その補給、全滅しました ―補給は世界を救わない(だが止まれば終わる)―
補給部隊をテーマにした短編です。よろしくお願いします。
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戦場において最も軽視され、最も重要なものは何か。
名誉でもない、剣でもない、勇気でもない。
――物資だ。なければ戦は成立しない。
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「はぁ?」
輸送部隊隊長アレスは、届けられた羊皮紙を見て固まった。
「「矢が不足。至急追加を求む。貴官の任務が速やかに遂行されることを望む」だと……?」
手元の記録をめくる。めくる。めくる。
そして、ぴたりと止まった。
「……三日前に1000本。
昨日も1000本。
今日の朝にも1000本、追加の手配済み……」
沈黙。
周囲の隊員たちが、そっと視線を逸らした。
この数日、前線からの報告は遅れがちだった。
戦況悪化で伝令の往復が滞っている――それ自体は珍しくない。
通常でも到着報告が数日遅れることはある。
後からまとめて届くことだって、珍しくはない。
だが、それにしても。
次の瞬間――
「やっとるわァ!!」
勢いよく机が叩かれ書類が跳ねた。
「こっちは言われた以上にしっかり揃えて何回も送っとるわ!
何をどうしたら、「貴官の任務が速やかに遂行されることを望む」
なんて言えるんだよ!!ふざけんなァ!!」
アレスは羊皮紙を勢いよく机に投げる。
「隊長、アレス隊長、落ち着いてください……」
「これが落ち着いていられるか!」
「あれか?前線の射手は下手くそじゃないと入団できない決まりでもあるのか?
てめぇらがまず無駄撃ちしないように任務を遂行しやがれってんだ!!
ふざけんなぁ!!」
アレスは数秒ほど荒く息を吐き――そして、ぴたりと止まった。
-数秒の沈黙-
「……はぁ」
すっと背筋を伸ばす。
「まあ叫んでも仕方ないし、困るのは前線のお偉方じゃなくて、実際に頑張っている連中だ。」
切り替えが早い。それは彼の強みのひとつだ。
「今から2000本を追加で送る、準備して送ってやってくれ」
「隊長、騎士団本部に報告して、前線の連中に文句言ってもらったほうがいいんじゃないですか」
「そうですよ、ここ最近、追加の要求が多すぎて、手配も護衛も回らなくなってきてますよ?」
「俺が騎士団本部の連中に文句言ったところで素直に聞いてくれると思うか?
逆に俺がグチグチ嫌味言われる未来しか見えん」
「そ、それは……」「あー……」
隊員たちの目が泳いだ。
「いいから、とりあえず頼む。」
「……わかりました」
「しかしまあ、ここ最近の、矢の追加要求の頻度は少し異常ではあるな」
「薬や食料など、他の物資の追加要求は、”通常”の範囲内ですし、
激戦が続いているだけでは?そのせいで、無駄撃ちも増えているとか……」
「……なるほどなぁ。そういうこともあるか。」
アレスはため息をついた。
「なあ、今度は薬と食料が足りないとか言ってこないよな?」
「やめてください、縁起でもない」
「さっきも言いましたけど、護衛も手配も回らなくなってきてるんですから……」
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数日後……
「通常の2倍?……」
その報告を見た瞬間、アレスは呟き紙を机に置いた。
「……隊長?」
「追加要求きた。薬と食料、それぞれ400箱だと……」
静かすぎる声だった。
これは始まる。隊員たちは本能で察した。
そして――
「追加要求きたじゃねぇか!!
誰だぁぁ?!
他の物資の追加要求は”通常の範囲内”とか言ったやつはぁ!!」
「今すぐ出てこい!ぶん殴るから!!」
やっぱり爆発した。
「戦争しねぇで薬キメて、暴飲暴食でもしてんのか、前線はァ!!」
「隊長、落ち着いてください」
「おかしいだろうが!!
この前の矢の追加要求の時に、念のためって気を利かせて薬と食料も送ったよな?
な?!!」
「はい、到着報告はまだないですが、
薬を100箱分と食料を200箱分、輸送したと報告を受けてます。」
「追加要求の頻度と量を考えて言ってこいよぉ!!
