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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第4章 飲み込む森と意気込む魔王
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第110話 英雄少女と無人の砦

 星界中の人々がその異変に気付いたのは、それから間もなくのことだった。


 広大な『弓張り月の森』に住まうエルフたち。彼らが一人残らず姿を消し、豊かな緑に覆われていた森が不気味な白へと塗り替えられたのだ。その噂が星界全土に広がるのに、さして時間はかからなかった。


 先に獣人国家バーミリオンを襲った『獣の災厄』に次ぐ、新たなる『樹木の災厄』。

 だが、今回のそれは、『月獣』の氾濫による被害のような、ある種のわかりやすさを伴っていない。どこまでも静かで、どこまでも異常な、ただの『現象』だ。


 そのため、どの国家も対策を練るという考え自体が持てなかった。隣接する国々こそ、国境線での警戒を強めはしたが、それさえ形だけだ。対処のしようもない災厄を前に、ただただ、自国にそれが及ばぬことを祈るしかない。


 しかし、事態はそんな悠長な彼らの態度を許しはしなかった。


「な、なんだ、あれは!」


「うわあああ!」


 エレンタード国境の砦を警備する兵士たちは、土煙を上げて地上を伸び進む白い樹木の群れを見た。


「に、逃げろ!」


 人知を超えた災厄に、逃げ惑う兵士たち。ここは友好国との国境だけあって、大した兵力もなく、砦自体もとってつけたようなものだ。とはいえ、たとえここが強力な軍事要塞であったとしても、結果は同じだっただろう。


 なぜなら……


「ひ、ひい! あ、足元が!」


 白月における『月の牙』──第三階位『神霊幻木エルシャリア』と同化した幻樹王は、地上よりも先に地下から星界を侵食していた。各国が手をこまねいている間に、彼女の手足ともいうべき白い樹木は、各地に向かって無数の根を張り巡らせていたのだ。


 途端に白い景色に埋もれていく国境の砦。囚われた兵士たちは、等しく恍惚の表情を浮かべて飲み込まれていく。


〈クカカ! もうすぐ、もうすぐじゃ!〉


 音も無く蹂躙された砦には、すでに石壁さえ見えないほどに白い樹木が絡みつく。兵士たちの悲鳴も途絶え、静けさを取り戻した砦の中には、幻樹王の哄笑だけが響き渡る。




 ──数百年の時を経て、白き月の力を溜めこみ続けたエルフ族。ファンスヴァールの森に暮らす彼らを飲み込み、その頂点たるハイエルフさえ飲み込みつくした災厄の主『幻樹王ティアマリベル』は、次の狙いをルーヴェル英雄養成学院に定めた。


 その証拠に、地中に伸びる白い根は、その大半がエレンタード方面へと向けられていた。

 星に同化し、星の一部と化して蠢く災厄が相手では、どれだけ熟練の霊戦術師ポゼッショナーがいたとしても気付くことなど不可能だ。


 幻樹王の狙いはただ一人、星辰の御子エリザ・ルナルフレア。


 そして、そんな彼女は事もあろうに、行方不明となったアリアノートとアズラルを救うべく、ファンスヴァールとの国境へと向かう道中にいた。


「エリザ。わかっているとは思いますけど……これはあくまで偵察ですわよ。敵の正体が不明な以上、迂闊に刺激するのは危険が大きすぎますわ。あなたの我が儘を聞いて同行させてあげているのですから、無茶だけは止めてほしいものですわね」


「わかってる。英雄は熱くなるばかりじゃ駄目なんだ。アルフレッド先生やアリアノートさんに教えてもらったんだから……わかってる」


 シュリが操る怪鳥の背の上で、エリザは悔しそうな顔でうつむいていた。そんな彼女の姿に、シュリとリリアは顔を合わせ、小さく息を吐いた。今回の偵察は本来、霊戦術師ポゼッショナーのリリアと気配を消すことに長けたシュリの二人で行うことにしたものだった。


 あくまで上空から気配を探知し、危険を感じたら速やかに引き揚げること。アルフレッドたちからは、きつくそう言い渡されている。


「うーん、大丈夫かな? カグヤ姉様たちに無断で連れてきたりして」


 シュリも心配げな顔だ。彼女は彼女でエリザの規格外の強さは良く知っているが、一方で彼女の猪突猛進振りも痛いほどよく知っていた。


「仕方がありませんわ。こうでもしなければ、一人で飛び出して行ってしまいかねない顔をしてましたもの」


 リリアは気配探知の魔法を地上に向けて使用しつつ、シュリとの会話を続けている。学院での授業におけるアズラルの指導のおかげもあってか、彼女の探知魔法はかつてより格段に成長していた。

