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番外編、αとβを見守るカイ(甲斐君視点)

『33、しかし彼は蓋を開ける』の前の話になります。

 クラスメイトに、岩迫総一郎という男がいる。

 イケメンでテニス部レギュラーで女にモテて、男の俺からしたら不幸に見舞われろってなるくらいに恵まれた奴なんだが、本人はいたって穏やかな性格をしていて嫌味がないから嫌いになるほうが難しい。

 クラスの女子にも岩迫を狙っている奴は多い。いや、多かった。今はたぶんもういないだろう。

「甲斐君」

「なに。吉村」

「消しゴム落ちてたよ。これ甲斐君のでしょ」

「ほんとだ。よく分かったな」

「まだ新しいのに角っこ全部使ってるから、堪え性の無い甲斐君のだと思って」

 吉村里穂子。

 大人しそうな外見をしているが、さっきの台詞から分かるように性格はちっとも大人しくない。

 おさげに眼鏡、規定どおりの長さのスカート。校則なんてあってないに等しい春日坂じゃちょっと浮いたタイプに見えるかもしれない。中身はけっこう強かなんだが、それを知っているクラスメイトはたぶん少ないだろう。

 二学期になって席替えをしてから、俺にはひとつの楽しみができた。

 それはこの吉村と、今は席にいない岩迫の観察である。

「岩迫帰ってこないな。どこ行ったんだ?」

「さあ? もうすぐ次の授業始まるのにね」

「トイレ、大のほうかな」

「イケメンは大しないよ」

「するって。大をしてもイケメンなんだよ」

「なるほど」

 俺たちはときどきもの凄くバカな会話をしてしまう。俺にしてみると吉村は男友達に近いから、たぶん下ネタも平気で言い合える気がする。

 でも岩迫にとってはそうじゃない。あいつにとって吉村は驚くことに女の子なのだ。それに気がついたのは二学期初日、席替えをした日。

「なに話してんの?」

「あ、お帰り岩迫君」

「ただいま。で、顔つき合わせて何の話?」

 案の定俺たちは無言になった。話題が話題なだけに、なあ?

「甲斐、なに喋ってたんだ?」

 岩迫しつこい! そこはさらっと流せよ。

 思ったんだが、こいつはけっこう嫉妬深いのかもしれない。吉村が言うには「岩迫君は天然ワンコ属性だと思う」らしいが、普段害が無さそうなのに限っていきなり凶暴になるんだ。

 俺はラケットで撲殺されたくなかったので、「岩迫が帰ってこないから心配してた」と言った。嘘ではない。

「二人して俺の心配してたのか? 普通にトイレ行って廊下で喋ってただけなんだけど」

「いやいや、遅いから心配してたんだぜ、なあ?」

「そうそう、帰ってきてよかった。安心したよ!」

「大げさだって」

 そんなん分かってるよ。いいから早く座れ。鰐淵入ってきたぞ。

 ちょうどそのときチャイムが鳴り、学級委員が起立の号令をかけた。鰐淵の冷たい声で数学の授業が始まり、それと同時に俺の観察タイムも始まった。

 ほぼ全員が黒板に集中する中、そうでない奴がひとりだけいる。

 観察対象α、岩迫だ。

 以前は数学の授業中によく居眠りをして鰐淵にネチネチと責められていた岩迫は、最近になって真面目な態度で授業に挑むようになった。

 というのはもちろん嘘で、俺の目の前の席に座る吉村を授業開始直後からチラチラ、チラチラと、もういっそのことガン見でいいだろとツっこみたくなるくらいに頻繁に見つめているのだ。

 岩迫はたぶん、いや間違いなく吉村に惚れていると思う。これが俺の勘違いだったら、明日からスカート履いて登校してもいい。

 このことにクラスの大半は気づいていて、知らぬは本人たちだけだ。岩迫狙いだったクラスの女子があっさり諦めたのは俺には意外だったけど、もしかしたら応援したくなったのかもしれない。

 だって見てて最っ高にイラつくんだよ!!

