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15、くまさんが泣いた

 私、パトカーって初めて乗っちゃった。あとでキタちゃんに自慢しよっと。五味とか絶対羨ましがるだろうな。あいつ選挙カー見ても騒いでるし。

 警察署に連行されて婦警さんに手当てされた私は、もはや現実逃避に打って出るしかなかった。

 だってマジありえねぇえええ。

 前科一犯? 前科一犯なのこれ。これから履歴書書くときは賞罰欄に書かなきゃいけないの? あそこいつも書くことなくてなんか申し訳なかったんだけどこれからは埋められるよね、……ってなるか! 

「あの、すいません、」

「なぁに? ちゃんと冷やしとかないと駄目よ」

「はい、分かってます。……あのですね、学校にはもう連絡しちゃったりなんかしちゃったり?」

「それはまだだと思うけど」

 よっしゃー! 家に連絡されてもいいけど学校はなんか記録残りそうだし噂になりそうだしでやだなと思ってたんだよね。それに部活停止にでもされたら目も当てられん。…大した活動なんてしてないけど。

「お願いします、学校にだけは黙っててほしいんですけど」

「それを決めるのは私じゃないから。少年課に」

「連れてってください!」

 食い気味に言う私に若い婦警さんは若干引いていた。




 少年課では兄たちはさぞや絞られてるだろう思いきや、

「またお前か、懲りんやつだな」

 頭をコツンとやられている兄がいた。

 なんですかこのアットホームな感じは。胸倉つかまれて引きずりまわされてるくらいの想像はしてたのに。

「リホ!」

 刑事さんに向かってうざそうな顔をしていた兄が駆け寄ってきた。氷嚢を外して私の顔を覗き込むと、苦い顔をしてすぐにまた氷嚢を押し当ててきた。鏡見てないけどそんなにひどい有様なのだろうか。

「リホちゃん、大丈夫?」

「まだちょっとズキズキするけど大丈夫です」

 指で触ってみるとちょっと腫れている。これからもっと腫れてくるわよ、と婦警さんは恐ろしいことを言っていたけど大丈夫だろ。

「雨宮君は?」

「あっち」

 見ると、ひとりの刑事さんと話をしていた。でも喋っているのは刑事さんばかりで、雨宮君はむっつりと黙り込んでいた。

「あいつのほうから因縁つけてきたとしか言ってないよ」

 神谷が耳元で囁いた。それにちょっと驚いていると、兄ちゃんと顔見知りの刑事さんが話しかけてきた。

「君が吉村の妹さんかい?」

「あ、はい。吉村里穂子と申します。兄がいつもお世話になっております」

「礼儀正しい妹さんだな」

 よく言われます(初対面の人には)。

「顔、よく冷やしといたほうがいいぞ。後で熱が出てくることもあるからな」

「はい。ありがとうございます」

「しっかりしてるな。おい、本当にお前の妹か?」

「うるせえ黙れ」

「兄ちゃん!」

 失礼な口きくんじゃねえよ。これから学校には連絡しないでくださいって頼むんだからよ。

「あの、刑事さん」

 いつもより二割増しで儚い声と仕草で演出しつつ、私は申し出た。

「学校には連絡しないでいただけませんか? お願いします」

「と言われてもなあ」

「あっちの子が何も喋らないんだよ。そうなると先生か親御さんに来てもらうのが普通なんだけど」

 別の刑事さんが困ったように言った。

 雨宮君が喋りたくない気持ちはよく分かる。でもこのままじゃ私たちにとって非常にまずい事態になるのは間違いない。

 穏便に済ませるにはどうしたらいい。私は漫画を描くことばかりに使っている頭をこのときフル回転させた。

 ぽくぽくぽく、チーン!


「兄ちゃんのバカ! なんで彼との交際を認めてくれないの!?」


 周りが突然のことにポカーンとしてるけど言っちまったもんは止められねえ。リホコ、千の仮面を被るのよ!

