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12、くまさんに出会った

 なんで月曜日の一時間目から体育なんだろう。

「あ~タルい~」

 誰だこんな時間割組んだやつは。ただでさえ憂鬱な月曜日をさらに憂鬱にして楽しいのか。ゆとり教育カムバック。

 体育の何がイヤって、授業の前に外周を二周走らないといけないところである。しかも一周500メートルを二周って鬼か。体育教師は私たちをどうしたいんだ。強化兵士にでも作りかえるつもりなのか。

 そう考えながら寝ぼけ眼でちんたら走る私の肩に、誰かがぽんと手を置いた。

「よっす」

「……ん? おお、岩迫君ではありませんか」

「お前、今寝ながら走ってただろ」

「寝てないよ。目をつぶってただけだよ」

「同じじゃん」

 岩迫君はさすが運動部、朝っぱらから元気溌剌だった。そもそも授業の前に朝練があるんだから、体育なんて朝練の延長にすぎないのだろう。

「女子って今日なにすんの?」

「サッカーだって」

「いいなあ。俺らハンドボールだぜ」

「よくないよ。女子のサッカーの怖さを知らないな」

 私のペースに合わせて走る岩迫君に、その怖さとやらを聞かせてやった。

 素人によって行われる女子のサッカーとはひとつしかないボールにすべての人間が群がる競技である。ポジション? なにそれ? とにかくボール奪ってゴールすりゃあいいのよ。邪魔よどきなさいちょっとあたしの足踏んだの誰よあれゴールってどっちだっけ!

