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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第4章 飲み込む森と意気込む魔王
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第111話 白き樹海と最後の孤島

 ほとんど反則級ともいうべき、強大な力を有する英雄少女。そんなエリザが為す術もなく敗北したという事実は、学院関係者を震撼させるものだった。


「わたくしのせいですわ。わたくしがもっと警戒していれば……」


 会議室の席上で報告を終えたリリアは、涙ぐみながら嗚咽を漏らしている。

 エリザの生死は不明だが、状況から考えても希望が持てる要素は少ない。


 かつてこの学院を火の玉のように駆け抜け、縦横無尽に暴れまわり、朗らかに笑っていた紅い髪の少女。彼女に関する思いもかけない知らせを受け、一同は胸に去来する喪失感に言葉を失っている。


「……そんな、エ、エリザが?」


 震えるような声を出したのは、ネザクだった。


「嘘だ。嘘だ。そんなの……嘘だ! エリザが、彼女が、そんなに簡単にやられるわけがない! きっと何かの間違いだ!」


「ネザク?」


 突如、狂ったように叫び出すネザクに、その場の全員が驚きの視線を向ける。


「ご、ごめんなさい……ネザクくん」


 だが、リリアが悲痛な声で謝罪の言葉を口にしたのを聞いて、ネザクはようやく正気を取り戻す。


「……あ。ご、ごめん。リリアさんは悪くないよ」


 取り乱した自分を反省するように、ネザクが謝る。

 だが、その顔はなおも青褪めたままだ。いつだって、自分に朗らかな笑みを向けてくれたエリザ。自分の進むべき道を太陽のように照らし続けてくれた、あの元気いっぱいの少女が自分の前からいなくなることなど、ネザクはこれまで考えたこともなかった。


「……エリザ」


 そんなネザクの頭に、柔らかな手が置かれる。


「……ネザクの言うとおりよ。リリアさん。自分を責めるのは止めなさい。それに……貴女が持ち帰ってくれた情報のおかげで、わかったこともある。だから……前向きに考えましょう」


 カグヤはネザクの頭をさすりながら、落ち着いた声音で言う。そして、傍らにいるリゼルに対し、発言を促すような視線を向けた。


「はい。……『幻樹王ティアマリベル』は、白月の王。かの王の特異能力は《星化主偽》。限りなく『星辰』に近い『真月』により、己の存在を星界そのものと同化する力。かつて『星辰の御子』の魂に触れた幻樹王は、その性質も同化に必要な方法も熟知している」