「刑事さん、実は私、そこにいる彼と付き合ってるんです。でも兄ちゃんがどうしても駄目だって、だから私たち、どうにかして二人のことを認めてもらおうって兄ちゃんを呼び出したんです。そしたらどっちも私を想うあまりに口論になって、挙句の果てには殴りあいにっ、私は必死に止めました、そしたら偶然彼の拳が私の顔に当たってしまったんです、お願いします彼を許してあげてください、私を殴ってしまったことで彼は傷ついているはずです、もうこれ以上彼を責めないでやってください!」

 私は刑事さんの胸元に顔を埋めて泣き崩れた…フリをした。

 駄目だ笑いが止まんねえ。自分で言って笑ってるとか一番駄目じゃん。でも震えた体がよりいっそうの真実味を加えたらしい。

 刑事さんは「そうだったのか…」って騙されてるし。やったぜ月影先生。貴方のご指導の賜物です。

「学校に連絡されたら私たちが付き合ってることも知られちゃいます、そんなの恥ずかしいっ、だから刑事さん、」

「あぁ、分かった。学校には連絡しないよ。でも親御さんには」

「それも駄目ぇえええ!」

 ただでさえ雨宮君のお兄さんはひきこもりなのに弟が警察のお世話になったなんて親御さんが知ったら育児について悩んじゃうじゃないか。

「彼のお母さんは心臓の弱い方なんです、うちはかまいません、でも彼のほうには」

「分かった分かった! どちらにも連絡しない。君に免じてな」

 刑事さんは私の頭を撫でながらどこにも連絡せずに帰してくれることを約束してくれた。

 これ完全勝利じゃね。

 ちょ、私すごすぎじゃねえの。アカデミー主演女優賞もんだよこれは。

「吉村、いい妹さんを持ったな。大事にしてやれよ」

 いやいやこちらこそありがとうございます刑事さん。貴方がだまされやすくてよかった。一生忘れません。眼鏡ないから顔がよく見えないけど。

 私は兄たちが余計なことを言い出さないうちに、さっさと警察署を後にした。

 帰る間中、神谷がずっと爆笑していた。




 後日、雨宮君が自宅に謝りに来た。

「兄貴が万引きしたのは本当でした。あれが初めてじゃなかった、何度かあったんです。神谷さんの言ったとおりでした……本当に、本当にごめんなさい」

 彼は潔く土下座した。その姿になぜか私が泣きそうになっていると、兄はふんと鼻を鳴らした。

「で、学校来るって?」

「それは…」

「俺たちゃ別に脅すつもりなんかねえぞ」

「分かってます。全部、兄貴の問題なんです。……学校の成績のことでストレスが溜まってたらしくて、それで万引きしていたそうです。学校に行かなくなった理由は前からあったんです。吉村さんに見られたのはただのきっかけにすぎません」

 俺と同じで、弱いんです。

 雨宮君は大きな体をしゅんとさせた。

 兄ちゃん、どうするの。お願いだから何か言ってよ。

「たしかにお前らはどうしようもねえな」

 ちょっとちょっとー!?

 ここで追い討ちをかけるか。神谷もそうだけど兄ちゃんも中々のワルだよ。ほら見ろ、雨宮君が落ち込んでるだろ。

「特にお前だ。俺をぶん殴る度胸はあんのになんで兄貴を部屋から引きずり出す度胸はねえんだよ。怖がってんじゃねえよ」

「兄ちゃん、身内だからできないことってあるよ」

「身内にしかできないこともあるんだよ」

 兄ちゃんのくせに私の言葉を逆手に取りやがった。

 絶句する私を置いて兄ちゃんはさらに言った。

「俺に謝ったって仕方ねえだろ。兄貴殴ってこいよ」

「ちょっと兄ちゃん!?」

「びくびくして動けねえときゃそれが一番だ。おら、今から行ってこい」

「雨宮君、真に受けちゃ駄目だからね」

 彼の顔を覗き込んだ私は息を呑んだ。

 雨宮君は、泣いていた。

「うっぜえ。もう帰れ」

 声も上げずに泣く雨宮君を家の外まで送った。どう言葉をかけようかと思っていると、彼は切れ切れに言った。

「俺にしか、できないこと、やってくる」

「雨宮君、」

「ありがとう」

 涙に濡れる彼の顔を見つめながら、私は何一つ気の利いたことを言えなくて。

 ただ、小さく頷くことしかできなかった。

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