表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

宣戦布告

作者: 菅部享天楽

 昔、まだ私が幼かったころ。外食の際は必ずお子様ランチを注文していた。

 黄、赤、茶、そして少しの緑で構成された、見るからに体に悪い食べ物は間違いなく子どもだけが食べることのできる代物である。少なくとも、大人の私が食べたら胃もたれするわ、健康診断の結果が悲惨になるわで……というのは建前で、実のところは世間体である。胃がもたれようと赤紙が届こうと知ったことか。食いたい物を我慢して死ぬより、寿命を削って食いたい物を食いたい時に食った方が人生は豊かであろう。そのためなら多少の胃もたれは許容できる。それなのに態々『お子様』ランチなどと名前をつけて実質的な年齢制限を設けるのは如何なものかね? お子様ランチを世界で初めて作った者の人間性を疑う。

 何? それではまるで私が食べたくて仕方がないから難癖つけているように聞こえる?……ここだけの話だ。私はお子様ランチが堪らなく好きだ。……今笑っただろ? では、問おう。お子様ランチに大体入っているハンバーグ、ケチャップライス、エビフライ、ナポリタン……大人諸君は今でも食べるであろう? つまりはそういうことだ。私に言わせてみれば笑う大人諸君の方がよっぽど滑稽である。

 お子様ランチはあの体を壊しに来るおかずのラインナップも良いが、私が特に良いと思うのは旗である。旗が立っていると、その領域を私が支配したような優越感に浸ることができる。しかも、お子様ランチはワンプレートに多種多様な料理が詰まっている。そう、支配したのは一つのものだけではないのだ。個性豊かな者達が我が手中に収まっているのである。今笑っただろ? ……これに関しては笑われても仕方ないと思っている。しかし、良いではないか。メインである料理も好きなのだから。

 さて、そんな私も今となっては社会人。某株式会社で営業をしている。元は本社のある東京で働いていたが、私がよっぽど使えない奴であったが故についこの間長崎に異動となった、残念なビジネスマンだ。

 長崎は初見殺しの交差点が多すぎる。道は広いのに走りにくくて苛立つ。

 しかし、そんな仕事中でも楽しみはある。それは飯の時間である。今は美味い飯屋を探すのが趣味になっている。

 さて、今日も美味い飯を探しに行くとするか。パーキングに車を止めて飲食街をふらふらと歩く。店の食品サンプルや写真を見ながら、一つ一つ店を吟味する。

「おお?」

 数軒店を回った時、ある店の食品サンプルが目に入った。それはトルコライス。黄色のご飯とハンバーグ、トンカツにエビフライ、ナポリタン、千切りキャベツ。それが全て一つの皿に盛られている。

 何ということか! これはお子様ランチではないか! しかもトルコライスというどのあたりがトルコなのか微塵も分からないネーミングのため、大人でも食べられる。ただ一つ、旗がないのが悔やまれる。仕方がない。旗は諦めよう。

 店内は昭和レトロ感のある雰囲気であった。右手にカウンター席、左手に四人掛けのテーブル席が三つ、奥は座敷となっている。それぞれの席には卓上調味料と台拭きがきちんと置かれており、壁には料理名と値段の書かれたメニューやいつの年代のものか分からないアイドルのポスターなんかが貼られている。入り口のそばの台にはコップが積まれていて、その横に水の入ったピッチャーがあった。……いや、これは台じゃない。本棚か。漫画が大量に詰まっていた。

 俺はカウンター席につくや否やトルコライスを注文した。おっと、つい感情を押さえられない子どものように体を揺らしてしまった。その度に椅子は軋んだ。

 暫くしてトルコライスが運ばれてきた。ど真ん中にカレーピラフが盛られ、その上に厚切りのデミグラスソースのかかったトンカツとハンバーグが乗っている。千切りキャベツとナポリタンが脇に添えられ、その隣にエビフライが二本並んでいる。お子様ランチとは比べ物にならないほど、一つ一つが大きい。

 どれから頂こうか……。いや、深く考えるべきことではない。私はカトラリーをとっかえひっかえしながら、あれこれ口に入れられるだけ突っ込んだ。甘辛いソースの味とサクサクの衣の食感が良心をキリキリと痛めつける。しかし、それが良い。罪悪感は最高のスパイスだ。このスパイスがあってこそ、この満足感が得られる。こうやって思い切り頬張っていると子どもに戻った気分になる。その頃は味より量に重きを置いており、肉と揚げ物は最高のごちそうであった。それがあの時よりも大きく、美味く、そして大人になった今でも楽しむことができるとは。

 しかし、やはり旗がないのは残念だ。もうそういう年齢でもないし、旗から卒業するしかないのか……。

 ふと、卓上調味料に目をやった。そこに爪楊枝入れが置いてある。爪楊枝が一つ一つ紙製の袋に包装されている。



そうだ。



 私は爪楊枝を一つ取り出して包装を解く。その包装を爪楊枝に結びつけてハンバーグに突き刺す。

 おお、これはお子様ランチではないか。旗は少々いびつだが、いや、これが良い。他所の国の旗より自身で作った物の方が我が領地というようで実に素晴らしい。まるで支配者にでもなった気分だ。はっはっは、これは傑作だ。今ならなんでも支配できそうだ。どこもかしこも、この爪楊枝一本でどうとでもなるんじゃなかろうか。


 ……フハ、フハハハハハ!!!! これは良いアイデアだ。試しに私の会社にでも突き刺してやろうじゃないか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