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第7話:異能と戦略

世界滅亡まで、あと二十四日。

武装集団を退けた翌朝、アルカディアには奇妙な静けさが漂っていた。それは、昨日の嵐のような戦闘が嘘だったかのような、穏やかな静けさ。しかし、その内側には、勝利の高揚感と、生々しい傷跡が混在していた。


ホールでは、実行部隊の若者たちが、無言で壁に開いた弾痕を眺めていた。リョウもケンジも、昨日の戦闘では勇敢に戦った。だが、彼らの顔からは血の気が引き、目が虚空を彷徨っている。人を、本気で傷つけた。自分も、本気で殺されかけた。その現実が、一夜明けて、ずしりと重くのしかかってきているのだ。


「二人とも、少し休んだ方がいい」


声をかけたのはミサキさんだった。彼女は、戦士たちの身体の傷だけでなく、心の傷を癒すことにも努めていた。彼女は二人を医務室へ連れて行き、温かいハーブティー(備蓄品のひとつだ)を淹れながら、静かに話を聞き始めた。その姿は、まるで聖母のようだ。このギルドには、彼女の存在が絶対に必要だと、俺は改めて思った。


昨日の戦闘の引き金となった、助けを求めてきた男。彼は、戦闘の混乱の最中に、いつの間にか姿を消していた。結局、彼が何者だったのかはわからない。ただ、俺たちを武装集団と接触させるための、使い捨ての餌だったのかもしれない。そう考えると、腹の底が冷たくなるような気分だった。


俺は、今日の最優先事項を果たすために、サクラとミサキさんに声をかけた。そして、三人でカナの部屋のドアを、そっとノックした。


「カナ、俺だ。ユウキだ。少し、話せるか?」


中から、小さな声で「…はい」と返事があった。

俺たちは、医務室の一角に場所を移した。できるだけ彼女が安心できる環境で、話がしたかった。


カナは、まだ少し怯えた様子だったが、昨日までのように目を伏せ続けることはなかった。俺たちの顔を、おずおずと見上げている。


「昨日は、本当にありがとう。カナがいなければ、今頃、俺たちの何人かは死んでいたかもしれない」


俺がそう言うと、カナは小さく首を振った。


「…私、今まで、この力がずっと怖かったんです」


彼女は、途切れ途切れに、自分の能力について語り始めた。


「物心ついた時から、時々、見えるんです。頭の中に、突然、映像が流れ込んでくる。それは、すぐ後のことだったり、何日か先のことだったり。良いことも、悪いことも。でも、ほとんどは、事故とか、喧嘩とか、誰かが不幸になる映像でした。だから、誰にも言えなかった。言ったら、気味悪がられるだけだって…」


彼女の告白に、俺たちはただ黙って耳を傾けた。どれだけ一人で、その恐怖と孤独に耐えてきたのだろうか。


「その『見える』っていうのは、何かきっかけがあるのか?」


口を開いたのはサクラだった。彼女の目には、同情だけでなく、強い知的好奇心が浮かんでいる。


「例えば、デジャヴみたいに、特定の場所や物事がトリガーになるとか?脳波で言えば、側頭葉が何か特殊な働きをしているのかも…」

「え…?の、脳波…?」


科学的な視点からのサクラの質問に、カナは目をぱちくりさせている。だが、そのアプローチは、彼女の心を解きほぐすのに効果的だったようだ。得体の知れない「呪い」が、分析可能な「現象」へと変わっていく。


「うーん…よくわからないけど、強い不安を感じた時とか、何かにすごく集中した時に、見えやすい、かも…?昨日は、赤い車がこっちに来るってわかった瞬間、頭の中で爆発みたいな音がして、裏口の映像が見えたんです」

「なるほど。危機的状況が、能力を増幅させる可能性があるわけか」


サクラは、真剣な顔でスマホのメモに何かを書き込んでいる。

ミサキさんも、優しい声で付け加えた。


「でも、その力を使うと、ひどく疲れるんじゃないかしら?昨日の後も、ずっと顔色が悪かったわ」

「はい…。すごく、頭が痛くなって、ぐったりしちゃいます…」


不安定で、制御不能。そして、使えば本人に大きな負担がかかる。それが、カナの「予知能力」の現在地だった。だが、それでもなお、その力は俺たちにとって計り知れない価値を持つ切り札だ。


