転生ヒロインは悪役を極めるようです
物心ついた時から、あたしには前世の記憶があった。というより、今の人生は終わってしまった前の人生の延長のようにしか感じられ無かった。
リリーアン・マッシュブロック、マッシュブロック男爵家の次女として産まれたあたしは、死んでしまった高凪・由佳としての意識がそのまま残っていて、リリーアンとしての意識は皆無だった。
「亜美が話してた転生ものの小説みたい」
日本人だった頃、親友だった和藤・亜美が話してくれたラノベの世界、転生したことも、そして、男爵家でのあたしの立場も、それにそっくりだった。
あたしの前世は結構ろくでもなかった。
ギャンブル依存症の親父に愛想を尽かして、母は幼い頃には家を出ていっていて、あたしは親父に暴力を振るわれることも、食事を抜かれることもしょっちゅうだった。絶対に家を出て、自分で幸せになるんだって、中学の時に警察飛び込んで、暴力の証拠なんかと合わせて保護して貰って、高校から奨学金借りて施設で暮らしながら、卒業した。
周りは父親の元で暮らすことや、親戚を頼ること、出ていった母親を頼ることなど、色々と言って来たけど、正直、親父は成長して来たあたしを女として見始めてる気がして気持悪いし怖かったし、あたし置いて出てった母親も、放置してた親戚も頼りたく無かった。
通信で大学教育を受けながら、奨学金の返済や、生活費、夢のための貯蓄に夜の仕事を始めたのは20歳過ぎてすぐだった。
正直、前世のあたしはそんなに美人じゃなかったけど、化粧さえすれば、いくらでも化けられる。小さい頃の栄養失調が尾を引いて、線は細かったし、小柄だったから、カワイイ感じにメイクしてれば、あとは愛嬌さえあれば、男は騙せた。
女癖が悪い癖に、見る目の無い親父が連れてくる女は、みんな、揃いも揃って媚を売るのが上手くて、男を転がして毟り取るのが上手い人ばっかだった。
そんな中で、あたしを可愛がってくれた人が1人だけいて、小さい頃のあたしはその人のおかげでなんとか生きて来れた。
そして、その人のおかげで馬鹿な男の転がし方を学んじまった。
親父は家柄だけは良かったし、顔も良かったから、モテはしたけど、結局は実家からくるあたし宛ての養育費は全部ギャンブルと女に消えてるクズだった。
自分の人生を生きるんだ。夢はまだ無いけど、大学の卒業認定を貰えたら、そこから就職して、なんて考えてたら、中学高校で仲の良かった亜美が、悪い男に引っかかってるって噂で聞いて。
すぐに連絡をとって、注意もしたんだけど、結局、亜美は借りちゃいけないとこに借金して、男は東京から姿を消しちゃった。
どうしようって泣く亜美に、大丈夫って言って、夢のために貯めたお金は全部出して、足りない分はあたしがそいつらから借りて立て替えた。
そっからは、夜職の客相手に枕して、騙して金を引っ張った。
なんとか、返し終えて、もう、東京から出て、どっか、違うとこで暮らそうって思った矢先、客の1人に刺されて死んだ。
なんだったんだろうなー、あたしの人生、なんて振り返って見て、今の人生もそう大差ないんで、神様とやらはあたしに恨みがあるらしい。
今のあたしは正統な男爵家の娘だ。男爵家も貧乏なんてことも無い。むしろ、商売を成功させて、財力で没落貴族から紋章を買い取って、国王に男爵として認められたっていう、成り上がりの勝ち組で、財力だけなら、階級が上の貴族よりあるらしい。
でも、今の父親があたしに向ける興味は「将来高値で売りつける商品」で、あたしに与えられるのは「そのための先行投資」でしかなかった。
両親とは会話なんてない。商品を傷つけないために暴力はされないし、飯も貰えるけど、飯は最低限で、傷がつかないならいいと、水桶につけた水に顔を突っ込まれることはしょっちゅうだった。
豪華に飾られてるし、家庭教師も沢山つけてくれている。でも、成績が悪ければ、水桶だった。
美容のためのケアも、教養のための教師も、全部、商品価値を釣り上げるためだけのもので、あたしのためじゃなかった。
