第68話「スーパーまるかみ、酒につまみを添えて」
夕方のスーパーまるかみは、惣菜コーナーの揚げ物がちょうど揚がり終わったところだった。
俺はレジ横の平台に並べる準備をしていた。
自動ドアが静かに開いて、ガンドルフさんが入ってくる。革のエプロン姿に、しっかり磨かれたブーツ。手には小さな布袋をぶら下げていた。
「店長、ちょっと相談があってな」
俺は手を止めて顔を上げる。
「いらっしゃいませ。どうされました?」
「ワシの工房に、良いウイスキーが届いてな。今夜はそれを開けようと思ってる。で、いつもと違うつまみを探してるんだ」
ガンドルフさんが髭をいじりつつそう言った。
「なるほど。定番じゃなくて、ちょっと変化球ですね」
「そうそう。チーズとサラミはもう飽きた。なんかこう……新しい刺激が欲しくてな」
俺はうなずいて、乾物コーナーへと歩き出した。ガンドルフさんもゆっくりとついてくる。
「まずはこちら。山椒が効いたイカの燻製です。噛むほどに痺れが広がって、ウイスキーの香りと相性いいですよ」
「ふむ……山椒か。珍しいな」
ガンドルフさんは袋を手に取り、指先で軽く押して質感を確かめる。
「悪くはない。けど、ちょっと尖りすぎてるかもしれん。もう少し丸みがあるとありがたいな」
あまり刺さらなかったのか、そのまま袋を棚に戻した。
「でしたら、こっちの黒胡椒入りブリーチーズはどうでしょう。クリーミーなコクがあって、胡椒のアクセントも効いてます」
「ほう……」
チーズのパッケージをじっと見つめたガンドルフさんは、鼻を近づけて香りを確認する。
「これはいいな。胡椒が強すぎないのが助かる。ウイスキーの余韻を邪魔しない」
俺はうなずきながら、次の棚へと案内する。瓶詰めのハーブ漬けオリーブが並んでいる。
「こちらはローズマリーとタイムで漬けたオリーブです。清涼感があって、口の中をリセットするのに向いてます」
「見た目もいいな。色合いがきれいだ」
ガンドルフさんは瓶を手に取り、ラベルを眺める。
「味はどうなんだ?」
「塩気は控えめで、ハーブの香りが立ちます。ウイスキーの重さを引き締める感じですね」
「なるほど。これは候補に入れておこう」
瓶を手に持ったまま、ガンドルフさんは少し考え込むように腕を組んだ。
「あともう一品くらい、なんか面白いのはないか?」
面白いもの......面白いものか......。
「うーん、そうですね、蜂蜜ローストナッツなんてどうでしょう? 甘じょっぱい味付けで、コクもあって食感も楽しいです」
「ナッツか……」
袋を手に取ったガンドルフさんは、裏面の成分表示をじっと見つめる。
「カシューナッツとアーモンドか。悪くない。甘みが強すぎたりはしないか?」
「そこまで甘くないです。蜂蜜の香りがふわっと来て、後味はすっきりしてます」
「それなら試してみるか」
ガンドルフさんはチーズとオリーブ、ナッツをかごに入れ、満足げにうなずいた。
「店長、いい買い物ができた。今夜はいい晩酌になりそうだ」
俺はレジ横に戻りながら、かごの中身をちらりと見た。どれも香りの強すぎない、落ち着いた品ばかりだ。
「それはよかったです。ウイスキーは何を開けるんですか?」
「古い知り合いが送ってくれた一本でな。ラベルは読めんが、香りがいい。琥珀色で、ちょっとスモーキーなやつだ」
「それなら、今日のつまみはぴったりですね」
「うん。あとは、工房の連中が邪魔しないよう祈るだけだな」
ガンドルフさんは笑いながらレジへ向かい、会計を済ませると、袋を手にしてゆっくりと店を後にした。
俺は見送りながら、ふうと息をついてレジ横に戻る。揚げ物の香りがまだ残っていて、少しだけ腹が鳴った。
俺はカップを手に取り、静かに立ったまま口をつける。湯気の立つコーヒーの香りが、ゆっくりと鼻を抜けていく。
空には今日も、太陽と月。
スーパーまるかみ、静かな晩酌にも“ちょうどいい味”を添えています。
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