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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 最終章 見つめあう二人
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第135話 星月の邪神

 エリザの一閃を受け、『心月の邪竜』の身体が砕け散る。これまで幾度となく復活を繰り返してきた『邪竜』も、ネザクの《ルナティック・ハイルール》によって再生を妨害され、ついには滅びの時を迎えた。


 『邪竜』の腹の中にあった『異空間』は徐々に解放されていき、削り取られた『世界の断片』は、まるで何事もなかったかのように元の場所へと復元していく。飲み込まれた街や城、そこに住む人々、そうした諸々のものが世界に取り戻されていく中、その変化は当然、エクリプスの王都にも起こり始めていた。


「みんな! 無事か!」


 階下から駆け上がってきたエドガーとルヴィナ、そしてイデオンの三人は、ぐらぐらと揺れ始めた『暗黒宮殿メイズパレス』の屋上でネザクやエリザ、その他の面々との合流を果たしていた。


「早くここから離れなきゃ! このままじゃ宮殿の崩落に巻き込まれる!」


 『邪竜』の滅びを確認し終えたネザクが叫ぶ。


「くそ! でも、下の階には他の皆が残っているぞ! この状況では間に合わない!」


 ガラガラと端から崩れていく屋上庭園を見渡し、ルーファスもまた焦りの声を上げていた。


「これでは空から脱出するしかなさそうよ」


 ルヴィナは努めて冷静な声で状況を確認するように言うが、その顔は青ざめている。階下にはまだ、『黒の獣』と戦い続けているアズラルとアリアノート、さらには『白月の異兵』を食い止めているミリアナたちがいるのだ。


「あたしが助ける!」


 それを聞いたエリザは迷うことなく階下へ降りていこうとするが、それを横から引き止めたのはリリアだった。


「おバカ! 無理よ!」


「無理じゃない! 瓦礫ごとあたしが吹き飛ばしてやる!」


「落ち着きなさい! この黒い鉱石は、ただの石材じゃないわ。いくらあなたでもこの質量をまとめて吹き飛ばすなんて無茶よ!」


「だったら、どうするのさ! 見殺しになんてできないよ!」


「二人とも、言い争っている暇はないわよ! ネザク君がリンドブルムを用意してくれたわ!」


 エリザとリリアの押し問答に割って入るルヴィナ。


「ネザク! 下にはまだ他の皆が!」


「わかってる! ここには僕が残る! この城が暗界の『第三階位』で構成されているなら、僕が《ルナティック・ハイルール》で石材を支配することができるかもしれない。だから、皆は早く行くんだ!」


 ネザクは銀翼竜王リンドブルムを屋上すれすれまで降ろすと、他の皆にその背に乗るよう促した。


 しかし、その時だった。


「無理よ。この城の建材は、『メイズフォレスト』そのものだというわけではないわ。それは今、階下で戦闘中の『黒い獣』だもの。あの賢者のように建物自体に術をかける下地を整えてからならともかく、直接『魔』を支配するようなわけにはいかないでしょうね」