普通の子供だったら、親の愛情を求めて歪んだりしたんだろうけど、あたしは、まぁ、水桶以外は暴力して来ないなら、まだマシかな、飯も服もちゃんとくれるしね、としか思って無かった。前世で歪みきってしまってたから、これ以上は捻くれようが無かった。
そんなあたしが、学園とやらに入学する事が決まった。というか、貴族の子供は全員通うんだと。本当に亜美の話してた小説みたいって、改めて思ったよ。
んで、入学したら、男爵家の娘のあたしにさ、なんでか、お偉いお家の子供が群がってるわけ、それも全員が婚約者持ち、もうさ、やっぱり、亜美の話のまんまなんだなって、そう思った瞬間、なら、やってやろうって思ったの。
亜美の言うには、転生者のヒロインは下級貴族で、玉の輿狙って自滅して、悪役令嬢が新しい婚約者とハッピーエンドになるんだって。
奥手で普通な女の子だった亜美は、その手の話に憧れてたっけ。あたしは、悪役令嬢も、そんなぽっと出で、大事な時に無視してたクズより、自分でいい男探したら、家柄も能力もあんなら、さっさと自分で状況改善させて、とっとと家捨てて、幸せ掴みゃ良いのにって、勝手に思って興味なくて、別に読んで無かった。
転生させるなら、亜美でしょうよ、神様。てか、亜美は幸せにしてんのかな。
とりあえず、物語のヒロインはアンチストーリーで悪女の限りを尽くして処刑されるなら、あたしは悪女を極めて、実家も浮気男どもも蹴散らして逃げ切ってやる。そう決めたの。
実際、今の父親には感謝もしてはいる。ご飯も洋服もちゃんと用意してくれたし、教育と美容には惜しみなくお金をかけてくれた。
でもそれは、自分の足場を固めるため。
あたしの家は周りの貴族連中には"物売り貴族"って呼ばれてバカにされてるらしい。6つ上の姉も、3つ上の嫡男の兄も縁談には恵まれなかった。
持ち掛けた婚約の申し込みは断られ続けて、先に学園にはいった姉は、縁を結べず、結局はとある侯爵家の先代当主の後妻として売られていった。
兄はと言えば、学園で同学年だった伯爵家の令嬢と婚約したけど、義理の姉となる婚約者の令嬢は、幼い頃の事故が原因で顔に傷があって、仮面をつけてる仮面令嬢ってバカにされてる人だった。
父親が縁談を断られ続けてるって噂を聞いて、相手の家に打診して金で権利を買ったのだ。表向きは学園で知り合って恋仲になったってことにしてるけど、父親が兄に家のために我慢しろって言った時、兄は醜女だろうが、別に家の繁栄のためなら問題ないと言って冷めた目してた。
無いなーって思ったよ、だって、その時、彼女は2人の目の前にいたし、なんなら、相手の両親も前にいたからね。彼女は完全に空気だった。
その時は仮面取ってたんだけど、結構かわいくて、綺麗な人だったけどね。
正直、こんな父親や兄のために道具にされんのは勘弁って思ったよ。兄も父親もお前も家のためになるんだぞ、以外は言わないしね。
姉ともあんまり話したことないけど、まぁ、あっちは幸せらしいから、このまま、こっちに関わらないでくれたらいい。
先代当主なんて言うから、凄いジジイだと思ってたら、まだ40代だったし、こっちの世界ではジジイ扱いらしいけど、十分若いし、渋いイケメンだった。
前妻に先立たれた寂しさから、後妻を募ったらしいんだけど、ホントはもっと年嵩のいった夫人を探してたのを、うちの父親がゴリ押ししたらしい。
前侯爵様は何か勘づいたらしくて、家から離すために姉を引き取ってくれた感じみたいなんだよね。いい人に拾って貰って良かったね。
で、あたしに群がってるバカどもは、筆頭は王太子で、その周りには側近候補たちがいて、亜美は乙女ゲームとか言ってたかな。全員、もれなく婚約者持ち、ねぇ、略奪愛前提の恋愛ゲームって、どんな罰ゲームって思ったよ。
とりあえず、あくまでも向こうが勝手に好意を寄せている風にしながら、それでも、それとなく貢がせて、金を稼いだら、色々とこいつらと実家に罪をおっ被せて逃げようって思ったんだけど、ただねー、日本と違うんだよね。
