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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 最終章 見つめあう二人
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第128話 暗黒宮殿~城内庭園~

「……いったい、どうするつもりなんだい?」


 もはや考えるのも面倒だという顔で、アズラルがアルフレッドに問いかける。彼が指し示す先には、地の底深くに続いているかのごとき螺旋階段の入口と、開け放たれた暗黒宮殿の城門がある。


「もちろん、地下には俺が行くよ。戦力を分散させるわけにはいかないだろうし、これが罠ではない保証もない。だから皆はまっすぐ進んでくれ」


 迷いなく即座に答えを返すアルフレッド。


「はい。予想通り過ぎる答えをありがとう。アルフレッド君。じゃあ、後は黙って待っていてくれるかな?」


 呆れたように首を振り、一同を見渡すアズラル。すると、残る五英雄の面々が三者三様の反応を返してくる。


「いくらなんでも一人では危険です。ましてやこの子……あ、いえ、アルフレッドは無鉄砲過ぎるところがありますからね。仕方がありません。わたしが彼と一緒に行きましょう」


 ミリアナが困った息子でも見るような顔で言えば、


「罠だと承知でそこに飛び込むような真似は、無鉄砲とは言わない。ただの自殺行為だとわたしは思うがな。……仕方がない。付き合ってやるか」


 アリアノートが毎度のことだと言わんばかりに申し出る。さらには、イデオンが豪快に笑いながらアルフレッドの肩を叩いた。


「がははは! 相変わらず、何処まで行ってもお前はお前だな。だからこそ、俺はお前を気に入っているんだが……。しゃあねえな。とことんまで付き合ってやるぜ」


「い、いや、でも……そういうわけには……」


 旧友たちに見つめられ、戸惑ったように首を振るアルフレッド。

 だがそこに、異論を差し挟む者がいた。


「……馬鹿じゃないの、あなたたち。戦力の分散は駄目だと言ったばかりでしょうが。それに、ネザクとエリザは敵の親玉のところで戦っているかもしれないのよ? そんな状況でぞろぞろと敵が示した罠の中に入っていくとか……邪竜の狂気にでもあてられてるんじゃないでしょうね?」


 冷たく突き刺すような声でそう言ったのは、カグヤだった。


「なんだと? ……たとえ、お前の言っていることが正論だとしても、そんな言い草は無いだろう」


 そんな彼女の言葉に、すぐさま噛みついたのはアリアノートだ。さらにはイデオンやミリアナも、旧友の想いを踏みにじるかのごときカグヤの発言に、不快げな顔をしている。


「ちょ、ちょっと、こんなところで喧嘩をしてる場合じゃないでしょうが!」


「うるせえぞ、エドガー。お前は黙ってろ。アルフレッドは俺の大事な戦友だ。その志を馬鹿にされて、黙っていられるか!」


 イデオンは息子の仲裁など意にも介さず、カグヤに鋭い視線を向けていた。


「み、みんな、よしてくれ! カグヤの言う事はもっともだ。だから、ここは……俺が一人で行く。だから、皆は一刻も早く、あの宮殿を突破してネザクとエリザの元に向かうんだ」


「何を言っているのですか! それは危険すぎると言ったはずです!」


 ミリアナは彼女にしては珍しく、声を荒げて反論する。そんな中、アズラルは黙ってその様子を……特にカグヤの顔を見つめていた。


「うるさいわね。いいから黙ってこっちの話を聞きなさい!」


「なっ!?」


 突然響き渡った大声に、言い争いを始めていた五英雄たちが、ぴたりと押し黙る。


「この先に待つモノを放置するのは得策じゃない。戦力の分散も駄目。この馬鹿を一人で行かせるのも駄目。……だったら、わたしがこの馬鹿の面倒を見るって言ってるのよ!」


「ええ!? カ、カグヤ?」


 驚きに目を丸くするアルフレッド。他の五英雄たちも即座に言葉が出ないようだ。


「魔法に対する護りの力なら、《わたしの闇》に勝る力はないわ。少数精鋭で生き残るつもりなら、わたしが行くのが一番なのよ」


「……まあ、それも一理あるかな?」


 納得したように、というよりこの展開を見透かしていたかのように頷くアズラル。そんな彼に、他の五英雄たちが唖然とした目を向ける。


「で、でも、カグヤ! それじゃあ、君にだって危険が……」


「うるさい、このバカ! あんたは黙ってわたしの言うことを聞きなさい!」


「カ、カグヤ?」


 それまでの論理的な主張から一転して、あまりにも感情的で身も蓋もない言葉を吐き出したカグヤに、アルフレッドは絶句して彼女を見つめる。するとカグヤは、その視線にさえ苛立ちを覚えているかのように、大きく息を吐いた。


