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21、妹よ

 今日はバイトもないし部屋で一日中ごろごろしているはずだった。

 それなのに。

「っう、…グス、グス」

 何の動物の鳴き声だとお思いの貴方。違いますよ。

 うちの妹の泣き声です。

 なんでこんなことになっちゃったの。




 今日は朝から散々だった。

「カナちゃん落ち着いてぇえええ!!」

 洗面所で顔を洗っていると、妹の花菜子がカミソリ片手に私に襲い掛かってきたのである。

「動いたら怪我するよ」

 カナは私よりも背が高いうえに力も強い。壁に押さえつけられた私の顔にカミソリを沿えた妹はもう悪魔以外の何者にも見えなかった。

 最近、私に対してキモいと言わないし蔑まないし普通に喋ってくるからなんだやっと姉の偉大さを知ったかと思っていたらとんでもない。あれは油断させるための演技だったんだな。

 じょりっ。

「あふぅっ」

「キモい声出すな。ったく、高校生にもなって眉毛いじってないなんてありえないんだけど」

 悪かったな、でもそのままの君(眉毛)でいて欲しいって恋愛ドラマじゃしょっちゅう言ってるだろ。なにごとも自然が一番なんだよ。

「喋るな。切るよ」

 はい、黙ります。私は貝になりたいです。

 無言になった私の口の周りの産毛をカナはカミソリで器用に剃っていく。ついでだと言われて結局顔全体の産毛を剃られてしまった。化粧するときファンデーションが浮いて邪魔なんだってよ。知るかよ。

「よし、顔洗って」

 私はお姉ちゃんのはずである。本来なら私が妹に対して絶大な権力を振るえるはずなのにおかしいよこれは。

 疑問に思いながらも口にせず、私は大人しく顔を洗った。泡を落とすと、私の顔はつるんとした肌触りに変わっていた。しかしまだ終わりではなかった。

「じゃあ次は眉毛カットするから」

「え」

 すべてが終わったときには、私の眉毛は半分とまでは言わないが前に比べると明らかに細くなっていた。

 これは喜ぶべきなのか。妹のように長さが半分になっていないことに胸をなでおろすべきなのだろうか。

「なにぼさっとしてんの。二階行くよ」

「今度はなに」

「着替えんのよ。買い物付き合って」

「えぇっ、やだよ!」

 今日は一日中怠惰に過ごすって決めてるのに。

 ブーブー言ってごねる私だったが、妹のカナだって負けていなかった。もう一度言うが私よりも妹のほうが強いのだ。私はジャイアンを目の前にしたスネ夫にすぎなかった。




 私が漫画をわんさか持っているように妹も服などの装飾品をわんさか持っていた。

 カナは私が持っている服を基準に自分の服や靴などを貸してくれた。いや、貸してくれたんじゃない、着ろと押し付けてきた。

 それから無理やり化粧された。妹のようなギャルメイクではなかったけどあれこれ付けられ弄くりまわされた。

 おい唇がベタベタするぞ。視界に何か映ってるけどこれ私の睫毛か。

 ごわごわの髪もどうやったんだっていう髪型にされた。お団子だけど私がするより複雑な感じだ。触ろうとしたら怒られてしまった。あとストパーあてたほうがいいと言われたけどなにそれ、ストツーなら知ってる。

 襲われてから一時間半後、私は妹に引きずられるようにして家を出た。

「欲しい靴があるんだよね」

「あんなにいっぱいあるのにまだ欲しいの?」

「オシャレは足元からだよ、リホ」

 そう嘯く妹は十センチはあろうかという踵の靴を履いていた。グラディエーターミュールというらしい。お前は今から戦いに行くのか。

 私にしてみれば非常に歩きにくそうなのだが、カナは颯爽と歩いているから凄い。ときどきかっくんかっくんしながらも踵の高い靴を履いている人を見ると、なぜそうまでしてと思う私だった。でもカナは実に堂々と歩いている。

