22、お姉ちゃん
Q,電話をしてもメールをしても出ない妹はどこにいたか。
A,商業施設近くの公園にいた。
ふ ざ け ん な よ。
おいカナなんで外に出てんだよ、マジありえねえよ。一階から四階にあるトイレ全部探したんだぞ。屋内アナウンスもしてもらったっつーの。その間ずっとあんたの分の荷物持ち歩いてたんだぞ。オタクに重労働させんなよ。
「っう、うぇっ、グス、グスっ」
言いたいことは山ほどあったけど妹が泣いていたのでやめた。私ほんとにいいお姉ちゃんだな。
泣きじゃくるカナの隣に腰を下ろすと、私はハンカチを貸してやった。背中を撫でながら妹の顔を覗き込んだ私は思わずのけぞった。
「お化けだ」
私の率直な意見を聞いたカナは泣いていたのが嘘みたいに恐ろしい顔を私に向けると問答無用でほっぺを抓ってきた。
「信じらんないっ、普通そこは大丈夫か聞くべきでしょ!?」
「甘えんな! 探しに来てやっただけでもありがたく思え!」
私も負けじとほっぺを抓り返し、夏休みの公園で遊ぶ小学生たちの注目を集めまくってしまった。サッカーよりも面白いと思ったのか、周りを囲む小学生たちの存在に気づいた私たちは一時休戦することになった。
「じゃあ帰るか」
「なんで泣いてたか聞けよ」
聞いて欲しいのならその態度をどうにかしろと言いたい。なんでこんなに生意気に育っちゃったの。お父さんもお母さんも末っ子だからといって甘やかしすぎなんだよ。
でもカナが泣くなんてよっぽどのことである。私はお姉ちゃん私はお姉ちゃん私はお姉ちゃんと三回唱えて気持ちを落ち着け聞いてやることにした。感謝しろよカナ。
「分かってると思うけど、私あいつが好きなんだ」
「え、どいつ?」
「二ツ木に決まってんでしょ! なに? 全然気づいてなかったわけ!?」
「だってあんたの今までの彼氏ってチャラ男ばっかだったじゃん。二ツ木君って真面目そうだしオタクっぽいからむしろあんたの嫌いなタイプじゃないの」
今までの妹の彼氏といえばそのどれもが同じタイプで、ズボンがやたらとずり下がっていたり邪魔そうな前髪をしていたりのチャラ男もしくはギャル男だったのだ。
対する二ツ木少年は私の指摘どおりオタクだった。ゲームにやたらと詳しいらしい。なるほど、ゲーオタか。また全然違うタイプの男を好きになったものだ。
「し、仕方ないじゃん、好きになっちゃったんだもん…」
「ひでー顔して恥らわれても」
「うっさい!」
それにしてもそうか、二ツ木少年が好きだったのか。思い返してみるとたしかにテンプレ通りの反応をしていたので頷ける。
カナはハンカチをいじりながら二ツ木少年との馴れ初めを話してくれた。
「元カレにひどいフラれ方されたことがあってさ、そんとき慰めてくれたんだ。向こうは偶然会ったから喋ったくらいにしか思ってないだろうけど、でも私は嬉しかった。気づいたら好きになってたの」
カナの目からまた涙が零れ落ちた。
それを見た私は、本当に彼のことが好きなんだなあ、となぜかこっちまで切なくなってしまった。
最近、私のゲームを借りまくっていたのもゲーオタの二ツ木少年と話したいがための行動だったのだ。なんともいじらしい。
「好きって言わないの?」
「言えたらいいけど、でもダメだろうなぁ。一緒にいたやつらの顔見たでしょ。私とあいつとじゃ釣り合ってないのよ」
「なにそれ、なに言ってんの」
「派手で頭の空っぽな女だって周りから思われてんの知ってるもん」
マジでなに言ってんだこいつは。
無性に腹が立ってきた。なんだそれ、ムカつく。空っぽって誰が言いやがったんだ。
「……リホ?」
「わけ分かんない、カナあんたバカじゃないの」
「バカはあんたよ、なんで泣いてんのよ」
気づけば私はぼろぼろ泣いていた。でもどうしてかなんて自分でもよく分からなかった。
「笑って言ってんじゃねえよ、悲しいくせに、好きなくせに、笑って勝手に自分の評価決めてんじゃねえ」
「リホ、」
「好きならそれでいいじゃんか、なのに釣り合うとか釣り合わないとかごちゃごちゃ言いやがって、ムカつくんだよ、好きなんだろ、だったらその気持ちに自信持てよ、誰に何言われようが堂々としてろよ」
「リホ、」
「しゃんとしろ。お前はいい女だ」
それ以上は言葉が続かなかった。
目をごしごし擦ったら手の甲が黒くなった。それにぷっと吹き出すと後はもう止まらなかった。気づいたらカナと一緒になって笑い転げていた。
公園を出る頃には太陽の位置も随分傾いていた。化粧くずれの激しい私たち姉妹は誰かとすれ違うたび顔を下に向けなければならなかった。
「ねえリホ、私にもお弁当作ってよ」
「えー。前聞いたらいらないって言ったじゃん。コンビニのほうが好きだって」
「作ってくださいお姉ちゃん」
「し、仕方ねえな」
今の幻聴とかじゃないよね。小学校で呼ばれた以来だよ。
基本、身内には萌えない私だけど今のはキュンときた。くそう。
「あ!」
突然カナが声を上げた。携帯を見て驚いている。
「二ツ木からだ」
「えぇ!」
『大丈夫? 様子がおかしかった気がしたから。勘違いだったらごめん』
カナは携帯を抱きしめてうずくまってしまった。また泣いてるみたいだった。
「どうしよ、嬉しいよぅ…っ」
「ほ、保存だ! 急げ」
「もうした」
あぁ、よかった。カナが好きになった子が彼で本当によかった。
泣いて笑ってまた泣いて、私たちは家に帰った。