「……つまり、敵が強かったわけじゃないのよ。ただ、エリザにとっては天敵のような相手だったというだけ」


 リゼルの言葉を補足するように、カグヤが言葉を継いでいく。


「……そして、ここからが大事な部分よ」


 再びカグヤがリゼルを促す。


「幻樹王の《星化主偽》は、星界に住まう『生きとし生ける』ものと同化する力。だから……エリザは生きている」


「ほ、本当ですの!?」


 弾かれたように顔を上げ、叫ぶリリア。


「……良かった。エリザ、生きてるんだな」


「……肝が冷えたぞ」


「ようやくホッとしましたね」


 口々に言いながら、胸をなでおろす特殊クラスのメンバーたち。


「……とはいえ、いつまで無事でいられるかは保証できないわ」


 しかし、安堵する一同を見回したカグヤは、そんな言葉で希望的観測に寄りすぎた場の雰囲気を引き締めようとする。彼女は常に、最悪の事態を考慮することを忘れない。


「いや、カグヤ。きっと大丈夫だよ。エリザだけじゃない。アズラルさんも、アリアノートも……みんな無事に決まっているさ」


「また、あなたはそんな風に根拠のないことを言って……」


 自分の配慮を台無しにするようなアルフレッドの言葉に、カグヤは少々呆れ気味だ。しかし、そこには既に、かつてのような冷たい雰囲気は皆無だった。


「とにかく、敵の正体を見極めて、どんな戦い方をするべきか。どうやったらエリザたちを救うことができるのか。考えましょう」


 ルヴィナが彼女らしい言葉で議論を促せば、


「よし! この際、どこの月の王様だろうと関係ねえ。俺たち特殊クラスの力、見せてやろうぜ!」


 エドガーが発奮しながら声を張り上げる。


 しかし、そんな中、リゼルだけが浮かない顔のまま、呟き続けている。


「……数百年前とは違う。『星辰の御子』を直接己が身に取り込んだ幻樹王は、爆発的に、破滅的に、あの時以上の規模をもって、この星界を覆い尽くすだろう」


 不吉な予言。だが、驚くべきことに、それが真実であることが証明されたのは、その翌日のことだった。




 ──白い世界。生きとし生けるものが漂白され、取り込まれ、動くものは愚か、動かぬ植物でさえも、『ソレ』と異なるモノは一切存在しない世界。


 星界全土を覆い尽くした白いモノは、すでに樹木の体を為していない。まるで動物と植物の中間のような、奇妙な姿の白いイキモノ。白木の異形。不定形でありながら、樹皮の質感を表面に残し、枝葉のようでありながらも末端部分はざわざわと蠢く。


 星界に存在するあらゆる町や村、砦や王城の区別なく、『白木の異形』は全てを覆い、そこに住む人々も、一人としてその姿を見せていない。


 この世の終わり──そんな白い海ともいうべき世界の中で、エレンタード王国領内にある『学園都市エッダ』だけが、ただひとつ、浮島のように『白』の侵食を免れている。


 だが、それは学院にいる英雄たちの力によるものではない。


〈クカカカ! 素晴らしい、素晴らしいぞ! 『星辰の御子』を我が身に取り込んだことで、わらわの《星化主偽》は、星そのものに取って代わるだけの力を得た。暗愚王よ、悔しいか? 悔しかろう? クカカ! そうでなければ、わざわざその貧相な『街』を残しておいてやった甲斐が無いわ。今度は、わらわの方が貴様の身体を思う存分引き裂いてやろうぞ!〉


 街の外壁を囲う白い植物の群れ。その中にただひとつ、人の形をした樹木のようなものがある。外壁の高さに匹敵する巨大な人影。枝葉でできた髪をなびかせ、目の辺りに赤黒く不気味な輝きを宿した女性の姿。愉快げに笑う声は、その巨人から聞こえてくる。


「醜いな、幻樹王。偽りの白は見苦しい」


 短く言葉を返したのは、闇色の髪の少女。外壁の上に仁王立ちする彼女の掌には、黒い闇の球体が浮かんでいる。


〈……減らず口を! だが、……クカカ! 暗愚王よ。貴様……数百年前から比べれば、まるで見る影もないではないか。あの禍々しき《闇》を纏い、世界に暗黒を振りまいた絶望の王は、一体どこにいったのかのう?〉


