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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第5章 魔王と英雄と狂気の挙式
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第114話 星霊剣士と黒の魔女

 弓張り月の森で『幻樹王ティアマリベル』が撃破された頃のこと。

 同じく学園都市エッダにおいて激突していた『黒』と『白』の決着は、あっけなくも簡単についてしまう。


〈そ、そんな……〉


 ネザクによって滅びた『幻樹王』とその眷属たる『神霊幻木』から同化の力を供給されなくなった『彼女』──幻霧の姫神シーラ。その存在は、星界にとって極めて異質なものとなった。『星心』の輝きは、『紛い物』たる白き神がその懐にいることを許さなかった。


〈どうして! どうして? どうして、貴女ばっかり!〉


 白い女神は、黒い女神に向けて呪詛の怨念を叩きつけながら『星の力』に引き裂かれ、再び『白月』へと還っていく。


〈さようなら。シーラ。願わくば……貴女が二度と目覚めないようにね〉


 黒の女神はかつて自分と一つだったものの見苦しい様を見つめ、悲しげに目を伏せた。


「……母様」


〈……なあに? リゼルアドラ〉


 白い巨体の心臓を抉り取った直後、リゼルアドラは静かに問いかけの言葉を口にする。


「……カグヤは?」


〈…………なんのこと?〉


 とぼけるように、小さく笑う黒の女神。


「……母様」


 対する暗愚王は、宙に浮かんだ巨大な女性の姿に向けて、鋭くも厳しい視線を向ける。


〈安心なさい。今回はわたしも力を使いすぎたわ。これ以上顕現を続けているのは難しい……というか、うふふ! 今回の件は、わたしにとっても学ぶことが多かったわ。そろそろ、あのヒトも気付いてくれてもいいものだけど……ね。でも……残念だわ。久しぶりに可愛い娘に会えたのに、すぐにお別れだなんて〉


「あ……ごめんなさい。母様」


 悲しげにそう言われ、リゼルは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。


〈いいのよ。……でも、わたしは諦めない。いつの日か、必ず『あのヒト』の心を振り向かせてみせる。誰にも渡さない。わたしだけが、わたしこそが、『真月』を見つめる『あのヒト』に寄り添うにふさわしい……『晴天に浮かぶ黒き月』なのだから〉


 そんな言葉を言い残し、宵闇の女神ネメシスは、その姿を霞ませていく。そして、霞んでいくその姿の中央に、力無く墜落していくカグヤの姿があった。


「カグヤ!」


 リゼルは走る。落ちてきたカグヤの身体をしっかりと受け止め、彼女が息をしていることを確認する。


 しかし、リゼルが安堵したのも束の間のこと。


〈安心なさいとは言ったけれど、彼女はもう『魔』の領域に足を踏み入れてしまったわ。後戻りはできない。いずれ彼女は、本当の意味での『映し身』……『魔』そのものと化す。そしてそうなれば……〉


 消えゆく姿から響く声が、意味深に言い残した最後の言葉は──


〈あなたたちが星界と呼ぶその場所──『心月の地』には、いられなくなるでしょうね〉


 声が消えた後、リゼルが見下ろす腕の中のカグヤには、ある変化が起きていた。




 星界を覆う白き樹海は、『幻樹王』の敗北と同時、劇的な変化を見せた。それまで町と言わず城と言わず、あらゆる箇所に侵入し、そこに住まう生きとし生けるものを取り込み続けていた『白木の異形』。それがボロボロに崩れて粉と化し、風に流されるように跡形もなく消滅していく。


 後に残されたものは、幻樹王に取り込まれていた星界に生きるすべての生き物たちだ。森の木々も小動物も、エルフも人間も獣人も、あらゆるすべてがその有り様を取り戻していた。


 もちろん、混乱はあった。死者もゼロではない。しかし、すべて飲み込む凄まじい災厄の後とは思えないほどに、それこそ何事もなかったかのように、星界は平穏を取り戻していく。


 とはいえ、何もかもが元通りになったというわけではない。異形の化け物に飲み込まれ、取り込まれていたという恐怖の記憶は、傷跡となって人々の心に残るだろう。だが、とりわけ強く心に刻まれたのは、無意識下で接触した『魔王』の存在だろう。


 今や、この星界に『魔王ネザク』の存在を知らぬ者は、ほぼ皆無に等しい。そしてこのことは、彼の『力』が神にも等しいレベルにまで増大したことを意味していた。


 今回の災厄の最中、樹海に飲み込まれなかった学園都市エッダ。他の都市と異なり、事態のすべてを認識しているこの都市に住まう人々は、未曽有の危機を乗り越えたことに安堵の息を吐き、互いに生還を喜び合う。今や街中が、お祭り騒ぎともいえる様相を呈していた。


