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第6話:予知と最初の銃声

世界滅亡まで、あと二十五日。

武装集団の影は、アルカディアの日常にじっとりと染み付いていた。朝の体操も、屋上での畑仕事も、いつもと同じように行われる。だが、メンバーたちの会話は減り、その目には常に警戒の色が浮かんでいた。ホールに流れるクラシック音楽も、どこか空々しく聞こえる。


ゴトウさんとタケダさんの訓練は、より実戦的なものへと切り替わった。対人戦闘、バリケードの構築と突破、複数の敵を想定した連携行動。その厳しさに、実行部隊の若者たちは悲鳴を上げながらも、必死に食らいついていた。この終末世界で「平和」が幻想であることを、誰もが悟ったのだ。


俺の意識は、二つのことに集中していた。一つは、制御室のモニターに映る外部の様子。そしてもう一つは、カナという少女の存在だ。


彼女は、あの日以来、さらに自分の殻に閉じこもるようになった。食事の時も一人で隅の方に座り、誰とも目を合わせようとしない。時折、何かに怯えるように、はっと息を飲む姿を見かける。俺は何度も話しかけようとしたが、その度に、彼女の周りにある見えない壁に阻まれた。


「焦るな、ユウキ」


医務室でミサキさんに相談すると、彼女は静かに言った。


「彼女は、自分自身を恐れているように見えます。無理にこじ開けようとすれば、もっと固く閉ざしてしまうかもしれません。今は、ただ見守ってあげてください。ここが安全な場所だと、彼女自身が理解できるまで」


ミサキさんの言う通りかもしれない。俺はもどかしい気持ちを抱えながら、今は待つことに決めた。


そんな膠着した空気を切り裂くように、事件は起こった。

昼過ぎ、監視カメラのモニターをチェックしていたサクラが叫び声を上げた。


「リーダー!誰かこっちに走ってくる!すごいスピードで!」


俺たちは制御室に駆けつけた。モニターには、一人の男が必死の形相で、市民会館に向かって走ってくる姿が映し出されている。その背後には、誰もいない。だが、彼はまるで亡霊にでも追われているかのように、何度も後ろを振り返りながら走っていた。


「どうする!?中に入れるか!?」とゴトウさんが問う。

「…罠の可能性は?」タケダさんが冷静に付け加える。

「わからない…!だが、見殺しにはできない!」


俺は決断した。


「門を開けろ!ただし、最大限の警戒を!タケダさん、部隊を配置してください!」


指示が飛ぶ。実行部隊が、武器を手にエントランスを固める。バリケードが僅かに開かれ、男が転がり込むように中へなだれ込んできた。すぐにバリケードは閉じられる。


男は三十代くらいだろうか。ボロボロの服を着て、肩で大きく息をしている。その目には、純粋な恐怖が浮かんでいた。


「はぁ…はぁ…た、助けてくれ…!」

「落ち着け!何があった!」

「奴らに…黒いベストの奴らに追われてるんだ!」


やはり、あの武装集団だ!

