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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
エピローグ 二つの光が見守る世界
159/162

~不穏なる平和の集い(下)~

 会場内のとある一角には、際立って華やかなテーブル席があった。うら若い女性陣が集まったその席には、男性はたった一人しかいない。料理を囲み、おしゃべりに興じる集団のただ中にあって、ルーファスはぼんやりとした顔のまま息を吐く。


 ちらりと視線を向けた先にいるのは、この華やいだテーブル席の中にあって、ひときわ輝く大輪の花とも言うべき少女、リリアだ。彼女の周囲には、ルカやリラの他、同級生の少女たちが集まり、わいわいと盛り上がりを見せている。


 かつては人を寄せつけない気位の高さばかりが目立っていた『吸血の姫』も、この一年の歳月の中で大きく成長していたらしい。今では柔らかな笑みを浮かべ、気さくな言葉で周囲の少女たちと会話を楽しんでいるようだ。


 なぜ、自分がこんな場違いな席に……とも思うが、ルカやリラといった顔なじみの少女たちに強引に連れてこられたのだから仕方がない。もともとは特殊クラス全員が壇上に上がって紹介を受けるという案もあったのだが、あくまでも主役はエリザとネザクの二人だということで、他のメンバーは登壇を遠慮したところだった。


「ほら、ルーファス先生も教えてくださいよ」


「む?」


 ろくに話を聞いていなかったところに、少女たちの一人から声を掛けられ、間の抜けた返事をしてしまうルーファス。


「あれ? 聞いていなかったんですか? リリアさんとルーファス先生の馴れ初めの話です」


「こ、こら! だから、その話はもういいじゃない。別のお話にしましょう?」


 リリアは頬を軽く染めたまま、そんなことを言ってはいるが、どうやらまんざらでもないらしい。嬉しそうに頬を緩めていることから見ても、それは明らかだ。

 さすがにルーファスも、自分の愛する少女のことに関しては、鈍くもなくなったらしい。そうした彼女の心の内を表情から読み取れるようになっただけでも、大きな進歩だと言えた。


「ふっふっふ。やっぱり、あれですか? 戦いの中で育まれた絆が、いつしか愛に……とかいった展開なんですね?」


 実に嬉しそうにメモを片手に持ちながら聞いてくるのは、ブラウンの髪を三つ編みにしたメイド少女、ルカだ。彼女とその相棒であるリラは、こうした席においてもメイド服を着たままである。一度、何着同じ服を持っているのかを聞いたことがあったルーファスだが、その時、リラからは……


「ふふふ。ルーファスさん。女の子には……いえ、特にメイドという職業には、余人に知られてはいけない秘密というものがいっぱいあるものなんですよお?」


 と、酷く恐ろしい顔で言われてしまい、それ以来、その話題にはなるべく触れないようにしている。


 それはさておき、ルーファスとしてはリリアとの『馴れ初め』と言われても、ぴんと来る話はない。


「馴れ初め……と言われてもな。まあ、最初は……あのベンチのある木の下でのことだったか……」


 しかし、ルーファスが何の気なしにそう言うと、リリアの顔が目に見えて赤くなっていく。


「おやおや? リリアさん? もしかして、その木の下での出来事が……何か重要なイベントだったんですね?」


 器用に皿の料理を皆にとりわけながらも、ルカはにやにやと笑いつつ、追及の手を緩めない。


「い、いえ……そんなことは……」


 恥ずかしげに目を伏せつつも、時折ちらちらとこちらを見つめるリリアの表情に、ルーファスはしばらく見惚れていた。しかし、彼女がそんな顔をする理由が特に思い当たらない。……と、そこまで考えて気がついた。


