10、ともだち
後輩とクラスメイトの目の前でブチギレた事件から一夜明けた学校の放課後。私は漫研の部室で昨日の出来事をキタちゃんに打ち明け、今盛大に落ち込んでいた。
後悔先に立たずという言葉が今さらながらに頭をよぎる。なんであのときもっと我慢できなかったのか。
「落ち込んだってしかたないでしょ。やっちまったもんはやっちまったんだし」
「それはそうだけど、でもでもキタちゃんっ」
「五味はあの性格だから一日経ったら忘れてるだろうし、岩迫君だって気にしてないって」
いやでも昨日の気まずい空気といったらなかった。
あれからほとんど会話もせずに勉強会は終わってしまった。五味はいつもと変わらない気がしたけど、岩迫君は明らかに暗い顔をしてた。今日の朝は教室で一瞬目が合ったと思ったら向こうから逸らされたもんね。昨日のこと引きずってるのは間違いない。
「私もヤンキーだと思われてたらどうしよう、もうお話できないのかな」
「別にいいんじゃない? たかが岩迫君のひとりくらい」
テニス部のイケメンエースをたかが呼ばわり。キタちゃん、岩迫君ファンの女子に聞かれたらボコにされますよ。
「そうやってショック受けてるのって、やっぱり岩迫君のことが好きだから?」
「違うよ、そんなんじゃないよ」
キタちゃんは前からそれを疑っているようだが違うんだ。そんな甘酸っぱい思いとかじゃない。
机に上半身を倒し、私は昔のことをぽつぽつと語りだした。
「中学生のとき、けっこう仲の良い男の子がいたんだ。漫画とかゲームの話でよく盛り上がってたんだけど、それを見たクラスの子が私たちが付き合ってるんじゃないかってからかってきたんだよね」
それを聞いた私は、からかってきた連中を見て「喋ってるだけで恋人同士だと思っちゃう思春期すごい」と暢気に考えていたけど、相手の男の子はそうじゃなかった。突然からかわれて冷静になれなかったのだろう。
「誰がこんなオタクと付き合うかよ、ありえねえ。そう言ってさっきまで楽しそうに話してたのに、私のこと突き飛ばしてどっか行っちゃった」
残された私はクラスに残った嫌な空気の中でひとり縮こまることしかできなかった。
彼に対して恋愛感情があったのかどうか、今の私にはよく分からない。好きだったのかもしれない。でもそうじゃないかもしれない。どっちでもいい。私はあのときただただ怖かった。さっきまで笑っていた人が、次にはもう私を睨みつけている。それが恐ろしかったのだ。
「最近、教室で岩迫君とけっこう話すんだ。そしたら全員じゃないけど、変に思う人っているんだよね。そしたらこの間、偶然にだけど聞いちゃったんだよね」
『サコ君、吉村さんのこと好きなの?』
たぶん彼のことを好きな女の子だろう。不安そうな声で、伺うように聞いていた。
私はまたあのときのように貶されながら否定されるんだろうかと不安になった。
『吉村? うん、好きだよ。友達としてだけど』
『友達なの?』
『そうだよ。吉村と話したことある? あいつ面白いよ』
私は心臓をドキドキさせながらその場を去った。
「嬉しかった。岩迫君が私を友達だって言ってくれたんだよ。そのとき気づいたんだ、私はあのときもそういうふうに言って欲しかったんだなって。『こいつとは友達だよ』ってそれだけでよかったんだって」
「だからその友達に嫌われたら怖い?」
「うん。怖いっていうよりかは悲しい、かな。でもこればっかりは仕方ないよね」
誰かを好きになったり嫌いになったり、私にはどうすることもできない問題だ。
「リホは悪くないよ」
「……うん」
「それしきのことで友達やめるんなら岩迫も大したことなかったんだって。忘れな、そんなやつ」
「岩迫君は良い子だよー」
「親友の私の前で他の人間ばっかり褒めないでよ」
「え、なになに? 嫉妬ですか、リホ嬉しい」
「うっさい。帰るよ」
キタちゃんったら照れてますよ。可愛いな。
でもちょっと元気出た。さすが親友。
「あ、来た来た。遅いっすよもー!」
正門にはなぜか五味がいた。でかい声を張り上げてぶんぶん手を振っているので、私とキタちゃんは顔を見合わせた。
「どうした五味、こんなところで待ち伏せしたって勉強は教えてやらないからね」
「テスト対策はリホ先輩に聞いたから大丈夫っす。俺よりもこの人のほうが危ないですよ」
どの人だよと思っていたら、門の後ろからなんと岩迫君が出てきたではないか。キタちゃんの視線が微妙に尖る。
「あの、吉村」
なんだなんだ何を言う気だ。
私が及び腰になっていると、岩迫君は意を決した顔をした。
「昨日はごめん!!」
両手を合わせて頭を下げる顔を見下ろし、私は唖然とした。
「俺もう情けなくって、今日ずっと吉村の顔見れなかった。本当にごめん」
「はい?」
「あの人たち追い出した吉村見て、やっと自分がここに何しに来たのか思い出して、自分が情けないっていうか恥ずかしくなっちゃってさ、絶対呆れられてると思って今日なんか無視みたいなことしてますます恥ずかしくなってそれで」
「ストップ! 岩迫君、落ち着こう」
頭の中がぐちゃぐちゃになってるな。クールダウンだ岩迫君。
少しだけ間を置いてから私は自分の気持ちを語った。
「別に呆れてなんかないよ? むしろ私のほうが呆れられてるんじゃないかと思ってた」
「なんで!? 昨日の吉村すっげえカッコよかったじゃん!!」
「そうっすよ。いきなり怒り出したのにはビックリしたけど」
「俺、あの神谷って人と話してるとき実はちょっとビビってたんだぜ。なのにまとめて追い出したからすげーって、それに比べて俺は」
「分かったもういい」
テンション上がって再び下がり始めた岩迫君を制し、私は状況の整理を行った。
つまりはだ。彼と私は以前と何も変わっちゃいないっていうことか。
「岩迫君。……私のこと、まだ友達だって思ってくれてる?」
「なにそれ、当たり前だろ」
あ た り ま え だ ろ。
聞きましたか、皆さん。いや、キタちゃんと五味しかいないけど。
私たち、友達なんだって。
「へ、ふへへ……」
「リホ先輩が不気味な笑いを!?」
「落ち着け、五味。あれはめちゃくちゃ喜んでる笑いかただ」
外野がうるせえ。
私は緩む口元を押さえ込み、岩迫君と向き直った。
「数学、どう? ひとりでやれそう?」
「そんなのムリだって吉村が一番分かってるだろ」
「だね。じゃあ図書館行って勉強しようか」
岩迫君は嬉しそうな表情を浮かべて「うん!」と言った。男子が「うん」って……落ち着けリホコ、彼のこれにはもう慣れるんだリホコ。
その後、五味としぶしぶキタちゃんも加わった四人で一緒にテスト勉強した。楽しかった。