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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 最終章 見つめあう二人
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第127話 暗黒宮殿~正門前~

 ──暗黒宮殿メイズパレス。


 灰色の暗雲が立ち込める空の下、禍々しい狂気を振りまき、荒野にそびえ立つ漆黒の城。その威容を前に、彼らは決意を固めて頷きを交わし合う。


「この十日間、できる限りの手は打ったけど……ここから発生した狂気は、きっと世界中に伝染しているんだね」


 魔導師風のローブを身に着けた金髪の少年──ネザクは悔しそうにつぶやいた。


「でも、人々の生活が成り立たなくなるほどではなかったわ。少なくともこの十日間で餓死者が出るような事態は起きていない。もちろん、ネザク君が講じてくれた『対抗策』のおかげでもあるだろうけど……狂気に犯されながらも、人々は辛うじて生存本能を頼りに生きているようね」


 白髪の少女、ルヴィナは冷静に状況を分析する。


「心月……いえ、『狂月』の映し身たる彼女は、生ける人々の狂気を集めている。ゆえに、一度に致命的な力をまき散らしたりはしていないのでしょう」


 相変わらずの制服姿で無表情のままに呟くのは、闇色の髪の少女──リゼル。


「……まあ、おかげでわたしたちも、どうにか調子を取り戻したわけだけどね。でも、あの時は参ったわ。あの場で正気を保てていたのがわたしだけなのよ? 机に突っ伏す他の連中を一人一人介抱してやらなきゃいけなかったし、面倒なことこの上なかったわね」


 腰まで流れる美しい黒髪の女性は、疲れたような声でリゼルに言葉を返している。


「あはは。あの時はカグヤのおかげで助かったよ。……でも、だからこそ、ここから先の戦いでは、俺が必ず君を守る。これからも、君と一緒に生きるためにね」


「な、何を言ってるのよ、あんた。こんなところで!」


 戦闘用の武装に身を包み、腰に星霊剣レーヴァを下げたアルフレッドの思わぬ言葉に、カグヤは顔を真っ赤にして叫び返す。


「おおー! ひゅーひゅー!」


「……エリザ。その冷やかし方は女の子としてどうかと思いますわよ」


 赤毛の少女が嬉しそうに二人を囃し立てるのを見て、呆れたように顔を押さえたのはリリアだった。


「え? ああ、そっか。ごめんごめん」


「やけに素直ですわね?」


「それはそうだよ。今のリリアに『女の子』を語られちゃったら、納得するしかないもんね?」


 にやにやと笑いながら、リリアとその隣に立つルーファスを見比べるエリザ。しかし、ルーファスは彼女の視線や言葉の意味が良く理解できなかったらしい。不思議そうにリリアへと目を向けている。


 しかし、リリアは違った。


「……な、なな! うう、こら、待ちなさい!」


 顔を赤くして手を振り上げ、逃げるエリザを追いかけ回す。


「……まったく、これから敵の親玉と最終決戦に挑もうってのに、このガキどもは随分と呑気なものだな」


「まあまあ、イデオン。これくらいの方が頼もしいと言うものですよ」


 騒ぎ立てる少年少女を呆れたように見つめる銀髪の偉丈夫に、巫女服を着た白髪の女性──ミリアナがなだめるような声をかける。彼女の傍らには、大鎌を持った『死霊の女王』アクティラージャの姿もあった。


「さて、みんな。そろそろ時間だよ。僕の『仕掛け』も一通りは終えたところだ。《影法師》の情報収集も大体できたしね。……と言っても、内部が迷宮のように入り組んでいることと、真っ白な人形じみた兵士が徘徊していることぐらいしかわからなかったけど」


