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40、天使の思惑、私の都合

 日曜の朝は快晴だった。しかし今日の天気予報では午後から雨が降るらしい。

 待ち合わせの十五分前に着いた私は、背後のショーウィンドウでもう何度目かになる全身チェックを行っていた。

 ガラスに映るのは、妹のカナにしてもらったいつもと違う髪型。うねうねと波打つ私の髪を後ろでひとつの大きなお団子にすると、崩れないようにスプレーして絶対に触るなと厳命されている。

 大人しめのワンピースにタイツを合わせて、ショートブーツはカナが借してくれた。以前なら考えられないことだが、姉を姉とも思わなかった時代は過ぎ、妹とは世間一般の姉妹関係を築けていると思う。私が男の子と出かけると聞いただけで、上から下まで頼まずともコーディネートしてくれるくらいなのだから。

「ごめん、待った?」

「ううん、全然! 今来たところ!」

 隣で同じように身だしなみをチェックしていた女の子が、現れた男の子と一緒に楽しそうに歩き出していった。

 彼女の姿は私が着く前からあった。全然待ってないはずがないのだが、不満なんてひとかけらも見せなかった見知らぬ彼女にひどく感心した。こういう場合、間違っても私みたいに「待ったに決まってんだろ。遅いんじゃ」などとは言ってはいけないのだ。

「ごめん、待った?」

「いいえ、まったく」

 待ち合わせの時間から十分過ぎた頃、彼は現れた。

 私は笑みを貼り付けた状態で、背筋をしゃんと伸ばした。

「今日はよろしくお願いします」

「なんか固いなあ。デートなんだから、もっと気楽にいこうよ」

 こちらの緊張をほぐすように天使は微笑む。私はデート、という言葉におおいに苦笑した。

 それでも綺麗だなあと素直な感想を抱く。クラスの男子とはどこか違った雰囲気を持つ彼を目の前にして、今になってもまだ現実感が伴わない。何かの間違いじゃないかって思うのだが、彼はたしかにそこにいて、そして私の隣に並び立っていた。

「じゃあ行こうか、リホちゃん」

「うん、タモツ君」




 天使あらためタモツ君とデートするに至った経緯には事情がある。

 あの日、岩迫君を病院に送った帰りのこと。またしても偶然目の前に降臨なされた天使は、困り顔で私に道を聞いてきた。どうやらこのあたりに引っ越してきたばかりだという。

 道案内を買って出た私に、タモツ君はお礼がしたいと言った。もちろん道案内ごときでお礼をいただこうという浅ましい私ではないので丁重に断ったのだが、彼の熱意に負けて結局は日曜日に一緒に出かけることになったのである。

 向かった場所は電車で乗り継ぎなしに行ける遊園地だった。一日あれば余裕ですべてのアトラクションに乗れる規模のそこは、休日もあってか家族連れやカップルの姿が多い。

 二人分の入場料を支払ってくれたタモツ君に連れられて、手始めにジェットコースターの列に並ぶことにした。

 ところで、ある程度は予想していたが、彼はとにかく目立っていた。

「リホちゃん、あそこの売店のホットドッグ美味しそうだよ。お昼に食べない?」

 楽しそうに話す彼に相槌を打ちながら、私は方々から突き刺さる視線を感じていた。

 後方に並ぶ女子中学生の群れなど最たるものだろう。友達同士が五人、さっきからきゃあきゃあと隠しきれない黄色い声が少し離れた私の耳にまで届いてくる。

 明らかにタモツ君を噂しているのに、当の本人は気づいていてもさらっと無視だ。視線すらよこさないその態度に、なんとなくこなれたものを感じる。

「遊園地なんて、実は久しぶりなんだ」

「そうなの?」

「うん。父親は仕事で忙しいし、母親は子供連れて出かけるような人じゃないから」

 彼が言うには、今住んでいる土地には父親の転勤で引っ越してきたという。高校二年生になるまでに、もう五回も転校しているのだと聞いて、私は純粋に驚いてしまった。

「話には聞くけど、そういう人に会うのは初めてだなあ。なんか大変そうだね」

「一年か二年で離れちゃうから、最初から覚悟してればそうでもないかな。友達をつくってもしょうがないって思ってたから、人付きあいなんてかなり適当にしてたし」

 憂いを含んだ彼の表情に、きゅんとしない女子がいようか。

 目を奪われたのは私だけではない。さっきからちらちらと彼の様子を伺っていた周囲の人たち(主に女子)は、一様にはぁ~っと熱の篭ったため息をこぼしていた。

「でもね、今いる高校は、それまでと違ったんだ。初めて一緒にいたいって思う人と出会ったんだよ」

 タモツ君の白い頬を紅潮させるほどの人物はこれ如何に。女か? と思った私だったが、彼の言葉にすぐさまその考えを捨て去った。

「本当に、本当に素敵な人なんだ。男の中の男っていうの?」

「タモツ君はその人に憧れてるんだね」

「だって本当にすごい人なんだ! 学校じゃ知らない人なんていないくらい有名だし、教師だって一目置いてるくらいなんだから」

「はぁ、」

 タモツ君が天使キャラを忘れかけている。

 いや、私が勝手につけたキャラ設定だが、今の彼はそこらのミーハーと変わらない。初めて彼を見た私そのものである。

「っと、ごめん、なんか興奮しちゃって」

 正気に戻ったように口元を押さえると、タモツ君は不意に真剣な目をして私を見た。彼はあまり背が高くはないので、私との目線が近い。同じような高さで見つめられ、一瞬息を呑む。

「リホちゃんは、兄弟はいるの?」

「……いるよ。兄と妹が一人ずつ。タモツ君は?」

「兄がひとり」

 会話の内容は、眼差しほど強いものではなかった。それよりも彼がほんのわずか見せた不可思議な表情はなんだろう。確認する前に消え去ったそれに、私は内心で首を傾げる。

「ねえ、リホちゃんはお兄さんのことが好き?」

「え? あぁ、まあ、普通に好きだけど」

「羨ましいな。僕のところだと、そうはいかないんだよね」

「お兄さんと仲悪いの?」

「………さあ、どうかな。僕が一方的に嫌ってるだけかもね」

 荒んだ空気を感じ取った私は、無意識に一方下がり、後ろに並んでいた人に軽くぶつかってしまった。すいません、と謝ってタモツ君に視線を戻すと、彼は出会ったときと同じ輝かんばかりの笑みを私に向けていた。

 蕩けるような笑みにしばし見惚れていると、唐突に彼は言った。

「ねえ、リホちゃん。僕と付き合わない?」

 目を見開く私の背後で、会話を聴いていたのだろう中学生の集団が「えー!?」と悲鳴を上げた。

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