第66話「スーパーまるかみ、ダイコンを構える者」
午後の店内は落ち着いていた。
昼のピークを過ぎ、通路の音も控えめになる。
冷蔵棚のモーター音が遠くに響き、レジの電子音も間隔が空いている。
俺は野菜コーナーの端で台車を整えながら、棚の面を揃えていた。
野菜棚の中央に、ひときわ目立つ一列がある。
ダイコン。
特に特殊なものではない。
強いて言えば白くて太く、長さもあって立派なことくらいか。
そして今日の入荷分には、明らかに異質な一本が混じっていた。
太さは他の倍近く、形もやや曲がっていて、存在感がある。並べたとき、他の列が小さく見えるほどだった。
その列の前で、シルヴィさんが立ち止まっていた。
袋詰め用のビニールを手にしたまま、真顔でダイコンを見つめている。
姿勢はまっすぐ、視線は固定。
「このダイコン、武器みたいですね」
声は小さかったが、はっきりしていた。
俺は一瞬だけ言葉に詰まり、ダイコンの列を見直す。
確かに、肩に担げばそれっぽく見える。形状も重さも、そう言われれば納得できる。
「……確かに、ちょっとした迫力ですね」
近くにいた男性客が、それを聞いて反応した。
「ほんとだ! 持ち上げると重いぞ」
そう言って、両手でダイコンを持ち上げ、思わず構えるようなポーズをとる。
肩に担ぐような形になり、見た目は完全に“それ”だった。
「お客様、それは商品ですので……」
「あ、すみません。つい、ついね」
男性客はダイコンをそっと棚に戻す。
シルヴィさんは笑いをこらえながら、袋の口を整えていたが、肩が小さく震えている。
「……すみません、店長。笑ってしまいました」
「いや、俺も少し笑いそうでした」
俺は苦笑しながら、ダイコンの列を一度だけ整える。
通路の奥から、カゴの音が一度だけ止まり、すぐに流れが戻る。
「うーむ、しかしこの大きさは記念になるな。せっかくなのでいただいていきます」
男性客はそう言って、バカでかい大根を手にレジへ向かった。
シルヴィさんが後を追い、袋を二重にして準備する。俺は野菜棚の端に残っていた空き箱を一つ、台車の下段に移した。
レジでは、シルヴィさんが丁寧に対応していた。
ダイコンは袋の底に沿わせて収められ、持ち手が左右で揃えられる。
「重さがございますので、持ち手を二重にいたしました」
「助かります。これ、家族に見せたら驚くと思う」
「ご自宅まで、どうぞお気をつけて」
「いやあ、まさかこんなサイズに出会うとは。ちょっとした話のネタになりますね」
「本日分の中でも、特に大きい一本でございます」
「選ばれて光栄だなあ。じゃ、これ持って帰ります」
男性客は「ありがとう」と言って、袋を持ち上げる。
出口へ向かう背中は、どこか満足げだった。袋の中でダイコンが少しだけ揺れている。
俺は通路の奥に目をやり、野菜棚の列をもう一度確認した。シルヴィさんが戻ってきて、ダイコンの棚を見ながら言った。
「次はもっと大きいのを仕入れましょうか」
「……それは、まぁ考えておきます」
「かしこまりました。ですが、記念品としての野菜も、一定の需要があるかと」
「記念品としての野菜……新しいですね」
俺は棚の端を拭きながら、苦笑した。
シルヴィさんは袋詰め用のビニールを整え、通路の角に向かって歩いていく。
通路の流れは落ち着いていた。
俺はいつものカップを取り出してコーヒーを淹れた。
湯気を立てて、豆のいい香りが鼻に香る。
ひと口だけすすると、少しだけ苦味が残る。
自動ドアから覗く空を見上げる。
今日は太陽と月は雲の向こうに隠れていた。
代わりに、開いた自動ドアから、風が静かに通路を抜けていく。
笑いをこらえきれない午後にも、風は穏やかだった。
スーパーまるかみ、笑いをこらえきれない午後にも、静かに応えています。
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