 落ち着いた声音でそう言ったのは、ルーナだ。リゼルの魔法、《星の抱きし心の月に語るモノ》を受けた彼女は、まるで憑き物が落ちたかのような顔をしている。

 もちろん、ネザクたちはあずかり知らないことだったが、地底湖における『もうひとりのルーナ』がネメシスに説得されたことも要因のひとつだろう。


「くそ! じゃあ、どうすれば……!」


 悔しげに叫ぶエリザ。しかし、ルーナは声に静かな答えを返した。


「簡単よ。……こうすればいいの」


 ルーナは、静かに手を振った。


 ただそれだけで、一瞬にして周囲の景色が変わっていた。不気味な屋上庭園にいたはずの一行は、気づけばいつの間にか戦闘前に集まっていた小高い丘の上にいる。

 ガラガラと崩れる暗黒宮殿は、最後まで崩れきったところで、風化するように散り散りとなって消え、代わりに『邪竜』に飲み込まれていたはずの王都エクリプスが姿を現した。


 『邪竜』と直接交戦した者たちこそ犠牲となったままのようだが、なすすべもなく飲み込まれた人々は、その大半が街の中で気絶した状態で倒れているらしい。


「え? なんだ? どういうことだ?」


「瓦礫が崩れてきたと思ったら……」


 その場には、エリザやネザクと合流していたメンバーのほかに、第一階層で戦っていたはずのアズラルやアリアノートの姿があった。


「「どういうこと? 敵の姿が消えた……」」


 女性の二重音声でそうつぶやき、あたりを見渡しているのは、巫女服を着た青髪の女性だった。


「ミリアナ様! よく御無事で!」


 ルヴィナがその女性の元に勢いよく駆け出していく。


「あら、ルヴィナ。よかったわ。あなたも無事だったのね? それにネザクも、他の皆も……」


 しかし、ミリアナはそこで一度安堵の息を吐いたものの、メンバーの中にエリザとは異なる真紅の髪の女性を見つけ、警戒するよう身構える。


「心配は無用。ルーナは皆を助けてくれた。彼女の持つ『心月』の特異能力──《悠久球渦》の空間操作によって」


 リゼルがミリアナにかけた言葉を受け、その場の全員の視線がルーナに集中する。


「……もう一人の、わたしの声が聞こえたわ。『星の男』と『闇の女』──あの二人、いくら『黒月』の力を借りたとはいえ、まさか本当に『もう一人のわたし』の元にたどり着くだなんて……」


 ルーナは自分の身体を腕で抱えるようにして、力なくつぶやく。


「そりゃあ、アルフレッドだからね。やるに決まってるさ」


 そう言って笑うアズラルは、疲れ果てた身体をアリアノートに支えてもらいながら、かろうじて立っている有様だった。


「ふふふ……どんな無茶も『アルフレッドだから』で通ってしまうのは、今も昔も変わらないのだな」


 夫の言葉に同意するようにうなづくアリアノート。彼女は、誰かを探すようにきょろきょろと周囲を見渡している。


「あの二人の場所には危険がないから……転移はさせてないわ。そのうち、『もう一人のわたし』と一緒にここに来るでしょう」


 その視線の意図に気づいたルーナが、彼女に応えるように言う。


「ふうん。まあ、いいか。君はもう、わたしたちに敵対する気はないということでいいんだな?」


「……そうね。『わたしたち』の目的が同じであることが分かった以上、あえてこの『星界』を狂気で振り払う必要もなくなったわけだし……」


 しかし、ルーナは途中まで言いかけたところで、驚愕に目を見開いた。


「こ、この力は……? な、なんなの、これ? いったい何が起きて……」


 復元されたエクリプス王城のはるか上空に、暗雲が立ち込めている。渦を巻く黒い雲には稲光が時折走り、見るからに禍々しい気配が渦の中心に漂っていた。


「……なんだろう。すごく嫌な気配を感じる。アレは危険だよ。駄目だ。あんなもの……放ってはおけない」


 渦の中心に現れつつあるものを見つめ、ぶつぶつとつぶやくネザク。


「うん。あたしも感じる。アレは、この世界にあっちゃいけないものだ。怨念とか恐怖とか憎悪とか……そういう『よくないもの』が集まってる感じがする」


 ネザクの隣で、エリザが同意するように頷く。


 ──やがて、ソレは一つの形に収束していく。


 人間とそれほど変わらない背丈のヒトガタ。大きく変わっているところがあるとすれば、その背に二対四枚の黒く巨大な翼が生えていることぐらいのものか。手の数や足の数には異常はない。遠目からでは顔立ちこそはっきりしないが、しかし、……この上なくはっきりしていることがあった。


