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28、一難去ってまた一難

 午後になって、日差しはますます強くなっていた。それに反比例するように私の心は暗く曇っていった。

 メグっぺの泣きそうな顔がどうしても思い浮かんでしまって、そのたびに罪悪感から頭を抱え込みたくなる。

 あんなふうに人を傷つけてしまうなんて最低だ。何をどうしたら相手が傷つくかなんて、高校二年生にもなってどうして分からなかったんだろう。

 メグっぺ、あれから泣いてないかな。

「吉村、吉村!」

 肩を揺らされた私は驚いて顔を上げた。岩迫君だった。

「集合だって」

「あ、うん、」

「元気ない? どっか具合悪いのか」

「そんなことないよ」

 無理に笑いながら立ち上がると、岩迫君が心配そうな様子で顔を覗き込んできた。私はそんな彼の顔が見ていられなかった。

「赤組の得点がどうなってるか知ってる?」

「今は二番手だよ」

「じゃあ二人三脚、頑張らないとね」

 へらへら笑って誤魔化している私を、岩迫君は何かを思うように見ていた気がする。けど優しい彼はいつもどおり会話に乗ってくれた。

 もうすぐ競技が始まろうとしていた。スタートライン近くに案内された私たちは互いの足をハチマキで結ぶ。

 ピストルの音が響いて、第一走者が走り出す。歓声がすごい。熱気が伝わってくる。それなのに。

 ……あぁ、駄目だ。私全然集中できてない。違うこと考えてる。

 馬鹿、集中しなきゃ。岩迫君に迷惑がかかる。でもメグっぺ泣きそうだった。

「次だぞ、吉村」

 今だけ。今だけ集中しよう。落ち込むのは後でいいから。

 でも、でも。

「リホリホっ」

「岩迫、頼む!」

 クラスメイトの声にはっとなった。うそ、もう私たちの番がきた。

 慌てる私の肩がぐっと引き寄せられる。隣を見上げると岩迫君が頼もしい顔で頷いていた。

「練習どおりいこう」

「う、うん」

 内側から。大丈夫、岩迫君がペースを作ってくれる。私はそれに合わせるだけでいい。あれだけ練習したんだから落ち着いていれば転ばない。

 走り出すと、どこからかキタちゃんの声援が聞こえた。五味や、マリちゃんの声も聞こえた気がする。女の子の声がすごい。全部岩迫君への声援かな。

 あ、メグっぺがいる。

「ぅわ!」

 突然のことで何が起きたのか分からなかった。

 一瞬後に、私は状況を理解してざっと青ざめた。

「いってー。吉村、大丈夫?」

 転んだんだ、私。

 咄嗟についた左手が痛い。ううん、そんなことどうでもいい。

 何やってんだ私。集中切らして転ぶなんて。岩迫君に迷惑かけるなんて。

 立たなきゃ。早く。でも足が震えてうまくいかない。どうしよう、何なんだ私、なんでこんなに馬鹿なんだ。落胆の声が聞こえる。どうしよう、立たなきゃいけないのに。

「リホ先輩、頑張って!」

 メグっぺの可愛い声が聞こえた。

 私を応援、してくれてる。違う組なのに、大きな声出すの苦手なのに。

 さっきあんなに傷つけたのに。

「……ごめんっ、走ろう!」

 心入れ替えて頑張るんだ。

 あの子の声援に応えたい。その一心で立ち上がった私だったけど、非情な現実が待っていた。

「ハチマキ切れてる…」

「えぇ!?」

 馬鹿ヤロウ空気読めハチマキっ、ここで後輩にビシっと格好良いとこ見せたいんだよ! どんだけヤワなんだよ!

「あ、じゃあ頭に付けてるやつで」

 言いかけた私の体が浮いた。…浮いた?

