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第21話:リーダーの賭けと血の告白

世界滅亡まで、あと十一日。

俺の耳に突き刺さる、二つの無線報告。

西の戦場からは、タケダさんの、勝利を告げる声。『見つけたぞ、ユウキ。俺たちの、箱舟だ!』

東の戦場からは、ゴトウさんの、死を覚悟した声。『…ダメだ、ユウキ…!完全に包囲された…!』

希望と絶望。成功と失敗。俺の頭の中で、二つの現実が、引き裂かれそうなほどの矛盾を奏でていた。


作戦本部の会議室。そこにいる誰もが、俺の次の言葉を待っていた。非情なまでの静寂が、部屋を支配する。

論理的に考えれば、答えは一つだ。陽動部隊は、その役目を十二分に果たした。彼らを犠牲にしてでも、本隊が確保したバスを、確実にギルドへ持ち帰る。それが、四十人の共同体を率いるリーダーとして、最も合理的で、正しい判断。損失を最小限に抑え、最大の利益を確保する。タケダさんも、カサイさんも、おそらくはゴトウさん自身でさえ、その決断を理解するだろう。


だが。


俺の脳裏に、アルカディアに来てからの日々が、走馬灯のように駆け巡った。初めてゴトウさんと出会った日。サクラが、誇らしげに電気を灯した夜。タケダさんやミサキさんたちが、希望を求めてやってきた時。安田さんが、死んだ土に、未来の種を蒔いた瞬間。カナが、怯えながらも、俺たちを救ってくれたこと。血と土に塗れて、共に戦うことを誓った、あの夜の追悼式。


一人でも欠けていい人間なんて、いるものか。

一人でも見捨てていい命なんて、あるものか。

それを捨ててしまったら、俺たちは、ヘルメスと、一体何が違うんだ?


「…合理性クソ喰らえだ」


俺は、自分に言い聞かせるように、そう呟いた。そして、無線機のスイッチを入れた。


「タケダさん、聞こえるか」

『こちらシャドウ。聞いている』

「確保したバスを、一台、すぐに動かせ。運転は、大型車両の経験があるカサイさんに頼んでくれ」

『…了解。だが、どうする?一度ギルドに戻るのか?』

「いや」俺は、きっぱりと言った。「行き先は、東だ。港湾地区へ向かう。ゴトウさんたちを、救出する!」


その言葉に、無線機の向こうのタケダさんが、息を飲んだのがわかった。作戦本部も、騒然となる。

『正気か、リーダー!?確保したバスを、敵地のど真ん中に突っ込ませるというのか!?あまりにも、リスクが高すぎる!』

「リスクは承知の上だ!それでも、俺は賭ける!ゴトウさんたちも、バスも、両方手に入れる!」


俺は、叫んでいた。これは、合理性に基づいた作戦じゃない。リーダーとしての、魂の賭けだ。俺たちのギルド『アルカディア』が、何のために存在するのかを、天に問うための。


『……』タケダさんは、数秒間、沈黙した。そして、静かに、だが力強い声で、答えた。『…面白い。その賭け、乗らせてもらおう。これだから、あんたの下は飽きない』


方針は、決まった。

だが、その救出作戦が動き出す直前。俺は、作戦本部に残っていた数名のメンバー…すなわち、陽動部隊の「嘘の情報」を聞いていた、スパイの容疑者候補たちに、向き直った。


「…救出に向かう前に、一つだけ、片付けておかなければならないことがある」


俺は、扉に鍵をかけた。部屋には、俺と、サクラ、カサイさん、そして容疑者である三人のメンバーだけが残された。


「この中にいる、裏切り者に、話がある」


俺の言葉に、三人の顔が凍りついた。


「どういうことだ、ユウキ!?」

「俺たちを、疑ってるのか!」

「落ち着け」俺は、彼らを制した。「スパイが誰だか、俺にはもう、わかっている」


俺は、ゴトウさんから報告があった、ヘルメスの待ち伏せについて説明した。奴らが陣取っていたのは、俺がホールで話した「嘘の侵入経路」そのものだった。


「その情報を、いつ、どこで、どうやって、ヘルメスに伝えた?」

俺がそう問うと、三人は顔を見合わせ、必死に無実を訴えた。だが、俺は、静かに続けた。


「昨夜、このギルドのWi-Fiネットワークから、外部の暗号化されたサーバーに向けて、極めて短いデータパッケージが、一つだけ送信されたログが残っている。サクラが、密かに監視システムを仕掛けてくれていたんだ。その発信元は…」


俺は、三人のうちの一人。カサイさんのコミュニティから来た、物静かで、真面目そうに見えた男を、まっすぐに見つめた。


「…カサイさんたちが、モールから持ち込んだ、一台のタブレット端末からだ。違うか?ヤマモトさん」


ヤマモトと呼ばれた男は、顔から血の気が引き、がたがたと震え始めた。カサイさんが、信じられないという顔で、彼を見ている。


「ヤマモト…お前、なのか…?」

「…ち、違う…!俺は、何も…!」


その時だった。

「もう、やめなさい」

その場にいた誰もが予想していなかった人物が、口を開いた。ミサキさんだった。彼女は、いつの間にか、部屋の隅に立っていた。

「彼を、これ以上、責めないであげてください。彼が、どんな思いでいたか…」

そして、彼女は、俺たちの前に、一枚の写真を見せた。そこには、幸せそうに笑う、ヤマモトと、彼の妻、そして小さな娘の姿が写っていた。


「…ヘルメスに、捕まってるんです」


ヤマモトは、ついに観念し、その場に崩れ落ちた。


「奴らが、モールを襲撃した時…妻と娘が、捕まった…。奴らは、言ったんだ…。アルカディアの情報を流せば、家族だけは、シェルターに入れてやると…。俺は…俺は、ただ、家族を…!」