質屋はあるよ、貴族向けのも、でもさ、この世界では庶民は服は作るもんなの。端切れから縫ったり、糸を編んで作るの。貴族が仕立てた服が中古に流れたものを、金持ちの庶民が買うことはあっても、それも高級品の一点物なの。
つまり、プレゼントされたドレスなんて売ったらすぐにバレる。
アクセサリーだって、ショーケースに並んでるのは全部、職人の一点物、それを買うのは下級貴族で、上流の貴族王族はフルオーダーが当たり前、こっちも売ったら足がつく。
だいたい、王都の貴族向けの質屋なんて出入りしたら、それだけでバレる。
どうしたものかと思ってたけど、我が家は商家だったと思い出す。番頭の息子に金を握らせて、それとなく処分してもらう事にしたのよ。
足元見られてんのはわかってるけど、子供の小遣い稼ぎに付き合って、結構な額が手に入るって、喜んでた。
あたしも大概だけど、場合によっちゃ、罪に問われて、自分の首と生き別れになるかもしんないのに、よくやるよって思ったね。
まぁ、自認も周りからの評価も優秀な男で、でも、上昇志向が強くて、プライドが高いタイプだから、自分はもっと上に行ける、もっと待遇が良くていい筈って燻ってるのが透けて見えるから、主家の令嬢の小賢しい金策も、自分なら上手くやれるし、その金でもっと上に行けるって、そう思うだろうなーって、相談したら、嗜める振りしながら乗り気で協力してくれて、可笑しかった。
でもさ、露骨にプレゼントを要求したら、下手すりゃ目標額に行く前に処刑されかねない。反感買うくらいはいいけど、逃亡の前に罪を着せられるのは避けたかったわけ。
だから、なにか欲しいものはないって訊かれた時、何度か断ったあと、食い下がる相手に刺繍につかう、綺麗な青い屑石をって、周りに聞こえるように頼んだ。
輝石じゃなく、綺麗なだけの鉱石、前世ではパワーストーンとかって言って、中途半端な高値で売られてたりした、ちょっと宝石ぽいだけの石、それはこっちの世界にもあった。
宝石としての価値はない、でも綺麗だから、刺繍なんかの装飾に使われたりしてる。小さい頃から父親に教師をつけられて、芸事は一通り習得してるあたしは、刺繍だってプロ並みだ。
「刺繍が趣味で」
そう言えば、あいつらは喜んで、わかったって言った。
結果は小ぶりではあるけど、間違いなく本物のサファイアをあいつらは揃って持ってきた。
渡すタイミングは別々だったけど、大体同じくらいの大きさ、カッティングのそれに、あたしは困惑した振りをして、受け取れないと突っぱねたけど、予想通り、あいつらはあたしに遠慮せずに受け取れと押し付けて来た。
周りから見れば、プレゼントしたいからとしつこく迫られた新興貴族の娘が、仕方なく、問題にならないように価値のないものを頼んだ結果、遠慮していると思い込んだクズたちが、勝手に見栄をはって、高価なプレゼントを無理やり渡したように見えるだろう。
仕方ないと受け取った振りをしたあと、その内の一つを共犯者に頼んで耳飾りにして貰う。
折角頂いたのでって言って、目の前で1回着けて、その後は、やっかまれると嫌なのでって、二度と着けない、それで十分だった。
残りの石は全部、処分してもらって、金に換えた。
その1回目で、やつらに見る目が無いのがわかったのは良かった。
誰一人、自分が贈ったものと違うと気付かなかったし、贈った本人も、耳飾りにするためにカッティングを変えたのを気付かなかった。
試しに刺繍に屑石を縫い込んだ作品を見せてやれば、美しい宝石が縫い込まれているなと、流石は新進気鋭の男爵家の令嬢だ、なんて褒めて来て、流石にドン引きだったよ。
あれだけ見目も中身も完璧な婚約者を、ただ親に決められたってだけで蔑んでるようなバカ共には審美眼なんて無いんだなって、いくら可愛らしい見た目でも、彼女たちに比べれば炉端の石みたいなあたしに群がるクズが憐れに思えて笑えた。
やっかまれる事もあったけど、幸いにしてあたしの迷惑がってる演技は見破られることは無く、周りは同情的にあたしを擁護してくれる人が多かった。
