表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』  作者: NewWorld
第2部 第2章 暴れまくりのお転婆英雄
100/162

『ネメシス』~星の抱きし心の闇を

 かつて『彼ら』は、ひとつだった。


 かつて『彼らだったモノ』は、憧れを抱いた。


 それは輝き。それは純粋。それは意志。

 それは己が身を焼き焦がす、黄金色にきらめく炎。


 身の程知らずにも、憧れに腕を伸ばした『彼らだったモノ』は、その報いとして四肢を裂かれた。しかし、『彼らだったモノ』は強大であり、不死身であり、無限の時を生きるモノだ。四肢を裂かれた程度では、ソレが滅びるには足りない。傷ならすぐにでも再生するだろう。だが、なぜか、『彼ら』はひとつに戻れなかった。


 どころか、ひとつであった頃の記憶さえ曖昧と化していき、ただひたすらに、憧れを追い求める心のみが残った。否、彼らは『心の臓』を失っていた。ゆえにそれは、心などではなく……『本能』と呼ぶべきものだったのだろう。


 四肢はやがて四神となる。失われし『心の臓』を求め、己が子を世界に生み出した彼らは、永遠ともいえる『染色の時』を刻み始める。

 いつしか……彼らが求めているものが、かつての『憧れ』であるのか、それとも失われた『心の臓』であるのか、既に彼ら自身にも判別できなくなっていた。


 それぐらい、悠久の時が過ぎた。一部の例外を除き、世界に生み出された『子供たち』が、『生みの親』の存在をほとんど感じられなくなるほどの時が。


 そして、数百年前──『それ』は起きた。


『ルナ・ハウリング』


 それは、星界に生まれ落ちた『星辰の御子』の魂が、『白月』に捧げられたことを発端とするものだ。人知れず寿命を迎えようとした御子の骸を、その時偶然にも自然顕現を果たしていた『魔』が発見したという、極めて例外的な事例だった。


 とにもかくにも、捧げられた魂は劇的な効果をもたらす。『白月』の子らは、星界に張り巡らされた『星心障壁』に阻害されることなく、かの地に降り立つことができたのだ。それはすなわち、『星心』が彼らの存在を受け入れたことを意味する。


 チャンスだった。少なくとも子供たちの女王たる『幻樹王ティアマリベル』は、そう考えた。自由に星界に侵入できる今、星界を『白く』染めることなど容易だった。星界が漂白されたならば、星界……否、この世界全体がその在り方を大きく変えてしまうだろう


 その時こそ、『憧れ』は白き神の手に掴まれ、『心月』は白き神の胸に宿る。




──暗く愚かな闇の中。


〈リゼルアドラ。リゼルアドラ。わたしの可愛い可愛い娘〉


 どこからともなく声が響く。


〈わたしの『憧れ』が失われる。『あのヒト』がけがれてしまう。ねえ、わたしの、可愛い可愛いリゼルアドラ。お願いよ。わたしを助けて〉


 心に響くその声は、愛と情とで満ち溢れ、優しく彼女を包み込む。しかし、彼女はその裏に、憎悪と嫉妬と狂おしいまでの独占欲が、どす黒い渦を巻いているのを知っている。そしてそれこそが、彼女の喜び。


 暗愚王。暗く愚かな闇の王。

 彼女にとって、生みの親たる『黒月』の、禍々しい感情こそが、心安らぐ子守唄。


「わたくしは、何をすればいいのですか?」


 母に向かって問いかける。すると母は、歌うようにこう言った。


〈簡単よ。星の抱きし心の闇を覗きなさい〉


 言葉の意味はよくわからない。けれど、その言葉は酷く重要なものに感じられた。


〈うふふ。蒼月も紅月も、そしてもちろん白月も、気付いていない。わたしたちが『あのヒト』に憧れたように……純粋無垢なる『あのヒト』もまた、《月夜の闇》に憧れを抱き、そして求めたのだということを。四肢を引き裂き、抉りだしたモノは、わたくしたちの心の欠片。『あのヒト』は今もなお、それを心に抱いている〉