「ああ、そうだったな。……リリア。心配しなくても、あのことは誰にも言わないぞ」


 思い浮かんだあの日の出来事は、確かに彼女にとっては恥ずかしいものだろう。そう考えたルーファスは、気を利かせてそう言った。


「え? え? やっぱり、何かあったんだ? きゃーきゃー!」


「聞かせてくださいよう! 恋バナ、大好きなんです!」


 少女たちから次々に上がる黄色い声に耳を塞ぎたくなったルーファスだが、ここで意外にもリリアがこんなことを言いだした。


「ちょ、ちょっとだけなら、いいんじゃないかしら……」


「いいのか?」


「え、ええ……。そんな、どうしても隠さなきゃいけないほど、恥ずかしいことでもないし……」


 うつむき加減のままでぼそぼそと話すリリアに、ルーファスは驚きを隠せない。とはいえ、まあ、彼女が言うのならそうなのだろうと、そんな風に納得してしまった。


「じゃあ、じゃあ、早く! 聞かせてくださいよ!」


 リラにまでせっつかれ、ルーファスはあの日のことを語りだす。


「ああ、あの日はちょうど、俺があの木の枝に座って休んでいたのだが……彼女が真下にあるベンチに腰掛けている姿が見えてな……」


「ふんふん」


 目を興奮に輝かせ、食い入るようにテーブルに身を乗り出す少女たち。すると今度は、リリアが言葉を続ける。


「あ、あの時は、平然とした顔で誤魔化しましたけど……びっくりしましたのよ? いきなり、上から降りてくるんですから」


「む?」


 なんとなく今の言葉には違和感を覚えたものの、ルーファスは『降りてくる』と『降ろされた』の言葉の違いを正すことに意味はないと判断した。


「わ、わたくしが落ち込んでいるところで……あんなことを言ってくるんですもの……」


「あんなこと? ふむ。まあ……ああして目に涙を浮かべている君に頼まれては、黙っているわけにはいかなかったしな」


「え? べ、別に頼んでなんて……いませんでしたわよ? まさか、心の中で助けを求めているように見えたとか……そんな気障なことを言うつもりじゃありませんわよね?」


 なおも嬉しそうな顔で、悪戯っぽく笑いかけてくるリリア。『助けを求める』という言葉は意味不明だが、ルーファスは自分の記憶を頼りに言葉を返す。


「いや、この上なくはっきりと頼まれたぞ。だから俺は……覚悟を決めて言ったのだが……」


「うう……覚悟だなんて……。こ、こんなところでそこまではっきり言わなくても……」


 両手を頬に当て、ぶんぶんと顔を横に振るリリア。自分が言わせたのでは? と思いつつも、ルーファスは彼女のやりたいように付き合うことにした。


「ふああ……なんだか、本当に恋バナっぽくなってきましたよ?」


「きゃーきゃー! それで、なんて言ったんですか?」


 女性陣はますますヒートアップしていく。


 しかし、ルーファスはここで大きく首を振った。


「さすがにそれは言えないだろう。リリアにも恥をかかせることになる」


「ええー? そんなあ……」


 ルカをはじめとする少女たちは、露骨にがっかりした顔をする。だが、言えないものは言えないだろう。と、ルーファスが思っていたその時だった。


「べ、別に……構わないわよ?」


「なに?」


 リリアの言葉に、今度こそ耳を疑うルーファス。


「だ、だが……」


「……あ、あなたから言ってもらった言葉なら、どれも全部、わたくしの宝物です。恥だなんて、とんでもないわ」


 うるうると目を潤ませて自分を見つめてくるリリアに、ルーファスは酷く感動した。まさか、あんな言葉まで含めて、自分の言葉をすべて大事だと言ってくれるとは。

 ならば、それに応えないわけにはいくまい。


 ルーファス、一世一代の爆弾発言。後世にまで語り継がれるかもしれない『ひとつの事件』は、彼のそんな間違った決意から引き起こされた。


 彼は少し間をおいて、それから一気に語り出す。


「俺はあの日、彼女に『胸を触った感想は?』と聞かれ、こう答えた。『柔らかかった。だがそれだけにとどまらず、適度な張りと弾力が若々しさを感じさせた。その歳の女性としては、十分な大きさだったのではないかと思う』と」


「…………………………………………」


 少女たちからは、悲鳴は上がらない。

 少女たちの表情は、全く変わらない。

 しかし、その反応は一様に同じに見えて、その内心はまるで様々だった。

 

 予想もしなかった『アダルトな恋バナ』の内容に、興奮が臨界点を突破した少女たち。

 一方でルーファスを知るメイドの少女たちの感想は、『ご冥福をお祈りいたします』だった。


 そしてもちろん、最後の一人、気高く美しき吸血の姫リリア・ブルーブラッドの心の裡はと言えば……灼熱の活火山、その一言に尽きる。


 冗談でも誇張でもなく、長い白金の髪をゆらゆらと逆立たせ、ゆっくりと椅子を立つリリア。周囲にいた同級生の少女たちも、メイド少女二人に引きずられるように席を離れていく。