だからさ、例えば靴、ヒール部分をわざと削っておいて、あいつらの目の前ですこしよろけて、ちょっとしなだれかかるような格好になってから、申し訳ありませんって平身低頭謝ってから、靴を買い替える暇がなくてと、言い訳すれば、あたしが履いてたのとそっくりの靴が5足、翌週には届いた。
そんな感じで身の回りの品で、不足していると思わせた品が勝手に贈られてくる。
買えない訳ではない、必要ないと断っても、大丈夫と押し付けられる。周りの人たちが、流石に気持悪いよね、可哀想にと言ってくれるのを、ご厚意ですから、そのようなことは、と言葉を濁す、こんな事を繰り返すだけで、やつらの評判だけを下げて、あたしには貢物が山と入ってきた。
番頭の息子は、お嬢様は才能がありますな、なんて言いながら、金を数えて悦にいっていて、止めようともしないし、ホントにバカばっかで助かる。
でもさ、バカばっかじゃ無いんだよね。王太子の婚約者、エメリー・ローゼンバーグ公爵令嬢に、非公式で呼び出された。
「結局は殿下がやっていることで、貴女の罪ではありません。ですが、相手の好意を利用する行いはいずれは身の破滅を招きますよ。程々になさい。それが貴女のためなの」
言葉は強かった。でも、話し方はすこし、自信のなさそうな、何処か無理をして演じてる感じがする話し方だった。
「わたしは、殿下や側周りの方々を利用しようなどという大それたことが出来る人間ではありません」
怯えた振りをして言った。
見下されるか、冷めた目でバカにされるかって話だけど、彼女はあたしを心配した目で見ながら、毅然とした態度を装って。
「そう、なら、そういう事にしておくわ」
そう言って、その場は呆気なくお開きになった。
なんで気づかれたんだろうって、でも、同じ女だから見抜けるのかも知れない。余っ程、あのアホ共よりスゴイじゃんって思いながら、そろそろ引き際だなって思った。
案の定というか、婚約者があたしを呼び出したことを知ったアホは、あたしが脅されたに違いないって言い出して、騒ぎだした。
このまま行けば、亜美が言ってたみたいにあのアホ共は婚約破棄とかするんだろう。
十分な資金も出来たし、国境の向こうで暮らす計画も、そのために必要な知識と、向こうでの伝も得れた。
この伝については、エメリーと、ローゼンバーグ公爵家が用意してくれた。
「殿下に目をつけられてしまったわたしでは、この先、この国での生活は難しいかも知れません」
そう、先生に話して、それが彼女に伝わった結果だった。こればかりは計算外で、正直、金さえあれば、あとの事はその時考えようって、かなり杜撰な計画だったのに、もう一度呼び出されたあと、あたしが国を出たいと言った一言をもって、全部準備してくれた。
番頭の息子は帳簿なんてつけてなかった。当たり前だよね、わざわざ、証拠を残すのもアホって話。
でもさ、何処に流しているのか、それをあたしに知られてるとは思って無かったのはアホだった。
あたしは相手に会って、流したものの買い取り額も、確認してた。あいつが幾ら抜いて、あたしに過少申告してたのも知ってた。
だからさ、ちゃんと帳簿をつけてやったし、領収も相手に書かせた。相手はその品の出処があたしなのは知っていても、詳しいことは知らなかった。
だから、ご丁寧に領収も書いてくれたよ。
「エメリー様、この1年で殿下方から頂いたものの内訳と、それを売りに出したさいの詳細です。お好きに使ってください」
あたしはそれをエメリーに渡した。ローゼンバーグ公爵家がそれをどう使うかはわからないけど、王族貴族の息子といって、ただの子供のアホ共が、これだけ散財できた原資は、もしかすれば後暗いものがあるかもしれないし、彼等を結果的に騙して、売り捌いていたあたしは、立派に悪女認定されるだろう。
そうなりゃ、実家は破滅だ。
あたしは、後日談なんて興味ないと、ローゼンバーグ公爵家の手引きで国外へと出た。
