第9話「スーパーまるかみ、魔族とポテサラと密命」
異世界に来て、そろそろ二ヶ月。
今日も空には月と太陽。いつもの朝――にしては、店の前がちょっと、物々しい。
ガチガチに武装した騎獣付きの魔族兵が、店の前に立っている。
しかも、2人。いや、2体? どっちだこれ。
「……まさか、異世界税務調査とか来た……?」
俺の脳内に、今までの売上と在庫と換金履歴が走馬灯のように駆け巡ったところで、
自動ドアがウィーンと開く。
そして入ってきたのは――長身の女性。
角と漆黒のローブ、涼やかな金の瞳、そして完璧な立ち居振る舞い。
その存在だけで空気が変わるレベル。
「ここが、“例の施設”ですか」
「は、はい。例の、が何かわかりませんが...いらっしゃいませ。ようこそ、スーパーまるかみへ……」
魔族。しかも、ただ者じゃない。
いや、明らかに地位あるでしょ。むしろ王族サイドなのでは。
「私はロアーナ。魔族議会直属・内調局“監査官”です」
「いきなり物騒な肩書き出てきたーっ!!」
「安心してください。調査ではありません。……ただ、謎の建物、確認は必要かと」
確認とは、と聞く前に、ロアーナさんはするりと店内に足を踏み入れた。
まるで貴族が舞踏会に入るような所作で、惣菜コーナーの前に立ち止まる。
「……これは?」
「あ、ポテトサラダです」
「……」
じっと、見つめている。
やたらと。異様に。サラダを“何かの文様”のように見ている。
「これは……芋。潰して混ぜ……いや、これは魔導調理?」
「いえ、手作業です。うちで丁寧に――よろしければ、試食してみますか?」
「……試食?」
「はい、こちらに一口分、スプーンでお出しできますので」
バックヤードから試食用ポテサラを小皿に出して、カウンター越しに差し出すと、ロアーナさんは一瞬だけ戸惑った表情を見せたあと――
「……受け取ります」
丁寧に受け取り、銀のスプーンでひとすくい。
口に運んだ瞬間、表情がふわっと緩んだ。
「……っ、やさしい……なんという静穏……」
ポテサラに感じる“静穏”って何だ。いやでも、たしかに美味いんだけど。
「味覚属性にして“陽属性+中庸”……これは……危険な食物」
「また属性で表現したーっ」
「いや……わかりました。これは敵意なし。“平和拡散型食品”として記録します」
「食品のジャンルそれでいいんですか……?」
「…これは……これは良い物だ」
なんだそのどっかの大佐みたいな言い回し。
その後、ロアーナさんは無言でポテサラの小パックを3つ、麦茶1本と一緒にカゴに入れてレジに持ってきた。
「……この“芋混和物”をいただきます」
芋混和物。合ってるんだが言いまわしが独特すぎる。
「かしこまりました。銅貨4枚と、鉄貨1枚になります」
支払いもスムーズ。袋詰めも丁寧。姿勢も崩さず、完璧な所作。
そしてロアーナさんは、静かにサラダパックを3つ買い、麦茶を添えて、まるで宝物でも包むように持ち帰っていった。
ちなみに、帰り際に小声でこうつぶやいていた。
「……近いうちに、多くの部下を連れて来る必要がありそうですね……我が領には芋が足りない」
待って、ポテサラを“戦略物資”みたいに言うのやめて。
「……いらっしゃいませー」
常連たちが同時に振り向く中、俺は無理やりいつものテンションで声を出す。
スーパーまるかみ、今日も誰かの舌と心をつかんで営業中です。