8、勉強は学生の本分
六月初旬。一学期の定期テストを一週間後に控え、放課後の部活動が一切休止になった。
午後の授業を終えて生徒たちが一斉に下校する最中、旧校舎の二階にある漫研の部室に私たちはいた。
「喜べ一年坊主たちよっ、これが去年のテストのコピーだ!」
「わーい!」
「助かります」
「後でコピー代払いますね」
一番喜びを露にしてくれたのは五味だけだった。先輩寂しい。
人数分の紅茶とコンビニで買ったチョコを囲み、漫研部員たちは一週間後のテストに向けて愚痴を言い合っていた。特に五味は深刻だった。定期テストで赤点を取ったら夏の大会に出場できないらしい。
「キタ先輩、リホ先輩、どうか俺にツーツーマンで勉強教えてください!」
「さてとキタちゃん、早く帰らないとアニメの再放送に間に合わないぜ」
「そうだね」
「待ったー!」
そろって帰ろうとする私たちの前に、五味は両手を広げて立ちはだかった。邪魔だ。
「マリちゃん、メグっぺ、同級生でしょ。教えてあげなよ」
「最初のテストで躓きたくないんでお断りします」
マリちゃんの攻撃!
五味は20のダメージを受けた!
「あの、私も、五味君と一緒はちょっと……」
メグっぺの攻撃!
五味は心に40のダメージを受けた!
五味は死んだ!
(メグっぺの場合は男の子が苦手という可愛いらしい理由であることを明記しておく)
「もう駄目だぁ……夏の大会は絶望的だぁ……」
「私たちじゃなくてテニス部の先輩に頼ったら?」
「そんなんムリだもん! テニス部の先輩たちそろってバカばっかだもん!」
自分を棚に上げて五味は泣き真似を始めた。マリちゃんがうぜぇ…という顔をしている。五味、そろそろやめたほうがいいぞ。
「先輩たちのハクジョー者! 俺がレギュラーから外れてベンチを温めてればいいと思ってるんだ! 鬼!」
「ベンチウォーマーも大切な役だよ。豊臣秀吉だって織田信長の草履温めてたじゃない」
紅茶を飲みながらマリちゃんが見えない拳で五味を殴る!
五味が睨む!
おぉっとマリちゃん、鼻で笑い返したー!
「木崎の勝利だな。じゃあ皆、帰って各自テスト勉強に励むように」
「はーい」
空になったカップを洗って片付け、戸締り戸締りっと。
だがいざ入り口の鍵を閉めようとしたところ、五味が出てこようとしなかった。
「五味ー、早く出て来い、閉じ込められたいのか」
「勉強教えてくれないならここに閉じ篭ってやるぅ!」
望みどおり閉じ込めてやった。
「嘘っ、嘘だからぁっ、置いてっちゃやだぁあああ!!」
「五味君ってうっとうしいなあ…」
マリちゃんは心の底からうざそうに言っていた。イケメンも形無しである。
「五味、ついてくるな。ストーカーで訴えられて夏の大会どころか部活停止にさせられたいのか」
学校を出てから五分。家の方向が違うはずの五味が後ろを尾けてくる。しかも電柱や看板の後ろに隠れたりと、バレバレだしベタすぎだしでなんかイラっとくる。
「じゃあ堂々と隣歩いてもいいっすか」
「あんたんち、あっちだろ」
「先輩の家まで送ります! 一人は危険っす!」
もっともらしいことを言って本音は家まで着いてきたらこっちのもんだ部屋に乗り込んで勉強教えてもらおーっと! と考えているに違いない。
キタちゃんじゃなくて私にしたのもキタちゃんの家が道場でしかも警察官が多く出入りしているという話に怖気づいたからだろう。明らかに私ナメられてるな。
「吉村?」
どうやって五味を追い返そうかと考える私に、彼は声をかけてきた。振り向くと、そこには岩迫君が立っていた。
「五味、お前まだ帰ってなかったのかよ」
「先輩こそ」
「俺は本屋に行ってたんだよ」
「えっ、まさか参考書を買いに!?」
ほら見ろ、お前が馬鹿にした先輩は偉大だぞ。イケメンは努力してこそイケメンなのだ。
私が感心していると、岩迫君はイケメンスマイルを浮かべて言った。
「雑誌立ち読みしてた」
駄目だこいつ…早く何とかしないと…。
リアルでこの台詞が思い浮かぶ。夏の大会は二人そろってベンチウォーマー決定だな。
「お前らは何してんの?」
「俺はこれからリホ先輩のうちで勉強教えてもらうんです」
「何勝手なこと言ってんだ!」
強めのパンチを五味にお見舞いしていると、今度は岩迫君がとんでもないことを言い出した。
「えーいいな! 俺も混ぜてよ!」
「サコ先輩、数学ヤバいですもんね。よし、三人でテスト勉強だ!」
「じゃあコンビニ寄ってスナックとジュース買ってこうぜ」
「了解っす!」
うわぁああ勝手に決まってるぅうう!
なんて奴らだこっちの意見お構いなしかよ。部活ヒエラルキーで言うとたしかにテニス部はピラミッドの上のほうだが、だからってこんなことが許されるとでも言うのか。
「吉村、もしかして迷惑?」
「う!」
上目遣いっ、わざわざしゃがんで下から顔を覗き込んでの上目遣いっっ。
隣で五味が同じようなことしてるけどムカつくだけだからやめろ。
岩迫君の濁りの無い眼に見つめられ、私はものの見事に屈服したのだった。