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60、他生の縁

じじい祭り、開幕。

 行きつけの家電量販店に足を運んだのは、日曜の午後のことだった。

 午前中はバイトに精を出し、お昼ご飯を食べてからは電車に乗って繁華街へと繰り出した。

 改札を抜けて歩くこと五分。信号を渡った先にある大型家電量販店に入ると、エスカレーターで二階に上った。

 ガチャガチャの並んだフロアを冷やかしながら通りすぎ、ゲームコーナーに足を踏み入れる。最新のゲームソフトをパッケージだけ見て楽しんだあとは、ゲーム機の前で見知らぬ小学生と隣り合いながら「欲しいな~でも買えないな~」と葛藤するだけ葛藤してやっぱり買わずに三階のフロアに上がった。

 今日の目当てはデジカメだ。

 今持っているものは五年以上前に買った古いやつで、すぐに充電が切れるのが悩ましかった。メモリは最大で2GBという低スペック。分厚いボディに狭い画面も不満だった。

 色々調べてみると、2万ちょいで高スペックのものを見つけることができた。バイト代を使えば出せない金額ではなかったが、高額な買い物であるのは間違いない。

 カタログだけ手に入れて家で悩んでいると、カナが寄ってきて「私も欲しい」と言い出した。値段を告げると、

「じゃあ折半しようよ」

 と提案してきた。

 その嬉しい申し出よりも、妹が『折半』という言葉を知っていたことに驚きと喜びを禁じえなかった。だってカナちゃん、ついこの間まで『汚職事件』をガチで『お食事券』だと思ってただろ。まあそういう私も去年までは『素うどん』を『酢うどん』だと勘違いしていて、食堂で大恥を掻いたがな。見知らぬ上級生たちに大笑いされてしばらく食堂に行けなくなったわ。

「兄貴! 兄貴も出してよ」

「ああ?」

 リビングでお笑い番組を親の仇のような顔で観ていた兄が、ソファから立ち上がってやってきた。

「デジカメ。三人でお金を出し合って買うの」

「ふーん」

「私とリホが五千円ずつで、兄貴が一万ね」

「おい」

 カナちゃん、あくどいな! でもその提案のった!

 期待を込めて見つめると、兄は眉間に縦皺を寄せながらカタログを睨みつけていた。

「……仕方ねえな」

「やったー!」

「兄ちゃん、ありがとう!」

 姉妹ふたりに抱きつかれて、兄はまんざらでもなさそうだった。

 たぶんデジカメを買っても兄は触ることすらしないだろうが、さすが年長者、太っ腹である。

「じゃー色はピンクね」

「ええっ、やだよ。黒かシルバーでしょ」

「ダメ。ピンクがいい。ピンクじゃなきゃ意味がないもん」

「お前は林家パー子か! 黒かシルバーだよ!」

 喧嘩勃発。

 おうおうカナちゃんよお、最初にデジカメ買おうとしてたのは私なんだぜ。だから私の意見を優先させろよ。

「最初に折半しようって言ったのはこの私でしょ。だったら私に色を決める権利があるに決まってんじゃん」

「お姉ちゃんに逆らう気か」

「妹に逆らう気?」

 腕を組んで互いにガンを飛ばし合う。……ちくしょう、身長の低い己が恨めしい。

「兄ちゃん、黒かシルバーだよね」

「兄貴、ピンクがいいよね」

「別にどっちでもいいだろ」

「この優柔不断!」

「どっちでもいいとかいう人間は将来ロクな大人にならないんだからね!」

 妹ふたりから責められ、兄はタジタジだった。

 そうだ。一万円も出すんだから、兄にこそ決定権がある。カナ、恨みっこなしだからな。




「こちらの商品、お色はゴールドでよろしいですか?」

「はい」

 結局、デジカメの色は黒でもシルバーでもピンクでもなく、ゴールドに決まった。

 姉妹どちらかの意見を取り入れたら掴みあいのキャットファイトにでも発展すると思ったのだろうか。喧嘩上等な兄らしくない平和的な妥協案である。とはいえピンクとか言った日には拳を交える覚悟ではあったが、っち、まあいい。