 好きって言えばいいじゃん。口で言えないんなら手紙かメールでいいから告白しろよ。す、き。たったの二文字だろ。それがなんで言えない。俺が代わりに言ってやろうか。

「この問題、分かる人います?」

 分かんねえよ。それより今は岩迫だ。チラチラ見てるだけじゃなくて手ぐらい握れよ。吉村の右手にソフトタッチだ。

「いないんですか? じゃあ吉村君」

 吉村の肩がビクっと震えた。

 隣の席だった頃、吉村は頻繁に「鰐淵先生って素敵だよね」「あの性格悪そうなところがたまんないよね」とか言ってたくせに、最近はどうにも苦手なようだ。

 渋々といった感じで教壇に行き、俺にとってはチンプンカンプンな数式を前に少しの間考え込んでいた。

 吉村は数学が得意だった。数学だけなら学年でも十番以内に入っているという。本人曰く、ぱっと答えが閃くらしい。俺にとっては未知の領域だ。

 ほどなくして、吉村はスラスラと計算式を書き始めた。鰐淵が満足そうに頷いている。

「できました」

「けっこう」

 珍しく笑みを浮かべた鰐淵に、クラスの女子がざわめいた。吉村もちょっと顔を赤くして席に戻ってきた。

 たぶんクラスの男子全員が内心舌打ちしたと思う。




 観察対象β、吉村里穂子。

 前にも述べたように、(黙っていれば)何の変哲も無い女子生徒だ。俺と同様に集団の中では埋没するタイプである。

 もし仮に、漫画みたいに眼鏡を取ったら美少女だった、なんてことがあるかといえば、もちろんない。美少女は眼鏡を掛けていても美少女だからだ。

 吉村はいたって普通の顔をしていた。顔は平均より小さくて、そのせいで目が大きく見えるけど、それがイコール可愛いかとなるとちょっと違う。愛嬌があるかと言えば、答えはノーだ。必要に駆られない限りは愛想を振り撒こうとしない、それが吉村だ。

 ではなぜαはβに惹かれたのだろうか。

 それは俺ではなく、同じクラスの笠野という奴が体育の授業中にズバリ聞いてしまった。

「え、なんで好きって、え? ていうか、なんで知ってんの?」

「見てたら分かるって。女子だと吉村とばっか喋ってるじゃん」

 今日の体育は室内でのフットサルだった。隣のスペースでは女子がバスケットをしている。

 突然の質問にうろたえた岩迫が立ったり座ったりを繰り返し、試合中のチームからもなんだこいつはという目で見られていた。

「なあ、なんで吉村なの?」

 クラスメイトの笠野はそれほど身長は高くないが、けっこうモテることで有名だった。ちなみにあんまり話したことはない。だってちょっと怖いもん。

 俺は離れたところでフットサルの試合を見ているフリをしながら聞き耳を立てていた。目の前ではうちのクラスのチームが得点を上げていたけど、それよりも気になるのが岩迫の答えだった。

「なんでって、か、可愛いからだろ」

 得点に沸いた歓声と笠野の「え~?」という声が重なった。俺も「え~?」って言いたくなった。吉村、ごめんな。

「どこが? 普通じゃん」

「いいだろ! 俺は可愛いと思ってんの!」

「俺も吉村は可愛いと思うよ」

 ここでまさかの第三者が参戦した。

 衝撃の発言をしたのはクラスメイトの酉谷だった。サッカー部である酉谷はフットサルで鬼のような強さを発揮するので、チーム編成のときには取り合いになった、というのは今はどうでもいい情報である。