限度ってあるだろうがぁぁぁ!!」
「……はぁはぁ」
-数秒の沈黙-
そっと、机に両手をつく。
「はいはい、手配するよ。手配しますとも。
要求通りの量を送る。輸送の手配を頼む」
「了解――」
「……いや、ちょっと待て」
隊員が振り返る。
「確認なんだが、前の輸送の手配は誰がした?」
「私ですが……なにか?」
「お前が”全部”手配したか?」
「いや、副隊長にも協力をしてもらっていますが、え?……まさか、また?」
「アイツ、また勝手な事してねぇだろうな……」
「なんか嫌な予感しかしない。
おい、ここ最近の輸送記録、到着報告……全部調べろ」
「い、今からですか!?」
「今すぐだ。終わるまでさっきの輸送手配はやらんでいい」
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数時間後
「……隊長」
「言え」
「ここ最近の輸送ルートは、副隊長の指示で変更されておりました……」
「到着報告もありません。」
「途中までは定期連絡がありましたが、最後の確認が取れていません」
「……つまり、またやらかしてるな?これは……」
静かに声を出した――その瞬間、叫んだ。
「誰か!アイツ呼んで来い!!!」
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数分後、副隊長カートが現れる。
どこか誇らしげな顔で。
彼は士官学校を首席で卒業した理論家であり、過去に一度、大規模補給を成功させた実績がある。
――だからこそ、騎士団本部の人事決定でここにいる。
「お呼びでしょうか、隊長」
アレスは机の上の地図を指で叩く。
「この輸送ルート、誰が変更した?」
「私ですが」
即答だった。
隊員たちの視線が、一斉に副隊長へと集まる。
「理由は」
「効率化です」
さらりと言った。
「従来のルートは非効率でしたので、最短距離を再構築しました。
輸送日数の短縮、人的コストの削減――合理的判断です」
誇らしげに胸を張る。
「……敵の領土のギリギリを通っているが?」
「問題ありません。」
「根拠は」
「敵は大部隊を優先して襲撃しています。
この規模なら“見逃される確率”の方が高い。」
「過去の成功例とも一致していますし、再現性はあると判断しています。」
隊員たちは小さく息を呑み、顔を見合わせた。
「……その“確率”、どこから出した?」
「経験則です。」
「お前のか?」
「はい」
「同様の条件での運用実績がありますので、妥当な判断かと。」
にこやかに頷く。
その瞬間――
周囲の空気が凍りついた。
アレスはゆっくりと顔を覆い、天井を仰ぐ。
「……で、ここ最近、到着報告が一件もないのは?」
「前線の報告遅延かと。現在確認中です」
「全滅、もしくはそれに近い状態の可能性は考えないのか?」
一拍。
副隊長は、わずか首を傾げた。
「その可能性は低いかと。前例もありませんので。」
「わかった、もういい。戻れ」
「……失礼します」
不思議そうな顔のまま出ていく副隊長を隊員たちは見送った。
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調査した結果、直近数回の物資は全て前線に届いていなかった。
変更された輸送ルートの複数の地点で戦闘の痕跡が確認された。
物資や荷車の姿がないことから魔物の仕業ではない。
敵国の襲撃
そう考えるのが、最も自然だった。
輸送・護衛任務についた者は誰一人、帰還していない。
それが何よりの証拠だった。
ここ最近、前線からの報告は遅れていた。
今回も――それだけが理由だと、勝手に思っていた。
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「はぁ……」
「なあ、どこをどうすればこのルートを考えられるんだ?」
「ここ、敵の巡回ルートですよねぇ?」
「地図みたらわかるよねぇ?このルート。
敵の領土ギリギリをかすめてるじゃん!?」
近くにいた隊員たちが、そっと距離を取り始める。
「ねぇ、なんで??なんでこのルートを考えられるの??」
「効率化?むしろやることが増えてることに、なんで気づかない?!」
「経験則ぅ??昔たった1回、運よく大規模補給がうまくいっただけで、
他は全て失敗してるだろうが!!」
「そ・れ・な・の・に!なんであんな自信満々なんだよ!!」
「しかも失敗した自覚ねぇぞ!あいつ!!」
「マジふざけんなよぉぉぉ!!」
地団駄を踏んで叫んだ。
「隊長、落ち着いてください」