「エリザ! ああ、良かった! ……うう!」


 白金の髪の少女が、無事に帰還した真紅の髪の少女に抱きつき、大声を上げて泣いている。


「あはは。心配かけてごめんね。リリア」


 そんな彼女の頭をなでるようにしながら、その身体をぎゅと抱きしめるエリザ。どことなく大人びた顔つきで笑う少女。傍らには、ネザクが立っている。片時もエリザの傍を離れようとしないまま、満面の笑顔で彼女とその親友の再会を喜んでいた。


「いやあ、一時はどうなるかと思いましたけど、みんな無事でよかったですね」


「そ、そうね……」


 学院のグラウンドに集まる人々を眺め、満足そうに笑う銀狼族の少年。そんな彼に笑顔を向けられ、頬を赤らめてうつむくのは、儚げな印象の白髪の少女だ。


「ルヴィナ先輩? どうしたんですか?」


 エドガーはルヴィナの態度がいつもと違うことに気付き、心配そうに声をかける。だが、対するルヴィナはさらに顔を俯かせ、ますます顔を赤くしていく。


「な、何でもないわ……」


 そうは言うものの、彼女の声には力が無い。先ほどの戦闘でエドガーの背中に頼もしさを感じて以降、何故か彼女はまともに少年の顔を見ることができないでいた。


「……でも、具合が悪そうですよ? まさか……あの化け物、毒か何かを使ってたんじゃ!」


 エドガーは血相を変えてルヴィナとの距離を詰める。他人に回復の魔闘術クラッドを発動させるには、相手の身体に触れる必要があるのだ。


「え? きゃ!」


 だが、ルヴィナはそんな彼の行動に、驚いたように後ろへ大きく飛びのいた。


「……え?」


 一瞬の静寂。近づかれることを嫌悪したかのようなルヴィナの行動に、エドガーの顔が傷ついたものに変わる。


「あ、えっと……」


「……す、すみません。俺みたいな変態に近寄られちゃ、嫌ですもんね……」


 がっくりと肩を落とし、うなだれるエドガー。


「ち、違うの! こ、これは……」


「いえ、いいんです。本当にすみませんでした……」


 エドガーはそう言い残すと、足早にその場を去っていく。


「あ、エドガーくん……」


 ルヴィナ自身、自分の反射的な行動の理由がわかっていないのだ。弁明などしようがない。追いかけるべきなのはわかるが、追いかけた先で何と言って言葉をかけるべきなのかがわからない。結局、彼女はそのままエドガーの後姿を見送るしかなかった。


 アルフレッドは一人、グラウンドの中を歩き回っている。仲睦まじく語り合うアリアノートとアズラルを後に残し、最初はうろうろと、次第に駆けずり回るように、彼は一人の女性の姿を探し求めた。


 それからほどなくして、足を止めた彼の肩を叩く者がいた。


「え? リゼル?」


 振り向いた先には、無表情のまま立ち尽くす、闇色の髪の少女の姿がある。正直、学院指定の制服をボロボロにしたその姿は目に毒だと言いたいところだったが、彼女が何かを言いたげに袖を引っ張ってくるのを見て、黙ってその動きに従うことにした。


「まさか、カグヤのところに案内してくれるのかい?」


 だが、リゼルは何も答えない。黙ったまま、彼の袖口を引っ張るのみだ。


 そして、辿り着いた場所は、学院の保健室だった。グラウンドこそ人の波であふれかえるこの学院だが、今この時間に限って言えば、建物内部は無人に近い。灯台下暗しとも言える状況だったが、とにかく彼は、そこでようやく探し人に出会うことができたのだった。


「カグヤ!」


 寝台に横たわる彼女の元に駆け寄るアルフレッド。しかし、カグヤは眠ったまま目を覚ます気配がない。


「リゼル。カグヤはどうしたんだ? 大丈夫なのか?」


 焦ったような彼の声に、リゼルは軽く頷きを返す。


「心配ない。……でも、きっとあなたは心配する」


「え?」


 相変わらず意味の分からない少女の言葉に、アルフレッドが呆けたように聞き返す。


「多分、わたくしはカグヤに怒られる。でも、カグヤはきっと、ソレを望んでいる。望まないと言いながら、きっと……『あなたに』助けてほしいと……守ってほしいと願っている」


 保健室の入口からゆっくりと寝台に近づき、アルフレッドのそばを通り過ぎるリゼル。彼女の手が、寝台にかけられた毛布を剥ぎ取る。


「え?」


 アルフレッドは、思わず目をみはった。


 白い寝台の上に広がる、彼女の艶やかな黒髪。一見して何の変化もないように見えるが、よく見ればわかる。実体があるかないかもわからない、微細に蠢く《闇》そのもの。それが彼女の髪の中に溶け込むように混ざり合っているのだ。