 だが、そんなリリアの魔法でも、地中に潜む敵の影には気づくことができなかった。というより、そもそもそんな想定などしていない。それは仕方がないことだと言えたが、この後の展開を思えば、それこそが致命的だった。


 やがて辿り着いた国境の空。眼下には石造りの簡素な砦が立っているものの、両国を繋ぐ街道には人影ひとつない。ファンスヴァールを襲った災厄を思えば当然のことだが、リリアは、それにとどまらない異常な状況を捉えていた。


「……砦にも、まるで人の気配がない?」


 警戒の意味もあり、それなりに兵士が常駐しているはずの砦。石造りの砦そのものは全くの無傷であり、何一つ問題がないように見えるものの、そこに人の気配が感じられないことだけが異常だった。


「どういうこと?」


 エリザが尋ねる。しかし、リリアにはそれ以上のことが全く分からない。


「……なんだか、不気味だにゃん。いいから引き揚げようよ」


 シュリが身震いするように言う。彼女の野生の勘とでもいうべきものが、眼下の景色に潜む見えない危険を感じ取っているようだった。


「そうですわね。無人の砦。とはいえ、それ以外に何もわからないのでは偵察に来た意味が……」


 リリアは迷うように顎に手を当て、ぶつぶつとつぶやいている。


「とにかく、降りてみようよ。誰か残ってる人だっているかもしれないし……」


「でも、危険だにゃん!」


「大丈夫だよ。シュリは上空で待っててくれればいいし、リリアの探知魔法でも敵はいなさそうなんだろ? このまま帰ったんじゃ、なにもわからないのと同じじゃないか。何か一つでもアリアノートさんとアズラル先生の行方に繋がる手がかりを掴まなくちゃ!」


「そ、それはそうですけど……」


 リリアもためらいがちではあったが、自身の探知魔法の結果からすれば、エリザの言い分ももっともだと言えた。


「そうですわね。行きましょうか……」


 一度、そう決断すれば彼女たちの動きは速かった。万が一のためにシュリを上空に待機させ、二人はゆっくりと三階建ての砦の屋上部分に降り立った。


「よし、じゃあ行こう」


「ええ。慎重に行きますわよ」


 無人の砦の中を、二人の少女が歩き出す。だが、彼女たちは気付かない。今いる場所からはちょうど死角となっている場所──砦の中庭の地面に奇妙な盛り上がりが生まれつつあることに。


「……ん? なんだろう、この感じ……」


 無人の砦を探索することしばらく、エリザは周囲の空気に、怖いような、懐かしいような、何とも言い難い感覚を覚えた。


「どうしましたの?」


「ううん。なんでもない。それにしても、ほんとに誰もいないんだね」


「当たり前ですわ。わたくしの術を信じていなかったのですの?」


「いや、そう言うわけじゃないけどさ。不思議だなと思って」


「……そうですわね」


 ほとんど荒らされた形跡もない砦の中だが、それでも周囲に散乱する武器や防具の類は、この砦を何らかの災厄が襲っただろうことを暗示していた。


 そしてその災厄は、彼女たち二人にも迫っている。建物内を屋上から一階まで歩き回り、最後に中庭へと二人が歩き出した時、その異変は起きた。


 ほとんど音も無く、中庭の地面から白い樹木の枝が無数に出現したのだ。


「え?」


「きゃあ!」


 中庭に足を踏み入れたエリザとリリア。二人の少女を不意打ちで襲ったその枝は、抵抗する暇さえ与えず、二人の身体を拘束しようとする。


 だがここで、二人の『特性』がその明暗を分けることになる。


「く、くそ! 離せ!」


 エリザはとっさに星具を具現化し、その力で身体に巻きつく白い樹木を振り払おうと試みる。


「うああ!」


 しかし、相手は星と同化する樹木だ。生半可な『星辰』の力では、かえって分が悪くなる。


「エリザ! く! なんですの、これは!」


 一方、リリアの身体には、白い枝も届いていない。彼女の周囲に広がった《水鏡兵装:白炎陣》の炎に焼かれ、のたうつように跳ね回っている。


「とにかく、エリザを助けないと! 発動、《水鏡兵装:黒雷弓》」


 リリアは手の中に黒い雷の弓を生み出し、それを素早く引き絞ろうとする。


「駄目にゃん! 後ろ!」


 シュリの警告の声を受け、リリアはとっさに自分の背中から大量の赤い槍を突き出した。すると、何やら硬いものが砕けるような音が響く。制服の背中が破れたのを気にする暇もなく、リリアはそちらに目を向けた。