「……前にも言ったでしょう? あんたは馬鹿なんだって。その足りないおつむがわたしの言葉を覚えていないようなら、何度でも言うわ。あんたはもっと、他人を頼りなさい。 ……ううん。違うわ。そうじゃなくて……この『わたし』を頼りなさいよ! わたしはもう、あの時とは違う。何もできず、目の前で大事な人が自分を助けようとして傷ついていくのを、何もできずに見つめていた頃のわたしじゃないの。……だから、今度はわたしが……あ、あんたを守ってあげるんだから!」


「……カグヤ」


 そのまま、沈黙が場を支配する。各人は互いに顔を見合わせ、そして、含み笑いを漏らした後、一気にそれは爆笑へと取って代わられた。


「がはははは! こりゃあ、いい! まったく、アルフレッド。お前って奴は……浮いた話のひとつもない野郎だと思ってたんだが、そういうことかよ。早くも尻に敷かれてやがるなあ!」


「な、イ、イデオンさん! 何を言い出すんです!」


 豪快に笑い声を上げるイデオンに、アルフレッドが顔を赤くして言い返す。一方、ミリアナは穏やかな笑みをカグヤに向けていた。


「……ふふふ。カグヤさん。あなたも最初に会った時とは、随分変わりましたね。やはり、愛する男性の存在があなたを変えたということなのかしら? 今のあなたになら、安心して彼を任せることができそうね」


「な、何よ! そ、そんなんじゃないわよ! やめて! そんな目でわたしを見るのはホントに止めて!」


 ミリアナから慈愛のこもった目で見つめられ、うろたえたように首を振るカグヤ。さらにはミリアナの後ろでアクティラージャが爆笑寸前の顔をしているのが目に入り、ますますカグヤはいたたまれなくなっていく。


「しかし、あまり時間がありません。方針が決まったようであれば、出発しましょう。アルフレッド先生、カグヤ先生。……色々な意味で『御武運』を」


「い、色々な意味ってどういう意味よ!」


 場をまとめるように言ったルーファスの言葉に、過剰な反応を見せるカグヤ。


「あははは! ルーファス。お前も言うようになったな。やはり、伴侶を得ると女のみならず、男も変わると言うことかな?」


「は、伴侶って……アリアノート様! 変なことをおっしゃらないでくださいませ!」


「おや? わたしは別にリリアのことだと言った覚えはないぞ?」


「うう!」


 意地悪なアリアノートの言葉に、顔を赤くして呻くリリア。


「……はあ。ったく、どいつもこいつも、これから最終決戦だって言うのに幸せそうなことで。羨ましいったらありゃしないな」


 エドガーはそんな彼らを言葉どおりの羨ましげな眼で見つめているのだが、その隣でルヴィナが何かを言いたげにしていることには、気付いていない。


「……もう、エドガー君のばか」


 最終決戦前だからこそ、盛り上がる気持ちもあるはずなのに。

 ルヴィナは心の中でそんなことを思い、次いで、自分が考えたことに自分で赤面してしまうのだった。




 ──結局、城の正門から宮殿内に進んだのは、次のメンバーだった。


 リリア、ルーファス、エドガー、ルヴィナの特殊クラス組。

 アズラル、アリアノート、イデオン、ミリアナの五英雄組。

 加えて、月界の『魔』アクティラージャがミリアナに付き従っている。


 そして、彼らが向かう先に立ち塞がったのは、城門内側の広大な中庭を埋め尽くす『白月の異兵』たち。白一色の肉体に、漆黒の武具を身に着けた異形の兵士たちは、声一つ上げずに一斉に英雄たちへと襲い掛かってきた。