 徐々に女性の身体つきを再現しつつある白い巨木。その巨体が笑い声に合わせ、大きく揺れる。


「……発動、《暗く愚かな闇の果て》」


 有無を言わさず放たれる暗黒球体。星界に『絶望』を与える暗愚王の攻撃系最強魔法。

 『欲望の迷宮』の最下層において『墨染めの力』に触れたリゼルは、全盛期とはいかないまでも、それなりに力を取り戻している。

 星界そのものの自壊を促し、爆発的な破壊の力を撒き散らすこの魔法は、星と同化した幻樹王でさえ防ぐことなど不可能だ。


 白木の巨人は粉々に破壊され、平原一帯に広がる『白の樹海』が文字どおり根こそぎ吹き飛ばされていく。だが、依然として、幻樹王は余裕の言葉を吐き続ける。


〈クカカ! 無駄無駄! この星界に存在する数億の命を取り込んだわらわは、もはや不老・不死・不滅なり!〉


「やっぱり再生するようね」


 翼竜マイアドロンの背に乗ったルヴィナは、黒球によって抉られた『白い絨毯』が再び『漂白』されていくのを苦々しげに見つめている。


「……くそ。まさか本当に世界全体がこんな状態になっちまうだなんて……」


 同じ翼竜に乗りながら、エドガーが悔しそうに呻く。恐らくこの分では、獣人国家バーミリオンも、その大半がこの樹海に飲み込まれていることだろう。


「エドガー君。気持ちはわかるけど、わたしたちの役目を忘れては駄目よ」


「ええ、わかってます。俺は……ルヴィナ先輩のことを絶対に護りますから」


 指輪から伸びる黒い糸を調節しながら、エドガーは静かに言う。この世の終わりを想起させるこの光景に、彼にも何か思うところはあったのかもしれない。


「……え、ええ。あ、ありがとう」


 ルヴィナはと言えば、普段の彼らしからぬエドガーの振る舞いに、動揺が隠せないようだった。


「ん? どうしましたか。ルヴィナ先輩。少し顔が赤いようですけど……」


「な、なんでもないわ。それより、そろそろ行きましょう」


「はい!」


 二人を乗せた翼竜マイアドロンは、街の外へと向かい飛翔する。

 ただし、向かう方向は、リゼルアドラが外壁の上に立つ東側とは逆の西側である。


「さあて! 俺の新技のお披露目も兼ねて、目一杯、暴れてやるぜ!」


 エドガーの指から垂れる『黒糸』は、上空からでも地面に届くほどに長い。それはつまり、空から地上の樹海に対し、一方的に攻撃を仕掛けることが可能であるということだ。


「発動、《熱糸縛発》」


 地に垂れる糸の先端は、エドガーの魔闘術クラッドによって赤熱し、触れたものを斬り裂きながら傷口の内部を爆発させていく。効果的ではあるものの、相手が植物でなければ、実に陰惨な光景が広がっていただろう。まさに悪魔の弟子らしい、『趣味の悪い』魔法と言えた。


 ルヴィナが翼竜を制御するすぐそばを、別の翼竜が飛んでいる。イリナとキリナ、双子の姉妹だ。


「ウフフ! 『白月』の雑魚どもがこの『死霊の女王』にたてつこうなど、百年早くてよ!」


 地上には、大鎌を振りかざしながら暴れる蒼髪の美女が一人。


「イリナ! 来たぞ!」


「うん! こっちは任せて!」


 双子の姉妹は、地上で戦う死霊の女王アクティラージャに『真月』を供給し、また自分たちで召喚した『魔』を制御しながら加勢しているのだった。


 そんな彼らの奮戦も虚しく、破壊された樹海はすぐさま再生を繰り返す。だが、それで良かった。彼らの役割は、『殲滅』ではなく『囮』なのだから。


 星と同化し、星界全土を覆い尽くすような、ある意味無敵ともいえる化け物の唯一の弱点。それは、幻樹王が『個』であるということだ。すなわち、無限に近い命を有していようが、彼女の意識の本体はひとつしかなく、複数個所での戦闘が始まれば、その意識は複数に分散される。


 今や東側でリゼル、西側で二人が戦っている他、北と南にもアルフレッドやカグヤ、ネザクと言った面々が戦いを続けている。



 ──そんな中、リリアは一人、街の中心部に立ち尽くしている。


 昨日、エリザを救えなかったことを悔やみ続けていた彼女は、決意も新たに、これまで使ったことのない大規模魔法に挑戦しようとしていた。そしてそれこそが、今回の作戦の要であり、反撃の第一歩となるべきものだった。


「わたくしは、わたくしのやるべきことを全力でする。それでこそ、エリザ。あなたを救うチャンスもあるはず……」


 輝くプラチナブロンドの髪をなびかせ、額にうっすらと汗をにじませながら、彼女はひたすら術式に力を注ぐ。実のところ彼女は、昨日からほとんど一昼夜、その場に立ちつくし、ひたすら術の構築を続けていた。


「わたくしの役目は……、エリザ。あなたの帰るべき場所を護ることですわ!」


 霊界第三階位の吸血の姫。リリアが構築する術は、霊戦術ポゼッションである。この術には発動にあたって魔力を憑依させる対象となる触媒が不可欠なのだが、たった今、リリアが触媒にしようとしているものは……『学園都市エッダ』だった。


「……行きますわよ。発動、《水鏡法術:明鏡止水の夢幻楼閣》」


 彼女の周囲に渦を巻くような風が生まれ、制服の裾をはためかせる。しかし、光も音も発生しない。リリアの発動した魔法は、静かにゆっくりとその効果を街全体に行きわたらせ、沈黙のままにその効力が発揮される時を待ち続ける。