 母の言葉が心に染み込む。頭ではなく、心でそれを理解した。母の思いは慕情であり劣情だった。けれどそれがまた、暗愚王の心を満たす。


〈うふふふ! 『白月』は愚か。己の本質を見失い、『あのヒト』に同化するべく己を漂白したところで、所詮は紛いモノに過ぎない。……わたしこそ……いいえ、《わたしの闇》こそ、『あのヒト』が望み、『あのヒト』がつかみ損ねた『心』のカタチ……〉


 母の深い愛情は、長い年月の中にあって、情念の炎によってぐつぐつと煮詰められ、どろどろの黒いナニかに変貌している。一度捕らえられれば二度と抜け出すことはかなわず、一度纏わりつかれれば、二度と振りほどくことはできない。


 どこまでも暗く深い心の《闇》。あらゆるモノを包みこむ永遠の《闇》。


「わたくしは、母様のために動きましょう」


〈可愛い可愛いリゼルアドラ。あなたにわたしの力をあげる。だから、だから……あの『偽りの白』をあなたの色で、わたしの想いで、塗り消してちょうだい〉


 暗く愚かな闇の果て。どことも知れぬ深淵の底。愚直なまでに母を求めた彼女こそ、四月界で唯一、『神』との交信が可能な『王』だった。


〈星の輝きは、色を纏わないから美しい。ましてや、『偽りの白』など愚の骨頂。だから、リゼルアドラ……これだけは覚えておいて。わたしの『墨染め』は、『染色』ではない。混じり合い、されど同化せず、けれど『灰色ひとつ』になるもの。何故なら、わたしだけが……『あのヒト』の心の憧れを知るのだから……〉


 暗愚王は、神の力をその身に纏う。そして一方、愛する母のため、彼女は『それ』を為すのに邪魔となる己の『本能』を、限界まで押し殺す。それが己の何かを損なうだろうことを承知で、それでも彼女は母を想い、母のために『それ』を為す。


 星の心を侵す黒。暗愚王の特異能力《星心黒月》


「……発動、《星の抱きし心の闇を覗くモノ》」


 月界と星界を隔てる壁。母の言う『あのヒト』が心に抱く拒絶の障壁は、ソレ自身が心に抱く『憧れ』を前に虚しく砕け、絶望の王が大地に降り立つことを許す。


 それから、リゼルアドラは暴れに暴れた。最優先に片づけるべきは、星界に自然顕現を続ける幻界の『魔』の者どもだ。完全無欠の自然顕現を果たした彼らは、災害級に限らず高度な知能を有し、星界を『偽りの白』へと漂白せしめるべく、行動を起こしていた。


 しかし、突如として現れた黒い災厄は、彼らのことごとくを圧倒的な力でもって蹂躙していく。その戦闘で星界にもたらされた甚大なる被害は、そのまま力を振るった暗愚王の恐怖となって人々の心に刻まれ、星界の『白』はたちまちのうちに失われていく。


 この時になってようやく、彼女の眼前に立ち塞がる者があった。

 穢れなき清廉なる女王──『幻樹王ティアマリベル』


 暗愚王と幻樹王。本来なら拮抗する実力を有する二人の『魔』。けれど、結果は一方的だった。女神の力をその身に宿した暗愚王に、為す術もなく追い詰められていく幻樹王。


 やがて彼女は、この星界における己の拠り所、『月の牙』たる『神霊幻木エルシャリア』を頼った。《漂白の力》によって自身の力を回復し、再び暗愚王に対抗しようと試みたのだ。


 しかし、それこそがまさに暗愚王の──否、『宵闇の女神ネメシス』の狙いだった。


 『星辰の御子』の魂による大禁月日の原理は、言ってしまえば『星心障壁』に対し、特定の色の『月の力』を『星辰』と同じものだと誤認させるというものだ。


 だが、星界内部で強引に『真月』を漂白する行為は、その誤解を解かせてしまった。ティアマリベルの『同化本能』は、己を星界と同化させようとするものだ。しかし、元から同じものであるならば、『同化』などする必要は無い。

 結果、大いなる矛盾をはらむその行為は、『幻樹王』自身を襲い、その肉体を粉々に砕く。そしてついには、幻界の『魔』は星界から姿を消すこととなる。


 一方、リゼルアドラも限界だった。身に纏う神の力は、彼女自身にとっても大きな負担になるものだ。やがて彼女は、神の力をその身の内から失っていく。そして、失うと同時に理性を失い、それまで抑えていた『殺戮本能』に狂う『魔』と化した。


