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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
エピローグ 二つの光が見守る世界
157/162

~卒業式と入学式~

 ルーヴェル英雄養成学院の卒業式および入学式は、従来の予定を十日ほど繰り下げて実施される運びとなった。それもそのはず、ネザクたちがエクリプスで『邪神』との激闘を繰り広げたあの日は白季の第30日であり、その年度の最終日に当たる日だったからだ。


 星界全土を巻き込んだ『狂月の災厄』に際し、文字通り東奔西走して人々を救った学院生たちの評判は、さらに高まりを見せている。そのため、卒業式の会場には学院生の保護者のみならず、各国の重鎮をはじめ、まだ就職先が決まっていない卒業生の確保を狙った各機関の関係者らが詰めかけていた。


「うっひゃあ……これはすごいねえ」


 式典の準備に追われるエリックやシュリ、エルムンド副院長の姿を他人事のように眺めつつ、アズラルは感嘆の声を漏らしている。彼自身、この学院では教員の地位を有しているはずなのだが、今日のこの日に限っては、別の立場で『来賓』として招かれていた。


 その立場とは……


「こら、アズラル。仮にも一国の代表者ともあろうものが、そんな間抜けた声を出すな」


 彼の隣に腰掛けた新緑の髪のハイエルフ、アリアノートの言葉のとおり、『国家元首』としてのものであった。


「嫌だねえ。兄上が死んで、せっかくお役御免だと思っていた王族としての立場に、今さら舞い戻るとか格好悪すぎだよ」


 アズラル・エクリプス。先王エルスレイ亡き後、政府高官により暫定統治されてきたエクリプス王国は、『心月の邪竜』の災厄から解放されてすぐ、彼に王の座に就くよう打診してきた。いや、それは打診と言うより懇願に近いものだ。


 あの災厄でなすすべもなかった暫定政府は、急激に国内での求心力を失い、新たな指導者なくしては国家体制そのものが瓦解してしまう恐れさえあった。


「それでも……一度は捨てた国だ。知ったことじゃなかったはずなんだけどね」


 つぶやきながらもアズラルは、来賓席に腰掛けたまま、会場に入場してくる『卒業生』の一団を見守っている。実際、この卒業生たちの中にこそ、彼がエクリプス王になることを拒めなかった要因があった。


「卒業生代表、ルーファス・クラスタ」


 その声に合わせ、卒業生の列から一人の少年が進み出る。


 今年度の卒業生の中でも、最優秀の成績を誇るダークエルフであり、アルフレッド自らが直接指導を行う『特殊クラス』の最上級生でもあった少年だ。

 もちろん、その事実だけを見ても彼が卒業生代表を務めるのも当然と言える。しかし、今の彼にはもうひとつ、大きな肩書があった。


 それは、「プラグマ伯爵領次期当主リリア・ブルーブラッドの婚約者」というものだ。

 ルーファスの行った『吸血の姫』の救出劇は、ルヴィナの予想通り、伯爵領の人間たちを熱狂させた。従来から伯爵家の形式的な統治に不満を抱き始めていた彼らにとって、世界の救世主にして歴代最高の『ブルーブラッド』たるリリアは神にも似た崇拝の対象であり、そんな彼女を助けたルーファスもまた、極めつけの英雄として認知されている。


 すでに状況は、ルーファスにとってもリリアにとっても『後には引けない』ものとなっていた。最後の戦いを終えたエクリプス王国からの帰り道、皆で立ち寄った伯爵領でそのことを知ったリリアは、大きくため息を吐いて傍らのルーファスに愚痴を漏らしたものだ。


「……あなたって、どこまでタチが悪いんですの? 最高のタイミングで助けに来ておいて、どうしてわたくしたち、ここまでのっぴきならない状況に追い込まれているのかしら?」


 それに対するルーファスの回答は、次のようなものだった。


「のっぴきならない状況とはいうが、あまり関係はないな。どんな状況だろうと、たとえ誰に反対されようと、俺はリリアにとっての『王子』であろうと決めたのだから」


「……ど、どうしてそう、恥ずかしいことを顔色一つ変えず言えるんだか……どこまでもタチが悪いわね」


 リリアが赤面しながら誤魔化そうとするも既に遅く、次の瞬間にはエリザをはじめとする周囲の皆からは、盛大に冷やかしの口笛が鳴り響いていた。




 ──問題は、統治者である伯爵家が断絶した今、プラグマ伯爵領の統治をどうするかだった。むろん、リリア以外の人間が統治者となるのでは、領民たちが納得しない。かといって、伯爵家の残党がいるだろう今の領地に彼女が一人で乗り込んでも、ことはうまく運ばないだろう。