「落ち着いてるよ?ああ、落ち着いてるとも!」
いつもの爆発もすぐに収まり、椅子に座って冷静に机の地図を見始める。
「隊長、副隊長の件は」
「この件が解決したら本部に送り返す。
それまで哨戒任務の指揮でも執らせとく。」
「ったく、本部も面倒なやつ送ってきやがって!絶対苦情入れてやる!!」
「そもそも本部の連中が――」
またくるか?と隊員たちが身構えた瞬間。
「……はぁ、いや、なんでもない。」
不発におわった。
「それより前線は物資不足で今、地獄のはず。早く届けなきゃいけない」
「本当にまずい状況だ」
「……」
隊員たちが真剣な表情でアレスを見つめる。
アレスが爆発せず冷静に「本当にまずい」と言った。つまりそういうことだ。
ゆっくりと立ち上がる。
「仕事だ。やるぞ」
その一言で、空気が締まる。
切れる。文句も言う。切り替えが早く、引きずらない。
そして、動くと決めたら早い。
それが輸送部隊隊長アレスである。
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「輸送経路を再構築する。山越えルートは?」
「昨日、魔物の群れが出たとの報告があります。
未確認の危険も多く、夜間は視界も効きません」
「却下。川沿いは?」
「増水中です。昨日の大雨で半分以上の渡河ポイントが崩れ、足場も不安定です」
「……街道は?」
「盗賊団が出没しています。夜間に輸送隊を狙って待ち伏せしている模様です」
「だぁぁ!!全部ダメじゃねぇか!!!」
机を叩き、アレスは荒い息をつく。
周囲の隊員たちは自然と後ずさりする。
「隊長……どうします?」
「……」
深く息を吐き、地図の上を指でなぞる。
「どこだ、どこなら……」
街道、川、山、森――それぞれの危険を頭の中で並べる。
そして、ふと指が止まる。
「いや違うな……」
小さく呟いた。
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数分後
「決めた」
「輸送隊、三隊編成。軽装・高速優先」
「三隊!?護衛が足りません!」
「足りなくていい。分散する方がリスクは低い」
「ですが!」
「盗賊も魔物も“まとまった獲物”を狙うことが多い。
奴らは“確実に勝てる獲物”を狙う。小口は狙われにくいが、ゼロじゃない。だから分散する。」
地図に印を付けながら、アレスは三つのルートを割り出す。
「第一隊は街道を夜間移動、音を殺して通過」
「第二隊は川沿いを迂回、増水が引いた区間だけ使用」
「第三隊は……」
一瞬考え、
「森を抜ける」
「森!?あそこは未開地で――」
「だからだ。誰も読めないから安全な可能性がある」
隊長はにやりと笑った。
「それに、森の魔物は縄張り意識が強い。他所者の盗賊よりは予測しやすい」
「……隊長、たまによくわからない怖さがでます」
笑いながら答えた。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
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その日の夜、三つの輸送隊は、それぞれ別のルートへと出発した。
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第一隊――街道。
月のない夜だった。
車輪の軋みが、やけに大きく響く。
「……音、聞こえたな」
「ああ」
「数は?」
「わからん。だが多くはない」
一拍。
「行くぞ」
「止まらないのか」
「止まって助かったことがあるか?」
「……ないな」
短い返答。迷いはない。
「左の林、潜んでる可能性ある」
「知ってる」
「対処は?」
「無視だ。こっち見てるだけなら、向こうも測ってる」
「……仕掛けてこない保証は?」
「ない。だが、足を止める理由にもならん」
車輪は止まらない。
「しかしまあ」
「なんだ」
「今回のルート、隊長だろ」
「ああ」
「なら、死ぬ確率は下がる」
「生き残る確率が上がる、だ」
「どっちでもいい」
わずかに口元が緩む。
「……来ないな」
「来ないな」
「運がいい」
「違うな」
「なんだ」
「“狙う価値がない”と思われた」
「それでいい」
淡々と、進む。
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第二隊――川沿い。
濁流が唸る。足場はほとんど泥だ。
「ちょ、待ってこれ沈む沈む沈む!!」
「騒ぐな!余計にバランス崩れる!」
「いや無理だろこれ!!