隣国のさらにその先の国まで逃げて、名前も変えて生活してるけど、後悔なんてないし、それでいい。
最近、エメリーから手紙が届いた。
〜 始めてお手紙を差し上げますがお元気にしておられますか。
新しい生活で不便はありませんか。困ったことがあったら、何でも申してください。対応致します。
その後の事にはご興味はお有りでは無いように思えましたが、一応のご報告を。
殿下以下、側近候補だった者たちは家を出されました。罪状や裁きの詳細は省きますが、貴女に貢ぐために不正に家や国の資産を横領したこと、そして、貴族家の令嬢に付き纏い、追い詰めて、出奔させたこと、大雑把にはそれらの責を問われての処分でした。
貴女の生家は表向きには処分されておりませんが、貴女が貢物の売買を任せた男の管理不行き届きと、実の娘を保護出来なかった不始末を問うて、国庫と各家への賠償を言い渡され困窮しています。
胸がすくことは無いと思いますが、貴女に追手がかかるようなことは、ローゼンバーグの力を持って防いでおりますので、安心して過ごしてください〜
どうして、ここまでしてくれるんだろうって思いながら読んで、こっちの国で庶民に混じって、ウェイトレスとして働くのが性に合ってるなーなんて、気楽に考えながら返事を書くことにした。
〜〜〜
わたくしはエメリー・ローゼンバーグ、ですが、わたくしには前世の記憶がありました。というより、前世の人生の延長にわたくしの人生はありました。
和藤・亜美、ただの何処にでもいる女性として生きた人生で、どうしても自分を赦すことの出来ない後悔が、わたくしにはありました。
親友だった高凪・由佳ちゃん、彼女を殺してしまったことが、わたくしの一生の罪なのです。
碌でもない男に引っかかって、騙された挙句に、良からぬ所から借金したわたくしは、由佳ちゃんに泣きついてし。
忠告してくれた親友の言葉を無視して、勝手に破滅したわたくしを、由佳ちゃんは助けてくれました。
その時、わたくしは立て替えて貰ったお金は1日も早く返さないと、そんな呑気なことを考えていたんです。
由佳ちゃんが刺されて、亡くなってしまうまで。
由佳ちゃんが死んでから、わたくしは由佳ちゃんがどうやってお金を返してくれたかを知りました。夜職で沢山稼いでいたから、余裕があったんだな、そんな風に思ってた自分に吐き気がしました。
わたくしなんかのために、身を削って、最後は殺されてしまった由佳ちゃん、彼女のことを忘れた日はありませんでしたが、それでも屑なわたくしは、その後に結婚もし、孫まで出来て、人並みに幸せな人生を送って人生を一度閉じました。
生まれ変わったあと、若い頃に読んだラノベのようだと思っても、これが何かの作品の中なのかなどはわかりませんでした。
それでも、婚約者に冷遇される立場から、これが前世の罰なのかも知れないと思うようになりました。
ただ、御父様は王家にたいして、態度の改善がなければ、公爵家、及び我が娘への侮辱であると、婚約の解消の打診はしておりました。王家がそれを受け入れることはありませんでしたが。
事が転じ始めたのは学園に入ってからでした。婚約者とその側近候補たちが、ある1人の少女に執拗に絡むようになったのです。
事ここに来て、わたくしはやっぱりこの世界が前世で若い頃に読んだラノベの舞台なのではと、改めて思ったのです。
ですが、婚約者たちに群がられる男爵家の令嬢は乙女ゲームの主人公とも、悪役令嬢ものの転生ヒロインとも違っていました。
いえ、立場を弁えて、婚約者たちの来訪に迷惑そうに困惑する様は、正道のヒロインのストーリーにも見えます。ですが、かの令嬢は表向きは迷惑そうに振る舞って、よく隠してはいますが、その実は殿下たちを思い通りに操っているように感じました。
「前世であのロクデナシに騙された小娘だった頃なら、気付かなかったでしょうね。おばあちゃんになるまで生きた経験のおかげかしら」
独りごちたわたくしは、彼女を呼び出すことにしましたの。
