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少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第1部 第1章 すべてのはじまり
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第11話 英雄少女と学園生活(上)

 ルーヴェル英雄養成学院は、エレンタード王国出身の英雄、星霊剣士アルフレッドが運営する『学校』である。彼は十年前、邪竜退治の褒美として、学園都市エッダの一角を国王から下賜された。

 そんな彼が取り組んだのは、下賜された土地にあった『魔法学校』を元にして、人々を導く『英雄』を養成するための学校を設立することだった。


 邪竜戦争では、人心を惑わす邪竜の力によって野心を持つ多くの国王、貴族たちが戦に駆り立てられた。血で血を洗う陰惨な争いは、無辜の民を含む多くの人々を犠牲にし、戦火を拡大させていった。


 そんな折、人々を救ったのは当時世界で覇を競っていた五大国家の五人の英雄だった。かつて戦場で刃を交えたこともある彼らではあったが、やがて戦争の裏に邪竜の存在があることに気付く。そして、いつしか彼らは、諸悪の根源たる邪竜を倒すべく、ともに戦う仲間となった。


 世界は、英雄によって救われた。しかし、一人の力では不可能だった。国家の垣根を越え、手を携えて戦ったからこそ、邪竜を倒し、戦争を収める道を探ることができたのだ。


 そのことを良く知る彼は、この星界が再び戦乱に巻き込まれた時のため、各国から素質ある子供たち集め、自らの後進として育てることにしたのだった。


 そんなアルフレッドが担当する特殊クラスに、エリザとリリアは配属されることとなった。とはいえこのクラス、ある意味、実体の伴わないクラスだ。受講するカリキュラムは皆と同じ、座学も同じ教室で受け、試験も同じ。違うのは、実技訓練を教員ではなく学院長自らが担当する点のみだ。


 したがって、特殊であろうと特別であろうと、エリザが『それ』から逃れることはできなかった。


「うう~! 英雄になるのに、どうして数学なんか勉強しなきゃいけないんだよ」 


「英雄たる者、教養は不可欠ですわ」


 

 リリアは、エリザの手元の教本に目を向けながら言う。

 椅子に姿勢良く腰かけ、ツインテールの髪を静かに垂らした彼女は、制服姿でありながら高貴な姫の気品を漂わせている。


 ここは学院の図書館。所蔵された膨大な数の書物は、この学院だけではなく、学園都市エッダ、ひいてはエレンタード王国全体にとっても貴重な知的財産となっていた。

 所狭しと並べられた書架は、天井の高い図書館の壁面をびっしりと埋め尽くし、階段で上がることのできる中二階が本棚に沿って設置されている。少女二人がいるのは、そんな中二階にある閲覧机の並べられた一角だった。そこはちょうど、図書館一階の中央受付を見下ろすことのできる場所でもある。


「いいですこと? 仮にもあなたはわたくしと肩を並べていると皆に目されているのです。そんなあなたが赤点など取ってごらんなさい。わたくしまでどう思われることか……」


 当然のことながら、そんなことでリリアがどうこう思われることなどない。それはリリアにも、わかっているはずだった。


「それ、耳にタコだよ。わかってるって。だから頑張ってんじゃん」


 エリザは口を尖らせつつ、指で教本のページを軽く叩く。


「では、その問題。わかりましたの?」


「んにゃ? 全然わからん」


 机に突っ伏すリリア。むくりと顔を起こし、両目に剣呑な光をたたえてエリザを睨む。


「……あなた、頭の中に何を飼ってやがりますの?」


「う、そこまで言うことないじゃん……」


 皮肉、というよりリリアの鬼気迫る迫力は、流石のエリザにも通じたようだ。少しだけ顔を引きつらせている。


「もう三回目ですわ。いったい何回同じ説明をしたら、理解してくれますの?」


「仕方ないだろ! だいたいリリアの説明が難しすぎるのがいけないんだよ」


「自分のおつむの出来を棚に上げて、わたくしのせいですか?」


「ほら、それそれ。自分が頭がいいと思って『こんなことくらいわかるでしょ』って説明の仕方なんだもんなあ。それじゃ、わかるわけないよ」


「胸を張らないでくださいな。確かに、わたくしも教え方に自信があるわけじゃありませんが、説明を聞いて分からないなら、自分から質問するべきでしょう?」


 リリアが言うと、エリザは急に口をつぐむ。


「な、なんですの?」


「……わからないんだよ」


「だから、それを聞けば……」


「どこがわからないのかが、わからないんだってば」


「……」


 リリアは絶句した。青い瞳は丸く見開き、ばつが悪そうな顔でむくれているエリザへと向けられている。


「……ごめんなさい」


 ぽつりと一言。


「え? なんで?」


 きょとんとした顔のエリザ。


「いえね? わたくしも、そんなつもりじゃありませんでしたのよ? 本当にごめんなさい。もっと早く気付いてあげるべきでしたわ。あなたに勉強を教えるだなんて、わたくしったら、なんて残酷な仕打ちをしていたんでしょう……」