「吉村、ごめんな!」

 直後に女の子の悲鳴が聞こえた。

 私はその日、人生で初めてお姫様だっこされながらゴールした。次の走者の唖然とした顔をよく覚えている。




「吉村、そんな落ち込むなよ。盛り上がってたじゃん……一部の女子以外は」

 甲斐君の言葉など何の励ましにもならない。

 知らない女子生徒たちがヒソヒソ喋りながら目の前を横切っていった。ほらさっきの、という台詞が聞こえて耳を塞ぎたくなった。

 明日、上履きに画鋲が入っていたらどうしよう。人の噂は七十五日というけど、二ヵ月半はけっこう長いんだぜ。

 あれから岩迫君は何回も謝ってくれたけど、そもそも最初に転んだ私が悪いので彼を怒る気にはなれなかった。でも、あれはないだろと言いたくもなる。せめておんぶにしてほしかった。

 唯一の救いといえば、あれが失格にはならなかったことだ。生徒会長に判断は委ねられたんだけどなんか素敵やんとか言ってOKサインを出してくれたらしい。適当な人でよかった。

 結果、赤組は香坂・幸子部長ペアの驚異的な追い上げもあって最下位から見事一位となった。

「それにしても、お前ら中々お似合いだったぜ」

「うるせえ甲斐」

 静かになったので私はぼんやり競技を観戦した。

 今は借り物競争をやっていた。色々と無茶なものを借りてこいと書いてあるらしく、選手たちは右往左往している。

 中には鰐淵先生と取っ組み合いをしている男子生徒もいた。あれはおそらく先生の眼鏡を借りてこいと書いてあったんだろう。

 鰐淵先生のあんな必死な顔は初めて見る。周りの先生はそれを笑って眺めているところを見ると、先生の人徳が伺える。

「いたー!」

 聞きなれた声がしたので視線を移すと、目の前に五味が立っていた。

「リホ先輩、一緒に来てください!」

「はぁ? なんで」

「先輩が借り物なんです! おさげの眼鏡女子!」

「マジか! 私以外の何ものでもないな」

 中学からの惰性でこのスタイルを続けてるんだけど、まさか誰かの役に立つ日が来るとは思ってもみなかった。

「ほら早く! 今なら一番っス!」

「でもさ、あんた青組じゃん」

 一緒に行ったらそれ即ち敵に塩を送るってやつじゃないの。謙信様は大好きだし何度もプレイしたよ。でもここで手を貸したら青組が一位に躍り出ることになるじゃないか。

「諦めて他の探してよ」

「リホ先輩の意地悪! 後輩が可愛くないのか!」

「私は今日色々あって他人に優しくする気持ちになれないんだよ。っあ、おいこら、そっからこっちの線は赤組だっつーの、部外者は入ってくんな」

 白線を跨いで応援席に入ってくる五味の姿に、周りはなんだなんだと注目する。私はこのときものすごく嫌な予感がした。

「サコ先輩にできて俺にできないことはない! というわけで優勝はもらったー!」

「おいやめっ、……やめてください五味君っ」

 必死の懇願もむなしく。

 私はその日、二度目のお姫様抱っこでゴールしたのだった。




 閉会式。赤組は惜しくも優勝を逃してしまった。

『え~今年の体育祭は近年稀に見る盛り上がりを見せ、わたくし生徒会長としましても』

 私は生徒会長の締めのスピーチを半ば雑音として聞いていた。ときどき笑いが起きているけど、今の私は笑える状況になかった。

「甲斐君、私が苛められてても友達でいてくれる?」

「大げさなんだよ。意識しすぎると逆に変だぞ」

 そうだろうか。今日から私のアダ名、クソビッチになったりしていないだろうか。

 岩迫君もそうだけどあの五味もモテるからな。事情はどうあれ二人にお姫様抱っこされていい気になってんじゃねえぞって思われたりしていないか心配だ。

『MVPは三年二組の、幸子ちゃんです!』

「あ、部長だ」

 拍手と歓声の中、我が漫研部長が朝礼台に上がった。嬉しさと恥ずかしさではにかむ部長は女の私から見ても惚れ惚れするほど可愛かった。

『三年連続の受賞、おめでとう! ついでに俺と付き合おう!』

「ごめんね、私好きな人いるから」

 なんか会長があっさりフラれとる……。

 今年の体育祭は会長と私の涙で締めくくられた。

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