俺はカナの目をまっすぐに見て言った。


「カナ、俺たちは君の力を兵器として使うつもりはない。君もアルカディアの大切な仲間だ。だから、君自身を守ることを一番に考えてほしい。もし、何かが見えて、それを伝えるのが辛いなら、無理に言わなくていい。でも、もし、俺たちに伝えたいと思ってくれたなら、いつでも言ってほしい。俺は、君の言葉を信じる」


俺の言葉に、カナはこくりと頷いた。その目に、確かな信頼の光が灯ったのを、俺は見逃さなかった。


カナとの対話を終え、俺はすぐに幹部メンバーを招集した。ゴトウさん、タケダさん、サクラ、ミサキさん、そして農業班を代表して安田さん。今後のアルカディアの運命を決める、重要な会議だ。


議題は、もちろん「異能者狩り」集団への対策。

俺はまず、カナの能力について説明し、彼女をギルド全体でサポートしていく方針を伝えた。これに異論を唱える者はいなかった。ゴトウさんもタケダさんも、昨日の戦闘で彼女の力の重要性は骨身に沁みている。


「だがな、ユウキ」ゴトウさんが腕を組みながら言った。「いつ見えるかわからん予知だけに頼るわけにもいかねえ。奴らがまた来たら、今度はもっと大規模な部隊で来るかもしれん」

「その通りだ」タケダさんも同意する。「受け身の防衛だけでは、いずれジリ貧になる。城に籠もっていても、兵糧攻めにされれば終わりだ。我々に今、最も欠けているもの。それは『情報』だ」


タケダさんの言葉に、全員が頷いた。


「敵の正体、規模、アジトの場所。そして何より、奴らが異能者を集めて、一体何をしようとしているのか。それを知らなければ、有効な対策は立てられない」

「情報を手に入れる、か…。どうやって?」

「決まっている」


タケダさんは、地図の上に一本の指を置いた。


「こちらから、仕掛けるんだ」


その言葉に、会議室の空気が張り詰めた。仕掛ける。それは、籠城という安全圏から一歩踏み出し、危険な敵の懐に飛び込むことを意味する。


「具体的には、偵察専門のチームを作る。隠密行動に長けた者を選び、敵の情報を探らせるんだ。戦闘は極力避ける。見る、聞く、そして、持ち帰る。それが任務だ」

「危険すぎる…!」ミサキさんが、心配そうな声を上げた。「そんなことをすれば、命を落とすメンバーが出るかもしれません」

「その通りだ。だが、何もしなければ、我々は全員、ここで緩やかに死ぬのを待つだけになる」タケダさんの声は、冷徹なほどに静かだった。「どちらを選ぶか、だ」


重い沈黙が、場を支配する。

消費するだけの集団から、生産する集団へ。そして今、俺たちは、守るだけの集団から、探る集団へと進化する岐路に立たされている。リスクは大きい。だが、リターンもまた、大きい。


俺は、決断した。


「…やろう。偵察部隊を創設する」


俺の言葉に、幹部たちの顔に緊張が走る。


「ただし、メンバーは慎重に選ぶ。隠密行動が得意で、冷静な判断ができて、いざという時には自分の身を守れるだけの戦闘技術がある人間…」


俺がそこまで言った時、会議室にいる全員の視線が、自然と一人の人物に集まっていることに気づいた。

静かで、冷静で、それでいて、その内に計り知れない胆力と技術を秘めている男。元警察官という経歴を持ち、昨日の戦闘でも、その卓越した制圧術でプロの傭兵を退けた男。


タケ-ダさんだ。


だが、彼は実行部隊の要であり、ギルドの防衛の要でもある。彼を危険な任務に就かせるのは、あまりにもリスクが高い。


「俺が行こう」


俺が口を開くより先に、タケダさん自身が言った。


「この中で、この任務に最も適しているのは、おそらく私だ。それに、奴らの正体は、元同業者として、どうしても突き止めておきたい」


彼の目には、揺るぎない決意が宿っていた。

俺は、もう彼を止めることはできなかった。


世界滅亡まで、あと二十三日。

ギルド『アルカディア』は、籠城という殻を破り、外の世界へ打って出ることを決めた。それは、より大きな希望を掴むための選択か、それとも破滅への第一歩か。

未来を予知するカナの力をもってしても、その答えはまだ、誰にも見えなかった。

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