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第9話:博士とコア

世界滅亡まで、あと二十二日。

偵察部隊『シャドウ』が持ち帰った情報は、重く、そして熱を帯びてアルカディアに広がった。俺は、朝のミーティングで、幹部だけでなく、ギルドのメンバー全員に、タケダさんたちが見聞きしたことの全てを話す決断をした。


「…以上が、シャドウの最初の任務で得られた情報だ」


俺が話し終えると、ホールは水を打ったように静まり返った。武装集団の目的が、単なる略奪ではなく「異能者狩り」であること。彼らが「博士」「被検体」「コア」という謎の言葉を使い、何か壮大な計画を進めていること。その事実は、メンバーたちに新たな恐怖を植え付けるには十分だった。


「リーダー、そんな重要な情報を全員に話してしまって、本当によかったのか?」


ミーティングの後、ゴトウさんが心配そうに俺に尋ねた。


「パニックが起きるかもしれんぞ」

「それでも、俺は話すべきだと思いました」俺は答えた。「ここは軍隊じゃない。利害で繋がっただけの傭兵団でもない。俺たちは、未来を共有する共同体です。危機も、希望も、全員で分かち合わなければ、本当の意味での信頼は生まれない」


幸い、パニックは起きなかった。むしろ、共通の脅威と謎に直面したことで、メンバーたちの間には奇妙な連帯感が生まれていた。自分たちが、この終末の世界で、何かとてつもなく大きな物語の当事者になったのだという、漠然とした自覚。それは恐怖であると同時に、生きる意味を見失っていた彼らにとって、抗いがたい高揚感をもたらしていた。


その日の午前中、ギルドは二つのグループに分かれて動いていた。

一つは、ゴトウさんとタケダさんが率いる実行部隊。彼らは、敵の再襲撃に備え、市民会館の防衛設備を徹底的に見直していた。バリケードはより強固に、複雑に。屋上には見張り台が新設され、トラップの設置場所についても議論が交わされている。


そしてもう一つが、サクラ率いる技術班だ。彼女たちは、市民会館のサーバー室に籠もり、驚くべきミッションに挑んでいた。


「やるぞ!終末世界の、ネットサーフィンだ!」


サクラはそう宣言すると、生き残っている僅かなサーバーを繋ぎ合わせ、かろうじてアクセス可能なインターネットの残骸へとダイブしていった。目的は、偵察部隊が持ち帰ったキーワード…『博士』『コア』『被検体』の正体を掴むことだ。


「ほとんどのサイトはもう死んでる。でも、大手のデータセンターや、政府系のサーバーの中には、まだデータのゴーストが漂ってるはずなんだ。それを拾い集める!」


彼女の目は、獲物を狙うハンターのように輝いていた。その隣で、他の技術班メンバーも、必死にキーボードを叩いている。彼らにとって、これは銃を持つ代わりに、情報という武器で戦う、自分たちの戦闘だった。


ギルドが新たな目的に向かって動き出す中、俺は、二人の異能者のことが気にかかっていた。カナとキョウスケだ。

ホールの隅。いつものように一人でストレッチをしていたキョウスケの元に、カナがおずおずと近づいていくのが見えた。俺は、邪魔をしないように、少し離れた場所からその様子を見守った。


「あの…キョウスケ、さん」

「…なに?」

「きのう…偵察、お疲れ様でした。怖く、なかったですか…?」


カナの問いに、キョウスケは動きを止め、少しだけ考える素振りを見せた。


「…怖いとか、あまり考えたことない。ただ、やるべきことをやるだけだから。壁を登るのも、息をするのも、俺にとっては同じようなものだ」

「……」

「あんたはどうなんだ?」今度はキョウスケが尋ねた。「見えるのは、怖いか?」


その問いは、カナの核心を突いていた。彼女は俯き、小さな声で答える。


「…怖いです。すごく。だって、見えても、どうすればいいかわからないから。昨日、ユウキさんが信じてくれなかったら、私はただパニックを起こしただけの人になってた。もし、私のせいで誰かが死んだらって思うと…」

「…一人でどうにかしようとするから、怖いんだ」


キョウスケは、意外なほどはっきりと言った。


「あんたは、見たものを伝えればいい。どうするかを考えるのは、リーダーの役目だ。あんたの役目じゃない。壁を登るのは俺の役目で、それをどう使うか考えるのは、リーダーやタケダさんの役目。それと同じだ」


その言葉は、飾り気がない分、まっすぐにカナの心に届いたようだった。彼女は、はっとしたように顔を上げた。そうだ。彼女は一人じゃない。彼女には、それぞれの役目を持った仲間がいる。