ちきしょう、なんでこんな日の輸送任務に当たるんだよ!!」
「日頃の行いじゃね?!」
「うるせぇ!そんなこと言ったら――」
荷が傾く。
「左!左いってる!!」
「押せ!!全員で押せ!!」
ぎり、と軋む。
「……あーもう、絶対これ給料見合ってねぇ……」
「今さらかよ」
「後方の連中、今ごろ寝てるぞ絶対」
「じゃあ代わるか?」
「やめろ死ぬわ!!」
少しだけ笑いが混じる。
「つーかさぁ、今回のこれ」
「ああ、分散な」
「正気じゃなくない?」
「正気じゃないな」
「だよな!?よかった俺だけじゃなかった!」
「でも」
一人が前を見る。
「今までで一番“届きそう”だ」
「……それな」
「なんでだろうな」
「隊長が考えたからだろ」
「あー……それ言われると否定できねぇ」
足を取られながら、前へ。
「ほら来た!また沈む!!」
「止まるな!流されるぞ!」
「くっそぉぉ!!終わったら絶対休暇申請してやる!!」
「生きてたらな!」
「だから縁起悪いこと言うな!!」
足を取られながらも、誰も止まらない。
「……行くぞ!」
「おう!!」
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第三隊――森。
光がない。音がない。
あるのは、気配だけ。
「……いる」
背筋が凍る。互いに息を殺す。
「ああ」
沈黙。お互いの呼吸が聞こえるほど近い。
「距離、保ってる」
「縄張りの外だ」
「根拠は」
「踏み込んでこない」
隊員の一人が、後ろで肩を小さく震わせる。
無言で頷くもう一人。
「右」
「理由は」
「気配が薄い」
「……了解」
微かに息を吐く音が聞こえる。
緊張で肩をこわばらせる。
「撃つか」
「だめだ」
「理由は」
「始まる」
短く、理解する。
一瞬だけ互いを見やる。
不安を隠そうとするが、呼吸が早いのは隠せない。
足音すら消す。
「……」
「……」
しばらく、言葉はない。
やがて――
「……抜けた」
「ああ」
長く止めていた息を、ようやく吐く。
「……生きてるな」
「今のところはな」
「……音が消えたな」
「ああ」
「なら行ける」
互いの目を合わせる。
小さく頷き、次の一歩を踏み出す。
「行くぞ」
「ああ」
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そして三つの隊は――
すべて、前線へと辿り着いた。
運ではない。そう計算し、段取りをしたから。
到着報告を受けたアレスは一言。
「ああ、届いたか。……間に合ったようで何よりだ」
とだけ。言い、別の任務計画書に目を向けた。
輸送依頼があった。
だから輸送した。
ただそれだけだ。
でもそれが重要だった。
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そして五日後。
前線から報告が届く。
『補給、無事到着。
但し度重なる遅延により前線が崩壊しかけた件について、
後日王都にて責任を問う』
アレスはそれを見て、一瞬黙る。
そして――
「なあ、俺、今回のこと、事情を書いて送ったよな!?」
「はい。三通ほど」
「全無視されてるんだがぁ??」
天を仰ぐ。
「なんで俺のせいになってんだよぉぉぉ!!」
怒号が響く。
だがその口元は、わずかに笑っていた。
届いた。それで十分だ。
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戦場で英雄と呼ばれる者たちの影で。
名もなき補給部隊は今日も走る。
剣ではなく、計算で。
勇気ではなく、段取りで。
そして時には、怒号とともに走る。
――これは、世界は救わない男の物語。
だが、彼が止まれば―― 世界も、補給も、消える。
そんな物語。
初投稿になります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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