「……む。まさかこれは……噂に聞く『死亡フラグ』という奴か?」


 もちろん、今さら気づいても手遅れに過ぎる。


「死にさらせ! このド変態がああああ!」


 およそ麗しい姫君の口から飛び出すとは思えない怒号と共に、ルーファスの身体は軽やかに宙を舞ったのだった。



 壇上では、エリザとネザクが恥ずかしそうに人々の声援を浴びていた。

 しかし、エリザの視線はと言えば、会場の一部で始まったドタバタ騒ぎに向けられている。


「まったく……リリアも相変わらずだなあ。せっかくルーファスと婚約したっていうのに、あれなんだもんな」


 派手に吹き飛ぶルーファスを視界に収め、エリザは軽く苦笑した。もちろん、たった今、彼女が話しかけた相手はネザクである。


「ん? ネザク? どうかした?」


 反応がないのを不思議に思ったエリザは、少年の顔を下から覗き込むように身体を傾ける。するとそこで、ネザクは我に返ったように首を振った。


「……あ、いや、ごめん。なんか今、舐めまわされるような視線を感じて……」


「舐めまわされる? ……なんだか穏やかじゃないな」


「うん。でも、もう大丈夫」


 心配そうなエリザの言葉に、ネザクは手を振って答えている。もちろん、彼が感じた視線の正体は、誰あろう『幽玄の聖女メルリア』のものだ。


 しかし、彼女に限らず、現在の星界は月界の『魔』でも災害級クラスの力を持つものであれば、自由に出入りできるようになっている。『染色本能』を半ば失った彼らは、星界に積極的な危害を加えることはないだろうが、ネザクに対する態度自体は、メルリアと似たり寄ったりだろう。


 つまり、星界は無事でも、彼の身だけは『無事』ではなくなる恐れがあるということになる。


 そのことを知ってか知らずか、小さく身震いをするネザクだったが、ここで再びエリザに声を掛けられた。


「やったじゃん、ネザク。……夢、叶ったね」


 そんな彼の背中をどやしつけるように叩くエリザ。彼女が指し示す先には、依然として自分を『愛して』くれている人々の姿があった。中には熱心に手を振ってくれる者までいるようだ。


「……うん。エリザのおかげだよ。僕にとっての『世界征服』。それが今、ようやく叶ったんだね」


 今や『魔王』という言葉は、『ネザク・アストライア』の代名詞に他ならなくなった。そもそも彼の存在は、『樹木の災厄』の時点ですでに全星界の人々の深層意識に刻み込まれていた。それがさらに、今回の『狂月の災厄』による『少年魔王の薄い本』などの情報を通じて、誰もが広く知るところになったのだ。


 『魔王』という言葉のイメージを変える。自身の存在で世界中の人々に影響を与え、自らが『皆に愛される魔王』になる。ネザクの抱いていた夢はついに、叶ったことになる。




 一方、会場の隅の壁際でカクテルグラスを片手に持ったまま立ちつくしているのは、艶やかな黒髪の美女カグヤだった。豊かな胸の谷間がわずかに覗く扇情的な黒のドレスを身に纏う彼女は、会場の隅にありながら、周囲の独身男性たちの注目を大きく集めている。

 その美貌には儚げな憂いを秘めた黒瞳が輝いており、しなやかな所作のひとつひとつがまた、男の目を惹きつける。


 そんな彼女が、ため息とともに小さく呟いた言葉、それは……


「……うう、ネザク。あの子が人前であんな風に堂々としていられるなんてね。恥ずかしがってわたしの陰に隠れていた時が懐かしい……。あんなに立派になっちゃって、お姉ちゃん、嬉しいけれど寂しいわ」


 弟離れのできない姉の愚痴。そうとしか表現しようのないものだった。


「ははは。まあ、気持ちはわかるけどね。俺も手のかかる教え子だったエリザが、あんな風に英雄として皆に称えられるようになった姿を見ていると、嬉しい反面、少し寂しい気持ちにもなる」


 小さく肩を落とした彼女の隣には、わずかに癖のある薄茶色の髪を首の後ろでまとめた青年の姿があった。当然ながらその立ち位置は、会場の独身男性からの敵意と羨望の的になるものであったが、彼は単なる優男に見えてその実、五英雄の一人、星霊剣士アルフレッド・ルーヴェルその人だ。


 そんな二人の間に割って入る勇気のある者などいるはずもなく、必然的に二人の周囲には微妙な広さの空間が生まれていた。


「でも……うふふ! まだまだよ」


「え? カグヤ?」


 唐突に含み笑いを漏らし始めたカグヤに、アルフレッドは嫌な予感を覚えて顔を引きつらせる。


「やあねえ。そんな顔しないでよ。ほら、まだわたしには、あの子の『お姉ちゃん』としての大事な仕事が残っているのよ」


「大事な仕事?」


「ええ。好きな女の子へのアプローチの仕方とか……極端に経験の少ないあの子はきっと、そんなこともわからずに戸惑っているはずよ! ふふふ! 今こそお姉ちゃんの出番ね!」


「い、いや、それはどうだろう……。君がその手のことに関わると、大概はややこしい話に発展するような気がするけど……」 


 アルフレッドはさきほどの嫌な予感の正体に気付き、遠まわしに忠告の言葉をかけてはみたものの、彼女はまるで聞く耳を持たない。


「……それに、ロザリーのことも気になるしね」


 ぶつぶつと自分の考えに没頭し始めるカグヤを見て、アルフレッドはやれやれと息を吐く。それでも、彼は幸せだった。愛する女性が傍にいる。ただそれだけで、この世のどんな理不尽も受け入れてしまえそうなほどに。

次回「~危険極まる残念会~」

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