 ──南側を担当するのは、ネザクだった。


 しかし、現在そこで戦いを続けているのは、戦術級、災害級を問わず召喚された、大量の『魔』だ。


「ハッハー! ぶっ殺してやるぜえ!」


《豪快気炎》を口から吐き出しながら、真紅の人狼クリムゾンが雄たけびを上げている。


「我、白、嫌悪! 殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!」


 空には六枚羽根の悪魔ルシフェルが舞い、地上には漆黒の破壊の羽根が降り注ぐ。巻き起こる爆発は『白木の異形』をことごとく吹き飛ばしていた。


「食え食え食え食え! 舞え舞え舞え舞え! 狂え狂え狂え狂え!」


 身体に蒼い布を巻きつけ、全身に不気味な口が開いた異形の人影は、霊界第四階位『悪食蠅王ベルゼブブ』。その無数の口からさらに無数の蒼黒い蠅を生み出し、『白木の異形』をむさぼり喰らっている。


 圧倒的な物量と破格の戦闘力で白い樹木を次々と駆逐していく『魔』の集団は、下手をすればリゼルが担当する東側より激しい破壊を撒き散らしている。


「……エリザ、エリザ、エリザ、エリザ、エリザ、エリザ、エリザ、エリザ、エリザ」


 しかし、当のネザクはと言えば、外壁の上に立ち、ぶつぶつとうわ言のようにつぶやきながら、虚ろな瞳でその光景を見つめるのみだ。


 戦いが始まる直前、学園都市エッダの住人や学院の生徒たちは、地面から離れた建物の上に上がるよう指示を受けた。その中には滞在中のロザリー王女も混じっていたが、彼女から無事を祈る励ましの言葉をかけられた時も、彼はまるで上の空だった。


「ネザク? しっかりしなさい」


「うう……エリザを……助けなきゃ、助けなきゃ……はやくはやくはやくはやく!」


 どうにもならない衝動を扱いかねているように、ネザクは地団駄を踏んでいる。


「……見ていられないわね」


 カグヤはそんな弟の傍らで、小さくため息を吐く。


「さすがにこんな光景を見せつけられては、無理はないんでしょうけど……」


 眼下に広がる白い樹海。エリザを取り込んだ途端に爆発的に力を増した敵。そんな敵の在り方そのものが、ネザクの心を苦しめている。

 一刻も早く助けに行きたい。でも、ここまで力を取り込まれているのなら、彼女はもう駄目かもしれない。そういった焦りや不安ばかりが心に募る。


「これが『ルナ・ハウリング』……『大禁月日』なのね」


 カグヤは寂寥とした白い荒野を見透かし、思わず身震いするように両腕で身体を抱え込む。


「この分だと……リゼルでも防衛は厳しいか。……やっぱり、覚悟を決めるしかないのかしらね……」


 自分の腕で抱いた身体に纏う、黒い衣の感触を確かめるように撫でさするカグヤ。


「ネザク……待ってなさい。わたし、あなたの『お姉ちゃん』として頑張るから……」


 カグヤは決意を込めて頷くと、『北側』を護るアルフレッドとルーファスに魔法による通信を呼びかけた。


〈二人とも、聞こえる?〉


〈なんだい、カグヤ?〉


 すぐさま反応を返してきたのは、アルフレッドだ。


〈ネザクをこれからエリザの救出に向かわせるわ。だから、手伝ってあげてくれない?〉


〈しかし、陽動作戦はどうします?〉


 今度はルーファスが心配げな声音で聞いてくる。しかし、カグヤはこともなげに言葉を返した。


〈大丈夫。……わたしが『その気』になれば、陽動どころかこの都市の防衛自体、一人で十分できるから〉


〈カグヤ?〉


 カグヤの声音に不審なものを感じたのか、アルフレッドは気遣わしげに呼びかけてくる。


〈……いえ、なんでもないわ。まあそれはともかく……ルーファスには『白霊樹』の本体までの道案内をお願いしたいのよ〉


〈なるほど。でも、俺は?〉


〈……決まっているでしょう? あなたは保護者役よ。生徒だけを危険な場所に行かせるわけにもいかないでしょうが〉


〈……そうだね〉


 カグヤの言い分は至極もっともに聞こえたはずだが、それでもアルフレッドから聞こえる返事は、何かを言いたげな印象があった。普段は鈍感な癖に、肝心な時に限って無駄に鋭いところがあるこの幼馴染に、カグヤは内心で苦笑する。


〈とにかく、頼んだわよ〉


〈了解。君も無理をしないでくれよ?〉

次回「第112話 少年魔王と幻樹王の森(上)」

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