始めて間近で見た彼女に既視感を覚えて、姿形も違う。話し方だって、全く違う。それでも、目の前の女の子から感じる雰囲気は、かつて、わたくしを助けたばっかりに殺されてしまった、わたくしの大切な友達のものでしたの。
由佳ちゃんはラノベなんて読まなかったし、興味も無かった。実家が裕福な男爵家に産まれたなら、殿下たちを利用して金銭を貯める必要もない筈で、もしかして、また、わたくしを助けるために、そう考えて、考えすぎだと思考を引っ込めはしましたが、何か事情があってなのは間違いないと、目の前の少女に由佳ちゃんを重ねたまま、わたくしは話していたのです。
あの時、由佳ちゃんの言葉に従っていれば、心配して忠告してくれた由佳ちゃんを信じれば、そんな思いが裏返って、お節介な忠告をして。
でも、目の前の少女は怯えているような振りをしながら、わたくしの言葉をきっちりと否定したのです。
わたくしは彼女について調べ上げ、そして、彼女の目的も考えるようになりました。
やっぱり、彼女は家も国も捨てるつもりかも知れない。そう思うと、余計に彼女が由佳ちゃんに思えて仕方ないのです。
2度目の邂逅で、わたくしは彼女の事情と目的を問いました。彼女のことを調べたことを告げた上でです。
教師に語った不安を理由として、また、生家では成り上がりの道具としか見られていないことの悲哀を持って、叶うなら国外で庶民として生きたいという彼女に、やっぱり、この子も転生者なのではと思いました。
由佳ちゃんじゃないかも知れない。それでも、目の前の子の願いを叶えたくて、わたくしは御父様を頼りました。
貴族家の子女が政略に使われるのは仕方のないこと、といって、娘に掛ける言葉が、家のためになれ、以外に存在しないというのは、流石の御父様も異様だと思ったようで。
「王太子殿下に万一があった時のため、第2王子殿下は控えとして婚約者も置かれておりませんし、前々から鞍替えを考えておりましたでしょう。良い機会ではありませんこと」
そう言って、彼女が渡してくれたリストを御父様に渡したのです。
わたくしには必要最低限、それも本当に予算の下限で作られたものしか贈って来なかった殿下が、僅かな期間で様々なものを彼女に貢いでおいでになり、そして、そのための原資は、本来わたくしへ使われるもの、王太子としての体面のための遊興費、さらに足りなくなり国庫から、適当な名目で抜き出したお金まで含まれていたそうで。
殿下の周りにいた者達も大概がそうだったようですが、このことで彼等は処罰されることになりました。
あのリストについては、御父様がわたくしの婚約者である王太子殿下の関係者が失踪したことで、何かしらの事件に巻き込まれた可能性があるとして、彼女の関係者を調査した結果、生家の商会に関わる人物の邸宅より発見したと報告がされました。
「件の男爵令嬢については、報告にあたり、2つの選択肢がある。ひとつは彼女は殿下たちからの貢物を手元に置くことを恐れ、手近にいた信頼していた家の関係者に相談したところ、適切に保管し、遺失することの無いようにに管理すると騙され、横流しはあの男1人の犯行だというもの」
御父様はわたくしを自宅の執務室に呼ぶと彼女に関する報告について語りだしました。
「もうひとつは? 」
簡潔に問うわたくしに御父様は答えました。
「彼女も関わっていたと事実の通り報告することだ。この場合はやはり、彼女が貢物を手元に置く事を恐れていたこと、そして、殿下たちがいつ何時、心変わりをして、不敬に問われて、処分されるのではと心を病んでいたと報告する」
どちらにせよ、彼女が被害者であるというスタンスに違いはないと、ですけれど。
「1つ目のほうが宜しいかと、彼女も直接的に関わっていたとなれば、生家の処分も重くなりましょう」
いくら、殿下たちが勝手にやったことといえ、横領された金が絡み、そうでなくても、王家や高位の貴族家の子息から贈られた品を横流ししたとあれば、処罰しない訳にも行きません。
