25、不安のたね
実力テストが昨日終わった。
となると次にやってくるイベントといえば体育祭である。我が春日坂高校の体育祭は全クラスが四組に分かれて競い合う。
放課後、我が二年六組は出場種目を決めるべく教室に残っていた。担任は体育祭実行委員の二人に任せてさっさと帰ってしまった。去り際、俺は生徒の自主性を重んじるとか言ってたけどぜってー嘘だ。
「吉村、何出るから決めた?」
「パン食い競争は外せないね」
とうの昔に廃れたと思っていた競技が、なんと今年になって組み込まれていた。おそらく生徒会長の仕業だろう。春日坂の歴史上最もふざけていると誉れ高い会長は、他にも飴食い競争やぐるぐるバットリレーなるものを提案し実現させていた。
「岩迫君はリレー?」
「うん。というか運動部は強制だろうな」
「じゃあ文化部の私は技術で赤組に貢献するね」
「相当パン食いに自信があるんだな…」
やったことないけど、なぜだろう私できる気がする。お笑いの血が騒いでる。
「それじゃあ希望する競技に名前書いてってー。一人最低二種目は出てね。あと定員オーバーしたらジャンケンで決めるから」
体育祭実行委員の村っちがてきぱきと進行してくれるお陰で今日は早く終わりそうだ。
私はさっそくパン食い競争に名前を書いた。あともうひとつはどうしよう、……玉入れでいいか、楽そうだし。
その五分後、私はジャンケンに負けて玉入れからはじき出されていた。仕方ないので残っている種目に振り分けられることになった。
それが男女混合二人三脚だった。
「私、はっきり言って足遅いよ」
「いいんじゃない? 息が合うかどうかでしょ」
いいのかなあ。
男子メンバーを見ると運動部の錚々たるメンバーが揃っていた。対する私は漫研のモヤシだ。チーターとカメが組むようなものである。
でも村っちにゴネても仕方ない。決まったからには迷惑かけないようにしよう。
「二人三脚のペア決めるから集まれだってさ」
「真柴さん」
「鰐淵先生以外の野郎とペアになりたくないんだけど。誤解されたらどうしてくれんのかしら」
真柴さんが同じ競技なのは頼もしいけど、彼女はしなくていい心配をしていた。絶対に大丈夫だよ、と私は言っておいた。
「ていうか男女ペアってあり得なくない? 私たちが今どんだけナイーブな年頃だと思ってんのよ」
「安心しろ、真柴。少なくとも俺たち男子はお前のこと女子だとは思っちゃいねーよ」
「は? 足折られたいの笠野」
競技開始前から息が合ってねえ。
村っちの言うとおりだった。どんなに足が速くてもこれじゃあ駄目だ。ペアになったら殴り合いそうな二人がいる。
「とりあえず真柴と笠野はペア組まないほうがいいってのは決まり。そうだな、身長差があんまりないようにしてペア組もうか」
サッカー部の酉谷君が冷静に場を仕切ってくれた。ナイスアシストである。
「じゃあ俺と吉村じゃね」
真柴さんとガンつけあっていた笠野君が言った。二人で並んで立ってみると、他の男子に比べて差異は少ないのが分かる。
「決まりじゃん。いいよな」
「うん。よろしくね」
その後はとんとん拍子にペアは決まった。あとは体育祭まで何度か練習しないといけないらしい。ぶっつけ本番で挑むつもりだった私は、今から憂鬱な気持ちになったのは言うまでもない。
放課後、部室に行くと部長とキタちゃんがいた。
「リホちゃん、体育祭の競技決まった?」
「パン食いと二人三脚です」
「あ、私も二人三脚だよ! 合同練習頑張ろうね」
部長、めっちゃ楽しそうだな。
漫研だけど運動神経抜群の部長は二年のときにはクラス対抗リレーに出て大活躍だった。今年は私と同じ赤組なので優勝が期待できる。
「今年も体育祭MVP獲りそうですね」
「だとすると三年連続かあ」
「獲れたらだけどね」
控えめに笑う部長が綺麗すぎて部室と見事にミスマッチしてた。ここがロココ調で統一されたお城の一室だったらピッタリなのに。
ちなみにキタちゃんはスウェーデンリレーに出るという。剣道の持久力を見込まれての抜擢だった。彼女もまた漫研部員とは思えないほど運動が得意だった。組は違うけど応援しよう。
「ねえねえ、部活対抗リレー出ない?」
部長がとんでもないことを言い出した。
部活対抗リレーとは得点にはなりはしないものの、一目でどんな部活か分かる格好か小道具を持って走るというエンターテイメント性溢れる競技である。去年の体育祭では卓球部はラリーをしながら、剣道部は打ち合いながらトラックを走っていた。
「ペンと原稿用紙持って走るんですか?」
「なに言ってんの、コスプレするに決まってるじゃん」
ドイツ人もビックリである。
二人仲良く言葉を失う二年生を置いて、部長は嬉々としてどんなコスプレにしようか話し出した。
だめだここで止めないと当日大惨事だ。黒い歴史に名を刻んじまう。
「やめましょう!」
「そうですムリです考え直してください」
「五味君はノリノリだったよ」
五味あンのやるぉおおあああ!!
シメる。あとで絶対シメる。でも今は幸子部長の暴挙を留まらせることが先決である。私とキタちゃんはかつてないほど一致団結した。
結果、コスプレは強要するものではないと部長は理解してくれた。よかった。本当によかった。
「そ、そういえばキタちゃんと五味って同じ青組だったよね。マリちゃんが白組でしょ、メグっぺは何組だろ」
私はとにかく部活対抗リレーから話題を逸らすことにした。
するとキタちゃんは難しい顔をして視線を逸らしてしまった。それが何組かを考える仕草ではないのは明らかだった。
「どうしたの、キタちゃん」
見ると部長も同じような顔をしていた。二人は声を潜めるようにして言った。
「さっき園田に会った」
「けど無視、されちゃったのかなあ、あれは……」
予想外の答えに私は目を丸くした。
あの礼儀正しいメグっぺが無視。いやいや、ないでしょうそれは。
「うん。園田に限ってそれはない」
「なんかワケありって感じだったよ」
「一緒にいた男が原因だと思う」
それって夏休みに一度だけ冗談みたいに言ってたあの『彼氏』ですか。
ますます私は驚いて瞬きした。それがなんで私たちを避けることに繋がるのだろうか。
「分かんない」
「でもメグちゃん、なんか泣きそうだったかも」
メグっぺ、なにがあったの。
私の胸に言いようのない不安が渦巻いた。