第65話「スーパーまるかみ、香りの導入」
レジ横に置いたコーヒーマシンが、静かに湯気を立てていた。
業務用の抽出機。ボタンを押せば、紙コップに一杯分のコーヒーが落ちる。
香りは、思ったよりも悪くない。惣菜の匂いと混ざらないよう、時間帯だけ気をつければ使えそうだ。
俺はパネルの表示を眺めながら、湯の落ち方を見ていた。
「まあ、動けば十分か」
紙コップを手に取り、ひと口。深みはある。苦味もほどほど。
昼前に動かすとちょうどいいかもしれない。
シルヴィさんが近くで立ち止まり、湯気の向こうを見ていた。
「香り、落ち着きますね」
俺は紙コップを置きながらうなづいた。
「昼前に動かすとちょうどいいかもしれないね」
シルヴィさんも軽くうなづきつつ、抽出口の動きを目で追っていた。
「店長さん、おはようございます」
ミリエラさんが来店したのは、昼前だった。いつも通り静かに入ってきて、店内を一巡する。
レジに向かう途中、機械に目を留めた。そのまま足を止めて、しばらく黙って眺めている。
抽出口の動き、パネルの表示、内部の音。
視線が細かく動いていた。
「コーヒーマシンを導入してみたんです。どうです? 試してみますか?」
俺が声をかけると、ミリエラさんは機械から目を離さずに言った。
「……これ、どういう仕組みなんですか」
「お湯と圧力で抽出するだけですよ。設定は温度と量くらいです」
「圧力って、一定なんですか?」
「だいたい一定ですけど、抽出中に少しだけ変わります」
「音が変わるのは、そのせいですか?」
「そうですね。あと、豆の種類でも少し違います」
ミリエラさんは、うなづいてコーヒーを一つ注文した。抽出の様子をじっと見ている。湯が落ちる音に、耳を傾けていた。
パネルの表示が切り替わるたびに、目が動いていた。
紙コップを受け取って、一口。
「……思ったより、深いですね」
声は小さかったが、驚きははっきり伝わってきた。
俺は「ありがとうございます」とだけ返した。
次の日、来店したミリエラさんは、またレジ横のコーヒーマシンの前で足を止める。
注文する前に、必ず機械の動作を確認する。
紙コップを受け取るまで、視線はずっとパネルと抽出口に向いていた。
「昨日と音が違う気がします」
「設定を少し変えたんですよ」
「温度ですか?」
「温度と抽出時間を少しだけ」
ミリエラさんは、パネルの表示と抽出口の動きを見比べながら、静かに頷いた。
それ以上は何も言わず、手帳を開いて買い物メモを確認する。
ある日、ミリエラさんがコーヒーマシンの前で立ち止まり、パネルの表示を見つめていた。
俺が紙コップをセットすると、彼女は抽出口の動きに合わせて小さく息を吸った。
「この機械、制御が安定してますね」
「まあ、置いてみただけですが、案外悪くないかもしれませんね」
「これを作った人は天才ですね」
その日、彼女は手帳を開いたまま、しばらくイートインコーナーにとどまっていた。
コーヒーをひと口飲んで、何かを思案しているようだった。
俺はレジの奥で伝票をまとめながら、ちらりと視線を向ける。
紙コップを持つ手が止まっていた。視線は、機械の抽出口に向いている。
何かを見ているというより、何かを思い出しているような顔だった。
きっとコーヒーマシンの構造を想像して魔道具作りに活かすのだろう。
新たに届いた香りの導入。
スーパーまるかみ、少しだけ違う空気を連れてきました。
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