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27、本日晴天、心は曇天

 あっという間に体育祭当日である。

 天気予報では曇りだったのに、外は憎らしいほどの晴天だ。

「しんどい」

「まだ始まったばっかだぞ」

 私の呟きに甲斐君が反応した。ちょっと前までは私と同じモヤシっ子だったくせに、夏のバイトですっかり逞しくなった彼は今日この日を楽しみにしていたらしい。「体育祭日和じゃん」とか言ってウキウキしている甲斐君を見ていると、なんとも言いようのない腹立たしさがこみ上げてくる。

「クラTも評判いいしさ。もっと元気出せよ」

 そう、我が二年六組のクラスTシャツのデザインは私が考えさせてもらった。担任の茂木先生をデフォルメした珍妙なキャラクターが全面にデカデカと印刷されていて、自分でも中々の出来だと自負している。ネタにされた茂木先生には評判悪いけど。

「あ、ほら見ろよ。岩迫が出るぜ」

「ん? あーほんとだ」

 障害物競走の第四走者に岩迫君が出た瞬間、赤組だけでなくすべての応援席から女子の黄色い声援が上がった。

「すごい人気だねえ」

 三位でバトンを受け取った彼は素晴らしいスタートダッシュを見せた。女子の声がまた一段と大きくなる。アイドルのコンサート会場みたいだ。

「岩迫ってモテるよなあ」

「あれだけ格好良けりゃね」

「これでまたファンが増えるんだろうなあ」

「体育祭終わったら告白ラッシュだろうね」

「吉村、焦んない?」

「え? ………っあ! ヤバい、私もうすぐパン食い競争だ!!」

「は? いや、そうじゃなくて」

「甲斐君ありがとね、それじゃあ行ってくる!」

 危ない危ない、忘れるところだった。

 集合場所にはすでに私以外の選手が集まっていた。体育祭実行委員の冷たい視線に身を縮ませながら、私は列に加わった。

 そのとき、ひときわ歓声が大きくなった。背伸びをしてトラックを覗き込むと、岩迫君が一位で次の走者にバトンを渡しているところだった。




「リホリホお帰りー!」

 競技を終えた私は笑顔のクラスメイトたちに迎えられた。

「すごかったよ、リホちゃん。あんなに見事なパン食い見たことないよ!」

「なにあれ練習してたの? 他とはレベルが違ってたわよ!」

「えへへ、どうも」

 ジャンプする高さといいタイミングといい自分でも文句のつけようが無かったと思う。袋に入ったあんぱんはそのまま走者がもらえるというので、小腹の空いていた私はさっそく皆と分けっこして食べることにした。

「吉村、すごかったな」

「ありがとう、岩迫君。あんぱん食べる?」

「食べる。さっき走って腹減ってたんだ」

 美味しいものと勝利の喜びを分かち合いながら、体育祭もいいもんだと私は思い始めていた。

 お弁当も今日だけは豪華にしてきたし、デジカメも持ってきた。あとでクラスの皆やキタちゃんたちと撮ろう。

「体育祭なんて雨で流れちまえって思ってたけど、けっこう楽しいもんだね」

「吉村、そんなこと考えてたの」

「今は違うよ」

 それにしても美味いなこのあんぱん。コンビニで売ってる百円のやつじゃねえぞ。

 きめ細かな餡子に感動している私の視界に、見知った女子生徒が映った。その瞬間、私は走り出していた。

「メグっぺ!」

 私の声にびくりと肩を揺らすメグっぺに追いつき、逃げられないようTシャツの端を掴んだ。

 メグっぺは困ったような、気まずいような顔で私を見ていた。なんでそんな顔をするのか分からなかった。メールをしても、校内で呼び止めても、メグっぺは一度も本当のことを話してはくれなかったから。

「あ、」

「先輩?」

「あんぱん食べない!?」

 メグっぺはきょとんとして瞬きを繰り返していた。

 は、ハズしたかこれは。

「いや、あのね、このあんぱん、すごく美味しいんだよ!」

「……さっきの、ですか」

「うんそう! 見てた?」

「はい。先輩、すごかったです。忍者みたいでした」

 メグっぺはそう言って笑った。

 久しぶりに見る彼女の笑顔はやっぱり可愛かった。こういうのを可憐っていうんだろうな。私は嬉しくなって、へらりと笑い返した。

「食べる? かじってないよ」

「じゃあ、少しだけ」

 ぎこちない会話が続く。私はなんとか話を途切れさせまいとあれこれ話題を振った。端から見ても私は必死だったと思う。

 そして一番訊きたかったことを、訊いた。

「メグっぺ、部活、もう楽しくない?」

 意地悪な訊き方だったと思う。

 なんで部活に来なくなったの、でよかったのに。心のどこかで腹を立てていたのかもしれない。メグっぺの罪悪感を煽るような言い方だった。

「そんなのじゃ、ないんです、私、」

「じゃあなんで?」

「先輩、……先輩、ごめんなさい、」

 メグっぺの顔が泣きそうなほどに歪む。それを見た瞬間、私は後悔した。

 違う、そうじゃない。謝ってほしかったんじゃない。こんな顔をさせたかったんじゃない。

 私、馬鹿だ。なにしてるんだろう。言いたくないことを無理やり言わせられるのは誰だって嫌に決まってる。これじゃあ苛めてるのと同じじゃん。

「私、わたし、」

「……言わないでっ、言わなくて、いいよ」

「先輩?」

「ごめん、メグっぺ。怖がらせてごめんね」

 私は不安だった。居心地の良いあの場所がメグっぺにとってはそうじゃなかったかもしれないということに、たまらない不安を感じていた。

 でもそれってただの我侭だ。自分も楽しいから相手も楽しくなきゃいけないなんて傲慢以外の何ものでもない。そんなことにも気づかないでメグっぺを責めるような真似をしてしまった。私、先輩なのに。本当に馬鹿だ。

「あんぱん、もうちょっと食べる?」

「…………はい。いただきます」

 メグっぺ、ごめんね。

 あんぱんの甘い味が、今はしょっぱい。

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