「……こりゃあ、とんでもないね。あんなものがいたら、この世界は滅びてしまうよ」


「く……嘘ですわよね? なんですの、あの化け物は!」


 エリザやネザク以外で、その異形が持つ異常な力を真っ先に察知したのは、アズラルとリリアだ。しかし、あまりにも圧倒的すぎるその力に、他に言葉もない。見ただけで分かる。アレは、自分たちにはどうしようもないものだということが……。


 と、その時だった。


「うわっと! あれ? よかった! みんな無事だったのか!」


 何もない虚空からいきなり出現したのは、地底にいたはずのアルフレッドだった。


「あなたたち、よく聞きなさい!」


 続いて、真紅の髪の幼女を引きつれて現れたのは、黒衣黒髪の美女だ。その姿は間違いなくカグヤなのだが、しかし、ネザクとリゼルにはそれが別人であることが分かった。


「母様? またカグヤに映し身を?」


「その話はあとよ、リゼル。いいから聞きなさい。あそこに生まれつつある化け物だけど……あれは『あのヒト』の化身とも言うべきものよ」


「あのヒト?」


 ネザクが不思議そうに聞き返す。すると、彼女──ネメシスはネザクに軽く微笑みかけ、それから真剣な顔で頷きを返した。


「ええ、正確には……『星の狂気』そのものよ。この星界において、遥かなる過去から現在に至るまで続いてきた、度重なる戦乱。その中で星界の民……いえ、ここは『星界の魔』と呼んだ方がいいかしらね……が蓄積してきた無念と憎悪。恐らくは……それらが『心月の邪竜』が崩壊した際に解放された狂気を媒介に集束しはじめているのね」


 ネメシスのその言葉に、真紅の髪の少女がうつむく。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい。……わたしが、わたしがわかっていなかったせいで……」


 いつの間にか、二人のルーナはその姿を一つに重ねていた。成人女性と幼女の二人は、エリザやリリアと同じ年頃の少女の姿となって立っている。


「いいえ。あなたのせいじゃないわ。ルーナ。『わたしたち』が悪かったのよ。……『あのヒト』は、永劫とも言える時間の中、あなたを『見つけられない』でいた。あの『狂気』は、この星界に溢れていた『あのヒト』の狂おしいまでの想いでもある。『星辰』と『真月』をあわせて取り込み、ただこの世界を破壊しようとするモノ。『星月の邪神』と言うべきかもしれないわね」


「やっぱり……じゃあ、なんとしてでもアレを止めなきゃ!」


 ネメシスの説明を聞いて、エリザは空に浮かぶ異形の人影を指さして叫ぶ。


「ええ……悪いけれど、アレを倒せるのは『斬月の御子』であるエリザと『無月の御子』ともいうべきネザク、あなたたち二人を置いて他にはいないわ。わたしとルーナ……それに可能な範囲で他の三月にも協力は求めるけど、わたしたちができるのはせいぜい、世界が滅びないよう、あれを一時的に閉じ込める空間を用意することぐらいだわ」


 そう言いながらネメシスは、徐々に高度を下げてくる『星月の邪神』に向けて、手のひらをかざす。その隣では、ルーナも同じように手をかざし、何かを念じるように目を閉じていた。


 空間を操作し、魔力を制御する二人。

 『星心障壁』を超えてこちらに力を届かせようとする他の三月。


 暗界第一階位『黒月』──宵闇の女神ネメシス。

 幻界第一階位『白月』──幻霧の姫神シーラ。

 獄界第一階位『紅月』──魔獄の闘神ゾア。

 霊界第一階位『蒼月』──冥府の死神マハ。

 星界第一階位『心月』──明鏡の神子ルーナ。


 彼ら、彼女らが『ひとつ』となって生み出す魔法が発動する。


「発動……《唯一にして真なる月》」


 次の瞬間、上空に浮かぶ人影を巨大な真球が包み込んだ。球体の表面では、四色が混じり、揺らぎ、徐々に灰色へと収束していくのが見てとれる。


「さあ、準備はできたわよ。あの球体の中でなら、『星月の邪神』も十全には力を振るえないし、逆にあなたが思う存分力を振るっても、世界に影響はないはずよ」


 術の発動を終えた黒髪の女性。しかし、ゆっくりと振り返り、ネザクにそう語り掛けた彼女は、『ネメシス』ではなくカグヤだった。


「お、お姉ちゃん?」


「これまでずっと、自分の大きすぎる力を持て余していたあなただけど……。星界中の人々から『真月』を集めるその力。それはきっと、この時のためにあったのよ。……だから、さあ行きなさい。あなたは、『皆に愛される魔王様』なんでしょ?」


