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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 最終章 見つめあう二人
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第129話 暗黒宮殿~黒霊賢者の道~

 中庭の『白月の異兵』たちを殲滅した一行は、その先に口を開けた『暗黒宮殿』本体へと突入していく。

 入口に一歩足を踏み入れれば、よくわかる。この宮殿は生き物だった。黒く塗りつぶされた壁や床は無機質な石材のようでありながら、呼吸でも繰り返しているかのごとき不気味な気配を漂わせていた。


 入ってすぐの大広間には、二つの扉。壁には禍々しい髑髏を象った燭台がかけられており、そこに青白く輝く炎が揺れて、周囲を照らし出していた。


「……不気味ですね。またしても道が二つに分かれているけど、どうしましょうか?」


 ルヴィナは背筋に感じる悪寒をこらえるように周囲を見渡し、皆に問いかけた。


「戦力を分散する必要は無いと思うけど……、それはそれで選んだ道が不正解だった場合は目も当てられないね」


 アズラルが肩をすくめて言う。


「だが、それを言い出してはそもそも正解の道など用意してあるかどうかさえ、怪しいぞ」


 アリアノートがそんな風に切り返せば、アズラルはその通りとばかりに頷きを返す。


「うん。まあ、十中八九、罠だろうね」


「だったら、どうして素直に突入したんだ? わざわざ敵の罠に乗っかってやった形になるじゃないか」


「うん。言い得て妙だね、ハニー。でも、僕らがするべきことは、罠にかかることじゃない。罠を『踏み潰して』やることなのさ。……こんなふうにね!」


 アズラルはここで、この宮殿に突入する以前から準備を続けていた、とっておきの魔法を発動させる。


「発動、《考えられない獣道》」


 発動した魔法の対象は、暗黒宮殿メイズパレスそのもの──否、『心象暗景メイズフォレスト』だ。アズラルは突入前の偵察時に、リゼルからこの宮殿が『暗界第三階位』そのものであることを聞き出していた。そして、そのことを踏まえたうえで、彼がとった対策。それこそがこの《考えられない獣道》だった。


「……ぐ、うううう!」


 敵の激しい抵抗に、アズラルは脂汗を浮かべながら術の制御を開始する。

 生きた『魔』の意志により、自由自在に形を変える『宮殿』を攻略するには、正攻法では不可能だ。では、どうするのか? 答えはひとつしかない。迷宮の主である『メイズフォレスト』自体を支配下に置くこと。目的地に辿り着けない迷宮に対し、強引にショートカットを造らせることだった。


「ア、アズラル様?」

 

 ルヴィナが心配そうに声をかけるが、アズラルはそれに応える余裕もない。ひたすらに目を閉じて、苦しそうに念じ続けている。すると、いくらもしないうちに宮殿が大きく揺らぎ始めた。


「きゃあ!」


「おっと、大丈夫ですか? ルヴィナ先輩」


「え、ええ……」


 足元の揺れに大きくバランスを崩したルヴィナを、エドガーがとっさに手を出して支える。


「あ、ありがとう……エドガーくん」


「いえ、どういたしまして」


 エドガーの力強い腕に抱えられ、ルヴィナは顔を赤くしてうつむいている。


「……ほほう、エドガーの奴。本命はあの娘だったのか?」


「「イデオン? 余計なことは言ってはいけませんよ?」」


「うお! わ、わかってるよ。……なんつーか、その二重に聞こえる声で急に話しかけられるのは心臓に悪いぜ」


「「すみませんね」」


 イデオンとミリアナはそんなやり取りを続けながらも、目の前の景色の変化に驚きの目を向けている。二つあったはずの扉が滲むように消えていく。そして、その代わりに出現したのは、その中央に口を開けた洞穴のような道だった。


「……さすがに、相手が相手だけにきついね。コストパフォーマンスが命の『黒霊術』で、ここまで疲れたのは初めてだよ」


「では、この先が正解のルートなのですか?」


「ああ、そうだよ。ルーファス君の性質たちの悪さでも全く問題なく、正解に辿り着けるルートさ」


 疲労の色を濃くしたまま、ルーファスに笑いかけるアズラル。

 しかし、その時だった。


「……奥から何かが来ますわ」


 疲労したアズラルに代わって霊戦術ポゼッションでの索敵を行っていたリリアは、通路の奥からやってくる気配に警告の声を発する。


「……多分、『心象暗景メイズフォレスト』の差し金だろうね。騙し合いじゃ分が悪いとみて、邪魔ものである僕を排除しに来たんだろう」


 すると、アズラルの言葉が終わるや否や、洞穴の暗闇から漆黒の獣が姿を現した。


「これが……第三階位?」


 紅い目を爛々と輝かせた四足の怪物。筋骨隆々の巨大な体躯に、捻じ曲がった二本の角を生やした頭を乗せている。顎は耳まで大きく裂けており、滴り落ちる唾液は紫色に染まっている。

