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第15話:反撃の狼煙とプロジェクト・アーク

世界滅亡まで、あと十六日。

「世界の敵」。そのレッテルは、俺たちの頭上に重くのしかかっていた。ヘルメスによる懸賞金放送の影響は、すぐに現れ始めた。これまで、市民会館の周辺をうろつく生存者の数は僅かだった。だが、この日から、明らかに俺たちの動向を遠巻きに探るような、不審な人影が増えたのだ。彼らの目には、恐怖よりも、欲望の色が浮かんでいるように見えた。


「どうする、リーダー。このままじゃ、ネズミどもにじわじわと壁をかじられるようなもんだぞ」


朝の幹部会議で、ゴトウさんが苛立たしげに言った。彼の言う通り、このまま沈黙を続けていれば、ヘルメスのプロパガンダが真実として広まってしまう。俺たちは、いつ襲いかかってくるとも知れない無数の「賞金稼ぎ」に怯えながら、籠城を続けるしかなくなる。


「…反撃しましょう」


俺は、ベッドの上から、皆に告げた。まだ起き上がることは許されていないが、頭は動く。


「沈黙は、肯定と同じだ。奴らが電波を使うなら、俺たちも電波で戦う。サクラ、ヘルメスが使った放送網を、逆にジャックすることは可能か?」

「可能か、じゃない。やるんだよ!」


俺の問いに、技術ラボの主、サクラは不敵な笑みを浮かべた。

「奴らの放送、暗号化も何もしてない、ただの駄々洩れ電波だったからね。こっちは、奴らが使ってる中継局の位置も、周波数も、全部特定済みだ。いつでも乗っ取れるよ!」

「よし、決まりだ。俺たちの声を、この街に届けるぞ」


作戦は、すぐに実行に移された。サクラ率いる技術班が、市民会館の放送設備と、彼女が修理した無線システムを直結させる。数時間後、彼女は親指を立てて、俺に合図を送った。


俺は、ベッドの脇に置かれたマイクの前に座った。ミサキさんが心配そうに見守っている。俺の言葉が、アルカディアの、そしてこの地域の生存者たちの運命を左右するかもしれない。俺は一度、深呼吸をしてから、スイッチを入れた。


「…聞こえるか。この声が聞こえる、全ての生存者たちに告ぐ」


俺は、できるだけ落ち着いた、誠実な声で語り始めた。


「俺は、市民会館にいる生存者グループ『アルカディア』のリーダー、ユウキだ。昨日、君たちは『ヘルメス』と名乗る連中の放送を聞いたはずだ。俺たちは、彼らから『テロリスト』だと呼ばれた。だが、真実は違う」


俺は、言葉を一つ一つ、選ぶように続けた。


「俺たちは、テロリストじゃない。医者もいる、技術者もいる、農家もいる、ただの学生もいる。誰一人見捨てず、この世界の終わりを、人間らしく迎えようとしているだけの、普通の生存者の集まりだ。ヘルメスは、俺たちが匿っているという『異能者』を、危険な存在だと言った。だが、彼らは危険な存在じゃない。彼らは、突然、自分の身に起きた変化に戸惑い、苦しんでいる、俺たちと同じ人間だ。ヘルメスは、彼らを『被検体』と呼び、研究の道具として扱っている。だが、俺たちは、彼らを『仲間』と呼び、共に生きる道を選んだ」


俺は、マイクを握る手に力を込めた。


「ヘルメスが約束するシェルターと食料。それが真実かどうか、俺にはわからない。彼らの甘言に乗るのも自由だ。だが、よく考えてほしい。仲間を売り渡し、人間の尊厳を捨てて手に入れた安全に、本当に価値があるのか?もし、君たちの中に、まだ人間としての誇りを失っていない者がいるのなら、思い出してほしい。俺たち人類は、いつだって、手を取り合って危機を乗り越えてきたはずだ。ヘルメスを恐れるな。俺たちと共に戦う道もある。これは勧誘じゃない。ただの、選択肢の提示だ。どちらの未来を選ぶか、決めるのは君たち自身だ」


放送を終えると、俺はどっと疲労感に襲われた。成功したのか、失敗したのか、わからない。だが、やるべきことはやった。

その日のアルカディアは、それぞれの持ち場で、新たな段階へと進んでいた。


博士の研究データを解析するため、正式に「研究解析チーム」が発足した。市民会館の二階にある、広々とした図書館が、彼らの新たなラボとなる。望月博士を筆頭に、サクラ、そしてメンバーの中から選抜された、元大学院生で物理学を専攻していた青年と、金融アナリストでデータ分析のプロだった女性が加わった。彼らは、運び込まれたサーバーと無数のケーブルに囲まれ、人類の未来を左右するかもしれない、頭脳戦を開始した。


