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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
エピローグ 二つの光が見守る世界
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~危険極まる残念会~

 その日は、学院内に設置された迎賓館の一室で、ささやかな『パーティー』が開催されていた。しかし、『パーティー』と言っても招かれた人間はごくわずかであり、中心となっているのは二人の少女だ。


 一般的なものより質素に造られた迎賓館とはいえ、応接間として設けられたその部屋の調度品は、それなりに高価なものが揃えられている。天井にはシャンデリアが下がり、その真下には大きな樫の木のテーブルが備え付けられ、柔らかい座面のあるソファがそれを取り囲んでいた。


 テーブルには所狭しと菓子が並び、飲み物の類も乱雑に並べられている。この『パーティー』の主役たる二人の少女の身分を考えれば、これは本来ありえないことだ。しかし、当の本人たちは気にした様子もない。というより、気にする余裕がないというべきか。


「……うう、ネザク様」


 淡いピンク色のドレスに身を包み、金の髪を緩やかに波打たせた少女。中央の大国エレンタード王国の王女ロザリーは、悔しげに顔を歪め、力無い声でつぶやく。ただし、その両手には持ちきれないほどの焼き菓子や砂糖菓子が握られていた。


「ほんと、エドガーってば、『にえきらない』んだから」


 ぷりぷりと怒った顔で声を荒げるのは、御年四歳にしてバーミリオンの王子やエレンタード王女をはじめとした各国の要人たちと太いパイプを作りつつある辺境の王女、エレナ・リールベルタだった。ただし、彼女の瞳は目の前に置かれた巨大なクリームケーキに釘づけであり、皿を持った手もそわそわと落ち着かなげに動いている。


「さあ、お待たせいたしました。お二人とも。カグヤ様からの『差し入れ』はこれで全部のようですよ」


 茶髪を三つ編みにしたメイド、ルカが最後の皿をテーブルに置くや否や、二人の王女は勢いよくお菓子を口に運び始める。すると傍に控えていた黒髪のメイド、リラが慌てて飲み物の準備を始める。


「ルカさんとリラさん? 給仕なんていりませんわ。早くあなたたちも飲み食いしなさい」


 ロザリーは王女らしからぬ言葉を二人のメイドに投げかける。


「で、でも、そうは言われましても……」


「わ、わたしたちの他に使用人なんていませんし……」


 使用人の立場で王族のような相手と食事を共にするなんてとんでもないと首を振る二人に、今度はエレナが有無を言わさぬ顔のまま、手にした菓子を突きつける。


「なあに? ルカおねえちゃんとリラおねえちゃん、わたしのお菓子が食べられないっていうの?」


「い、いえ! いただきます!」


「ははは……。このお菓子、ほとんどカグヤ様の『差し入れ』のはずなんだけど……」


 ルカとリラは慌てて頷きを返し、促されるままにソファの空いている場所へと腰かけた。二人としては、ある意味『修羅場』とも言えるこの場に自分たちを派遣したカグヤのことを恨みたい気分だったが、こうなっては仕方がない。観念して二人の王女による『残念会』にお付き合いせざるを得ない。


「ああ、ネザク様。きっとネザク様は今頃……」


 手にした菓子を恐ろしい速さで消失させながら、ロザリー王女は儚げに嗚咽を漏らして首を振る。


「……ルカちゃん。あの王女様、どうして悲しみながらあの勢いでお菓子が食べられるのかな?」


「言っては駄目よ、リラ。世の中には、気にしたらいけないことがあるの」


 目の前に置かれたクッキーをひとつまみしながら、ルカは諦めたような顔で言う。リラはそんな彼女に不思議そうに視線を返した後、今度はエレナ王女がぶつぶつと呟いている言葉を耳に留めた。


「……エドガーってば、わたしは本気で言ってるのに、相手にしてくれないんだもん。ルヴィナお姉ちゃんばっかり見ちゃってさ。……いいもんね。まだまだ、『うつて』はあるんだから」


 四歳の幼女の口から飛び出した耳を疑う発言に、リラは目を丸くしてルカを見た。


「ル、ルカちゃん……」


「駄目よ、駄目なの。いい? これは夢だと思いなさい、リラ。わたしたちは何も見ていないし、何も聞いていないのよ」


「う、うん……」


 虚ろな目を自分に向けてくる親友の言葉に、圧倒されるように頷くリラ。すると、エレナはさらに言葉を続ける。


「うふふ! カグヤお姉ちゃんも言ってたわ。獣人国家のバーミリオンなら、『いっぷたさいせい』なんてごく当たり前のことだって」


「…………」


「…………」


 無言で顔を見合わせる二人。

 耳ではなく、その発言をした人間を疑いたくなる言葉だった。つまり、先ほどの幼女らしからぬ台詞は、あの真っ黒な魔女が入れ知恵したものらしい。


「き、聞こえなかった。わたしは何も聞いてない……」


 耳を塞ぐようにして首を振るルカ。その隣では、リラが天を仰いでいる。


 一方、そんな周囲のやりとりなど耳に入っていないのか、ロザリーはため息とともに独り言を漏らしている。


「……最初から無理なのはわかっていましたけれど……それでも、何もしないままに諦めるわけにはいきませんでしたわ……」


 数日前、ロザリーは大国の王女としてのプライドを捨て、玉砕覚悟で真剣な自分の気持ちをネザクに伝えた。たが、告白を受けたネザクは、同じく真剣な面持ちで彼女に対し、はっきりと「好きな人がいるからその気持ちには応えられない」と返答したのだった。


