由行動に、僕の自由はなーい!」


 やけくそ気味に叫ぶネザク。


 ずるずると、別方向に引きずられながら二人の声が尾を引いていく。


 ──ネザク組のその後。


「さあ、やってきました。服屋さん! ああ、どうしよう。可愛い服がたくさんありすぎて、わたし、目移りしちゃいます!」


 店内に入るなり、興奮して叫ぶリラ。


「うんうん、なかなか趣味のいい店ね」


 カグヤも満足そうに頷いている。


「ちょ、ちょっと待って! ここ、どう考えても婦人服専門店だよね!?」


 ネザクの抗議の声は虚しく響く。だが、傍から見れば魔王が取り巻きの女性を連れて、彼女たちに着せる衣服を買いに来たと見えなくもないだろうか。そんな風にネザクは思いたかったが……残念ながら、それにはかなりの無理があるかもしれない。


 次々と可愛らしい服をネザクの胸元に合わせては、むふふと鼻血でも流さんばかりに頬を紅潮させるリラがいる。

 カチューシャやリボンを手に取り、少年が油断した隙にこっそりそれを彼の頭に着けては、悦に入っているカグヤがいる。


 どう考えても、二人の女性が魔王であるはずの少年で遊んでいるようにしか見えなかった。


「お、お客様、もしかしてお客様がたは、魔王様御一行であらせられますか?」


 そう尋ねてきたのは、店の主人らしき男性だった。しかし、ネザクはぶんぶんと首を横に振る。魔王ネザクとその一味。だが当のネザクは女性の服で着せ替え大会だ。「そうです。僕が魔王です」などと、恥ずかしくて言えるわけがない。

 だが、にんまりと笑う黒の魔女を前にしては、そんな抵抗も虚しいばかりだった。


「ええ、そうよ。御触れに出ているとおりの外見でしょ? 王族しか着られない服も着てるしね」


 カグヤは心の底から楽しいと言わんばかりに、声を弾ませて言った。


「は、はあ、なるほど。それで、その……ネザク様は婦人服をお求めなのでしょうか?」


 魔王陛下御用達の店。そんな看板を出せないかとでも考えているようではあったが、当の本人が少年なのでどうすべきか悩んでいる。そんな顔だった。


「もちろん、買うつもりよ。これはちょっとしたお遊びなの。わかるでしょ?」


 カグヤに言われ、納得したような顔をする店の主人。身分の高い貴族階級の人間が時々見せる稚気とも言うべき戯れなら、よくある話だ。彼はそう解釈したのだろう。


 こんな騒ぎを続けていれば、強烈な印象を店員や他の客に残すことにはつながるのだが、ここは婦人服専門店だ。当然、客のほとんどは女性である。

 ネザク少年の凶悪な可愛さに心を撃ち抜かれた彼女たちは、その恐るべき情報伝達能力を発揮していた。


 たちまちのうちに、先ほどの食堂を遥かに超える人だかりが生まれていく。


「ちょ、ちょっと二人とも、なんだかすごい人だかりになって来たし、もう出ようよ」


 呆然と立ち尽くしていたネザクではあったが、ここまで人目が多い場所で女物の衣服を合わせられていたのでは、女装して街を歩くのと大して変わらない。ましてや──


「うそ? あれが魔王様なの? 信じられない、可愛すぎでしょう!」


「あの二人、さっきから何をしてるのかしら。うう! なにあれ、あの服、似合いすぎ!」


「ネザク様って男の人だって聞いてたけど、間違いなんじゃないの? どう見たって女の子でしょ、あれは」


 そんな声が次々に聞こえてくるのだ。いたたまれないこと、この上ない。思わず叫んでしまう。


「僕は男だ!」


 すると、女性たちから黄色い歓声が上がる。


「きゃああ! 僕は男だ、だって! かっわいい!」


「男の子なのに、女物の服を着せられそうになってるんだ?」


「うう、あの二人、うらやましい!」


 逆効果、というか火に油を注いだだけだった。がっくりと肩を落とすネザク。これでこの日、彼が肩を落とすのは何度目のことだろうか。ネザクの脳裏には、エリックの言葉が思い出される。


「将来、今よりもっと酷いことがある思えば、今は決して最悪じゃない……」


 悲しいまでにネガティブな、前向き思考。そんな言葉を聞きつけたのは、カグヤだった。


「あら、いい言葉ね。ネザクがそんな気持ちでいてくれるなら……お姉ちゃん、遠慮しないで本気を出しちゃってもいいかしら?」


「今まで遠慮してたの!?」


 驚愕の事実に叫ぶネザク。冗談ではなかった。もし、その言葉が本当なら、このうえカグヤに『本気』など出された日には、魔王の干物ができあがること間違いなしだ。

 というか、弟にネガティブ思考を推奨した挙句、さらに追い詰めるべく『本気』を出そうとする姉なんていらない。ネザクは心からそう思ったのだった。




 ──ルカ組のその後。


 ブラウンの髪を三つ編みにしたメイドの少女とクールな印象の黒髪の美女。町を歩く二人の姿は、すれ違う男性の目を釘付けにしていた。その対象となったのは、実はリゼルだけではない。

 ルカ自身も気付いてはいないが、このところの栄養価のいい食事やカグヤから勧められた各種美容品の効果により、元々素地のあった彼女の容姿はさらに磨かれ、可憐な美しさを醸し出している。