 そこで白羽の矢が立ったのが、アズラルだった。彼は伯爵領を属国として従えていたエクリプス王国の元王弟である。五英雄の一人でもあり、リリアの師の一人でもある彼であれば、少なくとも『暫定統治者』となることは不可能ではない。


 数年はそうした形で伯爵領の旧支配階級を抑え込み、いずれはリリアがルーファスを伴って正式に領主として就任する。それが現状で考えうる、もっとも現実的な選択肢だった。


「……ま、可愛い教え子のためだしね。我慢するさ」


 ルーファスが登壇し、卒業生代表としての答辞を行う姿を眺めつつ、アズラルは小さく息を吐く。


「ふふ。大変なのはお前ばかりじゃないさ。わたしはわたしで、柄にもなく『王妃様』などと呼ばれる羽目になったのだぞ? いちいち着るものにまでメイドたちから厳しい注文が入るし、窮屈で仕方がない」


 彼の隣では、アリアノートが無理やり着せられたドレスの裾を、指先でいじくりまわしながら不満の声を漏らしていた。


「ははは。まあ、ハニーは着せ替え甲斐があるからね。ほら、ネザク君に対するリリア君たちもそうだったろう?」


「……まったく、ようやく彼の苦労がわかったような気がするな」


 アリアノートはやれやれと首を振りながら、在校生が集まる一角に目を向ける。その中にあって、ひときわ目立つ二人組。見目鮮やかな真紅の髪の少女と、少女と見紛うばかりに美しい金髪の少年の二人だ。


 ハイエルフ特有の鋭い聴覚でそちらに意識を向ければ、こんな会話が聞こえてくる。


「すごいなあ、ルーファス先輩。こんなにたくさんの人の前で、あんなに堂々と話せるんだもん。あこがれちゃうよ」


「あはは。ネザクって、結構あがり症だもんね」


「うん。お城で魔王暮らしをしていた時が一番大変だったなあ……」


「……ま、魔王暮らしって」


 ネザクの言い方がツボにはまったのか、エリザは腹を押さえて笑いを必死にこらえている。小さな声での会話はともかく、式典の最中に笑い出すわけにはいかない。


「まあ、ああいう場所で堂々と話せるようになるコツとかも、来年度からは『ルーファス先生』に教えてもらえばいいかな」


 ネザクは、笑いをこらえ続けるエリザに恨みがましげな目を向けながら言う。すると、エリザの隣から鈴の鳴るような少女の声が聞こえてきた。


「でも、あの男に教師が務まるとは思えませんわね」


 答辞を終えて演壇から降りるルーファスに、ぼんやりとした視線を向けているのはリリアだった。


「あれえ? いいのかなあ、リリアってば。婚約者の王子様のことを『あの男』呼ばわりしちゃってさ」


 リリアの隣に座るエリザは、意地の悪い声で冷やかしの言葉を口にする。


「……今さら何を言われても動じませんわよ」


「ちぇっ、つまんないなあ。もっと真っ赤になって狼狽えてくれなくっちゃ」


「……あのねえ。ここ数日、何回同じことを繰り返していると思ってるのよ。いい加減にしなさいよね」


 不満げに頬を膨らませるエリザに、呆れたようにため息を吐くリリア。すると、そんな彼女にネザクが笑いかける。


「あはは。でも、良かったよ。ルーファス先輩がここで教師になってくれるってことは、リリアさんも卒業までは、この学院にいてくれるんでしょ?」


「べ、別に彼がいるからとかじゃなくて……わたくしはこの学院で、まだまだ英雄として必要とされる資質を身に着けていく必要があると判断したまでのことですわ」

 

「またまたー! リリアが一番、喜んでたくせに!」


「もう! エリザ!」


「ああ、駄目だよ! そんな大声を出しちゃ……」


 ネザクが注意するも既に遅く、いつの間にか彼らの傍には、真面目そうな女性教師が腰に手を当てて立っている。


「やれやれ……もうすぐ進級して二年生になるというのに、まだまだ子供だな」


 少年少女が女性教師に会場の外へとつまみ出されていく後ろ姿を、アリアノートは微笑ましげに見送ったのだった。




──スケジュールの都合上、卒業式の翌日には、すぐに入学式が行われた。入学式に出席した少年少女たちは、あの『災害級』の試練を乗り越えてきている。彼らは皆、そのことに少なからず誇りを抱いており、幾度となく世界を救った先輩のいるこの学院で学べることに、夢と希望と幻想を抱いていた。