 かつてほどの力は無くとも、十分に強力な『魔』の殺戮は、再び星界を恐怖と絶望の淵に叩き込む。




 ──次に彼女が理性を取り戻した時、彼女の前には一人の少女がいた。


 すべてを映すほどに透明な少女。けれど今や、その魂は黒く染まっている。まるで、暗愚王の『黒』をその身に取り込んだかのように。彼女が自分に何をしたのかはわからない。けれど、彼女が何者であるかは、理解していた。


「……限りなく、澄んだ水」


 リゼルアドラの瞳には、血まみれのボロボロの姿でありながら、凛として誇り高く、どこまでも美しい笑みを浮かべた少女が映っている。その身に闇を映しながらも、その深奥には何物にも染まらぬ『輝く蒼』を宿す少女。


「──貴女の負けよ。暗愚王」


 暗愚王リゼルアドラ。歴史上、未曽有の大災害と言われた『ルナ・ハウリング』──その張本人と目されていた凶悪な『魔』は、人知れず名もなき少女に封印された。




──それから、数百年後。


 再び彼女は目を覚ます。


 気づいた時は、何人かの星界の民をその手にかけていた。薄暗い遺跡の奥深く。周囲を見渡せば、自分が眠っていたと思しき石の棺が無惨にも破壊され、埃の積もった室内には、黒いローブの男たちが立っていた。


「……わたくしは、殺す」


「う、うああ、お、お待ちください!」


「リ、リゼルアドラ様! わ、我々は、あなた様を神としてお迎えしようと!」


 黒いローブの男たちの言葉は、理解できない。だが、理解する必要もなかった。彼女はただ、殺すのみ。無造作に腕を振るい、怯えて恐れて逃げ惑う男たちを殺戮していく。だが、彼女の胸には違和感がある。最後に見つめた少女の笑顔。彼女の瞳。あの、青く輝く湖水のような瞳の記憶が、自分の『殺戮本能』に違和感をもたらしていた。


 欲しい。何かが欲しい。圧倒的で、絶対的な何かが足りない。頼るべきものが必要で、すがるべきものが必要だった。


 凄まじいまでの飢餓感は、彼女の心を鋭敏に研ぎ澄ませ、彼女の心に『ソレ』を感知させる。


「……《闇》」


 一言。それだけをつぶやき、暗愚王は地を駆けた。


 駆け抜けた先で、彼女は再び運命と出会う。石造りの建造物。入口を破壊し、立ち塞がる者を殺戮し、一心不乱に向かった先にいた者。それは、一人の女だった。


 まだ、二十歳には達していないだろう女性。だが、艶やかな黒髪に成熟した身体を備えた立ち姿は、すでにして妖艶な女性の魅力を放っている。むろん、暗愚王は、そんな外見など気にも留めない。彼女が気に留めたのは、彼女が纏っているモノだった。


「……《わたしの闇》」


 ぼそりとつぶやく。すると目の前の女性は、強い意志のこもった視線で、暗愚王を睨みつけてくる。


「……ふふ。まったく、『教団』の愚かさもここに極まったわね。大戦も終わり、『亡霊船』の研究さえも軌道に乗った今、国王はわたしたちを用済みとして処分しようとするでしょう。だから、危機感を募らせた。それはわかるわ。……でも、だからと言って……これはなに? 制御できるはずもない化け物を呼び起こして、結局それに殺される。ほんと、馬鹿みたいだわ!」


 怒りに燃える瞳で叫ぶ彼女の背後には、一人の少年。リゼルアドラはその少年を視界に収めた時、鋭い胸の痛みを覚えた。理由もわからない胸の痛み。

 ──だが、彼女の関心は、別のところに移る。なぜなら、目の前の女は、自分が最も欲するモノを手にしているのだから。


「それを寄越せ。わたしに寄越せ。わたしのモノだ」


 手を伸ばすリゼルアドラ。


「それ? ……まさか、この子を?」


 少年を自分の背後に隠しながら、一段と鋭い視線でリゼルアドラを睨みつける。無論、それは誤解だった。『魔』を惹きつける『何もない少年』を見て、暗愚王リゼルアドラがそれを求めたのだという誤解。