「うおっ、と!」

「なにしてんの、どんくさいな」

 それに比べて私は三センチもない踵のミュールで躓いていた。ダセェ。

「待ってカナ、早いよ」

 リホが遅いんだよと言いながらカナは歩調を緩めてくれた。

 妹に気遣われた私は改めてカナを見た。足、長いなあ。モデルみたいな体してる。ショートパンツから伸びた足や細い二の腕をじろじろ見ているとまた躓いてしまった。

 目当ての店は大型商業施設の中にあった。

 今まで近づいたこともないギャル系の服を取り扱う店を前に、私は立ちすくんでいた。見えないバリアがあるんですけど。視線を向けることさえ躊躇われるんですけど。

「突っ立ってないで入りなよ」

「は、入っていいの?」

「当たり前じゃん」

「お、おじゃまします…」

 ものすごく呆れた顔をされた。

 だってだって仕方ないじゃん。私絶対ここで服を買うことないよ。似合わないし興味もないのに入って怒られないのか。

「あった。これこれ」

「それが欲しいの?」

「うん。カッコよくない?」

 皮素材で金具がたくさん付いている。カナが格好良いと言うんならそうなんだろう。

「あーでも黒もあるなあ。ねえ、どっちがいいと思う?」

「私は茶色が好き」

「じゃあそうしよっと」

 おいおい私の意見で決めちゃうのかよ。あとで黒がよかったって言っても知らないからな。

 それからいくつか服を見た後レジに行った。カナが鞄から財布を出す前に、私はお札を出して支払った。

「……なにしてんの?」

「カナ、もうすぐ誕生日でしょ」

「知ってたんだ」

「お姉ちゃんだもん、当たり前じゃん」

 なにをそんなに驚いてるんだか。覚えてるに決まってるじゃん。

 だって私が少し前までハマりまくってたキャラの誕生日と一緒だったしな。余裕、余裕。

「ありがと…」

「大事に履きなよー」

 恐ろしいまでのメイクをした店員が微笑ましそうに私たちを見ている。おめでとうございます~と言いながら妹の靴の入ったバッグを渡してくれた。

 その後せっかく商業施設に来たのだからと他の店も見て回ることにした。二人でお買い物は実は初めてだった。だから知らなかった。

 カナはファッション番長だった。

 私がいいなと思って手に取った服をことごとく地味だと言って却下してくれた。買うならせめて他のもっと派手な服と合わせろとうるさく言ってくる。

 結果、普段買わないような服を買ってしまった。

 信じられないだろ、袖がないんだぜ、これ。

 恥ずかしい。絶対上になんか着よう。そんなことを考える私を見透かしていたカナはこれと合わせると可愛いよと言ってこれまたヒラヒラした服を持ってきた。ボタンが一個しかねえけど付いてる意味あんのかそれ。

 けれど結局買ってしまった。

 勢いに乗って、というかヤケになった私はそれから妹に勧められるがままに恐れ多くて今まで見向きもしなかったミニスカートやショートパンツなどを購入した。

 今年の夏の作戦名は『ガンガンいこうぜ』で決定だな!!

 ……後で思うと暑さでどうにかなっていた。

「お腹空いたぁ。ねえリホ、あそこで何か食べようよ」

 お昼になると、買い物バッグを両手に下げた私たちは一階のフードコートに立ち寄った。

 四人席の座り、空いた椅子に荷物を乗せた。が、全部乗り切らなかった。

「買いすぎちゃったなあ」

「足りないくらいだよ。リホ、あれだけの服でよく間に合うね」

「あんまり外出ないもん」

「だから白いんだ。羨ましいな」

 私は妹の体型が羨ましい。どんな服でも似合いそうである。

 食べたらあと何店か回って帰ろうということになった。お昼ごはんはハンバーガーセット。二人でもりもり食べていると、カナが突然「彼氏とはどうなの」と聞いてきた。

「何それ。誰の彼氏?」

「リホに決まってんじゃん。いるんでしょ、彼氏」

 …初耳なんですけど。

 勘違いにしても豪快すぎるぞ妹よ。私がいつそんな素振りを見せたというのだ。

「メールしてるんでしょ。関西出身の会社員」

「オガタ様!?」

「様付け? マニアックな彼氏だね」

 ポテトを食べてる妹にビンタしてやりたくなった。

 オガタ様はな、私が敬愛して止まないサイトの管理人様だよ! こないだのイベントで急接近したんだよ! とぼけたこと言ってんじゃねえぞ!

 ここがフードコートじゃなかったら言ってたけどそうじゃないから我慢した。

「その人もオタクなの?」

「そうだけど、いや違う」

「どっちよ」

 オタクだけど彼氏じゃない。

 そう言おうとしたとき、不意に私の後ろを見たカナが目を見開いて硬直した。

 つられて私も背後を振り返った。眼鏡をかけた少年がハンバーガーの乗ったトレイを持って立っていた。

「吉村?」

 妹の友達みたいだ。

 カナを見ると、…なぜか挙動不審になっていた。目があっちむいてこっちむいて唇はぱくぱく開閉していてほっぺたに塗ったチークとやらがさっきよりも赤くなっている。

 落ち着けカナ、今警察に職質かけられたら間違いなくパクられるぞ。

「カナのクラスメイト?」

「ふ、二ツ木、ていうの」

 語尾はほとんど聞こえなかった。なんだどうした急に大人しくなって、この子に弱味でも握られてんのか。

 もう一度振り返ると二ツ木少年と目が合った。眼鏡のせいか真面目そうな印象を受ける。そして私と同じ匂いがするのは気のせいだろうか。

「こんにちは。妹がいつもお世話になってます」

「ちょ、リホ!」

「えっ、吉村の姉さん!?」

 驚くのも無理はない。姉妹だと言えば妹に見られるのは私のほうだし。

 それにしてもクラスメイトか。とりあえずここはいっちょお姉ちゃんがんばっちゃうぞ(嫌がらせ)。

「カナはこんなんだけど意外に良い子なんでよろしくね~」

「なっ、」

「この子とよく話すの? 暴言吐かれたりしても許してあげてね」

 日ごろ圧政に苦しむ民衆はいつか蜂起するのだ。教科書にも載ってるだろ。

 最初は驚いていた二ツ木少年はニコっと笑った。おぉ真面目そうなのに笑うと人懐こい。ギャップ萌え。

「ゲームの話とかよくしますよ。吉村、けっこう詳しいんです」

「私のゲームソフトしょっちゅう掻っ攫ってるんだよ」

「じゃあお姉さんがゲーマーなんだ」

「そういう君も中々のもんだと見た」

「リホ、バカ、」

 妹は真っ赤になって俯いてしまった。耳の先まで紅潮している。

 珍しいなと眺めていると、二ツ木少年の連れがやってきた。同じく眼鏡をかけた二人は二ツ木少年に声をかけ、それからカナを見てぎょっと目を剥いた。

「っげ、吉村だ」

 人の妹を見て「っげ」とはなんだ。

 大人しそうな顔してなんか嫌な感じだな。そのヤバいのに会っちゃったよって顔はなんだ失礼だぞ。おいカナ、なんか言ってやれ。

「……私、トイレ」

 カナは突然立ち上がると荷物と食べかけのハンバーガーを置いて走り去ってしまった。そっちはトイレじゃない。

 二ツ木少年は不思議そうな顔でカナが走り去った方向を見つめていたけど、ここにいても仕方ないと思ったのか彼らと共に席を離れていった。

 カナはいつまでたっても帰ってこなかった。

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