 二人組になったことに加え、御触れに記載があったネザクの姿が無くなったことで、二人の周囲には変化が起きた。つまり、声を掛けられやすくなったのだ。


「いやあ、君たちにみたいに可愛い子たちは初めて見たよ!」


「おお、ほんとだぜ。よかったら俺たちとデートしない?」


 ルカはすげなく誘いを断り続けていたつもりだが、特にしつこいこの二人組は、なかなか離れてくれようとしなかった。さらに、先ほどの一言に、それまで終始無言だったリゼルが反応を見せたのもまずかった。


「わたくしは、可愛いか?」


「ん? あ、ああ。すっごく可愛いよ」


 可愛いと褒められたことを口にするにしては、リゼルの顔には表情が見えない。加えて口調が少し変わっていることもあって、相手の男も困惑気味の顔になっている。


「あ、リゼル様……!」


 慌ててたしなめようとするが、後の祭りだ。『自分が可愛いのか?』と男に聞いてくる女性がいたら、それは己の魅力を確認しているということだ。己を好いてくれるのかを確認しているということだ。と、少なくともこの男たちなら都合よくそう考えるに違いない。


「へえ、君、リゼルって言うんだ? 俺はラッセル・リビュートって言うんだ。知ってるかい? リビュート商会。この街でも指折りの商家なんだよ」


 成金のぼんぼんと言ったところか、とルカは冷静に分析する。だが、優男風ではあるものの、あまりガラは良さそうに見えない。どうにか改めて無視するしかないだろう。


「リゼル様。無視していきましょう」


 ことさらに聞こえるように言ったのだが、がしりと手首を掴まれた。さきほどの優男、ラッセルの片割れである。腕力だけしか取り柄のなさそうな大男だ。


「おいおい、随分つれないこと言ってくれるじゃん。とりあえず、じっくり話し合おうぜ?」


 ねっとりと気持ち悪い視線を向けられて、ルカは思わず身を震わせた。


「僕らと一緒に来ないかい? うちで取り扱っている商品を身に着ければ、君はもっと可愛くなれるよ?」


「ほんとうか?」


「もちろんさ!」


 いやらしい笑みを浮かべるラッセルと大男。極上の獲物を前に、いまにも舌なめずりせんばかりの二人の男の脳裏には、既に近所の空き倉庫に二人の女性を連れ込む計画が立てられている。口に出すのもはばかられるような卑猥な想像をしながら、ラッセルはリゼルの細い手首を掴む。


 しかし、次の瞬間──


「ひぎ! ひやあああああああ!」


 突然、叫び声をあげて尻餅をつくラッセル。


「お、おい、どうした?」


 突然の事態に驚く大男は、ルカの手首を掴んだまま、ラッセルへと駆け寄ろうとした。


「ちょっと、痛い! 離してよ!」


「……お師匠さまに危害を加えようとは」


 ぽつりとつぶやくリゼル。尻餅をついたラッセルは、虚空を見上げ、涙を流しながらじりじりと身体を後退させていく。


「あ、ああ……」


 彼の目には、リゼルの姿。そう、彼は脳裏でルカを辱める想像をしながら、リゼルの手首に触れてしまったのだ。知らなかったこととはいえ、心と闇を操る黒魔術インベイドを得意とする彼女に対するには、最悪手だった。


 そしてそれは、現実に目の前でルカの手首を痛いくらいに握ってしまった、もう一人の男にも適用される。


「ふ、ふへ?」


 彼は自分が右手でつかんでいるものに違和感を感じ、それを見た。


「へ、へ、へび!」


 とぐろを巻く毒蛇。少女の細い手首だったはずのそれが、わずかなぬめりを伴った爬虫類の胴体に変わっていた。


「うぎゃあ!」


 かぶりと噛みつかれ、泡を吹いて気絶する大男。


「も、もう、なんなのよ……」


「お師匠さま、すまなかった」


 手首をさするルカに、リゼルは頭を下げてきた。


「え?」


「考えが足りず、お師匠さまを困らせた」


 ルカが無視しようとした相手に、声をかけてしまったことを悔やんでいるらしい。


「ああ、気にしないでください。こいつらが悪いんですから。それより、リゼル様の髪に似合う、リボンか髪飾りでも探しに行きませんか?」


 つとめて平然とした声を出すルカ。怖かったのは間違いないが、リゼルがいれば安心だという思いはあった。だから、この足の震えもすぐに止まるだろう。そう思ったのだが……


「お師匠さまの足が震えている。わたくしは、抱いていこう」


「ええ?」


 止める暇もない。リゼルはルカの腰と膝の裏に手を差し入れると、そのまま抱えるように持ち上げた。


「ちょ、ちょっと、恥ずかしいから降ろしてください!」


 そう叫んでは見たものの、リゼルは聞き入れてくれなかった。


「カグヤが言っていた。人間の『恥ずかしい』は、『もっとして』の意味だと」


「……なに変なこと教えてるのよ、あの魔女は!」


 思わず叫んでしまうルカだった。恐らくは、嫌がるネザクに何かをする際に、彼女を言いくるめていただけなのだろう。だが、素直で真面目なこの魔人に対しては、もっと言動に責任を持ってあたるべきだ。ルカは彼女にしっかりと抱きかかえられながら、そんなことを痛感するのだった。


次回「第19話 英雄少女と月影の巫女(上)」

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