 そして、獰猛な獣のうなり声を上げながら、それが一気にこちらへと飛び掛かろうとした、その時──


「発動、《白霊彗星》!」


 アズラルの隣に立ったアリアノートが『白星弓シャリア』を構え、そこから巨大な光球を撃ち放った。それはそのまま、突進してくる獣に直撃すると、その身体を大きく後方に吹き飛ばす。


〈ギャウン!〉


 悲鳴を上げて洞穴の脇の壁に叩きつけられる漆黒の獣。叩き潰され、黒い影となって溶けていく獣。しかし、それは見る見るうちに寄り集まり、すぐさま元の姿を取り戻していく。


「……ははは。悪いけど、僕はこの術を維持するのが精一杯だ。多分、あの獣はこの迷宮が存在する限りいくらでも復活しそうだし……困ったな」


「だったら、わたしがここに残ろう。戦力の分散は痛いが、ここが1つの要だというなら、止むを得まい。皆が目的の場所にたどり着くまで、わたしがアズラルを護る。それこそ……悪いが、この役目は誰にも譲るつもりはない」


 力無くつぶやくアズラルに、アリアノートが胸を張って答える。すでに臨戦態勢を取っていたイデオンも、彼女の言葉を受けて構えていた腕を下ろした。


「じゃあ、仕方がないな。ここは任せたぜ。……ったく、カグヤと言い、アリアノートと言い、最近の女は強いよなあ」


「「でも、イデオン? あなたにとって天敵ともいえる最強の女性は、レイファでしょう?」」


 ミリアナは自分の友人でもある銀狼族の女性を思い浮かべつつ、イデオンに笑いかける。


「それを言うなよな……。まあ、いい。この先が正解ルートってことだが、第二階位の連中はこの奥にいるのか?」


「……うん。護りを固めようと思うなら、当然、最強の駒は正解の道に置くだろうからね」


「よし。じゃあ、今度はきっちり借りを返してやるぜ。待っていやがれ。紅月の王!」


 張り切って叫ぶイデオンに、エドガーはやれやれと息を吐く。


「……ったく、それこそ俺たちの目的は『第二階位』と戦うことじゃないはずなんだけどな」


「さあ、今のうちだ。早く行け! 発動、《白霊彗星》!」


 再び飛び掛かって来ようとした獣に、巨大な光球を叩きつけるアリアノート。一撃一撃が災害級の『魔』を震撼させるだけの威力を秘めるこの魔法を連続発動できるのは、豊富な魔力を持つハイエルフならではだった。


「すみません。アリアノート様! ここはお願いします」


 ルーファスのそんな言葉を最後に、一同は二人を残して洞穴の中へと進んでいく。


「……まったく、僕も詰めが甘いな。もっと完全に抑え込めていれば、こんな獣も出ては来なかったんだろうけど」


「馬鹿を言うな。仮にも伝説級の『魔』を抑え込んでいるだけでも十分な偉業だろうに」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。まあ、ただの力業じゃない。この城の周りを偵察がてらに巡っている時から、色々と触媒なんかを仕掛けておいたからね」


 そう言って笑うアズラルの前で、アリアノートはみたび復活した獣に光の散弾を叩きつけている。


「……ふふふ。はじめて会った時も、そうだったな。まさか、あんな手段で『弓張り月の結界』を越えられるとは思わなかった」


「うん。あの時は何としても君に逢いたかったから、頑張ったんだよ」


「良く言うよ。……でも、生まれながらに強すぎる力を持ったわたしに、強いだけの力など無意味だということを教えてくれたのは……お前だった。『星心克月』も持たぬ身でありながら、最強の結界を無効化して森に侵入し、ハイエルフであるこのわたしを戦闘で翻弄してみせた挙句……あろうことか唇まで奪ってみせたのだからな」


 アリアノートは戦いながらも、頬を赤くしている。


「い、いや、あれは声をかけた途端に急に戦闘になったから、勢い余ったと言うかなんというか……」


 当時のことを思い出し、苦笑するアズラル。もちろん、いくら彼女が魅力的だったとはいえ、初対面で強引に口づけをするほどアズラルも無粋な男ではない。あれはあくまで事故だったのだ。


「……でも、わたしの『世界』は、あの日を境に変わったんだ。森の中にしかないと思っていた世界を、遥か地平線の先にまで広げてくれたのは、紛れもなくアズラル……あなたなんだから」