きっと、彼女は自身が悪名を得ることで、関係者諸共、地に落とす算段だったかも知れませんが、王家としても、あまり事を大きくはしたくないでしょうし。
「そうだな、あくまで、令嬢は一方的な被害者であるとするのが良いだろう」
御父様はそう仰って、事実、そう報告なさりました。
この事で、彼女が殿下たちに付き纏われて、心身を疲弊させていた中で、頂いた品の管理を任せた人物が、それを横流ししていた事実を知り、絶望から失踪したとのストーリーがつくられました。
彼女を知る者達は殿下たちと、横流しした商人の男に憤りました。結果的に報告の如何は別に庶民の男が、主家の令嬢を騙し、王族からの下賜された物品を横流しし、私腹を肥やしたという事に間違いありませんから、縛り首になるのは仕方のないことでした。
「あの子への報告でも嘘をついていたのだし、売り捌いていたのは事実なのですから」
実際に買い取りをした者達へは、彼女が帳簿や領収などの証拠を揃えていたのは、男の犯行を知り、証拠を集めるためだったと御父様から説明したそうです。
多少は事実と異なったとしても、人は信じたくなる美しいストーリーの方を好むものですから、皆さん納得したようです。
まぁ、それを持って、自分たちも騙されただけの被害者でいれますしね。
事後報告と、近況の確認のため、彼女に手紙をしたためたのですが。
「わたくしのこと、和藤・亜美だったことは書くべきではありませんよね」
もし、彼女が高凪・由佳なら、わたくしは彼女に謝りたい。ですけれど、それはわたくし個人の勝手な押し付けでしかありません。新しい人生で、新たな門出を迎え、やっと自由に生きられる彼女にとって、和藤・亜美の存在は余計なものでしょう。
助けなければ良かったと恨まれてもおかしく無いのですから、わざわざ、不快な想いをさせるべきではありません。そう、わかっていながら、わたくしはペンを置く事が中々できなかったのです。
それでも、和藤・亜美の名も、高凪・由佳の名も書き連ねること無く、わたくしの手紙は彼女の元へ送られ、そして今、わたくしの目の前には返信の手紙があります。
〜〜〜〜
〜お久しぶりでございます。
エメリー・ローゼンバーグ公爵令嬢様。
ローゼンバーグ家の御令嬢にどのような文体で書を送ることが相応しのかが分からず、返信が遅れましたこと、申し訳ありません。
失礼があったらと思いましたが、何卒、不出来な部分は御寛恕頂けたら幸いです。
後日談につきましては、このような言い方は不誠実とわかっておりますが、もう、わたしの預かり知らぬことと、どのような裁定もそちらにお任せしておりますし、多分の配慮を頂き、ありがとうございます。
こちらの生活は楽しく、多くの支援と細かい手配のおかげで、不便なく暮らしております。
〜〜〜〜
硬い文章の中で、それでも、幸せに暮らしていると伝えてくれる優しさと誠実さが、彼女の為人を感じさせ、嬉しく思っておりましたが、その下の文は、僅かに筆が乱れているように見えました。
〜〜〜〜
ローゼンバーグ公爵令嬢様には関係のないお話ですが、わたしには大切な人がおります。
彼女はわたしに沢山の物語を話してくれました。ですが、わたしは冷淡にも、その話に興味がなく、素気無く扱っておりました。
ですが、彼女がキラキラとした顔で話す姿は大好きで、ずっと大切な思い出なのです。
不敬と存じますが、わたしのような者のため、ご尽力くださり、感謝しております。
わたしとっては、ローゼンバーグ令嬢も大切な方で、かつての友人と変わらず、今も幸せになって欲しいと思っております。
〜〜〜〜
そんな言葉のあと、もう、見ることは無いと思っていた、かつての母国の文字が1文添えられていました。
〜ずっと友達だよ、亜美ちゃん〜
感想お待ちしておりますm(_ _)m
その後。
転生した由佳の元を訪れた亜美。
「えっ、孫までいたの、おばーちゃんじゃーん」
「それは言わないでよ」
「でも、幸せだったんだね、よかった」
そんな言葉に、号泣したエメリー様と、ニコニコ顔のリリーアンがいたとか、いないとか。