「う、うん!」


 ネザクは姉の言葉に力強く頷きを返すと、意識を星界全土で制御している飛行用の無数の『魔』へと差し向ける。


〈みんな。ごめん。もう大丈夫だから。そっちに回している僕の力も、全部こっちに集めたいんだ。だから、『魔』に乗っている人は、降りてもらっていいかな?〉


 飛行用の『魔』を通じ、少年魔王の『薄い本』を配って回る学院生やその他の協力者に声をかける。


「……よし、じゃあ始めるよ。《ルナティック・ハイドレイン》」


 ネザクが錫杖を掲げると、星界中から膨大な量の『真月』が集まり始め、ネザクの身体にすさまじい魔力が集約していく。


「エリザ。あなたも世界最高の英雄になろうというのなら、ここが踏ん張りどころですわよ?」


「リリア。うん。わかってる。あいつが最後の敵なんだろ? 魔王退治をするはずが、その魔王と一緒に邪神退治をすることになったっていうのは締まらないけど、英雄なんだから最後はきっちり世界を救わないとな!」


 神と呼ばれるレベルの化け物と戦うことになったにもかかわらず、真紅の髪の英雄少女は恐れを見せずに笑みを浮かべてリリアに応じる。


「……その意気ですわ。それと、エリザ。あなたにこれを貸しますわ」


 そう言って、リリアが差し出してきたのは、透明な青い輝きを放つ細身の霊剣だった。


「これって……リリアの……」


「ええ。『限りなく透明な月の牙』。あなたは『斬月の御子』と呼ばれる月を斬り裂く力に特化した存在だそうだけど……でも、先ほどルーナとリゼルから聞いた『昔話』を聞く限り、それだけじゃないような気がするわ。……勘だけど、あなたにはきっとこれが必要になる。だから、持っていって」


「うん。ありがとう。じゃあ、二刀流で使わせてもらうよ」


 そう言って、リリアから霊剣を受け取るエリザ。


「よし、じゃあ行こうか」


「うん」


 エリザとネザクはお互いの顔を見合わせ、頷きあう。


「一緒に行けないのは心苦しいけど、俺たちはここで、君たちの勝利を願っているよ。だから、頑張ってくれ」


 アルフレッドが二人にそう声をかけたのを皮切りに、特殊クラスの面々、さらにはご英雄のメンバーが二人に次々と励ましの言葉をかけていく。


 誰もが皆、あの『星月の邪神』の力の異常さを感じている。普通に考えれば、どうやっても勝ち目のない相手だと理解している。だからこそ、彼らは自分も行くとは言い出せない。


 けれども同時に、それでもなお、彼らは全員が少年魔王と英雄少女、二人の勝利を信じて疑うことはなかった。


「……発動、《ルナティック・ハイアームズ》」


 ネザクは自分が知りうるすべての災害級の『魔』を同時に召喚し、それを自身の身体に一斉に纏う。


 凝縮された『魔』の力は、身体の各所を護る装甲や腕輪、首飾り、その他もろもろの装飾品に形を変えてネザクの身体に装着されていく。さらに彼の背中には、四色四枚の巨大な翼が生まれていた。


「よーっし、それじゃあ、邪神退治の始まりだ!」


 声を張り上げるエリザを抱え上げ、ネザクは空へと舞い上がっていったのだった。

次回「第136話 魔王と英雄の邪神退治」

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