 会計を済ませると、すぐには帰らずに他のフロアも見て回ることにした。ホビー系も充実しているので、展示されたフィギュアやプラモを覗いてみよう。

 一時間ほど暇つぶしに歩き回ったあとは、一階のPCコーナーに向かった。今使っているデスクトップはまだまだ現役だけど、値段の相場を知っておきたい。余裕があればノートパソコンも欲しいなあ。

 ずらりと並ぶPCの間を歩いていると、見覚えのある人物が視線の先に現れた。スタッフと一緒で、何やら難しい表情をしている。

「そのオーエスってのは何なんだ? 掛け声か?」

「違います、お客様」

 会話が聞こえていたのか、近くにいた大学生風のお兄さんが小刻みに震えていた。私も危なかったぜ。

「こちらのお値段でご購入いただくには、指定のプロバイダーと契約していただくことになっております」

「プロバイダー? 昔流行ったアレか?」

「それはインベーダーです」

 だふっ、と噴き出した大学生らしき男性は真っ赤になった顔を片手で押さえながらその場をあとにした。頑張った……あなたはよく頑張った……ちなみに私は噴き出すのは我慢したけど代わりに鼻水が出た。ティッシュ、ティッシュ。

「倉崎さん」

 スタッフの真面目な顔にそろそろ亀裂が入り始めたころ、私はようやく声をかけることにした。

「おおっ、リホちゃんじゃねえか!」

 難しい顔で説明を聞いていた倉崎さんは、私を見るや大きく手を振った。

 バイト先の常連客である彼とは、午前中に店で会ったばかりだ。相変わらずオシャレな格好をしている。といっても年齢を考慮した無理のない服装で、ギリギリのラインを見極めているところにセンスの良さを感じた。

 挨拶しながら近づくと、「格好悪いところ見られちまったなあ」と彼はしきりに照れていた。

「七十のジジイに、いんたーねっとだの何だの言われても、訳が分かんねえよ」

「お家で使うんですか?」

「いや、仕事でだ」

「倉崎さん、まだ働いてらっしゃるんですか?」

「おうよ。『まだ』働いてるぜ」

 しまった、失礼だったか。慌ててちょこんと頭を下げると、「いい、いい」と肩を叩かれ、ガハガハ笑われた。

「俺はもう引退してのんびり暮らしてえんだけど、そうもいかねえのよ」

「はあ、大変なんですねえ」

「最近は、仕事の連絡にこのぴーしーとかいうのを使うのが主流だろ? 電話でしろっつっても、複雑な用件じゃそうもいかねえから、覚えろって息子や孫に言われて来てみたんだが」

 さっぱりだと言って、倉崎さんは白髪の混じった頭を困ったように掻いていた。

「私だって全部は理解できてませんよ。でも使いたい機能だけ覚えておけば十分ですし、あまり難しく考えないほうがいいですよ」

「そんなもんかねえ」

「習うより慣れろ、ってやつです。分からないなりに触っていれば、そのうち分かるようになると思います」

「んん、じゃあ一台、買ってみるかなあ」

 私たちのやりとりを見守っていたスタッフがほっとしたように表情を緩めた。

 さっそくオススメのPCに案内するというので、私はここで帰ろうとした。しかし倉崎さんに引きとめられてしまった。

「俺ひとりじゃ話についていけねえから、リホちゃん頼む、一緒にいてくれよ」

 な? とウインクひとつ。こ、このじいさん、やりやがるっ。

 店の常連客だし、印象はよくしておきたい。これから暇だったこともあり、彼の買い物に付き合うことにした。

 決してじいさんのフェロモンにやられたわけではない。そう、決してだ。

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