第67話「スーパーまるかみ、戻しています」
通路の棚に、違和感があった。
ジャムの列に、ひとつだけマヨネーズが混ざっている。
色も形も、そこだけ浮いて見える。
俺はそれを手に取り、調味料の棚に戻した。
戻す場所を間違える客は、たまにいる。それだけのことだ。静かに整えていく。
少し歩くと、乾物の棚に冷蔵品が置かれていた。
袋入りの冷やしうどん。
冷たさが残っている。
俺は冷蔵棚に戻しながら、通路を見渡した。
誰が置いたかはわからない。
でも、戻してくれようとしたのは、たぶん善意だ。
買わないと決めた商品を、手に持ったまま戻るのは、案外むずかしい。
途中で別の棚に置いてしまうのも、よくあることだ。
惣菜コーナーの端に、なぜか洗剤が置かれていた。パック入りの唐揚げの隣に、詰め替え用のボトル。
俺はそれを手に取り、日用品の棚に戻した。唐揚げと洗剤が並ぶと、どちらも少し気まずそうに見える。
棚の並びには、空気がある。
それを崩さないように、俺は静かに整えていく。
通路の奥で、客が商品を戻していた。
手に持っていた缶詰を、棚に戻そうとして、少し迷っている。
俺は近くの段ボールを整えるふりをしながら、その様子を見ていた。
客は、缶詰を棚の端に置いた。
そこは、同じ種類の缶詰が並ぶ場所ではなかった。
でも、棚の高さは合っていた。客なりに、考えて置いたのだろう。
俺はその缶詰を、少しだけ横にずらした。並びが揃うと、棚が静かになる。
近くから、シルヴィさんの声が聞こえた。
「戻し方にも、個性がありますね」
袋を整えながら、彼女は通路の方をちらりと見ていた。
「うちの棚は、旅先みたいなもんですから」
そう言いながら、俺はレジ横の段ボールを持ち上げた。
「迷子になったマヨネーズですね」
客が笑いながら言った。
俺はマヨネーズの棚を思い浮かべた。
「無事に帰しました」
それだけ言って、通路に戻った。
午後の通路は、少しだけ混み始めていた。
買い物かごを持った客が、棚の前で立ち止まる。手に取った商品を、戻すかどうか迷っている。
俺は通路の端で、段ボールを片づけながら、その様子を見ていた。
客は、商品を棚に戻した。
その位置は、少しだけずれていた。
でも、棚の色と商品が合っていた。俺はその商品を、隣に並べ直した。
それだけで、棚が落ち着いたように見える。
冷凍食品の棚に、なぜかパンが置かれていた。袋入りのロールパン。冷気に当たって、少しだけしんなりしている。
俺はパンを手に取り、常温の棚に戻した。
冷凍食品の棚は、静かだ。
そこに常温のものが混ざると、空気が変わる。棚の空気は、温度でも変わる。
俺はパンの袋を軽く整えて、並びに戻した。
通路の端で、シルヴィさんが段ボールを運んでいた。
俺は手を貸しながら、棚の様子を見ていた。
「さっき、冷凍のところにパンがありました」
「またですか」
「しんなりしてました」
「パンもびっくりですね」
段ボールを棚の下に収めながら、俺は言った。
「棚の空気、読めなかったんでしょう」
シルヴィさんは、声を立てずに笑っていた。
そのあと、冷蔵棚の前で、客がヨーグルトを戻していた。
棚の奥に手を伸ばして、慎重に置いている。
俺は少し離れた場所から、その手の動きを見ていた。
戻されたヨーグルトは、列の高さが少しだけずれていた。
俺は通路を回って、そっと位置を揃えた。
冷蔵棚の列が整うと、冷気の流れも静かになる。
飲料コーナーでは、ペットボトルが逆向きに戻されていた。
ラベルが裏を向いている。
俺はそれを手に取り、向きを直して並べた。
文字が揃うと、棚が落ち着く。
誰かが見ていなくても、棚は見られている。そういう空気が、店にはある。
レジの横で、俺はコーヒーを淹れた。
湯気が立ち上がる。コーヒーを飲みながらふと棚を見ると、ペン立てがいつもとちがう場所に少しずれていた。
俺は静かに、元の位置に戻した。昨日使って少しずらしてしまったのかもしれない。
俺は棚を見て、少しだけうなずいた。並びが揃うと、気持ちも静かになる。
通路の音が、遠くに聞こえる。午後はまだ、静かだった。
空には、太陽と月が並んでいた。
どちらも、照らすだけで何も言わない。
それが、ちょうどいい。
スーパーまるかみ、戻し方にも、静かに応えています。
読んでいただきありがとうございます!
おもしろかった、続きが気になる、と思ってくださった方はブックマークやコメント、リアクションや感想など頂けると励みになります!
良ければ、下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると嬉しいです!