「そうかい、それは光栄だね。でも、せっかく広がった世界なら、二人でもっといろんなところを見て回りたいよね?」


「まったくだ。この戦い、何としても勝たなくてはな」


 黒霊賢者と白霊弓の守護妖精の二人は、そんな会話を交わしながら、不毛ともいえる戦いを続けていたのだった。




 ──洞穴の奥を進むのは、リリア、ルーファス、エドガー、ルヴィナ、イデオン、ミリアナ(アクティラージャ)の六人である。

 時折襲いくる『白月の異兵』たちは、奥に進めば進むほど、その装備が強力なものになっていくらしく、ついには白い身体を漆黒の全身鎧で覆い尽くした騎士まで現れていた。


「くそ! こいつら、キリが無い!」


 エドガーが《黒糸夢爪》による糸の刃で鎧の隙間を切り刻み、


「顕現せよ、《ヒューベリアの爆羽》」


 ルヴィナが獄界第十一階位の『魔』、爆撃の霊鳥ヒューベリアの爆発する羽根を叩き込む。


「邪魔だ、どけ! 発動、《紫電百雷の咆哮》!」


 イデオンは咆哮を雷撃に変えて前方の敵を薙ぎ払い、


「発動、《無限煉獄の魑魅魍魎》」


 《月下氷人》を発動したままのミリアナが持つ大鎌からは、青白い炎が引き上がり、群がる騎士たちを焼き尽くす。


「……しかし、この連中、どこから湧いて出ている?」


「……あの奥ですわね」


 ルーファスとリリアが戦いながら目を向けた先には、一本道であるはずの洞穴にできた脇道のようなものだった。


「これもまた、アズラル先生の魔法に『メイズフォレスト』が抗って開けた穴なのでしょうけど……逆に言えばこの道を封じてしまえば、この兵士たちに背後から襲われる心配もなくなるのかもしれませんわ」


「なら、誰かがここにとどまって、足止め役をする必要があるな」


 リリアの言葉を受けて、ルーファスが全員を見渡しながら言う。すると、まずイデオンが大きく首を振って拒絶の意思を示した。


「勘弁してくれ。俺はこの先にいるグランアスラの野郎に借りを返さなきゃならねえんだ。こんなところで雑魚ども相手にちまちま戦っちゃいられねえぜ」


「……でしょうね。じゃあ、設置型白霊術セット・イマジンが使える俺が残るしかないか」


 しかし、ルーファスが諦めたようにそう言った時だった。


「「いえ、わたくしが残りましょう」」


 女性の二重音声でそう言ったのは、ミリアナ(アクティラージャ)だった。


「「中庭での戦いでも見せたとおり、わたくしの魔法は集団殲滅に向いています。ですから、みなさんはこのまま先に向かってください」」


「で、でも、ミリアナお……あばば! ミリアナさん。一人でなんて危険ですよ」


 エドガーはまたしても口を滑らせかけ、あわてて言いつくろう。そして、恐る恐るミリアナの顔色を窺うと……


「「うふふ。エドガー君? それはぎりぎりアウトですからね?」」


 巫女装束に青い髪をしたその女性は、それはそれは恐ろしい笑みを浮かべていた。


「……判定厳しいな」


「ルーファス! 余計なことを言うのは、およしなさいな」


 ぼそりとつぶやくルーファスに、たしなめの言葉をかけるリリア。そんな二人をぎろりと横目でにらんだミリアナだったが、それ以上は何も言わず、別の言葉を続けた。


「「一人ではなく、二人です。だから『わたくしたち』のことは気にかけず、どうかエリザと……わたくしの息子ネザクの元に一刻も早く向かってあげてください」」


「そうか。悪いな、ミリアナ。……だが、安心しておけ。あの二人はそう簡単にやられるタマじゃねえし、俺もさっさと獄獣王をぶちのめして助けに行ってやるからよ」


 そう言うと、肩を揺らして豪快に笑うイデオン。


 しかし、そんな会話を続けている間にも、横穴から続く通路の奥には、新手の敵が姿を現しつつあった。兵士ではなく、騎士のように全身を鎧に固めた『白月の異形騎士』。手にした漆黒の槍を構え、こちらの姿を視認するなり猛烈な勢いで突進を仕掛けてくる。


「「それでは、任せましたよ。……この道は蟻の子一匹、通すつもりはありません。後方の憂いなく、全力で進んでください。……発動! 《無限増殖の不死兵団》」


 ミリアナの周囲に骨でできた無数の兵士たちが姿を現し、迫りくる『白月の異形騎士』たちめがけて踊りかかっていく。


 ただ一人、敵の追撃を阻止するべく奮戦を始めた『月影の巫女』を尻目に、一同は『黒霊賢者の道』を先へと急ぐのだった。

次回「第130話 暗黒宮殿~王の間~」

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