13、くまさんとお喋りした
復讐は何も生み出さない。
とは一昔前のドラマでは頻繁に使われていた台詞だが、私はそこに反論したい。
なんでやられたまま黙ってなきゃならないんだと。
右の頬を打たれたら左の頬もと言うけれど、私にとってはまったくありえない話だ。せめて右の頬を打たれた時点で逃げなさいくらいは言ってほしいものである。
だったら復讐賛成派なのかといったらそうでもない。なぜなら私は小心者でビビリで忘れっぽいという三重苦を抱えているからだ。復讐なんかしてさらなる報復を受けるくらいなら我慢して忘れるのが一番である。
そう思うのは私が今までに大して辛い思いをしていないからだと気づいたのは、つい先ほどのことだった。
「雨宮君、ポッキーいる?」
「もらう」
一本あげるつもりが雨宮君は五本も持っていった。しかも五本一気に噛り付くという暴挙に出た。
私は二度と勧めないことを誓った。
「佐倉木高校からここまで二十分ぐらいかかるんじゃないかな」
「あと十分か…」
腕時計を確認した雨宮君がぽつりと呟いた。
そのときどこからともなく犬がやってきた。河原の土手は散歩スポットなのだろう。首輪のついた犬がハァハァ言いながら走り寄ってきたので、私は逃げるようにベンチの後ろに回った。
「犬嫌い?」
「いや、そうでもないんだけど、あんまり触ったことないから、」
「うちは二匹飼ってる。柴犬とワイマラナー」
柴犬は分かるけどワイマラナーというのは聞いたこともない。でもとりあえず「ふーん」とだけ言っておいた。
飼い主不明の犬は人懐こかった。雨宮君が無表情に撫で繰り回すとあっさりとお腹を見せてもっと撫でてと訴えてくる。
「触ってみたら」
「大丈夫かな。油断させといてガブっていかない?」
「そんな卑怯な真似しない」
本当かよ。恐る恐るお腹を撫でてみると犬はハヘハヘ言いながら尻尾を振りまくっていた。
「可愛い」
さっきまでの恐怖心など忘れ、私は両手でくすぐるように犬を触りまくった。その姿を雨宮君がじっと見ていたけど、あまりにも無表情すぎて何を考えているのか私には分からなかった。
そのうち飼い主に呼ばれたのか、犬は起き上がるとどこかへ行ってしまった。
「あーあ、行っちゃった」
私は座りなおすと携帯を開けた。着信履歴には神谷からの電話が十回以上も入っていた。
「出るなよ」
「出ないよ」
私は一応人質なのだ。自由な連絡は許されない、らしい。
「そういえば聞きたいことあったんだけど、いい?」
「なに」
「雨宮君ってなにか格闘技やってるの?」
「空手」
「柔道じゃないんだ」
「それも少しやってた」
「強い?」
「うん」
「兄ちゃんより?」
「それを今から確かめる」
雨宮君は拳を握った。大きな手だなと思っていると、遠くのほうからバイクの走る音がした。
「来た」
雨宮君が静かに立ち上がった。