異能者たちもまた、自分たちの力と向き合い始めていた。

医務室の一角では、カナがミサキさんによるカウンセリングを受けていた。「コア」としての自分の精神状態が、仲間に影響を与えてしまう。その重圧は、まだ若い彼女の心を蝕みかねない。ミサキさんは、その繊細な心のケアを、専門家として引き受けてくれた。


そして、屋上。キョウスケは、タケダさんとの一対一の訓練に臨んでいた。

「博士は言っていた。お前の能力は、エーテルの流れを歪ませることで発動する、と。無意識でやるな。意識しろ。敵の殺気、視線、その全てを皮膚で感じ、お前の周りの空間そのものを、敵の認識からズラすんだ!」

タケダさんの厳しい声が飛ぶ。キョウスケは、これまで感覚だけで使っていた能力を、初めて理論的に、そして意図的にコントロールしようと試みていた。彼の動きから、無駄な力が抜け、より洗練された「スキル」へと昇華していくのが、素人の俺にもわかった。


そして、夕暮れ時。

俺たちの放送に対する、最初の「返事」がやってきた。


監視カメラが、市民会館に近づいてくる、三人の男たちを捉えた。彼らは、ライフルや鉈で武装している。だが、不思議と敵意は感じられない。彼らは、バリケードの手前で立ち止まると、両手を上げて、話がしたい、というジェスチャーをした。


リーダー代行のタケダさんが、数人の護衛を連れて対応に出る。俺は、ベッドの上から、無線でそのやり取りを聞いていた。


「…俺たちは、あんたたちの放送を聞いた」


代表の男が、言った。その声には、深い疲労と、わずかな希望が滲んでいた。


「俺たちは、駅の向こう側にあるショッピングモールで、三十人ほどのコミュニティを作っていた。だが、数日前、ヘルメスが現れ、俺たちの仲間を何人か、無理やり連れて行った。『異能に目覚めた者は、保護する義務がある』とか言ってな。奴らが放送で言ってた『シェルター』なんて、嘘っぱちだ。連れて行かれた仲間は、誰一人戻ってこない」


男は、地面に吐き捨てた。


「奴らは悪魔だ。だから、俺たちは決めた。あんたたち『アルカディア』に、賭けることにした」

「…仲間になりたい、ということか?」と、タケダさんが問う。

「いや、少し違う」男は首を振った。「俺たちには、守るべき仲間と、守るべき場所がある。だから、あんたたちのギルドに吸収されるつもりはない。俺たちが提案したいのは、『同盟』だ」

「同盟?」

「ああ。俺たちは、俺たちの拠点を維持する。その代わり、ヘルメスに関する情報を共有し、もし奴らがどちらかを攻めてきた時は、共同で防衛にあたる。対等な、協力関係を結びたい」


その提案は、俺たちの想像を超えたものだった。だが、それは、最も理想的な形かもしれなかった。俺は、無線機を通して、タケダさんに指示を出した。


「タケダさん、その提案、受け入れよう」


こうして、アルカディアは、初めて外部の生存者グループと、公式な協力関係を結んだ。ヘルメスの心理戦は、皮肉にも、彼らに反感を持つ者たちを団結させ、アルカディアを中心とした「対ヘルメス連合」の結成を促す結果となったのだ。俺たちは、もはや孤立した城ではなかった。


その夜、一つの吉報と、一つの新たな謎が、同時にもたらされた。

研究解析チームのラボから、サクラが興奮した様子で俺の元へやってきたのだ。


「ユウキ!見てくれ!博士のデータの中から、黒田が盗み出せなかったと思われる、最重要ファイルを見つけた!暗号化されてたけど、博士の協力で、なんとか解読できたんだ!」


彼女が差し出したタブレットの画面。そこに表示されていたのは、一つのフォルダ名だった。


『Project ARK』


「プロジェクト…アーク?」

「そう。ノアの箱舟の『アーク』だ。中身は、まだ解析中。でも、博士が言うには、これは、黒田の『ポスト・ヒューマン計画』とは全く別の…博士が本来、目指していた、本当の研究の集大成らしい」


プロジェクト・アーク。それは、この終末を乗り越えるための、本当の希望なのか?それとも、新たな絶望の扉なのか?


世界滅亡まで、あと十五日。

反撃の狼煙は上がった。新たな仲間もできた。そして、目の前には、巨大な謎の扉が現れた。

俺たちの戦いは、ますます激しく、そして、深くなっていく。

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