29、諸君、私は制服が好きだ
テレビでチヤホヤされているパンダを観ていると、次は絶対あの白黒に生まれ変わってやろうと思う。最近では別の動物と戯れるだけでも周りは優しくしてくれるらしいから、来世は動物がいいな。だって清掃活動なんてしなくていいし。
「おいそこ吉村ー、イヤなのは分かるけど黙ってやれー」
「はーい」
春日坂高校の伝統ともいっていい。それは生徒たちによる秋の清掃活動である。普段お世話になっている町内の皆様に恩返ししようと何代か前の校長先生が発案したらしい。
エリアごとに二クラスずつ生徒が振り分けられ、ゴミ袋とはさみ片手に町内を練り歩く。ときには何でこんなものがというものまで落ちている。軍手が片方だけとか謎なんだけど。
あーあ早く終わんないかな。恩返しとか言ってるけど、高校の知名度とか好感度的なものを上げるのが狙いなんじゃないの。少子化ナメんな。こんなんで入学者数が増えるとでも思ってんの。
「だから吉村ー、皆のやる気がなくなるからそういうの言わんでくれー」
「…………」
「無視!? 吉村そんな子だったか!?」
さっき黙ってやれって言ったじゃん。
私は大して中身の入っていないゴミ袋を引きずりながら横道に入った。人通りが少なさそうなのに、意外と煙草の吸殻がたくさん落ちていた。
実際目の前で煙草のポイ捨ては何度も見てきた。その度にあぁヤダなあとは思ってたけど、清掃する側に回ってみるとその気持ちはなおさら大きくなる。
携帯灰皿ぐらい持てよバカちん。
ムカムカしながら一本ずつ拾っていると、四角い物体を発見した。
「せんせーい」
「なになにどうした吉村」
さっき無視したせいか茂木先生がやたらと嬉しそうに近づいてくる。
「財布が落ちてました」
随分分厚い財布だった。詳しくないけどたぶんブランド物だと思う。
「そうだなあ、俺は監督役しないといけないからなぁ……吉村、交番に届けに行ってくれ」
「その場合、学校じゃなくて私が一割お礼をもらっていいんですか」
「吉村、まだ十六歳だろ。そういう計算高い女の子は先生好きじゃないな」
そういうわけで私は最寄の交番に財布を届けに行くことになった。その間清掃活動はしなくていいからある意味ラッキーなのかもしれない。
清掃エリアにある交番に行くと、警察官が二人いた。
そのとき私の視線が鋭くなった。
だって制服である。どんだけフツーのおじさんでも格好良く見せる制服を着ているのである。しかもまだ暑いから半袖シャツだと? サービスがいいじゃねえか。
「すいません。さっきそこで財布を拾ったんですけど」
すべての煩悩を押し隠し私は出頭、…違う、財布を届け出た。
「ありがとう…………あ」
「星野巡査?」
「里穂子ちゃん」
二人のうち一人はあの星野巡査だった。
キタちゃんの家にお邪魔するとけっこう高確率で出会うので、すでに顔見知りの仲である。
「知り合いか?」
「はい。引退した北川先生の……可愛がってる子です」
その説明微妙なんですけど。
そもそもあのじいさまに可愛がられた記憶なんてない。この間なんて無理やりクッサイ防具付けさせられて脳天に竹刀ぶちかまされたんだよ! あのとき軽く脳震盪起こしたんだからね!
「異議あり! 星野巡査は嘘をついています!」
「って言ってるぞ」
「久賀さんも見れば分かりますよ」
もう一人の警察官は久賀さんというらしい。
三十歳代の渋カッコいいお人だ。よき先輩という感じ。
この二人が狭いハコの中で勤務しているというわけか。けしからんな。なんか間違いがあったらどうするんだ。
「そうだ、財布は?」
「はっ、はい、これです」
あんまり妄想が過ぎるとしょっぴかれるぞリホコ。
私は拾った財布を差し出した。それから拾った場所と時間を聞かれたので正確に回答した。
「名前と電話番号書いてもらっていい?」
「それって書かなきゃ駄目ですか」
「任意だけどね。でもお礼したいって人もいるから」
「あぁ、だったら結構です」
計算高い女の子はいただけないと先生に言われたからではない。
久賀さんが開いた財布から札束が出てきたからである。
「学校の清掃活動中なんで。それじゃあ失礼します」
私はお辞儀をするとそそくさとその場を逃げ出した。小走りしながら私は冷や汗をかいていた。
間違いないっ、あの財布の持ち主はヤクザだっ!!
昨日見た『眠らない警察』に出てきたヤクザの財布があんな感じだった。札束がごそっと入っていた。あれはきっとショバ代ってやつに違いない。そうじゃなくてもあんな大金を財布に突っ込んでる人間に禄なのはいねえ。
拾ったのが私だと分かったら『中身見たやろお嬢ちゃんア~ン?』とかインネンつけられるに決まってる。関わったらヤベェ!
「吉村、早かったな」
「先生のバカ!」
「罵倒!? なんでだ吉村、先生なんかやったか!?」
生徒にあんな役目押し付けやがって。なんか事件に巻き込まれて新聞に載ったらマジ恨んでやる。
そんな事件があった三日後、私はキタちゃんの家を訪ねていた。
インターホンを押すとおばさんが顔を見せた。
「麗華なら道場にいるわよ」
「……休憩になるまで母屋にいていいですか」
道場に顔を見せてじいさまに捕まりたくなかった。するとおばさんが笑いながら言った。
「あら、大丈夫よ。もう無理に剣道はやらせないってお義父さん言ってたから」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと。お義父さん、あれからかなり反省したのよ。リホちゃんがもしあのせいでバカになったら責任とるとまで言ってたんだから」
幸いなことに私はバカにはならなかった。たぶん。
一応安心して道場に行くと、数人が打ち合っていた。中には星野巡査もいた。私は隅っこのほうで待つことにした。
程なくして休憩になると、真っ先に声をかけてきたのはキタちゃんじゃなくて星野巡査だった。
「財布の持ち主見つかったよ」
「ホシが見つかったんですか!」
「ホシ?」
「いえなんでもありません」
きょとんとされた。間違いない、ヤクザは私の早とちりだ。
星野巡査の話によると、財布の持ち主は近くに住む自営業の人だった。売り上げを銀行に振込みに行く途中で落として私に拾われたということで、あの後すぐに現れたらしい。まったくヒヤヒヤさせんなよな。
「持ち主の人、すごく感謝してたよ」
「それはよかったです」
「お礼はいらないなんて、里穂子ちゃんは良い子だな」
ざ、罪悪感がパネぇえええ!
まさか持ち主をヤクザと勘違いしてました、なんて言えるわけがない。
あぁキタちゃん、君には『財布の持ち主はヤクザ説』は話していたね、でも今はお願い黙っていてくれないか。
「里穂子ちゃんみたいな妹がいたら、翔太も安心だろうな」
「兄のこと知ってるんですか」
「高校が同じだったんだ」
知らなかった、先輩後輩の仲だったんだ。
待てよ。兄と知り合いってことは星野巡査は元ヤンなのか。見た感じ、好青年そのものなんだけど。
「でも前に会ったときは喋ってなかったですよね」
「あいつにはちょっと恨まれてるからな」
「……何したんですか」
星野巡査は何も言わなかった。ただ昔を思い出すように小さく笑って、私の頭を撫でてくれた。
その手の大きさといい感触といい兄にソックリだったので、私は驚いて星野巡査をまじまじと見つめてしまった。
「……仲直り、できるといいですね」
「そうだな」
星野巡査はもう一度頭を撫でてくれた。話はこれで終わりと言うように。