 黒衣の賢者アズラルは、皆の注目を集めるように手を叩く。その傍らでは白霊弓の守護妖精アリアノートが漆黒の城塞を指差していた。


「入口は二か所だ。正門と裏門。後は極めて強力な魔力障壁で塞がっている。少なくとも《白霊彗星》程度の攻撃では破壊は難しそうだな」


「……《白霊彗星》程度って言うけど、あれだって反則並みの凶悪な魔法じゃないか。まったく、強さの基準みたいなものがわからなくなりそうだぜ」


 エドガーが指に着けた糸を手繰りながら、呆れたように首を振る。


「あれが敵さんの急ごしらえの建物だとして、入口を二か所用意すると言うのは間違いなく罠だろうね。戦力の分散も馬鹿馬鹿しいし、全員一丸となって進むべきだと思うよ」


 アズラルのそんな結論には、その場の誰も異議を挟む余地はない。


 新旧世代の英雄に魔王と月界の『魔』を加えた総勢十四名による攻城戦。世界の命運をかけた戦いが、間もなく始まろうとしていた。




 ──その頃、宮殿の五階全体を占拠する広大な謁見の間では、真紅の髪の女が一人、愚かにも『悪夢の城』に挑もうとする人間たちを見つめている。目の前に浮かんだ巨大な水晶球の中に映し出された映像は、『心月の邪竜』を通じ、イメージとなって星界全土の人々の心に届く。


「ふふふ。せいぜい彼らには、星界全土の絶望と狂気の糧として、完膚なきまでに敗北してもらわないとね」


 言いながらも、ルーナは決して敵の戦力を過小評価していない。少なくとも英雄少女と少年魔王の二人に関しては、最大限の警戒を要すると考えていた。


「戦力の分散は愚の骨頂。けれど、チームワークを期待できない四月の『魔』の者たちに当てはめるなら……敵の戦力を分散することこそ、必要不可欠。……あの二人は、私が直々に相手をするしかないでしょうね」


 広大な謁見の間には、中央の玉座に腰かけるルーナを除き、誰一人として人の姿は無い。それどころか、彼女の傍らに常にいたはずの『心月の邪竜』の姿すらなかった。


「さあ、わたしの可愛い息子。精神と空間を操る『心月』の恐怖を、彼らにも存分に教えてあげなさい」


 彼女がそう呟いた瞬間、それは起きた。




 ──英雄と魔王の一行は、慎重に城の正門へと近づいていく。すると、何の脈絡もなく、彼らの前に巨大な『邪竜』の姿が現れた。蒼、紅、黒、白の『死色』に染まる禍々しい鱗の竜。巨大なトカゲを思わせる彼の瞳は、虹彩の無い金色に鈍く輝いている。


「な、なんだ! どこから出てきた!」


 エドガーが警戒の声を上げながら構えをとる。


「皆、下がって。この化け物は僕がやる」


 しかし、そう言って前に進み出たのはネザクだ。《魔王兵装:無月の天魔錫杖》を手に携え、自分の数十倍はありそうな巨大な『邪竜』へと小柄な少年が近づいていく。


「最初から手加減抜きだ。……発動、《天魔法術:無月の氷結爆呪》」


 ネザクが頭上に掲げた錫杖の先に、巨大な氷の塊が出現する。しかし、極めて透明度が高く、真球に近い形のその球は、それを『氷』であると見抜ける者の方が少ないかもしれない。


 対する『邪竜』もまた、巨大な顎を開き、その正面に真っ赤な炎の渦を生み出している。


〈グアルオオオオオオ〉


 放たれた炎と氷球は互いの中央でぶつかり合い、轟音と共に激しく爆発した。なおも荒れ狂う紅蓮の炎の中で、砕けた氷球の欠片一つ一つが連鎖的に氷の嵐を巻き起こし、炎の赤と冷気の白が混じり合う。


 しかし、巻き起こった爆風は、そのすべてが『邪竜』めがけて押し寄せており、四色の鱗を氷の塊で覆い尽くしていく。


「よし、あたしも行く!」


 続いて駆け出したのはエリザだった。他のメンバーが動くことをためらうような爆風の中、黄金の炎を身体に纏った英雄少女は、地を這うように戦場を疾駆する。


「エリザ! 気を付けて!」


「うん! わかってる!」


 ネザクの忠告を背中に受けつつ、エリザは駆ける。闇雲に突進しての攻撃は、前回ルーナにやられたように、防がれた時の反撃をかわしきれない恐れがある。今までの敵と違い、この相手にはエリザの全力を防ぎ切る力があるかもしれないのだ。


