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第29話:決戦、熊野

世界滅亡まで、あと四日。

熊野の聖域へと続く岩門の前。それは、新世界の創生を巡る、最後の戦いの舞台だった。天には、日増しにその大きさを増す、不吉な隕石。地には、互いの全てを賭けて対峙する、二つの軍勢。


「ようこそ、諸君。我が神殿へ」


黒田の、拡声器を通した声が、 vallée に響き渡る。その声は、これから始まる饗宴を前にした、王の悦楽に満ちていた。


「貴様らの、その絶望に満ちた命を、私が神となるための、最後の贄として、捧げてやろう!」

「黒田!」


俺は、トラックのマイクを掴み、魂の限りに叫んだ。


「お前の歪んだ神話ごっこは、俺たちが、ここで終わらせる!新しい世界を始めるのは、お前のような復讐者じゃない!未来を信じる、俺たちだ!」


それが、開戦の合図だった。


「陽動部隊、突撃いいいっ!」


カサイさんの、空気を切り裂くような号令。

彼が率いる旧モール部隊…改造バギーとバイク、そして数機のハンググライダーが、一斉に、ヘルメスの分厚い陣形へと牙を剥いた。


空からは、ハンググライダー部隊が、急降下しながら火炎瓶や手製の爆弾を投下する。地上では、バギー部隊が、砂塵を巻き上げながら、ヒットアンドアウェイ戦法で敵の重火器陣地を攪乱する。

それは、あまりにも無謀で、壮絶な突撃だった。彼らは、自分たちの命が、未来への投資であることを、誰よりも理解していた。


「怯むな!俺たちの命一つで、未来が買えるなら、安いもんだ!」


カサイさんの叫びが、仲間たちを鼓舞する。

彼らの決死の陽動によって、鉄壁に見えたヘルメスの包囲網に、僅かだが、確かな亀裂が生まれた。


「今だ!本隊、続け!あの岩門を突破するぞ!」


俺の号令に、ゴトウさんがトラックのアクセルを、床が抜けるほど踏み込んだ。

先陣を切るのは、ゴトウさんとタケダさん。二人は、トラックから飛び降りると、歩兵として、道を切り開く。

ゴトウさんは、二枚の鉄板を改造した大盾を構え、敵の銃弾を物ともせず、まるで重戦車のように突き進む。タケダさんは、その巨大な背中に隠れながら、精密機械のような、冷静沈着な射撃で、的確に敵兵を無力化していく。


「邪魔だ、雑魚どもがああっ!」

「落ち着けゴトウ!呼吸を合わせろ!」


阿吽の呼吸。二人の間には、もはや言葉は不要だった。

だが、ヘルメスの抵抗も、これまでとは次元が違った。岩門の前には、黒田の親衛隊とも言うべき、強化された異能者部隊が、立ちはだかっていたのだ。


「行かせん!」


一人の男が、目にも留まらぬ速さで、俺たちの前に躍り出た。その両足は、バネのように強化されている。

その男の前に、一陣の風のように、キョウスケが立ちはだかった。


「…お前の相手は、俺だ」

「面白い!その影のような動き、お前も同類か!」


静と動。二人の異能者の、息詰まる戦いが始まった。俊足の敵が、残像を残しながらキョウスケに襲いかかる。だが、キョウスケは、その全ての攻撃を、まるで柳のように受け流し、時にはその姿を完全に消して、敵を翻弄する。


別の場所では、サクラとハルトが、巨大な電磁バリューを発生させる、別の異能者と対峙していた。

「ダメだ、サクラさん!あのバリア、強力すぎて、俺たちの銃弾が届かない!」

「落ち着いて、ハルト君!」サクラは、ジャマーを構えながら叫んだ。「ハルト君の眼で、あのバリアを発生させている、エネルギーの流れの中心を見抜くの!そこに、全周波数のノイズを叩き込んで、強制的にオーバーロードさせる!」


頭脳と、異能。二人の力が、ヘルメスの強力な盾を、少しずつ、しかし確実に、蝕んでいく。


仲間たちが、命を賭して、道を開いてくれた。

俺は、博士とカナ、そして『エーテル・ディフューザー』を背負った数名の護衛と共に、ついに、ヘルメスの防衛線を突破。聖域へと続く、巨大な岩門を、潜り抜けた。


息を、のむ。

岩門の向こう側は、まるで、外の世界から切り離されたかのような、別世界だった。

空気が、澄んでいる。植物は、終末の穢れを知らないかのように、青々と、力強く茂っている。安定した、清浄なエーテルが、この地を満たしているのだ。


「…あそこ…!」


カナが、森の奥深くを、指差した。

「黒い渦の、中心は、あそこです…!」


彼女が指差す先。木々が開け、まるで古代の祭祀場のような、円形の、開けた空間が、そこにはあった。

間違いない。あそこが、黒田の儀式の場所であり、俺たちの最後の目的地だ。


俺たちが、その祭祀場へと、足を踏み入れた、その時。

背後で、轟音と共に、岩門が崩れ落ち、俺たちの退路を完全に塞いだ。


そして、祭祀場の中心。そこには、一人の男が、まるで舞台の主役のように、静かに立っていた。

黒田だった。


「ようこそ、ユウキ君。君が、ここまで辿り着くことは、わかっていたよ」


彼の周りには、『エーテル・リアクター』の中核部分と思われる、いくつもの黒い石柱が、不気味な紋様を描いて、並べられている。


「仲間たちは、どうしたのかな?ああ、心配せずともいい。私の可愛いペットたちが、今頃、綺麗に掃除してくれているはずだ」

「黒田…!」

「君のような、何の力もない凡人が、私に歯向かうとはな。面白い冗談だ。だが、そのせいで、私の計画は、少しだけ、遠回りさせられた」


彼は、俺の背後にいるカナと博士に、うっとりとした視線を送った。

「だが、それも、今日で終わりだ。コアも、博士の最後の知識も、この私が、全て受け継ぐ。君は、そのための、最後の道化に過ぎなかったのだよ」


黒田は、わざと、俺たち本隊を、ここまで通したのだ。仲間たちから、俺たちを引き離し、この閉ざされた聖域で、確実に、全てを手に入れるために。


「さあ、始めようか」


黒田は、顔の火傷を、醜悪に歪ませ、ゆっくりと、こちらへ歩み寄ってくる。


「神の座を賭けた、最後の決闘を」


外では、ゴトウさんやタケダさんたちが、親衛隊との、絶望的な死闘を続けている。カサイさんたちの陽動部隊も、もう限界が近いだろう。

そして、この聖域の中では、俺が、たった一人で、この元凶と、対峙しなければならない。


世界の運命は、この、一対一の戦いに、委ねられた。

俺は、鉄パイプを強く、強く、握りしめた。

恐怖はない。ただ、燃えるような怒りと、仲間たちの想いだけが、俺の体を、突き動かしていた。

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