「残酷な台詞を言われたっ!?」 


「本当にごめんなさいね。あなたもきっと、辛かったですわよね……」


「やめろ、こら! しみじみと謝るな。あたしがどんどん惨めになるじゃないか!」


 エリザが抗議の声を上げるが、リリアは涼しい顔で言葉を続ける。


「でも、よかったですわ。数学は零点でも、得意の歴史で高得点を取れば、退学にはならないで済みますもの」


「数学の零点は決定なのか!?」


「声が大きいですわよ」


 リリアは口元に人差し指を当てながらたしなめる。

 ここは図書館だ。皆が新たな知識を得るべく読書にいそしみ、静粛こそが常とされる場だ。当然、こんな風に騒ぐことは認められていない。このままでは司書を務める教員にこっぴどく叱られてしまうだろう。というより、前回はそれで追い出されてしまったのだ。


「ぐ……」


 それを思い出してか、エリザは渋々と言った様子で口を閉ざした。


「でも、どうして歴史『だけ』は得意なんですの?」


「だけを強調するな」


 エリザは獣のように低く唸る。


「それで、どうなんですの?」


「……まあ、単に好きなだけなんだよ。英雄物語とか、その手の本は昔から読んでたんだ。んで、その時代の英雄の気持ちとか生活とかを知りたくって、いろいろ調べものなんかもしてた。だからじゃないかな?」


「そうでしたの。筋金入りの英雄馬鹿ですのね」


「おうよ。英雄を語らせたら、あたしの右に出る者はいないぜ」


 本を閉じ、赤銅色の瞳に自信を漲らせて胸を張るエリザ。


「妙なことで胸を張らないでくださいな。……英雄と言えば、ここの学院長のアルフレッド先生こそ、その代表格のような人ですわよね」


 ふと思いついたようにリリアは言う。


「ん? それがどうかした?」


「いえ、もしかしてあなた、アルフレッド先生に憧れているのではなくて?」


 リリアは青い瞳を悪戯っぽく輝かせてエリザを見る。いつも勝気な少女の弱みを見つけられるかもしれない。そんな思惑が見え隠れしている。だが、エリザの反応は、そんな彼女の期待と予想を見事に裏切るものだった。


「憧れ? ふふん。あたしの志はそんな低い次元にはない! せっかく生きて目の前に伝説の英雄がいるんだぜ? だったらそれを越えなくてどうする!」


 高らかに声を上げて宣言するエリザ。リリアが止める暇もなかった。

 結局、彼女たちはまたしても司書の先生に叱られた。次にやったら出入り禁止にすると釘を刺され、しょんぼりしながら図書館を後にする二人。


「……あなたのせいですわよ」


「ご、ごめん……」


 珍しく素直に謝るエリザ。熱が入りすぎてしまった自分に、一応の反省の気持ちはあるらしい。今回が一度目でないという点も、反省材料ではあるのだろう。しおらしい様子のエリザを見て、リリアは溜め息をつく。


「あなたにそんな顔をされると、わたくしの気分が悪くなりますわ。……もう、仕方ありませんわね。今日のところは『星霊亭』にでも寄って、夕食をいただいてから帰りますわよ」


「まじで? さっすが、リリア! 話が分かる!」


 途端に目を輝かせて抱きついてくるエリザ


「きゃ! ちょっと、何するのよ! 離しなさい!」


 照れたように顔を背けながら、振り払おうとするリリア。

 犬猿の仲から始まった二人の関係は、今やどう見ても仲の良い親友同士となっていた。



──ルーヴェル英雄養成学院は、広大な敷地面積を有している。敷地内には運動場や訓練施設などがあるほか、図書館や食堂、日用品が置かれた売店などは外部にも開放されており、学院自体が一つの町のような様相を呈していた。


 二人は図書館を半ば退散するように後にすると、腹ごしらえをするべく食堂に向かう。時間は放課後。図書館で多少の時間を潰したため、夕食時も近づく頃合いだった。


「寮の食事も悪くないんだけどさ。やっぱりあたしは、『星霊亭』のジャンボスタミナスペシャルミックスが一番だと思うわけよ」


 道すがら、エリザは食欲全開だ。


「また、わたくしの前であんな恐ろしいものを食べる気ですの?」


「恐ろしいってなんだよ。美味しいじゃん。全部食べきればタダにしてくれるんだしさ」


「……確か、あなたが十回連続で完食を続けたせいで、店の主人が泣きながら、もうやめてくれと頼みこんできたのは、つい先日のことだったと思いますわよ?」


「あれ? そうだっけ? あたし、頭が悪いから忘れちった。てへ」


 しらばっくれたつもりのようだが、柄にもない「てへ」が余計だった。


「……これが英雄候補だなんて、世も末ですわね」


 ため息をつくリリア。


 だが、『安くてうまくて量が多い』をモットーとすることで、生徒たちに絶大な人気を誇る飲食店──星霊亭。二人は、その店の入り口で立ち止まる。というより、立ち止まらざるを得なかった。夕食時であるためにそれなりの客はいたが、店の中に入れないほどではない。