「……でも、こうして本当に振られてしまうと、なんとも言えない気持ちになりますわね」


 この話を知ったカグヤは、ロザリーのための『残念会』を企画し、そこに彼女と親しいエレナにも参加してもらう形をとることで、少しでも彼女の慰めになればと考えたらしい。

 ただし、ネザクの姉という立場もあってか、自身の参加については遠慮したようだ。


 結局、運営自体はルカとリラの二人に『丸投げ』した形だが、お菓子やその他の差し入れを含めて色々と手を回しているあたり、彼女がロザリーを慰めてやりたいというのは本心だったのだろう。


 しかし、この時点では当のカグヤでさえ、この『残念会』がこの後引き起こす問題については、まったく予期しえなかったようだ。


「まだ、あきらめちゃだめよ。ロザリーさま」


「え? エレナ? いったい何を……」


 再び次々とお菓子を口に運び始めたロザリーに、エレナが真剣な顔で語り掛けてくる。


「まだ、『そくしつ』ねらい、ができるじゃない」


「え? ええ?」


 エレナのさらなる爆弾発言に、場の空気が一気に凍りつく。驚いたルカは、身分の差も忘れてエレナをたしなめるべく、身を乗り出して彼女の肩を掴む。


「エ、エレナ王女様? ロザリー王女様は大国エレンタードの王女でいらっしゃいますよ? こう言ってはなんですが……辺境の王女が大国の王子の側室になるのと、大国の王女が王族でもない少年の側室になるのとでは……」


 しかし、その台詞は最後まで続かない。なぜなら……


「そうですわ!」


 と、ロザリーが叫んだからだ。


「え?」


「ネザク様は今や、全世界の救世主。魔王の中の魔王ですわ。つまり、王女として、たとえ側室でもネザク様のお傍に仕えることは、エレンタード王国そのものの利益にもつながることです。ええ、そうよ。何も問題はありませんわ! さっそく、お父様にも手紙を書かなければ!」


 握り拳を作って声を張り上げるロザリー。


「うんうん。その意気よ、ロザリーさま!」


「うふふ! さあ、がぜんやる気が出てきたわ! 側室とはいえ、お傍にさえいられれば、いつかネザク様を振り向かせることもできるはず。見ていなさい、エリザ・ルナルフレア!……ネザク様の寵愛を一番に受けるのは、わたくしよ!」


 決意に満ちた声を上げ、立ち上がったロザリーの姿に、ルカとリラは顔を見合わせた。


「えっと、これってかなりまずいんじゃ……」


「絶対これ、後で壮絶な問題に発展するパターンだよね……」


 この『残念会』を企画したカグヤにしてみれば、自分の弟の『恋愛成就』の一方で、失恋することになってしまったロザリーを慰めたいとの気持ちもあったのだろうが、結果がこれでは目も当てられない。


「……相変わらずだね」


「そうね。相変わらずだわ」


 もう一年も前のことになる。ルカとリラの二人は、キルシュ城で彼女が騒ぎを起こすたびに、エリックが言っていた言葉を思い出す。


 ……いわく『やっぱ無自覚かよ!』


 いずれにしても、カグヤはこの『残念会』には出席していない。つまり、王女二人の『側室狙い』の目論見を知る者は、このメイドたち二人しかいないのだ。


「……リゼル様の時もこんな感じだったわよね」


「うん。やっぱり、わたしたちが頑張るしかないのかな……」


 ルカとリラの二人は、あらためて自分たちの前途多難さを実感してしまったのだった。




 一方その頃、魔王ネザク・アストライアは『決戦』の時を前に、極度の緊張状態にあった。これまで何度となく彼の前に立ちはだかってきた、宿敵ともいえる相手──英雄少女エリザ・ルナルフレア。


 この日を迎えるにあたり、ネザクは様々な困難を乗り越えてきた。


 学院の卒業式と入学式が終わり、ようやく新学期も落ち着いてきたこの時期、エリザをデートに誘う勇気を改めて奮い起こした彼を最初に襲ったのは、ロザリーとエレナの『連合軍』による妨害作戦の数々だ。


 彼女たちはネザクがエリザと二人きりになろうとすると、そのタイミングを見計らったかのように姿を現し、こちらの会話に混ざってきてしまうのだ。もともと人の良いエリザは彼女たちと喜んで会話を始めるのだが、これにはネザクも悩まされた。