彼は、子供のように、声を上げて泣きじゃくった。

それは、金や欲望のための裏切りではなかった。家族を愛するが故に、悪魔の囁きに屈してしまった、一人の弱い人間の、悲しい告白だった。

だが、理由がどうであれ、彼の行動が、ゴトウさんたちを死の淵に追い詰めたことに、変わりはない。

メンバーの一人が、怒りに震える声で叫んだ。

「ふざけるな!お前のせいで、何人が死にかけたと思ってるんだ!こいつを殺せ!」


憎しみが、部屋に渦巻く。

俺は、静かに、ヤマモトの前に歩み寄った。そして、彼の肩に、手を置いた。


「…立て」

「…!」

「お前を、殺さない。ここで裁いても、お前の家族は、戻ってこない」


俺は、自分のポケットから、乾パン数個と、水の入ったペットボトルを取り出した。そして、腰に差していた、護身用の小さなナイフも。


「これを持って、行け。そして、自分の手で、お前の家族を救い出せ。それが、お前が本当に、果たすべき責任だ」

「…ユウキ、さん…?」

「これは、追放だ。だが、死刑宣告じゃない。お前が、もう一度、父親として、夫として、立ち上がるための、最後のチャンスだ。二度と、俺たちの前に姿を見せるな」


俺の「裁き」に、誰もが言葉を失っていた。甘すぎる、と罵る者もいるかもしれない。だが、憎しみの連鎖は、ここで断ち切らなければならない。それが、「一人も見捨てない」と誓った、俺のリーダーとしての、答えだった。


ヤマモトは、涙でぐしゃぐしゃの顔で、何度も、何度も、俺に頭を下げると、よろめくように部屋から出ていった。彼の背中が、闇の中に消えていく。


内部の問題は、片付いた。

俺は、無線機を掴んだ。

「タケダさん、カサイさん!救出作戦を開始する!バスを出せ!」


バス車庫から、一台の巨大なバスが、エンジンを咆哮させて発進した。それは、タケダさんの指示で、車体の窓という窓が、ありったけの鉄板で補強された、即席の「移動要塞」だった。

運転席にはカサイさん。そして、タケダさんとキョウスケ、その他数名の精鋭が乗り込み、一路、東の港湾地区を目指す。


地獄と化した港湾地区。ゴトウさんたちは、コンテナの陰に身を隠し、絶望的な防戦を続けていた。弾代わりのパチンコ玉は尽き、火炎瓶も残り僅か。包囲の輪は、刻一刻と、狭まってくる。

もはや、これまでか。ゴトウが、最後の火炎瓶を手に、玉砕を覚悟した、その時だった。


ゴオオオオオッ!


地響きと共に、一台の巨大なバスが、ヘルメスの包囲網を、まるで紙屑のように蹴散らしながら、突っ込んできたのだ。


「な、なんだ、ありゃあ!?」


ヘルメスの兵士たちが、混乱に陥る。

バスは、止まらない。敵の銃弾をものともせず、ゴトウさんたちが籠城するコンテナのすぐそばに、急停車した。

プシュー、という音と共に、バスの扉が開く。


「乗れ!ゴトウ!」


そこに立っていたのは、ライフルを構えたタケダさんだった。

「タケダ…!それに、カサイさんまで!馬鹿野郎、なんで来やがった!」

「リーダーの命令だ。一人も見捨てるな、とさ」


ゴトウは、その言葉を聞いて、天を仰いで笑った。

「…ハッ!本当に、馬鹿なリーダーを持っちまったもんだぜ…!」


彼は、残った仲間たちを叱咤し、バスへと乗り込ませる。キョウスケが、バスの屋根の上から、驚異的な正確さで敵の位置をタケダさんに伝え、的確な援護射撃が、彼らの脱出をサポートする。


全員が乗り込んだのを確認すると、バスは再びエンジンを唸らせ、来た道を引き返していく。

陽動部隊と潜入部隊は、満身創痍ながらも、ついに、一つの場所で合流を果たしたのだ。


作戦は、成功した。

多大な犠牲を出す可能性を乗り越え、「仲間を一人も失わず、一台の箱舟を確保する」という、奇跡としか言いようのない結果で。


世界滅亡まで、あと十日。

俺たちの絆は、この極限の試練を経て、もはや、血よりも濃いものへと変わっていた。

だが、俺たちの手元にあるのは、たった一台のバス。この鋼鉄の箱舟で、四十人近い仲間全員を、熊野の聖域へと、導かなければならない。

俺たちの、本当の旅は、ここから始まるのだ。

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