第69話「スーパーまるかみ、筋肉は違いを知っている」
夕方の店内は、落ち着いた空気に包まれていた。
惣菜の補充が終わり、飲料棚の整理も一段落。
俺がレジ横で伝票を確認していると、栄養補助食品の棚のほうからシルヴィさんの声が聞こえた。
「店長……この味、見たことないものなんですが」
顔を上げると、彼女がバーのパッケージを手にしていた。
少し離れていたが、色味が微妙に違うのがわかった。
他のバーと並べて見比べている様子から、成分表も違っているらしい。
うーん、なんだったか......そうだ、思い出した!
「それ試験的に一度だけ入れたやつだと思う。棚に残ってたんだな」
「補充リストには載ってませんでした。倉庫にもあるかもしれませんね。確認してきます」
「助かる。たしか三種類だけ入れてたはずなんだけど……」
伝票の束をめくりながら、再び記憶をたどる。
あの時はメーカーからサンプル扱いで入れてもらった。味は悪くなかったが、客の反応が読めなかったので一度きりにしていた。
棚に残っていたのは、たしか“スモークベリー味”だったか。名前のわりに、意外と筋肉にこだわる人向けの成分だったと思う。
シルヴィさんがバックヤードへ向かった直後、自動ドアがウィーンと開き、ゴドークさんが入店してきた。
無言のまま、まっすぐ栄養補助食品の棚へ向かっていく。
棚の前で立ち止まり、バーを一つ手に取る。
パッケージをじっと見つめて、裏面を確認していた。
「なぁ、店長……これ、いつものと味が違うな」
パッケージからは一切目を離さずに声をかけてくる。
「珍しい味ですよね。以前に試験販売で少しだけ入れたものです」
ゴドークさんはバーを軽く持ち上げながら、こちらをみた。
「うむ。成分も悪くない」
とだけ言った。
シルヴィさんが戻ってくる。
「店長、倉庫に五つほど残ってました」
それを聞いたゴドークさんは即座に言った。
「よし。全部、買う」
「かしこまりました」
彼女はすぐに倉庫分を取りに戻り、袋にまとめてレジへ運んできた。
伝票を確認しながらレジを打つ。
「補充、間に合ってよかったです」
ゴドークさんは無言で袋を受け取りつつ頷く。動きに迷いはない。
「もしまた入れるなら、同じ成分で頼む」
そう言い残して、店を出ていった。
カップを手に取り、コーヒーを一口すする。
伝票の端に、さっきのバーの品番を軽くメモしておく。
棚の隅に残っていた一本が、ちゃんと選ばれていったことが、少しだけ嬉しかった。
しばらくして、別の客が棚の前で立ち止まった。
空になったバーの箱を見て、シルヴィさんに声をかけている。
「あのこれ、前と違う味ですか?」
彼女が空箱を見せながら答えていた。
「これですか? はい、少しだけ試験的に入れていたものです。もう在庫はありませんが、また入荷するかもしれません」
「へえ……じゃあ、次に見かけたら買ってみます」
客が去っていくのを見送りながら、シルヴィさんが箱を畳んでバックヤードへ持ち帰った。
伝票の束を閉じ、メモを発注リストに転記する。
ゴドークさんが気に入ったなら、他にも需要があるかもしれない。
次回の発注に加えておく。
さっき淹れたコーヒーは、少し冷めていた。
棚の隅に残っていた一本が、ちゃんと選ばれていったことが、少しだけ嬉しかった。
スーパーまるかみ、筋肉の選球眼に応える棚を今日も整えています。
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