「俺、小さいの好きだし」

「だったら塔元のほうが背は低いし顔も可愛いじゃん」

「背が低いと小さいは違うって。吉村は他の女子よりも体つきが華奢だろ、そういうのがいいって俺は言ってんの」

 酉谷よ、ストイックそうな顔してけっこう見てんだな。俺はちょっとショックだ。

「まあ、可愛いとは思うけど彼女にしたいとは思ってないから。岩迫、そんな顔すんなよ」

 怒りと悲しみ両方の表情を浮かべた岩迫は見ものだった。酉谷は申し訳なく思ったのか、その場を去っていった。

「お前も、吉村が小さいから可愛いと思ってるわけ?」

「いや、うん、まあ……」

「華奢っていうか貧弱だろ、あれ」

 視線の向こうには必死になってドリブルをしている吉村がいた。その姿は運動音痴を遺憾なく発揮している。むしろボールが吉村をドリブルしてるんじゃないかってくらいだ。

 そしてシュート……やっぱり外した。しかも落ちてきたボールが頭に当たって呻いてるし。

「どんくせえ。なあ、ほんとに可愛いか?」

「可愛いだろ! 見ろよ吉村の顔、バスケットボールよりずっと小さいんだぞ!」

 岩迫の嗜好がよく分からなくなってきた。顔の小ささで惚れたのかお前。もっと胸がキュンとなるような理由はないのかよ。

「鼻も小さいし、唇も小さい。最近乾燥してきたからリップ塗ってんだけど、そんときの仕草がすごい可愛い」

「お前、意外とマニアックだな」

「笠野には分かんないよ。お前、いっつもおっぱいばっかじゃん」

「おっぱいは大切だっつーの! 見て楽しいし触っても楽しいだろ! お前はせいぜいあいつの小さいおっぱい想像して満足してろ!」

「小さくない! 吉村あそこは普通にあるんだからな!」

 いや~今がフットサルの試合中でよかったですよ。

 体育館超うるさいし、そうでなけりゃお前ら生徒指導室行きだったと思うよ、うん。

 下ネタでひととおり罵り合ったあと、岩迫と笠野は顔を背けて離れていった。俺としてはおっぱい派を支持したいけど、岩迫を応援しているので何も言わないでおこう。

「なあ甲斐。甲斐は吉村のこと可愛いって思うよな」

「え」

「思うよな」

「あー……吉村は友達だし、可愛いとかそうでないとか考えたことないかな」

 ここは無難に答えておくのが一番だろう。本音としては吉村と可愛いは別次元の問題だと思うけど。

 岩迫は複雑な表情を浮かべながら、俺の隣に座った。

 近くで見ると、岩迫は本当に格好良かった。こんな奴がなんで(少なくとも外見は)平凡な吉村に惚れてしまったんだろうか。

「俺も最初は可愛いとか思ってなかった。面白いなーって思って見てただけなんだ」

「あぁ、うん。それは分かる。吉村は面白い性格してるよな」

 失礼な性格とも言うけど。あいつ、口には出さないだけでもっととんでもないことを思ってそうだ。

「体育祭でさ、吉村が後輩と喋ってるところを見てからかな……はっきり自覚したっていうか、あぁ吉村ってすっごくいいなあって思って、普段はけっこう飄々としてんのに、偶然見ちゃったから俺一気に落ちちゃって、単純かもしんないけど、俺もっとあいつのこと知りたいって思ったんだ、そしたらいつのまにか吉村が可愛くて可愛くて」

 後輩が誰なのか俺には分からなかったけど、どうやら吉村の意外な一面を見て岩迫は参ってしまったということらしい。

 よくある話といったらそうかもしれない。でもそれが岩迫の琴線を掻き鳴らしてしまったんなら特別な出来事になる。他の人間ならどうとも思わないことでも、岩迫だったから何かが心に芽生えたんだろう。

 誰でもいいってわけじゃない、好きになるってこういうことなんだなあと俺はしみじみ感じることができた。

「俺、ほんとに好きなんだ。それって笠野とか、他の奴からしてみたら変なことなのかな」

「そんなことないだろ。似合う似合わないで恋愛してるわけでもないし。お前が一番分かってんじゃないの?」

「うん。……うん。でも、俺にしか分かんない気持ちって、ほんと厄介だよなあ」

 両手で顔を包み込んだ岩迫の視線の向こうでは、吉村がちょうどスリーポイントを放っていた。もちろん半分も届いていなかった。

「吉村の着てるジャージのサイズ知ってる?」

「は? 知らないけど」

「Sサイズだって。なのに肩があんなに余ってる……ほんと可愛い」

 なんかどーでもいいところでキュンキュンしてるんだけどこいつ。大丈夫か。岩迫ってこんなのだったか。さっきちょっぴり感動したんだけどそれ返してくれ。


 そうして俺は今日も二人の観察を続ける。

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