 しかし、何度か同じことが続けば、さすがにネザクも彼女たちの意図に気付く。機会を見つけてロザリーを問い詰めれば、今度は彼女から真剣な表情であらためての告白を受けてしまった。

 かつてのネザクなら、狼狽え、戸惑い、返答を保留にして逃げ帰ったところだろう。

 しかし、彼女との件については、かつて姉に相談した時に「自分で決めなさい」と突き放されてしまっていた。そして、『邪神』との戦いの最中にも、ネザクは『特別な一人』への想いに気付いていた。


 だから彼は、その想いをロザリーに伝え、彼女の告白を断ったのだった。


 すると意外にも、彼女は悲しげな顔で頭を下げつつ、すんなりと引き下がった。そしてそれ以降、連合軍による妨害もなく、彼は今度こそ本当にエリザとの『決戦』に挑むことができるようになったのだ。


「うう、リゼル。どうしよう……。緊張してきたよ」


 ネザクはここにきて、情けない声で不安を口にする。


 しかし、彼は一人ではない。ここまで彼と苦楽を共にし、彼を陰に日向に助けてきた腹心の部下とも言うべき女性。暗界第二階位の『魔』にして、絶望の王の二つ名を有する魔人リゼルアドラが共に在るのだ。


「頑張ってください。ネザク。わたくしは、応援します」


 黒髪を肩の辺りで切りそろえたクールな印象の美少女。今や制服姿が誰よりも馴染んでしまった彼女は、ネザク少年の傍で「ガンバ」とばかりに胸の前で握りこぶしをつくっている。


「あ……き、来た!」


 学院から女子寮に続く道。一足先に教室を後にしたネザクは、彼女の帰りを道端で待っていた。彼の狙いはもちろん、愛しの少女をデートに誘うことだ。


 そんな彼の決意などつゆ知らず、赤毛の少女は鼻歌交じりに女子寮への道を歩いている。


「ふん、ふふん。やったぜ、さすがはあたしだ。ついに、ついに……数学のテストで0点を脱出したぜ」


 少女の手には、先ほどの授業の中で返却されたテストの答案用紙がある。自慢げに彼女が掲げるその答案用紙には、「10点」という輝かしい戦績が現れていた。……ちなみに、このテストは100点満点である。

 通常なら赤面しながら丸めてゴミ箱行きになりかねないそんな点数の答案も、エリザにかかれば額縁入りで部屋に飾っておきたいほどの誇らしい戦果だった。


 と、そんな色気のカケラもない理由とはいえ、彼女に恋するネザク少年から見れば、うきうきと嬉しそうに足取りを弾ませる彼女の姿は、目が潰れんばかりにまぶしいものだった。


「う、うう……」


 そのせいか、彼は物陰からなかなか姿を現そうとしない。このままではいけない。エリザが通り過ぎてしまう。でも、足が動かない。そんな葛藤にネザクが苦しんでいた、その時だった。


「ネザク、頑張ってください……」


 トン、と背中を押したのはリゼルアドラだ。これまでに聞いたこともないほどに穏やかで慈しみのこもった声とともに、ネザクは『宿敵』の眼前に送り出されてしまう。


「ほえ? あ……ネザク。どしたの?」


 突然目の前に飛び出してきた少年に、エリザはきょとんとした顔で声をかける。


「あ、う、いや、その、えっと、あの……」


 心の準備も何もあったものではない。ネザクは激しく狼狽えたまま、言葉にならない声を漏らし続ける。しかし、エリザはそんな彼の様子に不思議そうに首を傾げはしたものの、元来から細かいことを気にしない性格であるせいか、そのまま自分が手にした答案用紙をかざして見せる。


「ほらネザク、見てよ! あたし、やっと数学で0点以外の点数とったんだよ」


 ネザクの前に突き付けられたその答案用紙には、恐らく数学教師の思いやりだろう──「10点」の表記の部分に花丸が付けられていた。この教師が彼女の成長ぶりをいかに喜んでいたのかがわかるような、彼女の努力を褒めちぎるコメントまで書かれている。


 ある意味、テストで『10点(ただし、100点満点)』をとって、ここまで教師に喜ばれるエリザは傑物と言ってもいいのかもしれない。

 しかし、そんなこととは関係なく、ネザクの瞳には掲げられた答案用紙の向こう側で嬉しそうに笑う、赤毛の少女の無邪気な笑顔しか映っていない。


「……エ、エリザ」


「うん? なに?」


 絞り出すような少年の声に込められた、鬼気迫るほどの決意。しかし、肝心なところで鈍い少女は、それに気づくこともなく軽い調子で聞き返す。


「そ、その……これから……」


 少年は、勇気を振り絞って考えていた言葉を口にする。


「ぼ、僕と……デートをしてくれないかい?」

次回「~魔王と英雄のデート~」

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