「…ありがとうございます」


カナは、深々と頭を下げた。キョウスkeは「別に」とだけ短く答えると、またストレッチを再開した。ぎこちない、ほんの数分の会話。だが、それは二人の孤独な異能者が、初めて互いを仲間として認識した、重要な瞬間だった。


その夜だった。

サーバー室に籠もり続けていたサクラが、髪を振り乱しながら、俺たちの元へ駆け込んできた。その手には、一枚のプリントアウトされた紙が握られている。


「見つけた…!見つけたぞ、ユウキ!」


彼女は、興奮で上ずった声で叫んだ。

俺たちは会議室に集まり、彼女が突きつけた紙を覗き込んだ。それは、どこかのウェブサイトのキャッシュを無理やり復元したもので、文字化けも多い。だが、そのタイトルは、はっきりと読み取れた。


『大気中エーテル密度の上昇と後天的発現能力(Acquired Ability)に関する考察』


「エーテル…?アクワイアード・アビリティ…?」

「SFみたいな話だけど、聞いてくれ!」


サクラは、息つく間もなく説明を始めた。

彼女が見つけたのは、数年前に政府系の研究機関のサイトにアップされ、なぜか数日で削除されたという、いわくつきの論文の断片だった。


「この論文を書いたのは、『望月もちづき辰夫たつお博士』。物理学と生物学の権威だ。彼は、この論文で、とんでもない仮説を立てていた」


サクラが指差した、論文の要旨。そこには、信じがたい内容が書かれていた。


「『…数十年前から観測されている、太陽系外縁部からの未知の隕石群。その飛来に伴い、地球を覆う大気圏の最上層部に、これまで観測されなかった特殊なエネルギー粒子…便宜上「エーテル」と呼称する…の密度が、指数関数的に上昇していることが確認された。このエーテルは、一部の人間の脳神経に作用し、休眠状態にある潜在能力を後天的に覚醒させる(Acquired Ability)可能性がある…』」


つまり、異能は、隕石がもたらした副産物だというのか…!


「そして、問題はここからだ」と、サクラは続けた。「『…これらの後天的発現能力は、個々に独立して存在するのではなく、極めて強力な感応能力を持つ「コア」となる能力者を中心に、共鳴・増幅する特性を持つことが、シミュレーションによって予測される…』」


『博士』は、望月博士。

『被検体』は、俺たちのような後天的発現能力者、つまり異能者。

そして『コア』は、全ての異能者を共鳴させ、その力を増幅させる、中心的な能力者。


全てのキーワードが、一本の線で繋がった。

武装集団の目的。それは、この望月博士の研究を悪用し、「コア」を手に入れ、全ての異能者を支配下に置くこと。そして、隕石衝突後の混沌とした世界で、神のような力を持つ支配者として君臨することだ!


「なんて、ことだ…」


ゴトウさんが呻く。壮大すぎて、現実感がない。だが、ピースは完璧にはまっていた。


その時だった。


「…うっ…あ…!」


会議室の隅で話を聞いていたカナが、突然、激しい頭痛に襲われたように、頭を抱えて崩れ落ちた。


「カナ!どうした!」


俺が駆け寄ると、彼女は苦痛に顔を歪めながら、喘ぐように言った。


「…博士が…!望月博士が、泣いてる…!研究室で…頭を抱えて、泣いてる…!」

「何だって!?」

「『違う…!私の研究は、こんなことのために…!人類を、救うためのものだったのに…!』って…!」


間違いない。カナは、今この瞬間、遠いどこかにいる望月博士の感情と、思考と、リンクしているのだ。

彼女の能力は、未来を断片的に見る「予知」だけじゃない。人の心と深く繋がる「共感エンパシー」の能力も併せ持っている。そして、これほど強力な共感能力を持つ人間こそ、全ての異能者を繋ぐ「コア」の最有力候補に他ならなかった。


カナが、コアだ。

その事実が、雷のように俺の頭を撃ち抜いた。


俺たちのギルド『アルカディア』は、敵が血眼になって探している最重要人物を、知らずのうちに保護していたのだ。

そして、カナのビジョンからわかるもう一つのこと。それは、計画の創始者であるはずの望月博士が、武装集団の意に反して、どこかで苦悩しているということ。武装集団は、「博士」自身も、まだ確保できていないのかもしれない。


世界滅亡まで、あと二十一日。

物語の構図は、一変した。

これは、単なる生存者と略奪者の戦いじゃない。「コア」であるカナと、「計画の鍵」である望月博士を巡る、三つ巴の争奪戦だ。


俺は、新たな決意を固めた。

敵よりも先に、望月博士を見つけ出す。彼を保護し、協力関係を築くことこそが、この狂った計画を阻止し、カナを守るための、唯一の道筋かもしれない。


アルカディアの戦いは、次のステージへと、否応なく引き上げられたのだった。

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