「渡せるわけがないでしょう? 今のこの子には、まだ十分な『自己』がない。そんな状態であなたのような化け物に『影響』されたりしたら、この子は、人間ではなくなってしまう!」


「わからない。早くそれを寄越せ。……殺す。殺す。殺す」


 掌の先に、黒い闇を凝縮し始める暗愚王。


「嫌よ! たとえ、殺されたってお断りだわ! この子は、この子だけは、他の誰でもない、『わたし』を求めてくれた。黒の魔女としてのわたしの力ではなく、わたし自身を必要としてくれた。……あんなに、あんなに辛い目に遭っていてもなお、わたしを愛してくれた!」


 彼女の周囲で闇が蠢く。


「うるさい。殺す!」


 放たれる黒球。展開される闇。


「……今さらよ。わかってるわ。この子だって、わたしたちの犠牲者だもの。あんな研究のなれの果て。無垢な子供を強制的に無垢なまま、育ててしまったわたしたちの罪」


 破壊の力は発動しない。残らず《闇》に飲み込まれる。


「だからこそ、わたしは、この子を護り、この子を育てる! そのためになら、わたしはどこまでだって汚れてやるわ。黒く染まって醜くなって、この世の誰もがわたしを嫌うようになったとしても、わたしは、わたしのたった一人の『弟』を護り抜く!」


 彼女の周囲の《闇》が激しく揺れた。それはあたかも、彼女の心に……否、『彼女の愛』に反応するかの如く。


 それを見て、暗愚王は動きを止める。かつて感じた母の愛。母の想い。失われてしまったはずのそれを、彼女は今、思い出した。我がままで、自分勝手で、どうしようもなく狂おしい、異常なまでの過剰な愛情。


 リゼルアドラは手を伸ばす。魔法を吸収する《闇》も物理的な力には、まるで無力。少なくとも、目の前の女には、それ以上の力は扱えていないと気付いていた。


「く……あぐっ!」


 女の細首を片手でつかむ。そのままわずかに力を入れれば、それで終わる。リゼルアドラは彼女に絶望を突きつけていた。抗うことなど決して出来ぬ、圧倒的な力の差。絶望し、恐怖し、憎悪するものの想いこそが、世界を『黒く』染めていく。


 しかし、彼女は──


「……ふざけんじゃ、ないわよ! こんなところで……この子を守れず、死んでたまるもんですか!」


 闇雲に首を掴んだリゼルアドラの腕を叩く。爪が割れんばかりに掻き毟り、絶望の王を前に希望を捨てず、抗い続ける。


 ──再び暗愚王を違和感が襲う。これは違う。これは自分が求めているモノではない。自分は、そして、自分をここに遣わした『母』は、星を黒く染めることなど、望んではいない。


 ほんのわずかだ。少しで良い。力を込めさえすれば、それで終わる。けれどリゼルアドラには、それができない。……ここで彼女を殺しても、自分は勝てない。

 あの日、あの時、暗愚王の黒き絶望を己が身に映しながら、凛と美しい笑みを浮かべていた少女。その瞳の蒼が思い浮かぶ。月の蒼ではなく、星の蒼。


 暗愚王は気付く。目の前の女も同じだ。彼女の纏う暗黒の力は、かつての『母』のものではない。元はそうかもしれないが、今は違う。あの少女の、『蒼』と同じだ。

 『月の黒』ではなく、『星の黒』なのだ。染まるのでもなく、同化するのでもなく、混じり合い、共に在り、ひとつになるもの。


 母が憧れ、母が望んだ存在なのだ。ならば、暗く愚かな女神の娘が選ぶべき道は──


 首を掴んだ掌から、力が抜ける。


「ぐ、がは! げほ! げほ!」


 苦しげに喉を押さえ、咳込む女性。気づけば、リゼルアドラの足元には、先ほどまで女の影に隠れていた少年の姿がある。まだ、十歳にも満たない少年。虚ろで胡乱な瞳のまま、己の姉を庇うように両手を広げて立っている。


 彼もまた、リゼルアドラの出会った運命。

第2部第2章最終話です。

次回、登場人物紹介を挟んで第2部第3章となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