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第4話:未来を植える土

世界滅亡まで、あと二十七日。

ギルド『アルカディア』は、新たな朝を迎えていた。メンバーは九人。ホールには活気が満ちている。昨夜のミーティングで決まった通り、各々が自分の役割を意識して動き始めていた。


ゴトウさんとタケダさんは、新メンバーの中から屈強な男二人をスカウトし、実行部隊の基礎を固めていた。ホールの片隅で、斧や鉄パイプを使った基本的な戦闘訓練が始まっている。その光景は物々しいが、頼もしくもあった。


サクラは技術班として、早速若いメンバー一人に電気の基礎を教えていた。発電機のメンテナンス、配線のチェック。彼女の知識は、このギルドの生命線だ。


そして俺は、ミサキさんと一緒に屋上に来ていた。


「すごいな、ここ…」


思わず声が漏れた。市民会館の屋上は、忘れられた空中庭園だった。雑草こそ生い茂っているが、花壇やプランターがいくつも設置されている。設計上は、憩いの場となるはずだったのだろう。


「見てください。土は死んでいますが、器は揃っています。ここに新しい土を入れ、種を蒔けば…」

「作物が育つ、か」

「はい。水は、幸いにもこの建物の貯水槽にまだ余裕があります。問題は、その土と種をどこで手に入れるかです」


ミサキさんの言う通りだった。生産する、と口で言うのは簡単だ。だが、ゼロから何かを生み出すには、それ相応の資源と知識が必要になる。


俺たちはホールに戻り、緊急の作戦会議を開いた。メンバーは実行部隊と、各班のチーフ。議題はもちろん、農業計画の始動についてだ。


「目標は、土と種の確保。場所は、ここから一番近い大型ホームセンターだ。園芸用品なら、ひと通り揃っているはずだ」


俺が地図を指差しながら説明する。


「だが、ホームセンターは危険だぞ」と、タケダさんが腕を組んだ。「工具、資材、日用品。生存に必要なものが全て揃っている。当然、他の生存者も狙っているはずだ。かなりの激戦区になっている可能性がある」

「だからこそ、精鋭で行く必要がある」ゴトウさんが応じる。「俺とタケダ。それに実行部隊から二名。計四人。これなら、いざという時も動ける」

「わかった。物資調達は実行部隊に任せる。俺はサクラ、ミサキと共に拠点に残る。防衛体制の強化と、受け入れ準備を進める」


方針は決まった。

ゴトウさんとタケダさん、そして実行部隊の若者、リョウとケンジ。四人が調達チームとして、すぐに出発の準備を始めた。軽トラックの鍵が運良く事務所で見つかっていた。燃料は、昨日サクラと取引した連中から少し分けてもらったものがある。これで、ある程度の物資は運べるはずだ。


「ユウキ、留守は任せたぞ」

「ああ、気をつけてくれ。絶対に、無理はするなよ」


ゴトウさんは力強く頷くと、仲間と共にトラックに乗り込み、市民会館を後にした。


彼らを見送った後、俺はすぐに頭を切り替えた。

やるべきことは山積みだ。


「サクラ、頼みがある。監視カメラだ。この建物の監視カメラシステムを、俺たちの手で復活させたい」

「やってみる!いくつかのカメラはまだ生きてるはず。制御室のサーバーさえ動けば、周辺の監視が可能になる!」

「頼む。ミサキさんは、衛生管理のルール作りを。集団生活では、ちょっとした油断が命取りになる」

「わかっています。手洗い、消毒、ゴミの処理。徹底させます」


残ったメンバーも、それぞれの持ち場で動き出す。バリケードの補強、備蓄品の再整理、そして情報収集を試みるサクラの無線機。ギルドは、まるで一つの生き物のように機能し始めた。


一方、ゴトウさんたちの乗ったトラックは、死んだ街を突き進んでいた。

道は、乗り捨てられた車で溢れている。それを巧みにかわしながら、ホームセンターを目指す。


「ゴトウさん、前方に人影です」


助手席のタケダさんが鋭く指摘する。

ゴトウはトラックの速度を落とした。道の真ん中に、一人の老人がへたり込んでいる。その側には、ひっくり返った手押し車と、散らばった土の袋。


「…どうしますか?」と、後部座席のリョウが尋ねる。

「関わるな。面倒はごめんだ」


ゴトウはそう言って、トラックを老人の脇から通り抜けさせようとした。だが、その時。二人の男が物陰から現れ、老人に掴みかかった。


「じいさん、いいもん持ってんじゃねえか」

「その土、俺たちがもらってやるよ」


まただ。この世界で、飽きるほど見てきた光景。弱者から奪う、ハイエナのような連中。

ゴトウは舌打ち一つすると、トラックを急停車させた。


「タケダさん、頼めるか?」

「ああ。こういうチンピラの相手は、現役時代に飽きるほどやった」


タケダさんはそう言うと、静かにトラックを降りた。ゴトウも消防斧を手に続く。


「おい、あんたたち。そのくらいにしておけ」


タケダさんの静かな声に、男たちが振り返る。屈強なゴトウとタケダの姿を見て、一瞬怯んだ。だが、すぐに虚勢を張る。


「なんだてめえら!横取りする気か!」

「いや、俺たちが欲しいのはあんたたちじゃない。そのじいさんだ。彼を保護する」


タケダさんの言葉に、男たちは顔を見合わせて下品に笑った。


「じじい一人保護してどうすんだよ!終末世界の老人ホームごっこか!?」

「ごっこじゃない」


タケダさんは一歩、前に出た。


「我々は、未来を作っている。そして、その未来には、老人の知恵が必要だ」


問答無用。タケダさんの動きは、音もなく速かった。一人の男の腕を取り、関節を極める。一瞬の出来事に、男は悲鳴を上げて崩れ落ちた。もう一人の男がナイフを抜いて襲いかかるが、それをゴトウさんが消防斧の柄で打ち据える。あっという間の制圧だった。