 しかし、そんな彼らが最初に直面する現実。

 それは……


 入学式終了直後、解散間際の新入生たちは、何故か在校生たちの指示を受けて体育館に誘導させられた。その後、演壇の上にさっそうと姿を現したのは、白髪の双子姉妹だ。


 彼女たちは、揃って額に鉢巻を着けている。さらにはプラカードらしきものを持った数人の生徒たちを取り巻きとして連れて歩き、演壇中央にまでたどり着くと開口一番、こう言い放った。


「皆さま、入学おめでとうございます。……これから輝かしい未来に向けて学院生活を送られようとする皆様に、素敵なご案内があります。二つの『選択肢』がある、と言い換えてもいいかもしれませんが……」


 双子のうち、穏やかな印象の少女が厳かにそう言えば、


「ひとつ! ネザクファンクラブに入会し、我らが同志と共に身も心もネザクに捧げ、彼に尽くすことを通じて友情をはぐくみ、彼を愛でることを通じて絆を深め、彼を想うことを通じて満ち足りた学院生活を送る道!」


 目つきの鋭いもう一人の白髪の少女は、人差し指を真っ直ぐに立てたまま、言葉を続ける。


「……そしてもうひとつは、この道を外れ、我らが同志に後ろ指をさされつつ、有形無形の『困難』に耐え忍びながら孤独のうちに学院生活を終える道」


 少女は、凛とした声で耳を疑うような宣言を口にする。


「どちらを選ぶべきかは……もう決まったようなものですわよね?」

「どちらを選ぶべきかは……もう決まったようなものではないか?」


 ぞっとするような狂気に満ちた表情を浮かべ、最後通告を唱和するイリナとキリナの双子姫。彼女らは『初代』ネザクファンクラブ会長と副会長を務めていたクリスとレナの二人が卒業することを機に、『二代目』を襲名していたのだった。


 いつの間にか、似たような鉢巻を着けた集団が、新入生たちを取り囲んでいる。


「あ、あわわ……」


「やば……入学するところ、間違えたかも……」


 それまで期待に胸を膨らませていた新入生たちは、たちまち顔色を青ざめさせ、互いに顔を見合わせている。徐々に包囲の輪を詰めてくる在校生たちの手には、『ファンクラブ入会希望書』なる紙が掲げられている。


 と、その時だった。


「くおらあああ! 何をやってんだ、貴様らは! 新入生に怪しげな勧誘を仕掛けるのはやめろと、あれほど言っただろうがあああ!」


 騒ぎを聞きつけ、血相を変えて体育館に飛び込んできたのは、誰あろうエリックだ。傍らに助手のシュリを伴って姿を現した彼は、壇上に立つ双子姫の元に躊躇なく駆け寄っていく。


「あら、エリック先生。ご機嫌麗しゅう」


「麗しくねえ! いい加減にしろよ、この変態双子姉妹! 今日という今日はもう、我慢ならん! ネザクファンクラブとやらのせいで、俺とエルムンド副院長の胃がどれだけ痛めつけられてるのか、わかってるのか?」


 クレセント王国の貴族階級でもある双子姫に向けて、エリックは体裁を取り繕うつもりなどないらしく、乱暴な言葉づかいで怒鳴り散らした。


 そんな彼の姿に、新入生たちも唖然とした目を向けている。しかし、一方の双子の姉妹はまるで動じる様子もない。今度は選手交代とばかりにキリナの方が口を開いた。


「しかし、エリック先生。確かに先生からは『怪しげな勧誘』をするなとは言われたが、これは至ってまともな勧誘だぞ? 何か問題があるのか?」


「大ありだ! このぼけえええ! さっきのはどう考えても『勧誘』じゃなくて『脅迫』だろうが! 見ろ! みんな、すっかり怯えちまってるじゃねえか!」


 ぜえぜえと荒く息をするエリック。


「おじさま。落ち着くにゃん。また、胃の調子が悪くなったら大変だよ?」


 心配そうに彼の背中をさするシュリだが、そんな彼女もまた、疲れたように息を吐いている。


 結局、どうにかその場を解散させることで話をつけたものの、勧誘自体は学院内でいつでもどこでも行うことはできる。現在、学院生のおよそ9割が加入するネザクファンクラブを止めることができるものなど、すでにこの学院には存在しないのだった。


「……はあ、前途多難だにゃ」


 憔悴しきったエリックを支えながら、体育館を出るシュリ。

 『愛しのおじさま』の今後の苦労に思いをはせつつ、何気なく彼女が見上げた青い空には、『大小二つの太陽』が寄り添うように輝いていたのだった。

次回「~不穏なる平和の集い(上)~」

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