 しかし、入口には張り紙が一つ。


『エリザとリリア、お断り』


「なにこれ?」


「……どうして、わたくしまで一緒くたにされていますの?」


 入店を断る注意書きは世に多々あれど、ここまでピンポイントなものは珍しい。二人が唖然とした顔で固まっていると、背後から男の声がした。


「ははははは! いつかやるんじゃないかと思ったぜ! さっすがは俺のエリザだ」


 振り向けば、一人の少年。銀の髪に整った顔立ち。だが、頭からは獣耳が生え、腰にはふさふさとした銀の尾が見える。これらは、獣人族と呼ばれる種族の特徴だ。


「あら、エドガー先輩。お食事ですの?」


 すました顔でリリア。社交辞令の塊のような態度だった。青い目は、これ以上ないくらい冷ややかだ。


「まあな。いやあ、それにしてもこの店に出禁喰らった奴なんて、お前らが初めてなんじゃないか?」


 一方のエドガーと呼ばれた少年は、にやにやと笑っている。


「エドガー。何度も言うけど、あたしはあんたのじゃないぞ」


「照れるなよ。俺は決めたんだ。必ずお前を俺のものにするってな」


 エドガーは気障な仕草でエリザに指を突き付ける。


「てい」


 ポキ。エリザの声と共に、そんな軽い音が響く。


「うぎゃあああ! いってええ!」


 関節を外された指を抱え、叫び声をあげるエドガー。


「うぎぎ、……発動《命の脈動》」


 淡い光が彼の指を包み、痛めた関節を癒していく。

 己の肉体の強化、変化、生命力の増幅を中心とした術適性、魔闘術クラッドによる治癒魔法だ。


「あ、相変わらず、手厳しいな……」


 涙目でうめく彼の名は、エドガー・バーミリオン。


 こう見えても五英雄の一人、『銀牙の獣王』の異名を持つイデオン・バーミリオンの息子である。獣人族の中でも並外れて強靭な肉体を持つ『銀狼族』は、獣耳と銀の尻尾を除いては、人間と大差ない外見をしている。しかし、彼は父親と同じように、己が得意とする魔闘術クラッドを用いることで、狼に近い姿に変身することができる。


 性格に難はあるが、実力的には並外れたものを持つ彼は、この学院では数少ない特殊クラスの一員だ。エリザたちの一年先輩であり、同じくアルフレッドから直接教えを受けている。


「だいたい、何が不満なんだよ。未来を約束された英雄の息子であるこの俺が、お前を嫁にもらってやるって言ってるんだぜ?」


「ん? 別に何がってわけでもないけど……うーん、そうだなあ。強いて言うなら、あんたが気持ち悪いのが不満かな?」


「……なんでわざわざ強いて言った!?」


 エドガーは落ち込んだ顔になる。人間形態の時の彼は、精悍で整った顔立ちの美男子だ。だから、それなりに自分の容姿にも自信があった。加えて出自も由緒ある英雄の血筋であり、申し分ない。自分が口説けばどんな女性でも落ちるはず。そう思っていた彼にとっては、ここまで自分が相手にされないのは酷く不思議なことだった。


「だが、あきらめないぞ。明日の実技訓練には、手合わせの時間があったはずだ。その時こそお前を打ち負かして、約束どおり嫁になってもらう!」


「そんな約束、聞いた覚えはありませんわ」


 静かな声で割り込んだのはリリア。うんざりした顔で汚物を見るような目をエドガーに向けている。


「……なんだよリリア。やきもちか?」


「死ね」


 死刑宣告。


「あ、ちょっ、やば! 精気吸収!?……いや、ま、待てって! 手加減抜きだろ、これ!? し、死ぬ! 死……」


 死霊にたかられて、ぶくぶくと泡を吹き始めるエドガー。


「さあ、行きますわよ」


「うん。じゃあね、エドガー。生きてたらまた会おうぜ!」


 二人はぴくぴくと痙攣し始めたエドガーを残したまま、歩き出す。二人が入学するまで、学院内では最強の使い手の一人とされていたエドガー少年。周囲の生徒たちは、そんな彼が手玉にとられるのを呆然と見守っていたのだった。


 今日も今日とて、二人の少女は、自らの悪名を学院内に広めている。


次回「第12話 英雄少女と学園生活(下)」

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