男たちは命からがら逃げていった。

残されたのは、呆然と座り込む老人と、ゴトウさんたち四人。


「大丈夫ですか?」


タケダさんが老人に手を差し伸べる。老人は、警戒心に満ちた目でタケダさんを見上げた。


「…わしに、何か用かね」

「ええ。あなた、土に詳しいでしょう。我々は、これから農業を始めようとしている。あなたの知識を貸してほしい」


老人は、ゴトウさんたちのトラックと、その荷台に積まれた空のポリタンクを見て、全てを察したようだった。


「ふん。あんたたちも、結局は奪う側かと思ったわい」

「俺たちは奪わない。分け合うんだ。安全な寝床も、食料も、仲間も。俺たちのギルドには、それがある」


ゴトウが言った。

老人はしばらく黙って考えていたが、やがて、ゆっくりとタケダさんの手を借りて立ち上がった。


「…安田だ。安田源蔵。しがない農家だった男よ」

「俺はゴトウ。こっちはタケダだ。安田さん、俺たちの仲間になってくれ」


安田と名乗った老人は、深々とため息をついた。


「わしみたいな年寄りが、足手まといになるだけじゃぞ」

「とんでもない。あなたの知識は、金よりも価値がある。俺たちの生命線になる」


タケダさんの真剣な言葉に、安田さんの強張っていた表情が、少しだけ和らいだ。


「…わかった。どうせ一人で畑を耕しても、食いきれんほどの作物が採れるだけじゃ。あんたたちの話、乗ってみるか」


思わぬ収穫だった。いや、これ以上ないほどの最高の収穫だ。

安田さんをトラックに乗せ、一行は改めてホームセンターを目指した。安田さんの案内で、彼が普段利用しているという裏口から侵入する。


店内は、タケダさんの予想通り、酷く荒らされていた。だが、安田さんは慣れた様子で園芸コーナーへと進む。


「ここの店員と仲が良くてな。裏の倉庫に、まだ在庫が残っとるはずじゃ」


安田さんの言う通り、店のバックヤードには、手付かずの培養土や肥料、そして様々な種類の野菜の種が残されていた。まさに宝の山だ。


「すげえ!これだけあれば!」

「馬鹿者。ただ蒔けばいいというもんじゃない。土の配合、種の選別、水やり。やることは山ほどある。覚悟せい」


安田さんは、まるで生き返ったかのように、次々と必要な物資を指示していく。その姿は、先ほどまでの弱々しい老人ではなく、熟練の職人のものだった。ゴトウさんたちは、夢中でトラックに物資を積み込んだ。


その頃、市民会館では、一つの成果が上がっていた。


「やった…!やったぞ、ユウキ!」


サクラが、制御室から興奮した様子で駆け込んできた。


「見てくれ!建物の四隅にある監視カメラ、映像が復活した!」


俺はサクラに連れられて制御室へ向かう。そこには、数台のモニターが設置されており、そのうちの四台に、市民会館の周囲を映し出す映像が流れていた。画質は粗いが、誰かが近づいてくれば、すぐにわかる。


「すごいじゃないか、サクラ!これで、防衛レベルが一気に上がった!」

「えへへ。これでもう、入り口に張り付いて見張りをしなくても大丈夫だよ」


俺たちが喜んでいると、モニターの一台に、見慣れたトラックが映し出された。ゴトウさんたちが帰ってきたのだ。


俺たちは急いで一階へ降りた。トラックが、ゆっくりと会館の前に停まる。

荷台を見て、俺は息を飲んだ。土の袋、プランター、農具。そして、見たことのない老人が一人、タケダさんと一緒に降りてきた。


「ユウキ!最高の仲間を連れてきたぞ!」


ゴトウさんが、誇らしげに安田さんを紹介する。

俺は事情を聞き、安田さんに深々と頭を下げた。


「安田さん、ようこそアルカディアへ!あなたの力を貸してください!」

「ふん。リーダーが、そんなに簡単に頭を下げるでないわい。まあ、期待に応えられるよう、精々働かせてもらうがな」


安田さんはぶっきらぼうにそう言ったが、その目は優しく笑っていた。


その日の午後、俺たちアルカディアのメンバーは全員、屋上に集まっていた。

安田さんの指揮のもと、古い土を掘り起こし、新しい培養土を混ぜ込んでいく。汚れるのも構わず、誰もが必死に手を動かした。


そして、ミサキさんが大切そうに持ってきた種の袋から、小さな、小さな種が取り出される。


「これは、二十日大根の種じゃ。成長が早い。まずは、こいつで成功体験を積むのが一番じゃ」


安田さんの言葉に、皆が頷く。

ミサキさんの指先から、その小さな種が、再生されたばかりの黒い土の上に、そっと置かれた。


それは、本当に小さな、ささやかな一歩だった。

だが、俺にはその光景が、何よりも尊く、力強く見えた。


俺たちは、ただ消費し、生き延びるだけの集団じゃない。

この終末の世界で、未来を、命を、自分たちの手で「生産」しようとしている。


世界滅亡まで、あと二十六日。

アルカディアの屋上に植えられた小さな種は、俺たちの希望そのものだった。この種が芽吹く頃、世界は、そして俺たちは、どうなっているだろうか?

今はまだ、誰にもわからない。

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― 新着の感想 ―
新メンバー来たぁぁぁ! まじでおもろすぎるって!! もうすげぇ!なんか表現とか、そういうので感情移入できるっていうか…もう世界観に引き込まれるよ! がんばって下さいね!!!!
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