「ネザクやあなたの大切なものを護るため、カグヤは『力』を使った。生まれついての魂に結びつく、わたくしの母の力を。……その代償は、彼女が『魔』となること」


「なんだって?」


 驚愕の声を上げるアルフレッド。


「もう後戻りはできない。このまま、カグヤは『魔』になるしかない。そして『魔』になれば……もう二度と、この星界には戻れない。『星の抱きし心の闇』を覗くには、彼女はあまりに賢すぎる」


「そんな! どうして、そんなことに……。何か、何か方法はないのか?」


 顔色を青褪めさせ、リゼルに詰め寄るアルフレッド。実際、リゼルの言葉の真偽自体、アルフレッドには確かめようがないところだが、それでも目の前で蠢く《闇》を見てしまえば、とても冷静ではいられない。


 そんな彼に、リゼルは再び頷きを返す。


「彼女が『魔』となることは、止められない。少なくともあと三年もすれば、彼女はこの星界から拒絶される。母様が『あのヒト』を振り向かせるのを待つとしても、このままならあと数百年はかかる」


「数百年って……」


 スケールが違う話に、絶句するアルフレッド。しかし、安堵する部分もあった。


「でも、期限は三年あるんだろう? その間に何か対策を見つければいいんだな? よし、アズラルさんにも相談して……」


「無駄」


「え?」


 アルフレッドは再び絶句させられる。


「方法はひとつだけ。あなたは心と体に強い『星辰』を宿している。だから、彼女にそれを注ぎ込み続ければ、『月』と『星』は拮抗するだろう」


「な、なんだ。そんな簡単なことで……」


「簡単ではない。お互いが心を合わせ、寄り添い、ともに在らねばならない。母様が望む『あのヒト』との蜜月の時を、あなたたちは自らの身で実現しなければならない。……あなたは一生、彼女の側で、彼女に『星』を捧げなければならない」


「一生?」


「あなたには、それができるか? 彼女の身体も心も、すべてを受け止め、すべてを支え、一生、ともに在り続けることが。短きその生涯の『すべて』を捧げ続けることが……」


 リゼルは、アルフレッドに真摯な瞳を向けてくる。無理難題は承知の上で、それを懇願するような、熱を帯びた視線だ。

 そんな彼女の視線を受けて沈黙していたアルフレッドだったが、やがてふっと苦笑を洩らす。


「はは……。なんだ、そんなことか。だったら、心配ないさ。俺は最初から、彼女に一生を捧げている。……むしろ問題は、彼女が俺になかなか口説かれてくれないことかな?」


 それでも、三年あればやって見せる。そんな意気込みをリゼルに対して滔々と語り、やがてアルフレッドは部屋を出ていく。カグヤの傍についていたいのはやまやまだが、学院長でもある彼の場合、これからしなければならないことが山ほどあった。


──彼が部屋を後にした、その直後。


「カグヤ。彼はもう行きました」


 寝台に横たわったままのカグヤに、リゼルがぼそっと声をかける。すると次の瞬間。


「……あ、あなたねえ!!」


 がばっと勢いよく起き上がり、顔を真っ赤にして叫ぶカグヤ。耳どころか首元まで赤く染め、涙混じりの目元をぬぐいながら、リゼルのことを睨みつける。


「おはようございます。カグヤ」


 しかし、そんな彼女の激昂振りなど意にも介さず、リゼルは慇懃に一礼して見せる。


「く! こ、この、いけしゃあしゃあと……! わ、わたしが起きてること、わかっててよくもあんなこと!」


「起きていたのですか?」


 きょとんとした顔で首を傾げる暗愚王。そんな顔をされると、怒鳴りつけたカグヤの方が自信を失いそうなるものの、騙されまいとばかりに首を振る。


「……確かに、大分成長したようね? はあ……アイツ、人が寝てると思って、どんだけ恥ずかしい言葉を口にしてくれているのよ……」


 カグヤは寝たふりを続けたまま、自分の枕元でかわされた会話──否、アルフレッドの独演ぶりを思い返す。


 自分がいつから彼女のことを意識し始めたのかから始まり、それを初恋だと認識した時のこと、その想いをさらに募らせていく過程の話、そして何より、いかに彼女が魅力的で、自分にとって愛すべき女性であるかについて、ひたすらに語り続けた彼の言葉。


 そんなものを一方的に聞かされ続けたカグヤの方こそ、たまったものではない。眠ったふりをしながらも、顔から火が出るような思いで悶々とし続けていた。


「うう……いくら相手がリゼルだからって、あんな話……あいつ、恥ずかしいって言葉を知らないのかしら?」


 一度は跳ね除けた毛布を胸元に抱え込み、抱きしめるように顔を埋めさせながら、カグヤはぶんぶんと頭を振るのだった。

次回「第115話 恋の悩みと仕事の悩み」

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