「だったら、一撃離脱だ! 発動、《降魔剣技:斬月の滑空剣閃》!」


 エリザは駆け抜けながら、全身の力を使って身体を回転させ、手にした《神剣》にあらんかぎりの力を込めて薙ぎ払う。エリザの渾身の一撃から生み出された剣閃は、かつてない鋭さをもって宙を走り、『邪竜』の首を跳ね飛ばしていた。


 しかし、次の瞬間──


 首を斬られた『心月の邪竜』の全身が、原形をとどめないまでに大きく歪む。そして、その歪みはすぐそばを駆け抜けていたエリザを巻き込み、同じく皆を『邪竜』の攻撃から護るために前に出ていたネザクを巻き込む。


「うわ! くそ! なんだこれ!」


「ネザク!」


 突然の事態に皆の反応が遅れる中、とっさに彼の手を掴んだのは、リゼルだった。しかし、掴んだ傍から歪みはリゼルの腕まで侵食し、彼女もろとも飲み込んでいく。


「エリザ!」


 我に返ったリリアが叫ぶが、エリザの姿はすでに消えている。


「い、今のは一体……くそ! どうしてわたしは……すぐに動けなかったんだ!」


 我に返って叫ぶアリアノートの肩に、アズラルが手を置いて首を振る。


「あの『邪竜』のせいだよ。迂闊だった。あれは相対する者の判断を狂わせる力があったに違いない。リゼルはほとんど本能で動けたんだろうけど、僕らは一瞬、『動くことが正解かどうか』の判断に迷わされてしまったんだ」


 黒魔術師インベイダーでもある自分がどうして気付けなかったのかと、アズラルは悔しげに首を振る。


「あなただけのせいじゃないわよ。今のは……黒魔術インベイドとは異質の力だわ。……でなければ、あんな風に空間を操作して二人を別の場所に飛ばすだなんて真似、できるわけがないもの」


 カグヤは、『心月の邪竜』が消えた場所を憎々しげに睨みつける。そこには、真紅の髪を腰のあたりまで伸ばした軍服姿の美女がいた。


「さすがは『黒月の映し身』ね。あの二人が死んだものと誤解してくれれば、これから貴方たちに狂気と絶望を与えてやるのが随分楽になったはずなのだけれど」


「てめえが親玉か? 堂々と姿を現すとは大した度胸だが、このまま帰れるとは思ってないだろうな?」


 バーミリオンの英雄王イデオンは、ぎらつく眼差しで彼女を睨み、今にも《紫電百雷の咆哮》を放たんばかりに息を吸い込む。かつて自分の命を救ってくれたたエリザを窮地に陥れただろう相手に、彼は本気で怒りを感じている。


「やめておきな。多分あれは、単なる投影だろう。攻撃しても、魔力の無駄になるだけだよ」


 アズラルは静かな声で彼を制すると、真紅の髪の美女──ルーナに問いかける。


「で? 今回はこうして舞踏会にお招きいただいたわけだけど、主賓二人をいきなりかっさらうとは、随分と無礼な真似じゃないかい?」


「ふふふ。面白いわね。あなた。あなたとなら、良いダンスが踊れそうな気がするわ」


「悪いけど、僕のパートナーはここにいるハニーだけさ」


「そう、残念ね。では、今夜のパーティーの予定を教えてあげるわ。あなたの言う主賓二人は、わたしと『邪竜』が特別に相手をしてあげることにしたの。だから、その他の有象無象には、この『暗黒宮殿メイズパレス』の中を進んでもらう。あなたも道中で素敵なパートナーに出会えるかもしれないわよ」


「……この宮殿を突破しない限り、僕らは彼女たちに合流できない。そういうことか?」


「ご明察。じゃあ、頑張ってね」


 そう言い残し、姿を消そうとするルーナ。


「待て! 君にひとつだけ、聞きたいことがある」


 しかし、そんな彼女を呼び止めたのは、それまで成り行きを黙って見つめていたアルフレッドだった。


「何かしら? 『邪竜戦争』の英雄さん?」


 しかし、ルーナは真剣な顔で自分を見つめるアルフレッドに対し、茶化すように言いながら笑いかける。


「……君はどうして、こんなことをする?」


「え?」


「十年前の『邪竜戦争』と今回の件は、まるで違う。個人的な野心なんかじゃ、こんなことはできないだろう? これじゃあまるで、世界そのものを滅ぼそうとしているみたいじゃないか」