「みたいなさ。ボールがリンチ状態で可哀想になってくる」

「アハハなにそれ!」

「笑いごとじゃないよ」

 あの中に入る勇気なんて私持っていないよ。イヤだな、来週もサッカーなのかな。せめて卓球がいいな。ブタミントンでも可。

「あ、雨宮だ」

「ん?」

 岩迫君に倣って前方を見ると、一人の男子生徒がこちらに向かって歩いていた。もうとっくに一時間目の授業は始まってるし、走っても仕方ないと諦めているのだろう。

 ゆったり歩く彼と、スローペースだが走る私たちの距離がだんだんと近づいてくる。

「よっす雨宮、重役出勤だな」

「ん」

「またなー」

「ん」

 それだけの会話を交わすと私たちはあっという間にすれ違っていった。

 なんというか無口な子だな。体もすごく大きかったし、まるで森の熊さんみたいだった。柔道部かな。

「あいつ、相変わらず喋んねーの」

「でも動物みたいで可愛かったよ」

「え、吉村ってああいうの好きなの?」

「好きっていうかキャラが確立してる人って憧れるよね」

「なんだよそれー」

 またもや笑い出す岩迫君に私は感心した。よく走りながらそんなに笑えるもんだ。私はさっきの会話ですらひいひい言ってるのに。

 その後、走り終わるまで岩迫君は無邪気に話しかけてきたのだった。




『リホちゃん今なにしてる?』

 これが『今なんの下着履いてるの?』だったら神谷は完全に変態だな、と思いつつ私はありのままを返信した。

『これからお弁当食べるところです』

 ついでに弁当の写メも添付してやったら、すぐにメールがきた。

『うまそう。でもショータは今日パンだけど?』

『そうなんですか』

 兄が何を食べようが勝手なのでそう返しておいた。

 ちなみにメアドを交換してから、私と神谷は頻繁にメールのやり取りをしている。ほとんどというかすべてがさっきのような他愛のない内容だったりする。

「リホちゃん、食べよー」

「そっちの席借りてもいいのかな」

「食堂行くって言ってたから大丈夫だと思うよ」

 同じクラスの友達、ちよちゃんと村っちがやってきた。キタちゃんと部室で食べることもあるけど、ほとんどが教室でこの二人と食べる場合が多い。

「今日は一時間目から体育でお腹減ったねー」

「ほんとほんと。今はまだいいけどさ、冬になったら持久走だよ。軽く死ねるね」

「私、足遅いし持久力ないからやだなあ」

 愚痴を零しあっているとメールがきた。神谷だ。

『リホちゃんドライだねー。兄貴の分も弁当作ってやったら? ショータが拗ねてるぞ。まあ見てて面白いけど』

「はぁ?」

「どしたの、ヨッシー」

「いや、うーん……村っちってさ、自分でお弁当作ってるって言ってたよね。それって兄弟の分も作ってあげてるの?」

「うん、作ってるよ」

 そうなんだ、そういうものなんだ。

 私たち兄弟のお小遣いは一月二万円である。その中には昼食代も含まれているのだが、私はコンビニや食堂を利用せずに自分でお弁当を作って持っていっていた。

 だってそうしたほうが昼食代が浮いて余ったお金で漫画が買えるからである。

 だけども私は自分ひとりのお弁当しか作っていなかった。これっていけないのかな。神谷の言うドライってやつなのかな。

 昨日の夕食と冷蔵庫にあった余りものの食材で構成された弁当を見下ろし、私はつい考え込んでしまった。

「リホちゃん?」

「あ、うん。ねえ二人とも、頼まれもいないのに兄妹のお弁当作ってあげたらウザいかな」

「そんなことないと思うよ。嬉しいんじゃないかな」

「でもうちってあんまり仲良いとは言えないんだよね。だからビミョーっていうかなんていうか」

「うちも兄貴がいるけど、私が弁当作ってあげてるから色々と優位に立てることがあっていいよ」

「村っち、私は別に兄ちゃんに対して優位に立ちたいわけではないんだけど……」

 とりあえずメールにはこう返信しておいた。

『頼まれたら作ります。それにしても神谷さんは兄ちゃん思いですね』

「神谷!?」

「うわぁ!」

 突然後ろから声がして私は思わず携帯電話を取り落としてしまった。

 慌てて拾うと、岩迫君が申し訳なさそうに私を見下ろしていた。

「ごめん、盗み見するつもりじゃなかったんだけど、見えちゃって」

「いいよいいよ」

「携帯壊れてない? 傷ついちゃってるだろ」

「大丈夫っす。それに何度も落としてキズだらけだから気にしなくていいよ」

「ほんとにごめん。あとこれ、返そうと思ってたんだ」

 渡された紙袋には私が貸した漫画が入っていた。

「じゃあ明日、続き持ってくるね」

「ありがと。実は続きがすっごく気になってたんだよな」

「いいところで終わってるもんね。そこで終わるか!? っていう」

「そうそうっ、あまりにも気になって、吉村の家に借りに行こうか迷ったもん」

 興奮して話す岩迫君と漫画の感想を言い合っていると、またもやメールが送信されてきた。開いてみるとやっぱり神谷だった。

『気持ち悪い言い方しないでくれる? 次に会ったら苛めてやるからな。覚悟してろよリホちゃん』

「神谷っ…!」

 メールでさえ意地悪を発揮するとはあいつは筋金入りの苛めっ子だな。この前助けてくれたけどチャラだチャラ。

「吉村、神谷ってあの人だよな? 仲良いのか?」

「何をおっしゃる岩迫君」

 見るとなぜか真剣な顔をしている岩迫君がいらっしゃった。イケメンが真面目な顔をするとさらにイケメンだな。暢気に感心していると、岩迫君は眉間に皺をぎゅっと寄せて言った。

「友達に聞いたんだけど、あの人って佐倉木高校の有名な不良なんだろ? 吉村、嫌なことされたりしてないか?」

「え」

「前に何度も派手な喧嘩したことがあるって聞いたんだ。だから大丈夫なのか心配になって」

 岩迫君、たぶんその派手な喧嘩の主犯はうちの兄ちゃんだ。

 口が裂けても言えなかったので、私は言葉を選びながら慎重に言った。

「大丈夫だよ。神谷はたしかに性格歪んでるし喧嘩はするけど、岩迫君が思ってるような悪いやつじゃないよ」

 良いやつでもないけどな。

「危ないことはないから心配ないって」

「だったらいいんだけどさ」

 あまり納得してなさそうだが、言って理解してくれるものでもない。たぶん二人の相性が悪いから余計に心証もよくないのだろうけど、神谷が私に対して苛めることはあっても悪さをすることはないだろう。それだけは確信があった。

 そのときクラスの男子が岩迫君を呼んだ。

「あ、分かった今行く。…吉村、なんか余計なこと言っちゃった、ごめんな」

「ううん」

 笑顔で彼を送り出すと、私は再び昼食を再開した。しかし視線を感じて顔を上げてみると、ちよちゃんと村っちが驚いた顔をして私を見ていた。

「リホちゃん、最近よく話してるなあとは思ってたけど、本当に岩迫君と仲良しなんだね」

「仲良しっていうか、漫画の貸し借りくらい普通だよ」

「まあたしかにあんたたち見てると、男同士の友達みたいだったけどね」

 村っちってちょっとキタちゃんと似てるんだよなあ…。

 二人が話したらけっこう気が合うのかもしれない。今度紹介しようと思う私なのだった。




「辞書早めに返せよ。落書きすんなよ」

「……さっき話してた女子と仲良いのか?」

「は? なんだよ雨宮、知ってんの」

「知ってる。吉村里穂子だろ」

「前のクラス一緒だったっけ」

「違う。じゃあこれ借りてくな」

 私が弁当を食べているとき、岩迫君と謎の男子生徒との間ではそんな会話がなされていた。

 謎の男子生徒、雨宮君との出会いの一週間前のことである。


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