ミサキさんが駆け寄り、男に水を手渡して落ち着かせる。俺たちは男をホールへ運び、事情を聞いた。


「奴らは何が目的なんだ?食料か?武器か?」

「違う…!どっちも違うんだ!」男は震えながら言った。「奴らが探しているのは…『特別な力』を持った人間だ…!」

「特別な力?」

「ああ…。俺の仲間は、少しだけ未来が見えた。ギャンブルで負けなしだった、ただそれだけの力だ。でも、奴らはそれを聞きつけて、仲間を…!」


男は言葉を詰まらせた。

異能者狩り。ゴトウさんが言っていた「人間を探している」という言葉の意味が、最悪の形で繋がった。


「あんたはなぜ追われている?」

「俺は、ただの仲間だっただけだ!何も知らない!なのに、他にも仲間がいるだろうって…!」


その時だった。


「リーダー!!来た!!」


サクラの絶叫が、再びギルドに響き渡った。

制御室のモニター。その画面の端に、見覚えのある車体が映り込んでいる。


赤いワゴン車だ。


それが、ゆっくりと、確実に、俺たちのギルドハウスに近づいてくる。


「戦闘準備!全員配置につけ!」


俺の号令一下、ギルド内は一気に戦場へと変貌した。実行部隊がエントランスのバリケード裏に陣取る。他のメンバーは後方支援だ。


「敵は正面から来るぞ!絶対に中へ入れるな!」


ゴトウさんの檄が飛ぶ。俺も鉄パイプを握りしめ、前線に立とうとした。

だが、その瞬間。


「ダメ…!正面だけじゃない!!」


悲鳴のような声。カナだった。彼女は顔を真っ青にして、わなわなと震えている。


「ダメ…!正面からじゃダメ…!裏口…!裏から三人が…来る…!一番強いのが…!」


彼女はパニックに陥り、頭を抱えて蹲ってしまった。

ホールの誰もが、彼女の唐突な叫びに戸惑っている。だが、俺の頭の中では、すべてのピースがはまった。これだ。これがあの日感じた胸騒ぎの正体だ。彼女は「見える」んだ。


賭けるしかない。


「タケダさん!」俺は叫んだ。「部隊を半分に割いて、すぐに裏口へ!敵の主力はそっちから来る!」

「何!?正気か、ユウキ!敵は正面にいるんだぞ!」ゴトウさんが反論する。

「これは賭けだ!でも、俺は彼女を信じる!タケダさん、行ってくれ!」


タケダさんは、俺の目と、怯えながらも必死に何かを訴えようとしているカナの顔を数秒間見比べた。そして、彼は決断した。


「…わかった。リーダーの判断を信じよう。リョウ、ケンジ、俺に続け!裏口を死守する!」


タケダさんは、部隊の半数を引き連れて、ホールの裏手へと駆けていった。

残されたゴトウさんは、納得いかない顔をしながらも、正面の防御に集中する。


直後だった。

赤いワゴン車が、市民会館の正面に停まった。車から降りてきたのは、黒いベストを着た男が四人。ライフルを構え、無駄のない動きでバリケードに近づいてくる。顔に火傷の痕があるリーダーの姿はない。先遣隊か。


「撃て!」


ゴトウさんの号令で、バリケードの隙間から、パチンコ玉を改造した投擲物や、催涙スプレーもどきが放たれる。だが、敵は慣れた様子でそれをいなし、ライフルを発砲してきた。


ダァン!ダァン!


乾いた銃声が、初めてアルカディアに響き渡った。コンクリートの壁に弾丸がめり込み、火花が散る。その威力は、俺たちが持っているおもちゃのような武器とは比較にならない。これが、本物の戦闘。恐怖で足が竦む。


正面の攻防が激しさを増した、まさにその時。


建物の裏手から、怒号と、金属がぶつかり合う激しい音が聞こえてきた。


「な、何だ!?」ゴトウさんが驚く。

「カナの言った通りだ!敵は陽動だったんだ!」


裏口では、タケダさんたちの死闘が始まっていた。

カナが予知した通り、三人の男が音もなく侵入を試みていたのだ。待ち構えていたタケダさんたちは、奇襲で応戦する。狭い通路での乱戦。リョウが敵の一人の足を払い、ケンジが鉄パイプで殴りかかる。そしてタケダさんが、残る二人の攻撃を、まるで流水のように捌きながら、警棒一本で的確に急所を打ち据えていく。元警察官の制圧術が、プロの傭兵相手に互角以上に渡り合っていた。


不意を突かれた裏手の部隊は、タケダたちの完璧な連携の前に、次々と体勢を崩される。リーダー格らしき男が舌打ちし、「撤退だ!」と叫んだ。


その声は、正面の部隊にも聞こえたのだろう。正面で撃ち込んできていた四人も、弾幕を張りながらワゴン車へと後退していく。あっという間に車に乗り込み、猛スピードで走り去っていった。


嵐が、過ぎ去った。


ホールには、硝煙の匂いと、耳鳴りのような静寂だけが残された。

俺たちの、初めての実戦。そして、初めての勝利だった。


裏口から、タケダさんたちが戻ってきた。皆、息を切らしているが、大きな怪我はないようだ。


「…リーダーの判断が、俺たちを救った」


タケダさんが、俺の肩を叩いた。だが、俺は首を横に振った。


「違う。俺たちを救ったのは、彼女だ」


俺は、ホールの隅でまだ小さく震えているカナに歩み寄った。ギルドのメンバー全員の視線が、彼女に集まる。

俺は彼女の前にしゃがみこみ、できるだけ優しい声で言った。


「カナ、ありがとう。君のおかげで、皆助かった」


カナは、ゆっくりと顔を上げた。その目には、怯えだけではなく、戸惑いと、ほんの少しの安堵が浮かんでいた。


「…本当…?私のせいで、みんなが危ない目に遭うんじゃ…なくて…?」

「逆だよ。君の力は、俺たちを守る力だ。呪いなんかじゃない。俺たちの希望だ」


俺がそう言うと、彼女の大きな瞳から、涙が一筋、流れ落ちた。それは、長い間彼女を縛り付けていた恐怖が、初めて溶け出した瞬間のように見えた。


世界滅亡まで、あと二十四日。

アルカディアは、最初の銃声を経験した。そして、予知能力という、計り知れない力を手に入れた。

だが、敵の目的が「異能者狩り」である以上、俺たちのギルドは、奴らにとって最高の標的になったことを意味する。

本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。

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