「……なんだ。そんなこと? わざわざ引き留めるからどんな面白い話をしてくれるのかと思えば……くだらない。決まっているでしょう? この世界を滅ぼすのよ。いいえ、より正しい世界を作るため、この歪んだ世界を破壊するの。……わたしは、そのためだけに生まれたのだから」


 狂気に満ちた声で笑うルーナ。しかし、アルフレッドはたじろぎもせずに言い返す。


「君にも『生きる理由』があるはずだ。形は違えど、この世界に生まれてきた俺たちは、それぞれの『生きる理由』をもって、今ここにいる。違うかい?」


「……馬鹿馬鹿しい。さっき言ったはずよ。わたしは世界を滅ぼすために……」


「世界を滅ぼすために生まれた命なんて、あるものか!」


「……な!」


 言葉を遮られ、ルーナは不快げに顔を歪める。


「君にどんな生い立ちがあるのかも、その行動の理由も背景も、何も知らない俺だけど……でも、これだけは言える。君が生まれた世界には『君しかいない』わけじゃない。こうして言葉を交わし合えるなら、俺たちは『独り』じゃない」


「…………」


 アルフレッドの言葉に、ルーナは目を見開いたまま聞き入っている。


「だから、俺たちはわかりあえるはずだ。君が世界を滅ぼしたいと思うほどの悩みを抱えているのなら……俺が君を助ける。君が自分の本当の『生きる理由』を見つけることができるよう、君の力になるよ」


 思いもかけないアルフレッドの言葉に、唖然としているのはルーナだけではなく、その他の面々も同じだった。


「ちょ、ちょっとあんた、何言ってるのよ。今はもう、そんな段階じゃ……」


「カグヤ。聞いてくれ。……リゼルやリリアの話を聞いて、俺は思ったんだ。さっき俺は、この件は十年前の戦争とは違うと言った。でも、ある意味では『同じ』なんだよ。ただ目の前の敵を憎み、滅ぼし合うだけでは、終わらない。真の元凶を見つけ出して、それを叩かなくては駄目なんだ」


「……じゃあ、あんたは、この女がその元凶じゃないって言うの? 他に黒幕がいるとでも? そんなこと、どうしてあんたに……」


「いや、そうじゃない。俺が言いたいのは、彼女ではなく、彼女の持つ悲しみにこそ、原因があるんじゃないかってことだ。上手くは言えないけれど……でも、仮にここで彼女を滅ぼすことができたとしても、また、同じことが起きる。俺はそう思うよ」


「…………」


 アルフレッドの直感めいた言葉に、カグヤは何かを言いかけたが、結局は何も言わずに黙り込む。彼女は知っていた。こういう時、理詰めで物を考える自分より、彼の方が得てして正解に近い場所にいるということを。


 そしてそれは、今回も同じだったらしい。


「く、くふふ! あはははは! ああ、そうだわ。わたしが間違っていた。敵は『ザンゲツ』と『ムゲツ』──二人だけ。そう思っていたわたしは、とんでもない考え違いをしていたのね」


 狂ったように笑いながら、顔を押さえるルーナ。そして彼女は、ゆっくりとアルフレッドを指差して言う。


「狂おしくも輝かしい星の光を宿す男。あなたに惹かれて集まった、同じ輝きを宿す仲間たち。かつての五英雄。そして、その後継者たち。──賭けをしましょう。あなたたちは、真の『わたし』に手が届くのか? わたしの『孤独』を、あなたたちに断つことができるのか?」


 ルーナの姿が霞んでいき、漆黒の城塞の門が開かれる。しかし、同時に彼らの目の前には、地下へと続く階段が現れていた。


「門をまっすぐ進めば、迷宮を抜けた先に『蒼月』の王と『紅月』の王が待っている。それを超えれば、ネザクとエリザの場所まで辿り着けるでしょうね。……けれど、あなたたちが『わたしの心』に何かを届けたいと言うのなら、地下を進みなさい。その先に……『もう一人のわたし』が待っているわ」


 そして最後には、姿なきルーナの声だけが、辺りに響き渡ったのだった。

次回「第128話 暗黒宮殿~城内庭園~」

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