「ちっ! まずはこいつらを全滅させなきゃ中にも進めないってわけか!」


 イデオンは先陣を切るように飛び出すと、《銀牙の獣王》を発動し、獣化モードとなって迫りくる兵士たちとぶつかり合う。


「オラオラ! 雑魚どもはさっさと散れ! 発動!《紅蓮烈火の咆哮》」


 渦巻く火炎を吐き散らし、銀の爪で次々と『白月の異兵』たちを蹴散らしていくイデオン。


「くそ! こいつら、一体一体が結構強いぜ! ……発動《熱糸縛発》」


 エドガーは父親の隣に進み出ると、指先の糸に魔力を纏わせ、敵兵の武具の隙間を縫うようにして斬り裂きながら、その内側で爆破の魔法を解き放つ。


「ふふふ! この日のために用意した『切れ込み入り』の衣装の出番ですわね!」


 リリアは自分の身体から突き出す《水鏡兵装:紅天槍》の位置をコントロールして、あらかじめ衣服に入れてある切れ込みの箇所から無数の槍を突き出していた。彼女の周囲に群がる『異兵』たちは、赤い槍に貫かれると同時、その力をリリアに奪われ、萎むように形を失っていく。


「リリア、無理はするなよ! ……遅延型白霊術ディレイ・イマジン発動、《数珠つながりの爆弾》」


 ルーファスは中庭全域に張り巡らせた遅延型の白霊術イマジンを、タイミングを見計らいながら発動させていく。


 しかし、この兵士たちは『月獣』や一般的な月界の『魔』などよりは高い戦闘能力を持っている。前線で戦うメンバーに関しては、さすがに手傷を負うことが避けられないでいた。


「エドガー君! 大丈夫? 発動《治癒の霊光》」


「ルヴィナ先輩、助かります!」


 後方で支援と回復を担うルヴィナは、『白霊戦術イマジン・タクティクス』での戦闘を続ける一方、エドガーに回復魔法を施していた。


 さらに中庭の上空を舞う黒鳥の背の上では、


「多分、この先にいるだろう『第二階位』の連中との戦いを考えれば、できるだけ魔力は温存したおいた方がいいよ」


「……やむを得まい。バーミリオン親子のあの勢いなら、しばらく回復を続けてやれば、どうにか殲滅もできるだろうからな。……発動、《芽生える命の息吹》」


 アズラルが上空から戦況を見守りながら全員に指示を出す中、アリアノートが戦場全体の仲間に効力が及ぶ体力回復の魔法を発動している。


「……さて、それではわたくしたちも行きましょうか」


 他方、戦場の片隅で『準備』始めたのは、白髪の巫女と蒼髪の妖女の二人だ。


「でも、お、お姉様? どうして幻界第四階位のリンドブルムではなく、霊界第五階位のわたくしを選んだのですか?」


 色が違うとはいえ、禁術級の階位一つ分の差は、決して小さいものではないはずだった。だというのに、ミリアナが自分を選んだ理由が分からない──アクティラージャは、腑に落ちない顔でミリアナに問いかけた。


「『魔』としての単なる本能を超え、自らの意志で戦うあなたには、きっとリンドブルムを超える力がある。そう思うからです」


「……」


 ミリアナの言葉に、アクティラージャは口を開きかけたものの、結局は何も言わずに黙り込む。彼女自身、自覚が無いわけではなかった。霊界における第五階位。その言葉は、今の自分には虚しく聞こえる。


 月界の『魔』が有する『染色本能』。しかし、アクティラージャは、ネザクやリゼルに触れるうち、その『本能』が持つ真の意味を知った。『彼ら』が、『彼女たち』が、本当の意味で熱望していたモノ。


 見る者の目を潰さんばかりに、激しく光を反射する星界。

 そこに月の影を落とし、月の色で染める理由。

 『四色の四月』そのすべてが、『心』の底から望むモノ。


「……そのためにも、わたくしは『この戦い』に勝たなければならない」


 声には出さず、胸中で呟くアクティラージャ。


「これから始める術式は、『星心克月』を持たないわたくしが、月影の一族として、『魔』と共に在るべく、生み出したもの。十年前のあの時でさえ、使うことにためらいを覚えた魔法。けれど、今こそこれを使う時が来たのでしょうね」


