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6、コンビニの変

 午後七時半、自宅のプリンターのインクが切れた。ストックはなかった。

 頼むぜジョニー(プリンター)、コピーしたい原稿があるっていうのに。

 今から行ってもいつもの店には間に合わない。仕方ない、コンビニにコピーしにいくか。

 透けないファイルに見られたくない原稿を入れると財布を持って一階に下りた。

 去年ノリで買った日本語Tシャツに中学時代のハーフパンツ、パーカーを羽織っていざ出陣。

「リホ、今から出かけんのか」

「兄ちゃん」

 帰ってたんだ。

 足元を見下ろせば家族の中で一番大きな靴がたしかにあった。

 リビングから顔を出した兄は、顔に絆創膏をいくつも貼っていた。唇の端っこには青あざ、こめかみは直りかけの変な色をしていた。

 二日前には真っ赤だった髪は、今日には金髪に変わっている。

「コンビニ行ってくる。なんか欲しいものある?」

「もう暗いぞ」

「うん」

「………っチ、早く行ってこい」

「う、うん」

 相変わらず兄とは会話が噛み合わないな。動物っぽいというか。神谷たちはどうやって兄とコミュニケーショとってるんだ。

 なぜか兄が睨みつけてくるのでぶん殴られないうちに行くことにした。




 高性能のプリンターが家庭に普及してからはコンビニでこそこそコピーする機会は大分減った。

 原稿忘れて二度と行けなくなったコンビニあったなあ…。

 リアルで「ヒギャァアアア」と悲鳴を上げた懐かしいあの日。今でも寝る前に布団の中で思い出す。

 やがて自宅から二番目に近いコンビニに到着した私はすばやく店員の位置を確認した。

 いけるっ、店員はおにぎり並べててこっちには気づいてないぞリホコ!!

 五百円玉を投入。すばやく原稿を取り出し、コピー機に並べてカバーを閉じる。この一連の作業があと十五回。早く終われぇえええ!!

「あ、吉村だ」

 あと五枚というときだった。その瞬間、私の心臓はたしかに一瞬止まった。

「ひぃっ、岩迫君!?」

「やっほー偶然」

 そんな爽やかに挨拶できるような状況じゃねえんだよっっっ!!

 岩迫君はテニスラケットの入ったバッグを背負い、手には通学鞄を持っていた。テニス部ってばこんな時間までやってるのかこの頑張り屋さんめっ。

 しかも後ろからは同じようなスタイルの男子生徒たちがぞろぞろと入ってくる。「サコ、知り合い?」とか言って次々私を見る。ノー、やめてくれ。

「吉村、家この辺なの?」

「えぇ、まぁ、うん」

「ここ部活帰りによく寄るんだ。買い食い楽しいよな」

「こ、ころっけとかね」

「コロッケは買ったことないなあ。パンとか豚饅だろ、普通」

 普通じゃないことをやってる私は早くこの会話を終わらせたくてたまらなかった。コピーされて出てくる原稿が彼から死角にあって本当に助かった。

「あ、また明日数学教えてよ」

「う、うん」

「よかったあ。あの先生、俺にばっか難しい問題当てるんだよな」

「そ、そうだね」

 毎日寝てりゃあ先生も意地悪したくなるよ。それに気づかない岩迫君はもしや天然キャラなのか。

 しかしそれも彼なら萌えポイント加算である。五味はオタクという時点でマイナス2万点だがな。

「もうすぐ中間テストだよな。吉村、勉強してる?」

「いや全然」

「とか言ってー。本当はやってるんだろ」

 やってない。テストは基本一夜漬けである。

 それにしてもよくもこう会話のネタがあるものだな。これがリア充というやつか。私もアニメネタなら豊富にあるんだが。

「なあ」

「な、なんスか」

「コピー終わってない?」

 ギックーそこに気づきましたか!

 あと五枚コピーしたいんだがそんな贅沢言ってられん。速やかにここから立ち去りたい。だが、だがしかしっ。

 原稿を取り出し、大量に印刷したブツを彼に見られずに鞄に仕舞えるだろうか。万が一取りこぼし、原稿がバッサーってなったらどうする? そういや昔、大量の同人誌を道のど真ん中でバッサーしたことあったな。立派なトラウマだ。

 そのときである。

 コンビニに救世主が来店した。

「マイナス2万点五味ー!!」

「うわぁっリホ先輩だびっくりしたぁっマイナス2万点!?」

 今! このとき! 現れた五味、いや五味君!!

 私は声無きテレパシーを駆使して現在の窮状を訴えた。奴なら分かってくれるはず。コピー機、大き目の鞄、具合の悪そうな顔。これらから導き出される答えはたったのひとつである。

「あ、サコ先輩、パン見に行きましょうよ」

 ナイス! 超ナイス!

 パンコーナーは店内一番奥。レジ横のコピー機とは正反対。お前はできる子だと思ってたよっ。

「ね、早く行きましょうよ! 俺、お腹ぺこぺこです」

 ……可愛い子ぶったな、マイナス50点だ。

「引っ張んなよ五味、じゃあまた明日な、吉村」

 顔の横で小さく手を振る岩迫君。うわっ、可愛い。

 女子が騒ぐのも分かるわ。途中から岩迫空気読めよとほんのちょっと思ったことを反省する。五味もナイスアシスト、あとでメールで褒めておこう。

 危機が去り、私は原稿の回収にとりかかった。

「そうだ、吉村」

「うぁあああああ」

「えっ、どした?」

 行ったんじゃなかったの? 五味おめーパンに夢中になって岩迫君野放しにしてんじゃねーよ!

 本日二度目の心臓停止にもはや涙目の私。もう絶対にこのコンビニ利用しない。絶対しない。

「驚かしてごめんな。訊きたいことがあってさ」

「は、はい、」

 なんだ何を訊くんだ一体、ま、まさかコピー機で何を印刷してるのか訊きにきたとでもいうのか!?

「メアド教えて」

「へ」

「駄目?」

 高二男子が首を傾げるなぁあああ!

 教えます。教えさせていただきます。男子にそんなこと言われたのあんまりないからなんか緊張するな。オタクのメアドがイケメンの携帯に入っちゃっていいのかよ。岩迫君優しすぎる。

「ありがとな」

「いえいえこちらこそ」

「これで数学の問題、いつでも聞けるなー」

「答えメールで送るのめんどいからイヤだよ」

 私は迷った末に名前を『天然岩迫君』と入力した。なんか温泉みたいだな。

 今度こそバイバイし、私は速やかに原稿を回収してコンビニを去った。

 残り五枚の原稿をコピーするべく別のコンビニに行く途中、携帯が震えてメールの到着を知らせてくれた。

『From:天然岩迫君』

 早っ。そう思いながらメールを開く。

『吉村のメアドゲットー! 今度部室に遊びにいっていい?』

 うっ、微妙。イケない本隠さないといけないじゃん。

「三日前にはお知らせください、と」

 送信。五分と経たずに返信がきた。

『何隠してるんだよ? 気になる。まさかエロ本!?』

「乙女の夢です、と」

『五味がすっげー笑ってる。乙女の夢ってなんだよー』

「この世には知らなくていいことがあります。返信不要、と」

 携帯を閉じて尻ポケットに仕舞った。家に帰ったら岩迫君のために数学の問題解いておくか。そんでジュースじゃなくて今度はお菓子買ってもらおう。

 しかし、もう来ないだろうと思ったメールが来た。

『From:五味

 乙女の夢ってなんスか。マジウケる!』

 私は返信せずに携帯を閉じた。


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