 そこには、白炎をまといながらも焼けることなく、こちらに迫る複数の枝があった。


「焼けていない? く! ただの木じゃないわね!」


 リリアは慌てて手から伸ばした槍を振るい、焼け焦げながらも自分に迫る枝の群れを打ち砕く。


〈クカカ! 無駄無駄! 抵抗など無意味。いずれすべては『ひとつ』となる。わらわの『同化』の力によってな!〉


「女の声? 何者ですの!?」


〈我が名は『幻樹王ティアマリベル』。かつてこの星を漂白しつくした『魔王』であり、今や『この星』そのものぞ! わらわは、この星界に存在する、如何なるものとも同化する。汝は少しばかり異質な力の持ち主のようじゃが、なあに、構うことはない。それでも遅からず、わらわが同化してくれようぞ〉


「く、うう……こいつ! なんで、あたしの力が!」


 身体の自由を拘束され、必死でもがくエリザの叫び。彼女の手には真紅の水晶剣が握られており、その刀身から放たれる黄金色の炎は、周囲の樹木を焼き尽くしている。にも関わらず、彼女の身体に巻きつく樹木は、まったく火に巻かれる様子もない、


〈ああ、なんと心地よいものか! この感覚、数百年ぶりじゃ! 星辰の御子の魂よ。今再び、わらわに混じり、この星界を純白に! わらわこそが星となり、母上を迎えに行こう! クカカカカ!〉


「ち、力が抜ける……」


 それまで身体を拘束する枝を引きちぎらんばかりに暴れていたエリザも、ここに来て動きを止めた。かつて『星辰の御子』の魂を得たことのある『白月』の王。彼女はどこまでもエリザにとって相性が悪い。

 そしてなにより……数百年をかけてこの星界に同化したことで、彼女は第二階位の『魔』でありながら、『星心克月』を会得しているという稀有な存在でもあった。


「エリザ! ……く、化け物め! そこをおどきなさい!」


 リリアは再び《水鏡兵装:紅天槍》を繰りだし、周囲に迫る枝の群れを打ち砕く。しかし、『星辰』の力を得て高位の『魔』でさえ一撃で滅ぼす紅い槍も、星と同化する幻樹王の手足を前にしては、徐々にその破壊力を鈍らせているようだ。


 そうしている間にも、エリザの姿はますます白い枝に覆われていく。


「エリザ! エリザ!」


 必死に呼びかけるリリアの声に、すでにエリザは応えることもできなくなっている。


「リリア! 掴まるにゃん!」


 上空を舞うシュリの怪鳥が低空飛行しながら、その尾をリリアへと垂らしてくる。


「で、でも、エリザが!」


「このままじゃ、皆やられる! いいから早く!」


「く!」


 リリアは、やむなく怪鳥の尾に掴まって上空へと離脱する。


〈汝のような同化しがいのある相手を、わらわが逃がすと思うてか?〉


 地面から恐ろしい勢いで、白い樹木が伸びあがってくる。怪鳥もろともリリアとシュリを捕えるべく、四方に広がったその枝は、次いでその幅を狭めるように迫りくる。


「やっばいにゃん! 逃げきれないよ!」


 シュリも必死で怪鳥に炎を吐かせて応戦するが、その程度の攻撃では、この樹木の化け物にはほとんど有効打にはならなかった。まったく勢いを減じることなく、次々と伸び続けてくる。


「く! なら……これでどう!?」


 リリアは手をかざし、自身の周囲に湾曲した『水の鏡』を想起する。


「発動、《水鏡兵装:明鏡止水の反射障壁》!」


 出現した水鏡は、あらゆるものを弾き返す、吸血の姫の最後の盾。

 凪いだ水面の輝きは、『白月』の王が操る同化の力さえも映し出し、そのまま敵へと跳ね返す。


〈ぎああ!〉


 自己に自己を同化する。その自己矛盾を受けて、たちまち砕ける白木の枝。その隙に、シュリの怪鳥は枝の届かぬ更なる上空へと舞い上がっていった。


「く……なんてことなの……。エリザが、エリザが……」


 再び地面へと消えていく白い樹木の群れを見おろし、リリアは打ちひしがれた顔でつぶやきを洩らしていた。

次回「第111話 白き樹海と最後の孤島」

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