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【短編小説】Back to the doggy style future

掲載日:2025/12/21

 疲労と倦怠が飽和したオフィスは昼休みに向かって匍匐前進している。

 外は秋の雨だ。おれたちはそれぞれのデスクでひとりぼっちだった。

 仕事なんてのはそんなものだ。ここは学校じゃない。誰だって孤独だ。


 バサリと紙が散らばる音がその無味無臭の灰色に埋め尽くされた空間を切り裂いた。

 おれたちが目を向けた先には係長がいる。

 彼女は床に散らばった資料を拾い集めていた。突き出された臀部がこちらを見ている気すらした。

 おれはその臀部を見つめていた。

 その姿勢はあまりにも野生的だったし、オフィスと言う空間に於いてはあまりにも異質だった。



 おれはその臀部を見つめながらその臀部もおれを見ているのか考える。

 見られる為に向けられた臀部は果たして自我を持っているのか?

 彼女の夫はこの姿を見たら何と言うだろうか?

 既にその臀部に飽いた同僚たちはパソコン画面やスマホ、または時計に視線を戻した。  

 だから臀部はおれのものだった。昼休みのチャイムが鳴るまでの束の間、おれは彼女の臀部と見つめあった。



 ひび割れそうなチャイムが鳴り昼休み。

 休憩室の電子レンジや給湯器は超人気店並みの列ができている。

 おれはコンビニで買ったおにぎりを持って便所に向かう。そしてウォシュレット便座の熱で温める。

 彼女の臀部もこうやって温めたいと思う。

 温かくなった彼女の臀部を撫でる。いや、彼女の温かい臀部がおれの手の上を滑る。

 妄想か?妄想だ。



 おれがゆっくりと勃起した時、隣の個室から何かが弾ける様な音が聴こえた。

 クソが、食事も念力オナニーも中断だ。

 おにぎりをポケットに押し込む。便座に立って壁の上から覗き込む。

 隣の個室は破裂した人体で赤く染まっていた。高圧で噴出し続けるウォシュレットの温水はそれを洗い流そうとしている。



 恐らく水圧を上げる隠しコマンドを複数回入力したのだろう、馬鹿な奴だ。

 いくらウォシュレットがケツの穴を洗うと言う建前とは別に、直腸に水を入れて洗浄をするのが本来的な機能とは言え裏コードを超えられるケツ圧などそうそう無い。



 こいつは自分のケツ圧を勘違いした。

 おれはポケットの中で冷えていくコンビニおにぎりを感じながら便座を降りる。

 先に食べておくべきだった。

 失われた食欲はしばらく戻らないだろう。上司の臀部による勃起も遠のいた。

 人生はままならない。



 パンパン!あんあん!

 美しさを持て余した行き遅れの同僚と、アナウンサーを妻としながら遊びをやめられない課長の延長戦が逆隣の個室で始まった。

 肉を打ちつける音は破裂音にも似ている。または拍手だ。いい加減なリズムは神経を逆撫でする。ファッキンテンポ、

 おれは便所飯を諦めて胸ポケットからタバコを取り出した。白い煙で全てを埋め尽くせば解決する。見えなければ何でもいい。



 ケムリの隙間から見える目の前の扉には「右を見ろ」と書いてある。

 右の壁には「左を見ろ」と書いてある。

 左の壁には「下を見ろ」と書いてある。

 床には「天井を見ろ」と書いてる。

 天井には知らない女が張り付いてこちらを睨んでいた。ケムリが気に食わないらしい。だがおれの知った事じゃない。不満ならケツを見せろ。

 おれは録音を開始する。

 パンパン!あんあん!



 行き遅れと課長が延長戦を終えるとのタバコが燃え尽きるのはほぼ同時だった。

 行き遅れが春を昇り詰める音声ファイルを別の上司に売りつける算段を付けながら、立ち上がって便器に吸い殻を放り込む。

 感圧式の水洗便器の中でゆっくりと水が回る。吸い殻もぐるぐると回るのが見える。

 だが軽すぎる吸い殻は流れきらない。便器の底で何度か上下を繰り返してから浮かび上がった。

 まるで滝壺だ。人生と同じだ。沈んだ後に上がってもまた沈む。



 行き遅れの穴あきパンツは果たしてパンツの役割を果たしているのか。

 行き遅れの春はこうして上司にすり潰されていく。

 おれにはそれを止める手立ては無いし止めた所でその春をどうにかできる訳でもない。

 そうやって終わっていく春や人生もある。

 その春や人生について考えを巡らせたところで勃起と射精を独唱する以外の何かにはなり得ない。



 便所は曼荼羅だ。

 ウォシュレットで爆死したのが誰かは知る由も無い。

 もしかしたら行き遅れに憧れていた後輩かも知れない。

 恋は人を盲目にする。ウォシュレットの水圧選択を誤らせるくらいには。

 おれはおにぎりを供えて手を合わせた。



 行き遅れた彼女だって相対的な自分自身の美しさと言うものには気付いていたはずだ。

 そしていま、こうして妻帯者の上司と便所の個室で春をすり潰しているのは愚かしい事だって理解しているはずだ。

 だけどその春を止める気にもならないし、彼女自身だってその春の先を想像できなかったのだから仕方ない。



 便所は赤い血と白い血が混ざってロゼになっていく。その色を見ながら想像する。恐らく係長の臀部もロゼだろう。

 おれはその匂いを嗅ぎながらゆっくりと怒張を感じる。

 生があって死がある。

 便所は曼荼羅だ。

 おれは脳内でみんなをゆっくりと貫く。資料を拾い集めていた係長を怒張で。春をすり潰す同僚をバイブで。その春を貪る課長をナイフで。



 水の流れる音が聞こえる。

 隣で死んだ誰かならそれは水流だ。

 つまりここには全てがあり、その円環の中でおれは立ち尽くしていると言う事になる。

 だから便所は曼荼羅だ。

 やがておれの陰嚢が膨らみ、便所いっぱいに広がっていく。

 その柔らかさと温かさで破裂した死体や行き遅れと上司を包み込むと、宇宙となって消えた。

 後に残ったのは四つん這いになって臀部をおれ向ける係長と、それに対するおれの視線だけだった。

 おれはその曼荼羅を破り捨てた。

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