31、仲直りの処方箋
場の空気の悪さによく胃を押さえているシーンが二次元でよく見られるけど、あんなのは大げさな表現だとずっと思ってた。
でも私の認識は甘かった。図らずも岩迫君と喧嘩してしまって、隣の席同士という気まずい状況に置かれた私は今まさに胃の具合を悪くしていた。
まあ、朝っぱらからトースト二枚も食べたせいなんだけど。
「吉村、顔色悪いぞ」
「そう?」
プリントを後ろに回すと、甲斐君がやたらと心配してくれた。
現在二時間目。一時間目から体育だったのも具合が悪い原因だと思う。それに昨日はあまり眠れなかった。そのせいもあってちょっと貧血っぽい。
私は教科書を置いて机の上にうつ伏せになった。先生の授業の声はまるで頭に入ってこない。歴史の先生は生徒が眠っていても知らん顔だから安心だ。
目をつぶって、私はどうやって隣の席の男の子と仲直りしようか考えていた。
何事もなかったように話しかけるのはどうだろう。……無神経な奴だと思われそうだ。
モリ君とのことを正直に話す。……モリ君の家庭の事情も絡んでいるから却下だ。こういうのは勝手に話しちゃいけない気がする。
時間が解決してくれるのを待つ。……友人関係までもが時間の経過で消滅してしまいそうだ。
結局、ろくな案は生まれなかった。
「吉村、授業終わったぞ」
「もう? 早いなぁ」
「お前やっぱり顔色悪いって」
甲斐君に言われて私はおもむろに顔を触った。それで何かが分かるというわけではなかったけど、体温がいつもより低い気がした。
「次の授業、なんだっけ」
「化学室で実験。先生には言っとくから、お前保健室に行ったほうがいいぞ」
「……そうする」
実験するときのグループを思い出し、私は次の授業を欠席することにした。こんなんじゃいつまで経っても岩迫君とは仲直りできない気もしたけど、彼と面と向かって授業を受けないで済むことに私は少しだけほっとしていた。
保健室にはこれまでに何度もお世話になったことがある。
それは主に体育の授業関連だが、私は女の子の日になると普通に授業が受けられないほどの痛みに苛まれるので、そんなときはここのベッドの住人となっていた。
「吉村さん、今日はどうしたの?」
「食べすぎと寝不足と貧血と友達と喧嘩してしまったことによる精神的疲労です」
「どれもお薬が出せないわね。ベッドに寝てていいわよ」
保健医の篠原先生の笑みに誘われ、私は一番端っこのベッドに横になった。保健室のベッドは固くて寝にくいんだけど贅沢は言っていられない。
「先生。友達と仲直りできる薬はありませんか」
「吉村さんが喧嘩なんて珍しいわね」
「私はそんなつもりはなかったんだけど、相手の子は仲間はずれにされたと思って怒っちゃったんです」
篠原先生は何かの書類を纏めながら話を聞いていた。その背中を見つめていると、私はなんだかすごく安心した。
「私、すぐに仲直りできると思ってました。普通に話しかけてきてくれるんじゃないかって期待してたんです。でもそうはならなかったんですよね」
「人間、誰かの一番になりたいって思うのは当たり前のことだからね。ちょっとやそっとじゃ許せないと思うのも仕方のないことよ」
「一番、ですか」
それって疲れそうだなあ、と私は思った。そんなふうに相手から強く想われたいなんて考えたこともなかった。友達同士に順番なんてないとそう思っていたけど、それは違うのだろうか。
「吉村さん、友達と喧嘩ができないタイプでしょ」
「え? あぁ、はい、そうかも」
「喧嘩するくらいなら相手の意見を呑んで穏便に済ませたい?」
「はい」
「でもね、中にはそういう誤魔化しがきかない相手もいるのよ。今、喧嘩しちゃった相手がそうね」
先生が少しだけ振り返ってくすりと笑った。
私は今まで友達と喧嘩をしたことがなかった。もちろん相手に対してカチンときたり納得いかなかったりしたことはあったけど、それをわざわざ口に出してはこなかったから喧嘩になんてなりようもなかったのだ。
今にして思うと、それって本当に正しいやり方だったんだろうか。面倒くさいって考えてた私に問題があったんじゃないだろうか。
そうやって相手に対しておざなりな態度をとってきたから、今回しっぺ返しをくらったんだ。
「先生、私どうやって仲直りしたらいいのか分からないんです」
「相手の子と話してみた?」
「まだです」
「じゃあまずは自分が相手のことをどれだけ大事に思っているか伝えてみることね。相手は自分がないがしろにされたと思ってるわけでしょ? そうじゃないって吉村さんのほうから言わなきゃ。不安だろうけど、仲直りしたいって気持ちがあれば大丈夫よ」
篠原先生の目が優しく細められるのを見ながら、私はわずかに頷いた。ベッドに横たわってから眠気に誘われていたけどそろそろ限界みたいだ。
目が覚めたら岩迫君に謝ろう。そして大事な友達だよって伝えよう。