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56、意地悪タルト

 漫研の一年生、メグっぺには、筧君という彼氏がいる。茶髪に染めた髪の毛をツンツンと立たせ、ピアスをつけ、ちょいワルを気取った一年男子だ。

 一度だけ、メグっぺと一緒に漫研の部室までやってきたことがある。入室するやいなや睨みつけてくるから、一体どんな文句があるのだろうかと身構えていると、

「メグのこと、よろしくお願いします」

 と、頭を下げてきたから驚いてしまった。

 隣に立って筧君を見ていたメグっぺは、くすぐったそうに笑っていた。

 彼女はもう、昼休みの部室には現れない。




 今日は掃除の日ではないので、授業が終わるとほとんどの生徒は教室を出て行った。テニス部に行く岩迫君に手を振って見送り、私も部室に向かうべく立ち上がる。

「吉村、これ食べてみてくれ」

 目の前には差し出されたタッパー。それを持つ甲斐君。とりあえず受け取る私。

「なにこれ」

 漬物か? と思ってタッパーの蓋を開けてみる。そこには、夢の世界が広がっていた。

「ふぉおおおおお! お菓子詰め合わせ!」

「色々作ってみたんだけど、どれが一番美味いか教えてくれよ」

 すみやかに着席した私は、タッパーを両手で掴んで凝視した。

 ど、どれから食べようかな。というかお茶は? お茶はいれなくていいの? あっ、これスノーボールってやつだ。私も前に作ってみたんだけど、ボールじゃなくて碁石みたいになったんだよね。どうやらったらこんなに丸くできるんだ?

「本当にいいの? 食べるよ?」

「食え食え」

「いただきます!」

 まずはスノーボールをひとくち。

「サクほろだよ、甲斐君!」

 甘い真珠やぁあああ、と叫んでいると、「彦摩呂はいいから次のを食え」と冷たく言われた。

 次に細長いお菓子(ビスコッティというらしい)を食べる。固いけど美味しい。コーヒーとかにちょっと浸して柔らかくして食べるやつだそうだ。オレンジピールが入っていて、ドライフルーツ好きの私としては高得点である。

「甲斐君、本当にお菓子作りが上手だね。私、いっつも微妙に失敗するんだけど、なにかコツってあるの?」

 特にクッキー。あれ、簡単そうに見えて、成功したためしがない。出来上がるのはいつも頼りない食感で、サクサク派の私にしてみると物足りないシロモノだ。分量はきちんと測ってるし、何がいけないんだろう。

「捏ねすぎじゃないか。体温が移るのってよくないぞ」

「なるほど。あとね、ときどきメレンゲ作るのにも失敗すんの。泡立てても全然白く固まらないの。卵が悪いのかな」

「卵黄と分けてから、卵白のほうをそこらへんに放置してないか?」

「してるけど」

「冷えてないとメレンゲはできないんだよ。だから卵白は冷蔵庫に入れて冷やしとくんだ」

 甲斐君はそう言いながら、自分でつくったお菓子を食べて満足そうな顔をしていた。かと思えば、はっと目を見開く。

「今回、焼き菓子ばっかり作ってきたけど、女子ってケーキのほうが好きだったりする?」

「私だったらどっちでもいいけど。そうか、これは『愛さん』に渡すプレゼントの試作品か」

 お菓子詰め合わせにテンション上がって考えていなかったけど、冷静になってみればそれ以外ありえなかった。日ごろから私が発するボケに対しての感謝の印かと思ってた。

「でもケーキだと持ち運びに気を使うし、やっぱり焼き菓子でいいと思うよ。ちなみに私はタルトが大好きです」

「やっぱり焼き菓子で正解か」

「聞いてる? 実は黙ってたけど『吉村・タルト・里穂子』っていうのが私の正式な名前なんだよ」

「あとはラッピンクだよな。さすがにタッパーはないだろ」

「……愛さんもタルトが好きなんじゃない?」

「明日タルト作ってくる」

 ちょれえ! けど私の存在は無視に等しかったな! でもいい、タルト食べられるし。端っこ美味しいよな。あそこの部分だけ売り出してくんねーかな。

「よし。じゃあ吉村、行くぞ」

「どこに? 私、部活に行くんだけど」

「ラッピング選びに付き合えよ」

「家にある新聞紙でいいんじゃね?」

「吉村・タルト・里穂子。焼き菓子全部食っといてそれはねえだろ」

 数分後、私は甲斐君と一緒に正門を出た。




 ラッピング資材を求めて私たちが向かったのは、繁華街の中にある雑貨店だった。女子の間では有名な店なのだが、男子である甲斐君は知らなかったらしい。ラッピングコーナーを見つけると、彼はちょっと迷ってから、選んだ商品を私のところまで持ってきた。

「駄目、却下」

 私が下した冷たい裁可に、甲斐君は不満そうな表情を浮かべた。彼の手にはハートが散りばめられたピンクの紙袋に、レースのリボン。

「どこがいけないんだよ。可愛いじゃん」

「そこ! そこがいけないんだよ。貴方のために一生懸命選んだんですぅううううああああ!! ていう男子高校生の必死すぎる想いが伝わってきて怖い」

 彼は無言で元あった場所に商品を戻しに行った。

「甲斐君はあくまでも『感謝』の気持ちを伝えたいんでしょ? だったらこっちのほうがいいよ」

 私が選んだのは無地の紙袋に、チョコレート色のデザインリボンだった。

「地味じゃないか?」

「それでいいんだよ! 男子高校生のセンスなんてこんなもんなんだから」

「そうかなあ」

「気に入らないんならさっきのにすれば? そんで引かれろ」

「なんだよお前、やけに突っかかってくるな」

「別にそんなことないよ」

 焦るような、追い詰められたような気持ちが生じて、意味もなく店の外を見た。

 窓から見える信号機がちょうど青信号に変わるところだった。通行人がいっせいに店の前を横切っていく。中には腕を組んだカップルがいて、あの二人は一体どういういきさつで互いを好きだと自覚し、付き合うに至ったのだろうかと考えた。

 もし私が、岩迫君の気持ちを受け入れたら、ああやって腕を組んで、街を歩くんだろうか。

「……ありえん」

 だって、この私だぞ。

 初恋すらまだしたことがないのに、好きって気持ちすらよく分かってないのに、男の子とお付き合い。無理だ。不可能だ。

 だからさ、だから、甲斐君。こんな私に、足並みそろえてよ。

「吉村、買ってきたぞ」

「……私が言ったやつにしたんだ」

「だってこれのほうが引かれないんだろ?」

 唐突に、甲斐君を蹴りたくなった。

 素直に私のアドバイスに従った彼を、許せないと思った。

「うん、そうだよ」

 違う、そうじゃない。甲斐君が選んだやつでよかったんだ。可愛かった。甲斐君が話してくれた愛さんは、きっとこういうのが好きだ。ピンクとレースは正解だった。

 バカだな、甲斐君は。ああ、蹴りたい。蹴らせろ。このままじゃ私、ワルモノになるだろ。気づけよ。私は今、お前の足をひっぱってんだぞ。

「じゃあ俺、もう帰るから。明日のタルト、楽しみにしとけよ」

 蹴って、地面に転ばせて。

 悪かったと謝りたい。

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