「……どうして、わたくしをそこまで信じてくれるのかしら?」


「あなたはこれまで、ずっと娘たちを護り続けてくれたでしょう? わたくしたちと共に過ごしてくれたあなただからこそ……わたくしの『すべて』を預けるに足る相手だと思ったのよ」


「……べ、別にわたくしは、ネザクが可愛かっただけで……」


「ふふふ。さあ、問答を続けている時間は無いわ。始めましょう」


 二人の女性は手を合わせ、目を閉じた。すると、ほどなくして変化が起きる。

 徐々に透き通っていく二人の身体。ゆっくりと重なり合い、混じり合い、それはやがて、ひとつの人影となってそこに残った。


 輝く蒼い髪をなびかせ、白と赤の巫女服を身に纏い、手には禍々しい大鎌を携えた一人の女性。月影の巫女と死霊の女王の融合体。しかしこれは、リンドブルムに肉体を融合させた時のように、単に同調率を限界を超えて高めただけに留まらない。


 互いに自らの存在のすべてを委ね、互いに全幅の信頼を置かなければ発動できない術。


 ミリアナは、これを『月下氷人』と名付けていた。


「「さあ、可愛い息子を、可愛いネザクを助けるため、こんな連中はさっさと殲滅してしまいましょう」」


 二重に響くその声は、戦場にいる全員の耳によく届いた。そして、その直後──


「……発動、《無限怨嗟の魑魅魍魎》」


 『ミリアナたち』の振るう大鎌から、無数の亡霊たちが姿を現す。そしてそれは、中庭全体に広がる『白月の異兵』たちに次々と襲い掛かり、その身体へと絡みつく。さらに絡みつくと同時、亡霊たちはすさまじい嘆きの声を上げながら、その身を凍りつかせていった。


 亡霊たちの嘆きの声が消えた後、激しい戦闘が続いていたはずの中庭には、それまでの喧騒が嘘のような静けさが訪れていた。辺り一面には、武具を持ったまま凍りつく異形の兵士たちのオブジェが乱立している。


「……す、すげえ」


「ミリアナ様。やっぱり、すごいです」


 目を丸くするエドガーとルヴィナの傍に、すっかり変貌した姿の『ミリアナたち』が歩いて近づいてくる。


「「さあ、後はこの氷像の群れを破壊するだけよ。エドガーもルヴィナさんにいいところを見せたいなら、頑張りなさいね?」」


「え? え?」


 普段のミリアナからは考えられない茶目っ気たっぷりな言葉に、ルヴィナが顔を真っ赤にして狼狽える。


「へ、へへ! おばさんに言われるまでもねえ! 一気に破壊してや……」


「馬鹿! エドガー、おまえ……!」


 エドガーは調子づいて勢いのままに口にした言葉の中に、致命的な表現が混じっていたことに気付く。同じくそれに気付いたイデオンが慌てて声をかけるものの、時すでに遅し。


「うふふふ……」

「ひ、ひいっ!」


 この時だけは、何故か二重にならない『二人』の声。目の前の蒼髪の巫女からは、半端ではない怒気が滲み出ている。


「あ、あ……」


「「イデオン? 氷像の破壊はあなたにお願いするわ。……この子には、もう一度、教えてあげないといけないことがあるみたいですからねえ?」」


 氷のように冷たい声音で、イデオンに笑いかける蒼髪の巫女。


「あ、ああ、ははは……。そうだな。じゃあ、そっちは俺に任せておいてくれ」


 獣の顔を引きつらせ、イデオンはそそくさとその場を離れようとする。


「あー! 親父の裏切り者! 大事な息子を見捨てる気かよ!」


「うるさい、離せ! 俺だってなあ! 命は惜しいんだよ!」


 途端にがやがやと騒ぎ始めた彼らを尻目に、ルーファスは黙々と氷像の破壊作業に取り掛かっていた。


「ああいう失敗は、あなたの方がしそうな気もしましたけれど……」


 リリアは、そんなルーファスに気付いて声をかける。


「まあな。俺とて、学習能力はあるさ。今はそうだな……さわらぬ神に祟りなし、と言ったところか?」


「……あなたも大分、処世術を身に着けてきましたのね」


 リリアはそんな彼を手伝いながら、軽くため息をついたのだった。

次回「第129話 暗黒宮殿~黒霊賢者の道~」

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